5
「……暑い」
リリアーナは工房の机に突っ伏した。
窓は全開。
扇風機代わりの風送り魔道具も全開。
それでも暑い。
額に浮かんだ汗を布で拭いながら、リリアーナは目の前の魔道具を睨んだ。
「どうして冷えないんでしょう……」
机の上に置かれているのは、金属製の箱だった。
内部には複雑な魔法陣が刻まれている。
風を送り出す機構。
温度を下げるための魔法陣。
魔力を循環させる管。
理論上は、室内の熱を外へ逃がし、冷たい風を室内へ送り込むことができるはずだった。
――理論上は。
「これで、もう七台目ですね」
背後から声がした。
振り返ると、エドワードが立っていた。
「……はい」
「一台目は?」
「風が弱すぎました」
「二台目は?」
「冷えましたけど、魔力を使いすぎました」
「三台目は?」
「冷える前に魔法陣が焼けました」
「四台目は?」
「冷えたと思ったら、本体が凍りました」
「五台目は?」
「水が大量に出ました」
「六台目は?」
「動きませんでした」
エドワードは少し考えた。
「……では、七台目は?」
リリアーナは無言で魔道具を指差した。
「ぬるい風が出ます」
「なるほど」
「笑わないでください」
「笑っていませんよ」
そう言いながら、エドワードの口元は明らかに緩んでいた。
リリアーナは頬を膨らませる。
「貴族向けの商品にするんでしょう?」
「はい」
「だったら、絶対に完成させます」
エドワードが椅子を引いて座る。
「それについて、一つ提案があります」
「何でしょう?」
「クーラーだけを売るのではなく、クーラーを入口にして、貴族向けの魔道具市場そのものを作ってみてはいかがでしょう」
リリアーナが瞬きをした。
「市場……?」
「ノルド村の魔道具は、これまで農村や商人向けのものが中心でした」
エドワードは机の上に紙を広げた。
「給水装置、灌漑設備、製粉機、魔法灯、暖房器具。どれも生活を便利にするものです」
「はい」
「ですが、貴族にも需要があります」
エドワードは指を一本立てた。
「夏を快適にするクーラー」
もう一本。
「冬を暖かくする暖房魔道具」
さらに一本。
「使用人の負担を減らす厨房用魔道具」
「……」
「温度を一定に保つ食品保存庫。衣服を乾かす乾燥機。水を温める給湯装置。夜間の照明。浴室用の温水設備」
リリアーナの目が徐々に輝いていく。
「……全部、魔道具にできますね」
「だからこそです」
エドワードは笑った。
「クーラーは商品ではなく、入口です」
その日の午後。
リリアーナは工房の作業を一度止めた。
そして村の代表者たちを集めた。
鍛冶職人。
木工職人。
農家。
魔道具工房の職人たち。
商人。
運送を担当する者。
そして、エドワード。
大きな机を囲み、リリアーナは言った。
「これからノルド村を、もっと大きくしたいと思います」
村人たちが顔を見合わせる。
「今のノルド村には、魔道具を作る技術があります。でも、作るだけでは足りません」
リリアーナは黒板に文字を書いた。
『作る』
その隣に、
『売る』
さらに、
『使う』
「作る人だけではなく、売る人、設置する人、修理する人、使い方を教える人も必要です」
エドワードが頷く。
「王都の貴族に商品を売るなら、王都まで運ぶ必要があります。そして、購入後に壊れたら誰かが修理に行かなければならない」
「つまり……」
鍛冶職人の一人が腕を組む。
「魔道具を作るだけの村じゃなくて、魔道具を扱う町にするってことか?」
「はい」
リリアーナは頷いた。
「私は、それを目指したいです」
その言葉に、村人たちの表情が変わった。
ノルド村は、以前はただの小さな村だった。
水を汲むだけでも長い行列ができ、農業も天候に左右されていた。
それが今では、魔道具を作り、隣村へ販売するまでになっている。
「だったら、まず何をする?」
村長が尋ねた。
リリアーナはクーラーの設計図を広げた。
「まずは、これです」
「クーラーか」
「はい。でも、貴族向けなら条件があります」
エドワードが補足する。
「音が静かであること」
「見た目が美しいこと」
「部屋を狭くしないこと」
「使用人が簡単に操作できること」
「そして何より――」
リリアーナが言った。
「魔力消費が少ないことです」
村人たちが設計図を覗き込む。
鍛冶職人が眉を寄せた。
「この管、細すぎないか?」
「細くすると風量が落ちます」
「じゃあ太くするか?」
「それだと本体が大きくなります」
木工職人が口を挟む。
「本体を家具みたいにすればいいんじゃないか?」
「家具?」
「貴族の屋敷なら、壁際に置いても変じゃない形にする」
エドワードが頷いた。
「それは重要です」
「貴族は魔道具だから買うとは限りません」
「どういうことですか?」
リリアーナが聞く。
「見栄えも価値の一部だからです」
「なるほど……」
そこから議論は一気に活発になった。
「冷風を直接当てるより、部屋全体を冷やすほうがいい」
「じゃあ風向きを変えられるようにしよう」
「それなら羽根を動かす機構が必要だ」
「魔力で動かせる」
「いや、魔力を使いすぎる」
「なら歯車を使えばいい」
「歯車なら鍛冶屋で作れるぞ」
リリアーナは必死に図面を書き換えていく。
一人では思いつかなかったことが、次々と出てくる。
「……これです」
リリアーナが顔を上げた。
「みんなで考えれば、できるかもしれません」
それから数日。
試作品は何度も作り直された。
八号機。
九号機。
十号機。
十一号機。
十二号機。
「また壊れた!」
工房に叫び声が響く。
「魔法陣が焼けました!」
「冷媒管に亀裂!」
「歯車が噛み合ってません!」
「誰か、設計図を逆さまにしてないか!?」
「それは私じゃない!」
「俺でもないぞ!」
失敗するたびに工房は騒がしくなった。
けれど、誰も諦めなかった。
やがて――。
「リリアーナ様!」
職人の一人が叫んだ。
「動きました!」
リリアーナが飛び起きる。
「本当ですか!?」
「はい!」
魔道具が静かに唸った。
ふわり。
冷たい風が流れ出す。
「……!」
リリアーナが手を伸ばす。
ひんやりとした風が指先を撫でた。
「冷たい……」
誰かが呟いた。
「ちゃんと冷たいぞ」
「部屋全体の温度も下がってる!」
温度計を確認する。
少しずつ。
確実に。
室温が下がっている。
「やりました……」
リリアーナの顔に笑みが広がった。
しかし、エドワードはすぐに別の数字を確認した。
「魔力消費は?」
「……以前の半分です」
「半分?」
「はい」
エドワードが笑った。
「十分、商品になります」
その瞬間、工房に歓声が上がった。
「完成だ!」
「クーラー完成だ!」
リリアーナも思わず拳を握った。
「やりました!」
しかし、エドワードはそこで終わらせなかった。
「では、次です」
「次?」
「販売です」
リリアーナは固まった。
「……販売」
「はい」
「王都の貴族に?」
「はい」
「私たちが?」
「はい」
リリアーナは少しだけ不安そうな顔をした。
「売れるでしょうか」
エドワードは笑った。
「売れるようにするんです」
数日後。
完成したクーラーは、美しい木製の外装をまとっていた。
魔道具というより、高級家具に近い。
余計な装飾はない。
けれど上品で、どんな屋敷にも置ける。
さらに、操作盤には三つのつまみだけ。
『弱』
『中』
『強』
使用人でも簡単に扱える。
そして、魔力石を交換すれば長時間稼働する。
「これなら貴族の屋敷にも置けますね」
リリアーナが満足そうに眺める。
「ですが、問題はもう一つあります」
エドワードが言った。
「宣伝です」
「宣伝?」
「貴族は、知らない商品を簡単には買いません」
エドワードは王都の地図を広げた。
「そこで、最初から大量販売はしません」
「どうするんです?」
「王都の有力貴族数家に試作品を貸し出します」
「無料で?」
「はい。ただし、条件付きです」
エドワードが笑う。
「実際に使っていただき、感想を書いてもらいます」
「なるほど……」
「そして、その中から評判の良かった家の名前を許可を得て宣伝に使う」
リリアーナは目を丸くした。
「そんな方法があるんですね」
「商売ですから」
「また、商品の実演販売会も行いましょう」
「実演販売?」
「王都の貴族向け販売店で、実際に商品を使ってみて、どれだけ快適になるのかを実演します」
「なるほど...そうして多くの方に実際に試して頂くわけですね。」
その後、ハルト商会の協力によって、王都の数家へクーラーが届けられた。
最初は半信半疑だった貴族たちも、実際に使ってみると反応が変わった。
「これは……涼しい」
「しかも音が静かだ」
「使用人でも操作できるのか」
「夜も使えるの?」
「寝室にも置けるのか?」
評判は少しずつ広がっていった。
◇
王都の中心街。
普段なら高級衣料品店や宝飾店が並ぶ一角に、この日だけ大きな看板が掲げられていた。
『ノルド村魔道具工房――新製品発表会』
その下には、さらに大きく。
『貴族邸向け冷却魔道具・実演』
と書かれている。
朝から、会場の前には人が集まり始めていた。
「冷却魔道具?」
「ノルド村って、あの魔道具を作っている村だろう?」
「最近、給水装置や農業用魔道具で有名になったところだな」
「しかし、冷却など本当にできるのか?」
通りすがりの貴族や商人たちが看板を眺め、口々に噂している。
会場の中では、リリアーナが忙しく動き回っていた。
「エドワードさん、この魔力石は予備がありますか?」
「三つ用意しています」
「ありがとうございます。あと、排熱用の管をもう少し外側へ……」
「そちらも設置済みです」
「助かります」
今日のために用意したクーラーは三台。
一台は実演用。
一台は内部構造を見せるための展示用。
そしてもう一台は予備だった。
どれもノルド村で作ったものだ。
ただし、以前の試作品とは違う。
木製の美しい外装。
傷のつきにくい加工。
静音性を高めた歯車。
交換しやすい魔力石。
そして、操作盤には三つのつまみしかない。
「弱」
「中」
「強」
貴族の使用人でも扱えるよう、徹底的に簡略化されていた。
リリアーナは最後に内部を確認する。
「……大丈夫」
小さく息を吐いた。
その横で、エドワードが微笑んだ。
「緊張していますか?」
「少しだけ」
「少しだけですか?」
「……かなり」
「リリアーナさんらしいですね」
「だって、失敗したらどうしましょう」
「そのときは、原因を調べて直せばいいでしょう」
「それはそうですけど……」
リリアーナが不安そうにクーラーを見る。
エドワードはその横顔を見て、穏やかに言った。
「大丈夫ですよ」
「……?」
「今日は、売ることよりも知ってもらうことが目的です」
リリアーナは顔を上げた。
「ノルド村が何を作れるのか。それを王都の人たちに知ってもらう」
「はい」
「そのうえで欲しいと思ってもらえたら、そこからが商売です」
「……はい」
リリアーナは深く息を吸った。
そして、笑った。
「では、やりましょう」
その直後。
会場の扉が開いた。
「侯爵家ご一行がお見えです!」
「伯爵家も!」
「ハルト商会のお客様も続々と来ています!」
エドワードが頷く。
「始まりましたね」
最初に会場へ入ってきたのは、王都でも有数の貴族だった。
侯爵夫人が扇を広げながら、クーラーを眺める。
「これが噂の?」
「はい」
エドワードが一歩前へ出る。
「ノルド村製の冷却魔道具でございます」
夫人は眉を上げた。
「冷却魔道具ということは……部屋が涼しくなるの?」
「実際にご確認いただけます」
「まあ」
周囲の貴族たちも興味を示した。
だが、誰もすぐには信じない。
「氷を置いているだけでは?」
「冷たい水を流しているのでは?」
「魔力を大量に使うのではありませんか?」
疑問が次々と飛んでくる。
リリアーナは一つずつ答えた。
「氷は使っていません」
「水も、冷却そのものには使用していません」
「こちらの魔力石一つで、一般的な貴族の居間なら半日ほど稼働できます」
「半日?」
「はい」
「それほど少ない魔力で?」
「魔力の流れを循環させていますので」
そこで、魔法に詳しい貴族が口を挟んだ。
「しかし、冷却というのは非常に魔力を消費するはずだ」
「普通に冷却魔法を使えば、そうなります」
リリアーナは答えた。
「この魔道具は、魔法を直接使うのではなく、魔法陣と機械構造を組み合わせています」
「……ほう」
「魔力で直接冷やすのではなく、魔力で装置を動かし、装置そのものに熱を移動させます」
貴族たちの表情が変わった。
「つまり……魔法を使うのではなく、魔法を仕組みの中に組み込んでいる?」
「はい」
その言葉に、魔法技術に詳しい者たちがざわめいた。
リリアーナは操作盤の前に立つ。
「では、実演します」
魔力石をセットする。
カチリ。
固定する音。
そして――。
つまみを回した。
「まずは『弱』です」
魔道具が静かに動き始めた。
ブゥン、と小さな音。
直後。
ふわり。
冷たい風が流れた。
「……!」
侯爵夫人が扇を止めた。
「まあ……」
周囲からも声が漏れる。
「本当に冷たい」
「風が涼しいぞ」
「しかも、こんなに静かなのか?」
リリアーナは温度計を確認する。
「現在、室温は三十一度です」
「三十一……」
「では、しばらくお待ちください」
時間が経つ。
三十度。
二十九度。
二十八度。
数字がゆっくり下がっていく。
会場の空気が変わった。
先ほどまで扇を使っていた貴族たちが、次々と扇を閉じ始める。
「……涼しい」
誰かが呟いた。
「いや、涼しいどころではない」
別の男が首元を緩める。
「これは、冷えている」
リリアーナは嬉しそうに頷いた。
「はい」
すると、一人の伯爵夫人が手を挙げた。
「この魔道具、寝室にも置けるの?」
「もちろんです」
「夜中に音は気にならない?」
「通常の風送り魔道具より静かです」
「使用人が操作するの?」
「はい。操作は三段階だけです」
「魔力石の交換は?」
「簡単にできます」
「故障した場合は?」
その質問に、エドワードが答えた。
「ノルド村の魔道具工房が責任を持って修理いたします」
「王都まで持っていく必要があるの?」
「いいえ」
エドワードは笑った。
「王都に修理担当所を設ける予定です」
その瞬間。
リリアーナがエドワードを見る。
「……いつの間に?」
「昨日決めました」
「昨日?」
「売れると分かったので」
「……」
リリアーナは呆れたように笑った。
商人というのは、本当に早い。
その間にも貴族たちの質問は止まらない。
「価格は?」
「いくらで買える?」
「一台でどれくらいの広さまで冷やせる?」
「二階でも使える?」
「複数の部屋に設置できる?」
「厨房にも置ける?」
「魔力石はどこで買えるの?」
リリアーナは必死に答えていく。
けれど、そのうち一つの質問が出た。
「……これほど便利なら、かなり高いのでしょう?」
会場が静かになる。
それは誰もが気になっていたことだった。
エドワードが口を開く。
「本体価格は、金貨十枚を予定しております」
ざわっ。
「十枚……」
「高いな」
「いや、貴族向けなら……」
「だが、維持費は?」
「魔力石の交換費用を含めても、従来の冷却魔法を依頼するより安くなる計算です」
エドワードは資料を配った。
そこには、一年間使用した場合の費用比較が記載されている。
魔法使いに毎日冷却を依頼する場合。
氷を大量に購入する場合。
そして、ノルド村のクーラーを使う場合。
数字を見た貴族たちが黙り込む。
「……本当に?」
「はい」
「これなら……」
一人の伯爵が顔を上げた。
「うちにも三台欲しい」
エドワードが頭を下げる。
「ありがとうございます」
すると、別の貴族がすぐに言った。
「私は二台だ」
「うちは四台」
「我が家も三台」
「待ってください」
エドワードが笑いながら制した。
「本日は実演販売ですので、受注数には限りがあります」
「何?」
「現在、ノルド村で生産できる台数に限りがございます」
「では、予約を」
「もちろん承ります」
その言葉を合図に、商談担当の者たちが動き始めた。
注文書。
予約票。
設置希望場所。
必要台数。
一気に人が動く。
リリアーナはその光景を呆然と眺めていた。
「……売れてますね」
「売れていますね」
エドワードが隣に立つ。
「こんなに……」
「これでも、おそらく一部です」
「一部?」
「今日来ているのは、噂を聞いて直接見に来た方々です」
エドワードは会場の外を見る。
そこには、入場できずに並んでいる人々がいた。
「問題は、今日ここに来られなかった人たちです」
リリアーナが目を見開く。
「……」
「実演を見た貴族が、帰宅して話す」
「その話を聞いた別の貴族が欲しくなる」
「そして、また注文が来る」
エドワードは笑った。
「商売は、ここからです」
そのとき。
会場の奥から声が上がった。
「これ、本当に魔道具だけで作ったのか?」
「はい」
「誰が設計した?」
エドワードがリリアーナを見る。
「こちらのリリアーナ嬢です」
「彼女が?」
視線が一斉に集まる。
リリアーナは少し戸惑いながら頭を下げた。
「はい」
すると、一人の老伯爵が前へ出てきた。
「一つ聞いてもいいかな」
「はい」
「この魔道具は、どうしてこんなに静かなんだ?」
「歯車の配置を変えて、振動が本体へ伝わりにくくしています。それと、風の流れも――」
そこから先は、リリアーナの説明が止まらなくなった。
魔力の流れ。
熱の移動。
歯車の構造。
風の抵抗。
魔法陣の効率。
話しているうちに、彼女の目が輝いていく。
貴族たちは、いつしか静かに彼女の話を聞いていた。
そして説明が終わると。
「……面白い」
老伯爵が笑った。
「私は魔法が使えない者を、これまで魔法に関しては何もできないと思っていた」
リリアーナが少し目を伏せる。
「ですが、違ったようだ」
「……ありがとうございます」
老伯爵はクーラーを見上げる。
「魔法を使う者と、魔法を仕組みにする者は違うのだな」
その言葉が、リリアーナの胸に残った。
かつて王都では。
『魔法が使えない』
ただそれだけで、価値がないと言われた。
けれど今。
同じ王都で。
彼女が作った魔道具を求めて、貴族たちが列を作っている。
「リリアーナさん」
エドワードが小さく声をかける。
「はい?」
「少し休みましょう」
「でも、まだ説明が……」
「大丈夫です」
エドワードが笑う。
「今日の目的は、もう十分果たせています」
リリアーナは会場を見渡した。
注文書を手にする貴族。
魔道具を覗き込む子ども。
構造を熱心に質問する魔術師。
商談を進めるハルト商会の職員。
そして、クーラーの前で涼しそうに笑う人々。
「……本当に、ここまで来たんですね」
「ええ」
「ノルド村から、王都まで」
「そして、これから王都から各地へ」
エドワードが言う。
リリアーナは笑った。
「なんだか、不思議です」
「何がです?」
「最初は、村の井戸を楽にしたかっただけなのに」
「今は?」
リリアーナは少し考えた。
そして、会場の外へ視線を向ける。
「もっとたくさんの人に、便利なものを届けたいです」
エドワードは嬉しそうに笑った。
「それなら、まだまだ忙しくなりますね」
「はい」
リリアーナも笑う。
「頑張りましょう」
その日の夕方。
実演販売会が終わる頃には、用意していた注文受付用紙がすべてなくなっていた。
クーラーの予約だけで、予定していた生産数を大きく上回った。
さらに。
「厨房用魔道具を見たい」
「保存庫の実物はないのか?」
「冬用の暖房魔道具も予約できる?」
「浴室用の給湯装置について詳しく聞きたい」
新たな問い合わせが次々と入ってきた。
王都での実演販売は、単にクーラーを売るだけの催しでは終わらなかった。
ノルド村という名を、王都の貴族たちに知らしめる日となった。
そして翌朝。
王都の商人たちの間では、こんな噂が飛び交うことになる。
――ノルド村には、まだ誰も見たことのない魔道具がいくつもあるらしい。
その噂こそが。
ノルド村をさらに大きくしていく、新たな商機の始まりだった。




