↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
5/15

5

「……暑い」


リリアーナは工房の机に突っ伏した。


窓は全開。


扇風機代わりの風送り魔道具も全開。


それでも暑い。


額に浮かんだ汗を布で拭いながら、リリアーナは目の前の魔道具を睨んだ。


「どうして冷えないんでしょう……」


机の上に置かれているのは、金属製の箱だった。


内部には複雑な魔法陣が刻まれている。


風を送り出す機構。


温度を下げるための魔法陣。


魔力を循環させる管。


理論上は、室内の熱を外へ逃がし、冷たい風を室内へ送り込むことができるはずだった。


――理論上は。


「これで、もう七台目ですね」


背後から声がした。


振り返ると、エドワードが立っていた。


「……はい」


「一台目は?」


「風が弱すぎました」


「二台目は?」


「冷えましたけど、魔力を使いすぎました」


「三台目は?」


「冷える前に魔法陣が焼けました」


「四台目は?」


「冷えたと思ったら、本体が凍りました」


「五台目は?」


「水が大量に出ました」


「六台目は?」


「動きませんでした」


エドワードは少し考えた。


「……では、七台目は?」


リリアーナは無言で魔道具を指差した。


「ぬるい風が出ます」


「なるほど」


「笑わないでください」


「笑っていませんよ」


そう言いながら、エドワードの口元は明らかに緩んでいた。


リリアーナは頬を膨らませる。


「貴族向けの商品にするんでしょう?」


「はい」


「だったら、絶対に完成させます」


エドワードが椅子を引いて座る。


「それについて、一つ提案があります」


「何でしょう?」


「クーラーだけを売るのではなく、クーラーを入口にして、貴族向けの魔道具市場そのものを作ってみてはいかがでしょう」


リリアーナが瞬きをした。


「市場……?」


「ノルド村の魔道具は、これまで農村や商人向けのものが中心でした」


エドワードは机の上に紙を広げた。


「給水装置、灌漑設備、製粉機、魔法灯、暖房器具。どれも生活を便利にするものです」


「はい」


「ですが、貴族にも需要があります」


エドワードは指を一本立てた。


「夏を快適にするクーラー」


もう一本。


「冬を暖かくする暖房魔道具」


さらに一本。


「使用人の負担を減らす厨房用魔道具」


「……」


「温度を一定に保つ食品保存庫。衣服を乾かす乾燥機。水を温める給湯装置。夜間の照明。浴室用の温水設備」


リリアーナの目が徐々に輝いていく。


「……全部、魔道具にできますね」


「だからこそです」


エドワードは笑った。


「クーラーは商品ではなく、入口です」


その日の午後。


リリアーナは工房の作業を一度止めた。


そして村の代表者たちを集めた。


鍛冶職人。


木工職人。


農家。


魔道具工房の職人たち。


商人。


運送を担当する者。


そして、エドワード。


大きな机を囲み、リリアーナは言った。


「これからノルド村を、もっと大きくしたいと思います」


村人たちが顔を見合わせる。


「今のノルド村には、魔道具を作る技術があります。でも、作るだけでは足りません」


リリアーナは黒板に文字を書いた。


『作る』


その隣に、


『売る』


さらに、


『使う』


「作る人だけではなく、売る人、設置する人、修理する人、使い方を教える人も必要です」


エドワードが頷く。


「王都の貴族に商品を売るなら、王都まで運ぶ必要があります。そして、購入後に壊れたら誰かが修理に行かなければならない」


「つまり……」


鍛冶職人の一人が腕を組む。


「魔道具を作るだけの村じゃなくて、魔道具を扱う町にするってことか?」


「はい」


リリアーナは頷いた。


「私は、それを目指したいです」


その言葉に、村人たちの表情が変わった。


ノルド村は、以前はただの小さな村だった。


水を汲むだけでも長い行列ができ、農業も天候に左右されていた。


それが今では、魔道具を作り、隣村へ販売するまでになっている。


「だったら、まず何をする?」


村長が尋ねた。


リリアーナはクーラーの設計図を広げた。


「まずは、これです」


「クーラーか」


「はい。でも、貴族向けなら条件があります」


エドワードが補足する。


「音が静かであること」


「見た目が美しいこと」


「部屋を狭くしないこと」


「使用人が簡単に操作できること」


「そして何より――」


リリアーナが言った。


「魔力消費が少ないことです」


村人たちが設計図を覗き込む。


鍛冶職人が眉を寄せた。


「この管、細すぎないか?」


「細くすると風量が落ちます」


「じゃあ太くするか?」


「それだと本体が大きくなります」


木工職人が口を挟む。


「本体を家具みたいにすればいいんじゃないか?」


「家具?」


「貴族の屋敷なら、壁際に置いても変じゃない形にする」


エドワードが頷いた。


「それは重要です」


「貴族は魔道具だから買うとは限りません」


「どういうことですか?」


リリアーナが聞く。


「見栄えも価値の一部だからです」


「なるほど……」


そこから議論は一気に活発になった。


「冷風を直接当てるより、部屋全体を冷やすほうがいい」


「じゃあ風向きを変えられるようにしよう」


「それなら羽根を動かす機構が必要だ」


「魔力で動かせる」


「いや、魔力を使いすぎる」


「なら歯車を使えばいい」


「歯車なら鍛冶屋で作れるぞ」


リリアーナは必死に図面を書き換えていく。


一人では思いつかなかったことが、次々と出てくる。


「……これです」


リリアーナが顔を上げた。


「みんなで考えれば、できるかもしれません」


それから数日。


試作品は何度も作り直された。


八号機。


九号機。


十号機。


十一号機。


十二号機。


「また壊れた!」


工房に叫び声が響く。


「魔法陣が焼けました!」


「冷媒管に亀裂!」


「歯車が噛み合ってません!」


「誰か、設計図を逆さまにしてないか!?」


「それは私じゃない!」


「俺でもないぞ!」


失敗するたびに工房は騒がしくなった。


けれど、誰も諦めなかった。


やがて――。


「リリアーナ様!」


職人の一人が叫んだ。


「動きました!」


リリアーナが飛び起きる。


「本当ですか!?」


「はい!」


魔道具が静かに唸った。


ふわり。


冷たい風が流れ出す。


「……!」


リリアーナが手を伸ばす。


ひんやりとした風が指先を撫でた。


「冷たい……」


誰かが呟いた。


「ちゃんと冷たいぞ」


「部屋全体の温度も下がってる!」


温度計を確認する。


少しずつ。


確実に。


室温が下がっている。


「やりました……」


リリアーナの顔に笑みが広がった。


しかし、エドワードはすぐに別の数字を確認した。


「魔力消費は?」


「……以前の半分です」


「半分?」


「はい」


エドワードが笑った。


「十分、商品になります」


その瞬間、工房に歓声が上がった。


「完成だ!」


「クーラー完成だ!」


リリアーナも思わず拳を握った。


「やりました!」


しかし、エドワードはそこで終わらせなかった。


「では、次です」


「次?」


「販売です」


リリアーナは固まった。


「……販売」


「はい」


「王都の貴族に?」


「はい」


「私たちが?」


「はい」


リリアーナは少しだけ不安そうな顔をした。


「売れるでしょうか」


エドワードは笑った。


「売れるようにするんです」


数日後。


完成したクーラーは、美しい木製の外装をまとっていた。


魔道具というより、高級家具に近い。


余計な装飾はない。


けれど上品で、どんな屋敷にも置ける。


さらに、操作盤には三つのつまみだけ。


『弱』


『中』


『強』


使用人でも簡単に扱える。


そして、魔力石を交換すれば長時間稼働する。


「これなら貴族の屋敷にも置けますね」


リリアーナが満足そうに眺める。


「ですが、問題はもう一つあります」


エドワードが言った。


「宣伝です」


「宣伝?」


「貴族は、知らない商品を簡単には買いません」


エドワードは王都の地図を広げた。


「そこで、最初から大量販売はしません」


「どうするんです?」


「王都の有力貴族数家に試作品を貸し出します」


「無料で?」


「はい。ただし、条件付きです」


エドワードが笑う。


「実際に使っていただき、感想を書いてもらいます」


「なるほど……」


「そして、その中から評判の良かった家の名前を許可を得て宣伝に使う」


リリアーナは目を丸くした。


「そんな方法があるんですね」


「商売ですから」


「また、商品の実演販売会も行いましょう」


「実演販売?」


「王都の貴族向け販売店で、実際に商品を使ってみて、どれだけ快適になるのかを実演します」


「なるほど...そうして多くの方に実際に試して頂くわけですね。」


その後、ハルト商会の協力によって、王都の数家へクーラーが届けられた。


最初は半信半疑だった貴族たちも、実際に使ってみると反応が変わった。


「これは……涼しい」


「しかも音が静かだ」


「使用人でも操作できるのか」


「夜も使えるの?」


「寝室にも置けるのか?」


評判は少しずつ広がっていった。


◇


王都の中心街。


普段なら高級衣料品店や宝飾店が並ぶ一角に、この日だけ大きな看板が掲げられていた。


『ノルド村魔道具工房――新製品発表会』


その下には、さらに大きく。


『貴族邸向け冷却魔道具・実演』


と書かれている。


朝から、会場の前には人が集まり始めていた。


「冷却魔道具?」


「ノルド村って、あの魔道具を作っている村だろう?」


「最近、給水装置や農業用魔道具で有名になったところだな」


「しかし、冷却など本当にできるのか?」


通りすがりの貴族や商人たちが看板を眺め、口々に噂している。


会場の中では、リリアーナが忙しく動き回っていた。


「エドワードさん、この魔力石は予備がありますか?」


「三つ用意しています」


「ありがとうございます。あと、排熱用の管をもう少し外側へ……」


「そちらも設置済みです」


「助かります」


今日のために用意したクーラーは三台。


一台は実演用。


一台は内部構造を見せるための展示用。


そしてもう一台は予備だった。


どれもノルド村で作ったものだ。


ただし、以前の試作品とは違う。


木製の美しい外装。


傷のつきにくい加工。


静音性を高めた歯車。


交換しやすい魔力石。


そして、操作盤には三つのつまみしかない。


「弱」


「中」


「強」


貴族の使用人でも扱えるよう、徹底的に簡略化されていた。


リリアーナは最後に内部を確認する。


「……大丈夫」


小さく息を吐いた。


その横で、エドワードが微笑んだ。


「緊張していますか?」


「少しだけ」


「少しだけですか?」


「……かなり」


「リリアーナさんらしいですね」


「だって、失敗したらどうしましょう」


「そのときは、原因を調べて直せばいいでしょう」


「それはそうですけど……」


リリアーナが不安そうにクーラーを見る。


エドワードはその横顔を見て、穏やかに言った。


「大丈夫ですよ」


「……?」


「今日は、売ることよりも知ってもらうことが目的です」


リリアーナは顔を上げた。


「ノルド村が何を作れるのか。それを王都の人たちに知ってもらう」


「はい」


「そのうえで欲しいと思ってもらえたら、そこからが商売です」


「……はい」


リリアーナは深く息を吸った。


そして、笑った。


「では、やりましょう」


その直後。


会場の扉が開いた。


「侯爵家ご一行がお見えです!」


「伯爵家も!」


「ハルト商会のお客様も続々と来ています!」


エドワードが頷く。


「始まりましたね」


最初に会場へ入ってきたのは、王都でも有数の貴族だった。


侯爵夫人が扇を広げながら、クーラーを眺める。


「これが噂の?」


「はい」


エドワードが一歩前へ出る。


「ノルド村製の冷却魔道具でございます」


夫人は眉を上げた。


「冷却魔道具ということは……部屋が涼しくなるの?」


「実際にご確認いただけます」


「まあ」


周囲の貴族たちも興味を示した。


だが、誰もすぐには信じない。


「氷を置いているだけでは?」


「冷たい水を流しているのでは?」


「魔力を大量に使うのではありませんか?」


疑問が次々と飛んでくる。


リリアーナは一つずつ答えた。


「氷は使っていません」


「水も、冷却そのものには使用していません」


「こちらの魔力石一つで、一般的な貴族の居間なら半日ほど稼働できます」


「半日?」


「はい」


「それほど少ない魔力で?」


「魔力の流れを循環させていますので」


そこで、魔法に詳しい貴族が口を挟んだ。


「しかし、冷却というのは非常に魔力を消費するはずだ」


「普通に冷却魔法を使えば、そうなります」


リリアーナは答えた。


「この魔道具は、魔法を直接使うのではなく、魔法陣と機械構造を組み合わせています」


「……ほう」


「魔力で直接冷やすのではなく、魔力で装置を動かし、装置そのものに熱を移動させます」


貴族たちの表情が変わった。


「つまり……魔法を使うのではなく、魔法を仕組みの中に組み込んでいる?」


「はい」


その言葉に、魔法技術に詳しい者たちがざわめいた。


リリアーナは操作盤の前に立つ。


「では、実演します」


魔力石をセットする。


カチリ。


固定する音。


そして――。


つまみを回した。


「まずは『弱』です」


魔道具が静かに動き始めた。


ブゥン、と小さな音。


直後。


ふわり。


冷たい風が流れた。


「……!」


侯爵夫人が扇を止めた。


「まあ……」


周囲からも声が漏れる。


「本当に冷たい」


「風が涼しいぞ」


「しかも、こんなに静かなのか?」


リリアーナは温度計を確認する。


「現在、室温は三十一度です」


「三十一……」


「では、しばらくお待ちください」


時間が経つ。


三十度。


二十九度。


二十八度。


数字がゆっくり下がっていく。


会場の空気が変わった。


先ほどまで扇を使っていた貴族たちが、次々と扇を閉じ始める。


「……涼しい」


誰かが呟いた。


「いや、涼しいどころではない」


別の男が首元を緩める。


「これは、冷えている」


リリアーナは嬉しそうに頷いた。


「はい」


すると、一人の伯爵夫人が手を挙げた。


「この魔道具、寝室にも置けるの?」


「もちろんです」


「夜中に音は気にならない?」


「通常の風送り魔道具より静かです」


「使用人が操作するの?」


「はい。操作は三段階だけです」


「魔力石の交換は?」


「簡単にできます」


「故障した場合は?」


その質問に、エドワードが答えた。


「ノルド村の魔道具工房が責任を持って修理いたします」


「王都まで持っていく必要があるの?」


「いいえ」


エドワードは笑った。


「王都に修理担当所を設ける予定です」


その瞬間。


リリアーナがエドワードを見る。


「……いつの間に?」


「昨日決めました」


「昨日?」


「売れると分かったので」


「……」


リリアーナは呆れたように笑った。


商人というのは、本当に早い。


その間にも貴族たちの質問は止まらない。


「価格は?」


「いくらで買える?」


「一台でどれくらいの広さまで冷やせる?」


「二階でも使える?」


「複数の部屋に設置できる?」


「厨房にも置ける?」


「魔力石はどこで買えるの?」


リリアーナは必死に答えていく。


けれど、そのうち一つの質問が出た。


「……これほど便利なら、かなり高いのでしょう?」


会場が静かになる。


それは誰もが気になっていたことだった。


エドワードが口を開く。


「本体価格は、金貨十枚を予定しております」


ざわっ。


「十枚……」


「高いな」


「いや、貴族向けなら……」


「だが、維持費は?」


「魔力石の交換費用を含めても、従来の冷却魔法を依頼するより安くなる計算です」


エドワードは資料を配った。


そこには、一年間使用した場合の費用比較が記載されている。


魔法使いに毎日冷却を依頼する場合。


氷を大量に購入する場合。


そして、ノルド村のクーラーを使う場合。


数字を見た貴族たちが黙り込む。


「……本当に?」


「はい」


「これなら……」


一人の伯爵が顔を上げた。


「うちにも三台欲しい」


エドワードが頭を下げる。


「ありがとうございます」


すると、別の貴族がすぐに言った。


「私は二台だ」


「うちは四台」


「我が家も三台」


「待ってください」


エドワードが笑いながら制した。


「本日は実演販売ですので、受注数には限りがあります」


「何?」


「現在、ノルド村で生産できる台数に限りがございます」


「では、予約を」


「もちろん承ります」


その言葉を合図に、商談担当の者たちが動き始めた。


注文書。


予約票。


設置希望場所。


必要台数。


一気に人が動く。


リリアーナはその光景を呆然と眺めていた。


「……売れてますね」


「売れていますね」


エドワードが隣に立つ。


「こんなに……」


「これでも、おそらく一部です」


「一部?」


「今日来ているのは、噂を聞いて直接見に来た方々です」


エドワードは会場の外を見る。


そこには、入場できずに並んでいる人々がいた。


「問題は、今日ここに来られなかった人たちです」


リリアーナが目を見開く。


「……」


「実演を見た貴族が、帰宅して話す」


「その話を聞いた別の貴族が欲しくなる」


「そして、また注文が来る」


エドワードは笑った。


「商売は、ここからです」


そのとき。


会場の奥から声が上がった。


「これ、本当に魔道具だけで作ったのか?」


「はい」


「誰が設計した?」


エドワードがリリアーナを見る。


「こちらのリリアーナ嬢です」


「彼女が?」


視線が一斉に集まる。


リリアーナは少し戸惑いながら頭を下げた。


「はい」


すると、一人の老伯爵が前へ出てきた。


「一つ聞いてもいいかな」


「はい」


「この魔道具は、どうしてこんなに静かなんだ?」


「歯車の配置を変えて、振動が本体へ伝わりにくくしています。それと、風の流れも――」


そこから先は、リリアーナの説明が止まらなくなった。


魔力の流れ。


熱の移動。


歯車の構造。


風の抵抗。


魔法陣の効率。


話しているうちに、彼女の目が輝いていく。


貴族たちは、いつしか静かに彼女の話を聞いていた。


そして説明が終わると。


「……面白い」


老伯爵が笑った。


「私は魔法が使えない者を、これまで魔法に関しては何もできないと思っていた」


リリアーナが少し目を伏せる。


「ですが、違ったようだ」


「……ありがとうございます」


老伯爵はクーラーを見上げる。


「魔法を使う者と、魔法を仕組みにする者は違うのだな」


その言葉が、リリアーナの胸に残った。


かつて王都では。


『魔法が使えない』


ただそれだけで、価値がないと言われた。


けれど今。


同じ王都で。


彼女が作った魔道具を求めて、貴族たちが列を作っている。


「リリアーナさん」


エドワードが小さく声をかける。


「はい?」


「少し休みましょう」


「でも、まだ説明が……」


「大丈夫です」


エドワードが笑う。


「今日の目的は、もう十分果たせています」


リリアーナは会場を見渡した。


注文書を手にする貴族。


魔道具を覗き込む子ども。


構造を熱心に質問する魔術師。


商談を進めるハルト商会の職員。


そして、クーラーの前で涼しそうに笑う人々。


「……本当に、ここまで来たんですね」


「ええ」


「ノルド村から、王都まで」


「そして、これから王都から各地へ」


エドワードが言う。


リリアーナは笑った。


「なんだか、不思議です」


「何がです?」


「最初は、村の井戸を楽にしたかっただけなのに」


「今は?」


リリアーナは少し考えた。


そして、会場の外へ視線を向ける。


「もっとたくさんの人に、便利なものを届けたいです」


エドワードは嬉しそうに笑った。


「それなら、まだまだ忙しくなりますね」


「はい」


リリアーナも笑う。


「頑張りましょう」


その日の夕方。


実演販売会が終わる頃には、用意していた注文受付用紙がすべてなくなっていた。


クーラーの予約だけで、予定していた生産数を大きく上回った。


さらに。


「厨房用魔道具を見たい」


「保存庫の実物はないのか?」


「冬用の暖房魔道具も予約できる?」


「浴室用の給湯装置について詳しく聞きたい」


新たな問い合わせが次々と入ってきた。


王都での実演販売は、単にクーラーを売るだけの催しでは終わらなかった。


ノルド村という名を、王都の貴族たちに知らしめる日となった。


そして翌朝。


王都の商人たちの間では、こんな噂が飛び交うことになる。


――ノルド村には、まだ誰も見たことのない魔道具がいくつもあるらしい。


その噂こそが。


ノルド村をさらに大きくしていく、新たな商機の始まりだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。