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王都での実演販売から、三日。


ノルド村の工房には、朝から商人たちがひっきりなしに出入りしていた。


「王都の侯爵家から、追加で二台です!」


「こちらは伯爵家から四台!」


「先日の予約分と合わせて、合計で――」


商人が手元の帳簿をめくる。


「……八十七台です」


「八十七……?」


リリアーナは思わず聞き返した。


「はい」


「クーラーが?」


「全部、クーラーです」


工房が静まり返った。


八十七台。


これまでノルド村が作ったクーラーは、試作品を含めても二十台にも満たない。


その数を、たった数日のうちに四倍以上注文されたのだ。


「……納期は?」


リリアーナが尋ねる。


商人が少し言いにくそうに答えた。


「最短で、三か月後を希望されています」


「三か月……」


リリアーナは工房を見回した。


今、この工房でクーラーを作っている職人は八人。


一台完成させるのに、組み立てだけでも丸一日。

魔法陣の刻印と調整を含めれば、さらに時間がかかる。


「八十七台を三か月……」


リリアーナは指で計算する。


一か月に二十九台。


一日に一台近く。


「……今の工房では無理ですね」


誰も反論しなかった。


職人たちも分かっている。


今のやり方では、とても間に合わない。


その日の夕方、村の集会所には、工房関係者だけでなく、鍛冶職人、木工職人、商人、運送業者、村長まで集まっていた。


机の上には、王都から届いた注文書が積まれている。リリアーナはそれを見つめた。


「まず、皆さんに謝らなければいけません」


「何をだ?」


村長が聞く。


「注文を受けすぎました」


一瞬、沈黙する。


しかし、エドワードが首を横に振った。


「違います」


「え?」


「注文を受けたことが問題なのではありません」


エドワードは注文書を一枚手に取った。


「売れると分かったのに、売れた後のことを準備していなかったことが問題です」


リリアーナは黙った。


その通りだった。


これまでのノルド村は、「作れるものを作って売る」というやり方だった。


だが、王都で求められているのは違う。


「欲しい」と言われたものを、


「いつまでに」


「何台」


「どの品質で」


「どうやって届けるか」


まで決めて、約束通り届けなければならない。


リリアーナは立ち上がった。


「では、考えましょう」


黒板に大きく書く。


『八十七台』


その下に、


『三か月』


と書いた。


「これを、どうやって作るか」


鍛冶職人が腕を組む。


「全部を一つの工房で作るのは無理だ」


「なら、分けましょう」


「分ける?」


「はい」


リリアーナはクーラーの設計図を広げた。


「クーラーは、一台の大きな魔道具に見えます。でも、部品ごとに見ると違います」


本体。


歯車。


送風羽根。


冷却管。


魔法陣板。


外装。


操作盤。


魔力石の固定具。


「全部を同じ職人が作る必要はありません」


鍛冶職人が設計図を覗き込む。


「つまり?」


「部品ごとに専門の工房で作ります」


リリアーナは黒板に書いていく。


『金属部品』


『木製外装』


『魔法陣』


『魔力機構』


『組み立て』


「鍛冶屋では金属部品だけ」


「木工職人は外装だけ」


「魔法陣が得意な人は魔法陣だけ」


「最後に組み立て工房で一台にする」


エドワードが頷いた。


「それなら、一つの工房が全工程を抱える必要がなくなります」


「でも、魔法陣は一枚ずつ調整が必要でしょう?」


若い職人が心配そうに言った。


「そこです」


リリアーナは一枚の魔法陣を取り出した。


「今までは、私が一台ずつ確認していました」


「はい」


「これをやめます」


工房がざわついた。


「やめるって……?」


「私が確認しなくても一定の品質になるようにします」


リリアーナは魔法陣の上に線を引いた。


「ここは全部同じ」


「ここも」


「ここだけは個体差が出やすいので、最後に調整します」


「つまり、最初から全部完成させるんじゃなくて、調整する場所を限定する?」


「はい」


一人の職人が目を輝かせた。


「なるほど……」


「全部を職人の勘で合わせるのではなく、誰が作っても同じになるようにするんです」


リリアーナは続けた。


「それなら、私以外の人でも魔法陣を作れます」


「……」


「今まで私がやっていた仕事を、みんなに覚えてもらいます」


その日の夜から、工房は新しい体制に変わった。


まず、魔法陣の訓練。


リリアーナが作った見本を横に置き、職人たちが同じものを何度も描く。


「線の太さが違います」


「ここ、少し曲がっています」


「この角度は一定にしてください」


最初は失敗ばかりだった。


「また魔力が漏れた!」


「こっちは逆流したぞ!」


「待ってください。原因は――」


リリアーナは一つずつ確認する。


「ここです」


「この部分?」


「はい。線がほんの少しだけ太いんです」


「こんな小さな違いで?」


「魔力は敏感ですから」


職人たちは何度もやり直した。


やがて


「……動いた」


若い職人が呟いた。


自分で描いた魔法陣が、淡い光を放つ。


「動いた……!」


「おめでとうございます」


リリアーナが笑う。


「これで、あなたも魔道具職人です」


若者は嬉しそうに笑った。


一方、鍛冶場では別の問題が起きていた。


「歯車が足りない!」


「何個だ?」


「あと三十!」


「三十だと?」


「注文が八十七台なら、歯車は何百個必要になる!」


鍛冶職人が頭を抱える。


エドワードがすぐに答えた。


「なら、近隣の鍛冶工房にも協力を頼みましょう」


「村の外に?」


「はい」


「品質はどうする?」


リリアーナが言った。


「規格を決めます」


「規格?」


「歯車の大きさ、厚さ、歯の数。全部を統一します」


設計図に細かい寸法が書き込まれていく。


「この寸法なら、どの工房で作っても同じ部品として使えます」


エドワードが頷いた。


「これなら、ノルド村だけで全部を作らなくてもいい」


「はい」


「周辺の村にも仕事を出せます」


リリアーナは少し考えてから笑った。


「それって、ノルド村だけじゃなくて、周りの村も一緒に発展できるってことですよね」


「そういうことです」


そこから、さらに話は広がった。


材料を運ぶ馬車が必要になる。


材料を保管する倉庫が必要になる。


完成したクーラーを王都へ運ぶ輸送隊が必要になる。


王都で設置する職人も必要になる。


故障したときに修理する人も必要になる。


「……クーラーを八十七台作るだけなのに」


村長が苦笑した。


「ずいぶん大ごとになったな」


エドワードが笑う。


「商売とは、そういうものです」


しかし、問題はそれだけではなかった。


三日後。


王都から新たな手紙が届いた。


「……百二十台?」


リリアーナが目を丸くする。


商人が頷く。


「追加注文です」


「追加……」


「先日の実演販売を見た方から、新たに注文が入りました」


エドワードが手紙を受け取る。


「納期は?」


「二か月半を希望されています」


リリアーナは天井を見上げた。


「……増えましたね」


「増えました」


「嬉しいんですけど……」


「ええ」


二人は顔を見合わせる。


「作れますか?」


リリアーナが聞いた。


エドワードは少し考えた。


「今のままでは無理です」


「……ですよね」


だが、そこでエドワードは笑った。


「でも、今のままである必要もありません」


その日の夜、再び集会が開かれた。


今度はノルド村だけではない。


近隣の村からも鍛冶職人や木工職人が集まっていた。


リリアーナは全員を前にして話す。


「ノルド村だけでは、注文に追いつきません」


誰もが緊張した顔をしている。


「だから、皆さんにも力を貸していただきたいです」


「クーラーを作るのか?」


「はい」


「俺たちにも作れるのか?」


「全部を作る必要はありません」


リリアーナは設計図を掲げた。


「部品を作ってください」


「部品?」


「はい。ノルド村で最終的な組み立てと検査をします」


「なるほど」


「そして、品質の基準は私たちが共有します」


リリアーナは分厚い冊子を見せた。


そこには、寸法、材料、加工方法、検査方法が細かく記されている。


「これを『製造基準書』にします」


職人たちがざわめく。


「これなら、誰が作っても同じになる」


「そうです」


「……面白いな」


一人の鍛冶職人が笑った。


「村一つで作るんじゃなくて、村全部で作るのか」


「はい」


リリアーナも笑った。


「ノルド村から始まった魔道具です。でも、ノルド村だけのものにする必要はありません」


その言葉に、近隣の職人たちが顔を見合わせた。


やがて。


「やろう」


「うちも手伝う」


「金属部品なら任せろ」


「木工ならうちで作れる」


声が次々に上がった。


こうして、ノルド村を中心とした魔道具生産網が生まれた。


ノルド村では設計と最終組み立て。


隣村では木製外装。


別の村では金属部品。


さらに別の村では魔力石の加工。


そして王都では、ハルト商会が販売と設置、修理を担当する。


それぞれが得意な仕事を受け持つ。


翌月。


工房の景色は以前とはまったく違っていた。


「外装、二十台分届きました!」


「歯車は?」


「三十台分!」


「魔法陣板は?」


「こちらです!」


「検査場へ!」


完成した部品が次々と運び込まれる。


組み立て担当が部品を受け取る。


一台。


二台。


三台。


クーラーが完成していく。


リリアーナは最後の検査を担当した。


魔力を流す。


魔法陣が光る。


風が吹く。


温度が下がる。


「合格です」


「次!」


また一台。


「合格」


また一台。


「合格」


以前なら、一台作るだけで丸一日かかっていた。


今では、一日に十台以上を完成させられる。


それでも。


「リリアーナ様!」


商人が駆け込んできた。


「また王都からです!」


「今度は何台ですか?」


商人は息を切らしながら答えた。


「二百台です」


工房が止まった。


「……二百」


リリアーナは呟いた。


エドワードが注文書を見る。


「大型邸宅向けの注文ですね」


「二百台……」


リリアーナはしばらく黙っていた。


そして。


「エドワードさん」


「はい」


「もっと工房を増やしましょう」


エドワードは笑った。


「そう言うと思っていました」


リリアーナも笑う。


「だって――」


窓の外を見る。


そこには、クーラーの部品を積んだ馬車が何台も並んでいる。


その向こうでは、新しい工房の建設が進んでいる。


さらに遠くでは、近隣の村から職人たちがやって来ている。


「欲しいと言ってくれる人がいるなら」


リリアーナは言った。


「ちゃんと届けたいです」


「そのためには?」


「もっと作れるようにする」


「もっと?」


「もっと効率よく」


リリアーナは新しい設計図を取り出した。


そこには、今までとは少し違うクーラーの構造が描かれている。


「量産用に、もう一度設計を見直します」


エドワードが目を細める。


「まだ改良するんですか?」


「はい」


「今でも十分売れているのに?」


リリアーナは笑った。


「売れているからこそです」


そして設計図の一箇所を指差した。


「ここを改良すれば、部品を減らせます」


もう一箇所。


「ここも、組み立てを簡単にできます」


さらにもう一箇所。


「そうすれば、もっと早く作れます」


エドワードはその横顔を見つめた。


「……なるほど」


リリアーナは気づかない。


自分が今やっていることが、単なるクーラーの改良ではないことを。


一つの魔道具を作る。


それだけなら、今までと変わらない。


けれど今、彼女は考えている。


どうすれば多くの人が作れるのか。


どうすれば品質を保てるのか。


どうすれば材料を安定して確保できるのか。


どうすれば遠くの人にも届けられるのか。


そして――。


どうすれば、作る人たちにも仕事と利益が行き渡るのか。


魔道具は、もうリリアーナ一人の発明ではなかった。


ノルド村だけの産業でもない。


多くの職人と村を繋ぐ、大きな仕組みになり始めていた。


その日の夕方。


完成したクーラーを積んだ馬車が、王都へ向かって出発する。


「お気をつけて!」


「納品書を忘れるな!」


「設置説明書も入ってるぞ!」


村人たちが声をかける。


リリアーナは馬車が遠ざかっていくのを見送った。


隣にはエドワードがいる。


「最初の一台を王都へ持っていったときは、こんなことになるとは思いませんでした」


「私もです」


「今では、王都から注文が来て、周りの村で部品を作って、ノルド村で組み立てて、また王都へ運ぶ」


「はい」


リリアーナは少しだけ嬉しそうに笑った。


「……村が動いていますね」


エドワードは彼女を見る。


「ええ」


「みんなが働いて、みんなが必要とされて」


「それも、リリアーナさんが最初の一台を作ったからです」


「違います」


リリアーナは首を振った。


「最初の一台を作ったのは私でも、今作っているのは、みんなです」


エドワードは微笑んだ。


「そうですね」


そのとき、工房の中から大声が響いた。


「リリアーナ様ー!」


「何ですか?」


「新しい問題です!」


リリアーナが振り返る。


「今度は何でしょう?」


「魔力石が足りません!」


「……」


リリアーナとエドワードは、同時に顔を見合わせた。


そして。


リリアーナは苦笑した。


「……次は、材料ですね」


「ええ」


エドワードが笑う。


「商売は、簡単には終わりません」


ノルド村の挑戦は、まだ始まったばかりだった。

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