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クーラーをきっかけに王都からの注文が増えると、ノルド村では新たな問題が浮かび上がった。
「……このままでは、今後運べませんね」
エドワードが広げた地図には、ノルド村から王都へ伸びる一本の細い街道が描かれていた。
もともとは農村同士を結ぶだけの道だ。
荷馬車が二台並べば道幅いっぱいになり、雨が降れば泥に沈む。川に架かる古い木橋は、大きな荷を載せた馬車が通るたびに軋んでいた。
けれど今は、その道を一日に何台もの荷馬車が行き交っている。
ノルドの魔道具。木材。鉄。魔石。
農産物。薬草。
村々で作られた商品が、この一本の道を通って王都へ運ばれていた。
「ノルド村だけを大きくしても、どこかで限界が来ますね」
リリアーナが地図を見つめる。
「なら、ノルド村だけを大きくする必要はないんじゃないでしょうか」
エドワードが言った。
「周りの村も一緒に大きくすればいい」
その言葉をきっかけに、エドワードはこれまで取引のなかった村まで訪ね歩いた。
最初は、当然ながら警戒された。
「ノルド村の商品を売るために、我々にも協力してほしいということですかな?」
「違います」
エドワードは首を横に振った。
「ノルド村だけが儲かっても意味がありません。木材を作る村には木材の利益を。鉄を作る村には鉄の利益を。農村には農産物の利益を。それぞれが、自分たちの得意な仕事で稼げる仕組みを作りたいのです」
その言葉に、リリアーナも続いた。
「ノルド村の魔道具を作るためにも、皆さんの力が必要です」
地図を指差す。
「木材がなければ外装を作れません。鉄がなければ機械部分が作れません。魔石がなければ動きません。食料がなければ、職人たちは仕事を続けられません」
「つまり……」
一人の村長が呟いた。
「どこか一つだけでは、もう成り立たない、と」
「はい」
リリアーナは頷いた。
「だから、皆で豊かになりたいんです」
その言葉が、少しずつ村長たちの心を動かしていった。
それでも最後まで問題になったのは、やはり街道だった。
「道を直すには金がいる」
「人手も必要だ」
「橋まで架け替えるとなれば、とても一つの村では無理だ」
話し合いが行き詰まったとき、最初に立ち上がったのは、ノルド村ではなかった。
木材を供給していた村の村長だった。
「橋なら、うちが木材を出そう」
隣に座っていた鉄の産地の村長が続く。
「なら、橋の金具はうちが作る」
「石材なら、こちらで用意できる」
「道に敷く砂利はうちの山から出せる」
「食事なら、うちの村で用意するよ。工事が続く間、毎日働く人間に飯を食わせる」
次々と声が上がった。
リリアーナは、何も言わずにその光景を見ていた。
最初はノルド村を中心に線を引くつもりだった地図が、いつの間にか違うものになっている。
一本。
また一本。
村と村を結ぶ線が増えていく。
「……これなら、できますね」
エドワードが呟いた。
「はい」
リリアーナは頷いた。
「みんなで作るなら」
春。
街道の拡張工事が始まった。
土を掘る者。
石を運ぶ者。
木を切る者。
橋を組む者。
鉄を打つ者。
ノルドの職人たちは魔道具を持ち込み、重い石を運ぶ昇降装置や水を汲み上げるポンプを動かした。
一つの村だけでは、何もできなかった。
だが、十の村が集まればできる。
二十の村が集まれば、さらにできる。
工事が進むほど、参加する村は増えていった。
「うちの村も、手伝わせてくれ」
そんな声が、遠くの村からまで届くようになった。
理由は単純だった。
道ができれば、自分たちの商品も売りに行ける。
ノルド村が栄えるからではない。自分たちも、その道の先へ行けるからだ。だから皆、自分たちの手で道を作った。
ある日、古い橋を架け替える作業が行われた。
川幅の広い場所だった。
大勢の職人が集まり、木材を組み、鉄の金具を打ち込み、石の基礎を築いていく。
最後の梁を渡す日。
それまで別々の村で働いていた人々が、一列に並んだ。
木材を供給した村。
鉄を作った村。
石を切り出した村。
魔道具を作った村。
そして農作物を持ってきた村。
「せーの!」
掛け声とともに、最後の梁が持ち上がる。
何十人もの手が一つの梁を支え、ゆっくりと所定の位置へ運んでいく。
梁が収まった瞬間。
誰かが叫んだ。
「できたぞ!」
歓声が上がった。
リリアーナも思わず笑った。
そこにあったのは、ただの橋ではなかった。
木材だけでも作れない。
鉄だけでも作れない。
石だけでも作れない。
魔道具だけでも作れない。
それぞれが持っているものを持ち寄って、初めて完成する橋だった。
そして、それはこれから作られる街道そのものでもあった。
やがて街道は完成した。
二台の荷馬車が余裕を持ってすれ違える。
雨が降っても泥に沈みにくい。
橋は頑丈になり、道沿いには休憩所と倉庫も整備された。
すると、今度は商人が集まり始めた。
木材を買う商人。
鉄を買う商人。
魔石を仕入れる商人。
ノルドの魔道具を王都へ運ぶ商人。
農産物を遠方へ売る商人。
商人が増えれば、宿屋が必要になる。
宿屋ができれば食堂ができる。
荷物を保管する倉庫が建ち、修理をする鍛冶屋ができ、職人たちの工房が並び始める。
街道沿いにできた小さな市場は、日を追うごとに大きくなっていった。
やがて、複数の街道が交わる場所に大きな市場が作られた。
その市場へ、周辺の村から商品が集まる。
集まった商品を商人が買い付け、別の土地へ運ぶ。
そこで得た金で、今度は別の村の商品を買う。
村から街へ。
街から別の街へ。
物と金と人が、絶えず動き始めた。
そして数年後。
かつて何もなかった街道の交差点には、一つの大きな町が生まれていた。
倉庫が並ぶ。
工房が並ぶ。
商店が並ぶ。
宿屋が並ぶ。
市場には、ノルド村だけではなく、周辺のあらゆる村の商品が並んでいる。
その町の中央には、新しく建てられた商業組合の建物があった。
完成式の日。
集まった村長たちを前に、エドワードが言った。
「この町は、ノルド村だけの町ではありません」
リリアーナも、その隣に立つ。
「この町を作ったのは、ここにいる皆さんです」
誰かが拍手を始めた。
それが次々と広がっていく。
やがて、広場全体が拍手に包まれた。
そして完成したばかりの門に、新しい名前が掲げられた。
――ノルディア商業都市。
「……ノルディア」
リリアーナはその名を見上げた。
ノルドという小さな村の名前が、今では一つの都市の名前になっている。
「不思議ですね」
「何がです?」
エドワードが尋ねる。
「最初は、井戸一つを楽にしたかっただけなんです」
リリアーナは笑った。
「それが、こんな大きな町になるなんて」
「井戸から始まって、道になり、道が村と村を繋いで、町になった」
エドワードは町を見渡した。
「でも、本当にすごいのは町じゃありません」
「……?」
「この町を作った人たちですよ」
リリアーナは振り返った。
そこには、木材を運んできた村人がいる。
鉄を打つ職人がいる。
農産物を売る農家がいる。
魔道具を作るノルドの職人がいる。
以前なら、それぞれ別々の村で暮らしていた人々だ。
今では互いの顔を知り、互いの商品を知り、互いの仕事を支えている。
「ノルド村が豊かになったから、みんなが集まったんじゃない」
リリアーナは静かに言った。
「みんなで支え合ったから、ノルドも、周りの村も豊かになったんですね」
「その通りです」
その言葉を聞いたように、遠くで荷馬車の鐘が鳴った。
ノルドの魔道具を積んだ荷馬車。
その後ろには、木材を積んだ荷馬車。
さらに鉄を積んだ荷馬車。
その先には、農産物を積んだ馬車。
一台ではない。
何十台もの荷馬車が、同じ街道を進んでいく。
誰か一人の力ではない。
一つの村だけの力でもない。
それぞれが自分の仕事を持ち、隣の村を支え、隣の村に支えられる。
そうして繋がった無数の力が、一本の街道となり、一つの都市になった。
ノルディアは、そうして生まれた。
そしてその街道は、やがて王都へ続き、その先には港がある。
港の向こうには、まだ見ぬ外国がある。
エドワードが地図を広げた。
「次は、ここですね」
指先が海の向こうを示す。
リリアーナは頷いた。
「はい」
ノルド村から始まった道は、もうノルドだけの道ではない。
村々の想いを乗せたその道は、今度は国境を越えようとしていた。




