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「次の審議対象について申し上げます」
宰相が書類をめくった。
「宮廷魔導師セレネについてです」
広間の空気が変わった。
セレネは静かに立ち上がる。
「私は、リリアーナ様について証言したことに間違いはありません」
「では、確認しよう」
国王が口を開く。
「お前は、リリアーナ嬢には王太子妃としての能力がないと判断した」
「はい」
「理由は?」
「魔力量です」
セレネは迷いなく答えた。
「リリアーナ様の魔力量は、一般的な貴族令嬢と比較しても極めて少ない。生活魔法すら満足に扱えないほどです」
「しかし、それだけで魔法に関する能力がないと判断したのではないか?」
「王太子妃に必要なのは、魔法研究者としての能力ではありません」
セレネは議場を見回した。
「王太子妃は王族です。王宮の魔法結界、王族専用魔道具、儀礼魔法など、多くの魔法技術と関わります。魔力の少ない者を王太子妃にすることに、私は危険があると判断しました」
「危険?」
「はい」
セレネは一歩前へ出る。
「私は間違っていないと思っています」
議場がざわつく。
「リリアーナ様が現在、素晴らしい魔道具を作っていることは認めます」
一瞬、セレネの声が揺れた。
しかし、すぐに続ける。
「ですが、それと王太子妃として適任だったかどうかは別問題です」
「ほう」
国王が目を細める。
「続けなさい」
「私は魔法使いです。魔法には適性があります。火属性に強い者、水属性に強い者、治癒魔法に優れる者。人によって得意分野は違う」
セレネはリリアーナの資料を指差した。
「リリアーナ様は、魔法そのものを扱う能力が低かった。だから私は、魔法を扱う者として評価しませんでした」
「では、魔法を『設計する』能力については?」
魔法技術局長が尋ねた。
「当時、確認されていませんでした」
「確認しなかったのでは?」
「……」
セレネの目が鋭くなる。
「王太子妃候補に必要な能力として、魔法設計が必須だという規定はありません」
「規定がなければ調査する必要もないと?」
「少なくとも、王太子妃候補としての適性審査において最優先されるものではありません」
その言葉に、議場の一部から同意する声が上がった。
セレネはさらに続けた。
「それに、今になって彼女の功績だけを見て、私の判断を誤りだったと決めつけるのは公平ではありません」
「ほう」
「私は未来を予知できるわけではありません」
セレネの声には、初めて感情が混じった。
「当時の私は、当時分かっていた情報から判断しました」
国王はしばらくセレネを見つめた。
「では問おう」
「はい」
「お前は、リリアーナ嬢が魔法陣を描くところを一度でも見たか?」
「……ありません」
「魔法道具を設計しているところは?」
「ありません」
「既存の魔法陣を改良する能力を調査したか?」
「……ありません」
「ならば、なぜ『魔法に関する能力が低い』と断定した?」
セレネが黙った。
国王はさらに続ける。
「お前が確認したのは、リリアーナ嬢の魔力量と、生活魔法の適性だけだろう」
「……はい」
「それなのに、お前は彼女の魔法技術全般を評価した」
セレネは唇を噛んだ。
「それは……」
「違うか?」
長い沈黙。
やがてセレネは顔を上げた。
「……違いません」
しかし、それでも彼女は引かなかった。
「ですが!」
声が議場に響く。
「私は、王太子殿下に婚約破棄を命じたわけではありません!」
アルベルトが顔を上げる。
「最終的に決断されたのは殿下です!」
「セレネ……」
「私は意見を述べただけです!」
セレネの目に涙が浮かんでいた。
「殿下が私の意見を採用した。それだけです!」
議場が静まり返る。
確かに、そこには一理あった。
セレネに王太子を処分する権限はない。
婚約破棄を決めたのはアルベルトだ。
「ならば聞こう」
宰相が静かに尋ねる。
「お前は、自分の発言に責任はないと思っているのか?」
「……」
「王太子が専門家の言葉を信じるのは当然だ。だからこそ専門家には、正確な情報を伝える責任がある」
セレネの顔が強張った。
「お前は『魔力量が少ない』という事実から、『魔法技術者としても能力が低い』という結論を導いた」
「……」
「その間に存在する調査を、一切していない」
魔法技術局長が一冊の分厚い資料を机に置いた。
ドン、と重い音が響く。
「これは、ノルド村から提出されたリリアーナ嬢の設計記録です」
ページがめくられる。
「給水装置」
「農業用魔法ポンプ」
「風力式製粉機」
「魔法ランプ」
「暖房装置」
「いずれも既存の魔法陣を改良し、必要魔力を大幅に抑えている」
局長がセレネを見る。
「これは、魔力の少ない者だからこそ考えられた設計です」
セレネの目が揺れた。
「……そんな」
「魔力が少ない」
局長は淡々と続ける。
「だからこそ、少ない魔力で動かす方法を誰よりも考えた」
「……」
「あなたが欠点だと思ったものが、彼女の最大の武器だったのです」
セレネは何も言えなくなった。
だが、しばらくして小さく笑った。
「……それでも」
全員が彼女を見る。
「それでも、私は全部が間違いだったとは思いません」
「セレネ?」
「王太子妃に何を求めるかは、国が決めることです」
セレネは涙を拭った。
「私は魔法使いとして、魔力の重要性を信じています。それを否定するつもりはありません」
「誰も否定してはいない」
宰相が答える。
「問題は、魔力だけで人間の能力を判断したことだ」
「……」
「そして、その判断を専門家として王太子に進言したことだ」
セレネは俯いた。
「……分かりました」
しかし、最後まで自分の信念そのものを捨てたわけではなかった。
国王は審議官たちを見渡す。
「セレネの処分について」
しばしの協議の後、結論が出された。
「宮廷魔導師の地位を解任する」
セレネは目を閉じた。
「ただし、王国から追放はしない」
顔を上げる。
「魔法技術院へ移籍させる。そこで魔法設計、低魔力者向け魔道具、既存魔法の効率化について研究させる」
セレネの目が見開かれた。
「……リリアーナ様の研究を?」
「そうだ」
国王が答える。
「お前が見落とした分野を、自ら学び直せ」
厳しい処分だった。
だが、同時に研究者としてやり直す機会でもあった。
セレネはしばらく黙っていた。
そして、深く頭を下げる。
「……承知しました」
顔を上げたセレネの表情には、悔しさが残っていた。
それでも、その目には以前とは違うものが宿っていた。
「いつか……私自身の目で、リリアーナ様の設計を理解してみせます」
国王は何も答えなかった。
そして次の議題へ移る。
「続いて、王太子アルベルトについて」
今度は、誰もが息を呑んだ。
アルベルト自身もまた、立ち上がる。
「……覚悟はできています」
その声は静かだった。
リリアーナを追放した判断。
セレネの意見を検証せず採用したこと。
そして、彼女の才能を知る機会を自ら捨てたこと。
それらすべてが、今、王太子としての資質を問う材料になっていた。
こうして審議は、最終段階へ進んでいった。




