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戦国大掾家繁盛記 ~戦国時代に転生した姉の未来知識を弟が形にしていたら、常陸の大勢力になっていました~  作者: 社長


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四話

 領地を豊かにする。


 言葉にしてしまえば簡単だ。


 田畑の実りを増やし、商いを盛んにし、民を増やす。


 姉上の話を聞いた直後の俺は、便利な知識さえあればそれができるような気がしていた。


 だが、実際に村へ行ってみればどうだ。


 水が足りない、肥が足りない、人が足りないととにかく不足が目立つ。


 兵役に出れば田を耕す者が減り、年貢を取れば家は潤うが、取りすぎれば村が痩せる。


 しかも、それぞれが別々の問題ではない。


 全部が絡み合っている。


「……面倒だな」


 俺が呟くと、向かい側に座っていた姉上が顔を上げた。


「何が?」


「全部」


「ざっくりしてるね」


「姉上が始めたんだぞ」


「でも信幹ちゃん、昨日楽しそうだったじゃん」


「楽しくはあったけどさ」


 知らなかったものを知るのは面白い。


 百姓達から話を聞けば、今まで何気なく眺めていた田畑にも、一つ一つ事情があるのだと分かる。


 だからといって。


「仕事が増えるのが楽しいわけじゃない」


「当主様は大変だねえ」


「他人事みたいに言うなよ」


「私は未来知識担当だからね〜、口出しはするけど最終的に決めるのは信幹ちゃんだし」


「便利な言い訳だな、それ」


「便利でしょ?」


 姉上は悪びれもせず笑っている。


 俺はため息を吐き、机の上へ視線を戻した。


 目の前には昨日、村で聞いてきた話をまとめた紙がある。


 水。


 肥。


 兵役。


 借財。


 農具。


 種籾。


 そして、その横には。


「若殿」


「うむ」


 額賀常陸介が一枚の紙を差し出した。


「昨日御覧になられた用水について、上流側の村の名主にも来てもらいました」


「もう来たのか?」


「若殿が早う話を聞きたいと申されましたので」


「助かる」


「それと」


 常陸介の目が姉上へ向いた。


「綾姫様が申されていた、水を堰き止める板とやらも、簡単なものを作らせております」


「早い!」


 姉上が身を乗り出した。


「爺や仕事できる!」


「姫様」


「何?」


「褒められても、これ以上は急ぎませぬぞ」


「読まれてる!」


 俺は思わず笑いそうになった。


 爺も姉上の扱いに慣れてきたらしい。


     


 昼前。


 昨日訪れた村の名主と、その上流にある村の名主が府中城へやって来た。


 昨日会った下流側の名主はまだ幾分緊張していたが、俺と話した経験があるからか、前ほど固くはない。


 一方。


「……」


 上流側の名主は明らかに警戒していた。


 年は五十ほど。


 がっしりとした体格で、百姓というより下級武士だと言われても信じそうな男だ。


「面を上げよ」


「ははっ」


 男が顔を上げる。


「此度そなたを呼んだのは、用水について話を聞くためじゃ」


「用水にございますか」


「うむ」


 俺は昨日聞いた話を説明した。


 下流では水が足りなくなることがある。


 そこで、水路の途中へ板などを設け、流す水の量をある程度調節できぬか。


 さらに、上流と下流で水を使う順を決められぬか。


 そこまで話した時、上流側の名主の顔がはっきり険しくなった。


「若殿」


「何じゃ」


「それは……我らの使う水を減らせと仰せなので?」


 来た。


 俺は内心で身構えた。


 昨日、常陸介からも言われていた。


 下流の者には良い話でも、上流側からすれば自分達の取り分を奪われる話に聞こえるかもしれない。


「そうは申しておらぬ」


「されど、下へ水を回すとなれば、我らが使える水は減りましょう」


「常に足りておらぬのか?」


「日照りの折には」


「普段は?」


「……余る時もございます」


「ならば、その余る時に水を回してもらえぬかという話じゃ」


 俺は紙を広げた。


 昨日、名主達から聞いた水路の大まかな位置を書き写したものだ。


 絵としてはかなり雑だ。


 姉上に描かせようとも思ったが、もっと酷いものが出てきたのでやめた。


「俺が考えておるのは、どちらか一方だけが得をする決まりではない」


「と、申されますと」


「上の村が水を必要とする時は上へ。下が必要な時は下へ回す。あらかじめ順を決めておけば、勝手に堰を作って争うことも減らせよう」


 すると男は少し考え。


「されど、米は同じ時期に水を欲しがりまする」


「……そうなのか?」


 俺が尋ねると、下流側の名主も頷いた。


「田植えの頃などは、どの村も水を欲しがります」


 そうか。


 単純に今日は上、明日は下では済まないらしい。


「姉上」


「ん?」


「何かある?」


「うーん……」


 姉上が腕を組む。


「大きい溜め池作るとか、もっと水路広げるとか、取水する場所増やすとか……でも今すぐは無理だね」


「だよな」


「あと水田って、ずっと同じ深さで水張ってればいいわけじゃないし」


「そうなの?」


「時期によって抜いたり入れたりするよ。中干しとか———あっ」


 姉上が自分で口を塞いだ。


「何だよ」


「これ、時代とか地域でやり方違うかも。私、現代の稲作知識が混じってる」


「……危ないな」


「だから現場の人に聞こう!」


「開き直るなよ」


 だが、それは正しい。


 俺は二人の名主へ向き直る。


「稲はいつ頃、最も水を欲しがる?」


 二人が答える。


 田起こしの後、田植えの頃、夏の日照り。


 一方で雨が多ければ、水を抜きたい時もあるという。


 話を聞きながら、俺は気づいた。


「待て」


「何でございましょう」


「上の村で水が余る時に、下では足りぬということはあるか?」


 二人が顔を見合わせる。


「……ございますな」


「大雨の後などは、上では水を抜きとうございます」


「ならば」


 俺は紙の上を指した。


「上が水を捨てたい時、その水をただ川へ戻すのではなく、下の田へ回せぬか?」


 名主達が黙る。


「水路が足りませぬ」


 上流側の男が言った。


「なら、作ればどうじゃ」


「簡単には」


「簡単ではなかろう」


 俺は頷く。


「ゆえに、すぐすべてを変えようとは申さぬ」


 昨日から、こればかり言っている気がする。


 だが、仕方ない。


「まずは一か所じゃ。上の村が水を余らせる時、下へ回しやすいところがないか確かめる。それと、今ある水路を塞いだり開けたりしやすくする」


「その板を使って?」


 姉上が嬉しそうに言う。


「うん。姉上はちょっと黙ってて」


「ええ!?」


 俺は名主達へ続けた。


「それで上の村が困るならやめる。下の村だけが得をするようなことはせぬ」


 上流側の名主が俺を見る。


「……若殿は、下の村の訴えを聞いて我らをお咎めになるのではなかったのですな」


「なぜそうなる」


「これまでも、水のことで争いになれば上が悪いと申されることがありましたので」


 俺は返事に詰まった。


 なるほど。


 下流側から見れば、上が水を取るから悪い。


 上流側から見れば、自分達も必要だから取っているだけ。


 どちらも自分達の暮らしを守っている。


 なのに片方の話だけ聞けば、簡単に善悪を決めてしまう。


「……俺は、どちらが悪いかを決めたいわけではない」


 俺はゆっくり言った。


「水が足りぬことそのものを何とかしたいのじゃ」


 二人の名主が俺を見る。


「そなたらが争って得をする者などおらぬであろう」


「……左様です」


「ならば、まず両方の話を聞く。それから決める」


 我ながら、当たり前のことを言っている。


 だがその当たり前が、案外難しいのかもしれない。


     


「兄上ー!」


 評定が終わり、俺が部屋から出たところで、聞き慣れた声が飛んできた。


 葵だった。


「走るな」


「走っておらぬぞ!」


「今走ってきたであろう」


「最後のところだけ歩いた!」


「意味がない」


 葵は俺の前まで来ると、紙を一枚差し出した。


「これを見よ!」


「何じゃ、これは」


「舟!」


「……舟?」


「舟じゃ!」


 言われてみれば、そう見えなくもない。


 いや、姉上の絵よりは分かりやすい。


「何の舟じゃ」


「魚の肥を運ぶ舟じゃ!」


「ああ、あれか」


 昨日、葵が思いついた話だ。


 霞ヶ浦の漁で捨てられる魚の内臓や小魚を集め、肥として田畑へ運ぶ。


「もう描いたのか」


「うむ!」


「だが、普通の舟と何が違う?」


「ここ!」


 葵が紙を指差す。


「魚を入れるところを別にするのじゃ!」


「なぜ?」


「臭いから!」


「……なるほど?」


「普通の荷物と一緒にしたら、みーんな臭くなるであろう?」


 確かに。


「それで、ここへ蓋をする!」


「蓋?」


「うむ! 姉上が臭いものは閉じ込めれば少しましになると申しておった!」


 そこへ姉上がやって来た。


「私そんな大層なこと言った?」


「言っておった!」


「そうだっけ」


「姉上は自分の発言くらい覚えててくれよ」


「いっぱい喋るから無理!」


「威張るな」


 俺は再び葵の絵を見る。


 専用の舟をいきなり作るのはさすがに大げさだ。


 ただ。


「魚を入れる桶か樽に蓋をすればよいのではないか?」


 葵が固まった。


「……」


「葵?」


「兄上」


「何じゃ」


「わらわの舟は?」


「まだ作らぬ」


「ええー! なぜじゃ兄上!!」


 頬を膨らませて抗議する妹に、俺はその肩を掴んで言った。


「葵聞いてくれ、大掾家は切実に金がない……」


その一言で全てを悟ったのか、葵から怒りが消え、俺に同情するような表情に変わった。


「兄上……作りたくても作れないとは大変じゃな……」


「うむ……」


 銭さえあれば葵や姉上の言うことも片っ端から試せるのだが、とにかく切実に銭がない。


 葵には悪いが、船造りはしばらく延期でまずは魚を入れる用の桶などから試すとしよう。


 と、思っていたのだが。


「あっ、では今度は銭を沢山手に入れるための方法を考えれば良いではないか! 姉上なら良い案が思い浮かぶであろ!?」


「もっちろん! えっとね! この時代で高く売れそうなものだと石鹸とか、醤油とかあとあと〜———」


「姉上、一旦話はそこまでだ」


 これ以上新しいことを増やされたら頭がパンクしてしまう。


 ……パンクって、姉上の言葉に俺も毒されてきたな。


 まあ、未来の言葉って今の言葉よりも便利な時もあるし、心の中だけでは使っても良いか。


 と、そんなことを考えていると姉上がふと言った。


「それで信幹ちゃん、その魚はいつ見に行くの?」


「魚?」


「あっ、そうじゃ! 昨日申しておったであろう。霞ヶ浦の漁村で、どれほど捨てる魚があるか調べると」


「ああ」


 そうだった。


 常陸介へ頼んである。


「爺」


「こちらに」


 いつの間にか後ろにいた。


「驚かせるな」


「若殿が気づかれぬだけにございます」


「それで、魚の件は?」


「すでに高浜の者へ使いを出しております」


「高浜?」


「府中から霞ヶ浦へ出るならば、まずあそこを見るのがよろしいでしょう」


 俺も高浜は知っている。


 府中から霞ヶ浦へとつながる津。


 舟や荷が集まる場所だ。


「数日中には話を聞けましょう」


「ならば、その後一度見に参ろう」


「やった!」


 葵が飛び跳ねる。


「葵を連れて行くとは申しておらぬ」


「なんでじゃ!」


「七つの姫が魚の内臓を見に行きたがる方がおかしい」


「面白そうではないか!」


「絶対臭いぞ」


「……」


 葵が明らかに怯んだ。


「やめておこうかの」


「それがよい」


     


 翌日。


 今度は実際に用水へ向かった。


 昨日呼んだ二つの村の名主。


 常陸介。


 俺。


 姉上。


 そして何人かの百姓と大工。


 水路の途中には、試しに作らせた簡単な板が置かれていた。


「これをここへ差すの?」


 姉上が聞く。


「そのつもりにございます」


 大工が答える。


 水路の両脇へ細い溝を作り、そこへ板を差し込む。


 完全に水を止めるほどではないが、板の高さを変えれば流れる量を多少調節できるらしい。


「おお!」


 姉上が目を輝かせる。


「スライドゲート!」


「何だ、それ」


「こういう上下させる水門!」


「最初から水門でいいだろ」


「名前あると格好いいじゃん」


「誰が使うんだよ、その名前」


 俺達の会話を聞いていた百姓達は完全に置いていかれている。


 俺は咳払いした。


「つまり、板を上げ下げして水の量を変える仕掛けじゃ」


「はあ」


 一瞬で伝わった。


 姉上が横で頬を膨らませる。


「また翻訳された」


「必要だからしてるんだよ」


 板を差し込む。


 水の流れが弱くなる。


「おお……」


 百姓達が集まる。


 板を少し上げれば流れは増え、下げれば減る。


「これなら全部堰き止めずに済みますな」


「水を溜めすぎれば溢れぬか?」


「そこは気をつけねば」


 すぐに意見が出始める。


「板が腐るぞ」


「替えを用意すればよい」


「大雨で流されぬか?」


「縄で繋いでおくか」


「泥が詰まりそうじゃ」


「時々さらわねばならんな」


 姉上の目が輝いている。


 俺も面白かった。


 一つ作れば、すぐ問題が見つかる。


 そして使う者達が改善案を出す。


「……これじゃ」


 思わず口から出た。


「若殿?」


「いや」


 昨日から俺が探していたのは、たぶんこれなのだ。


 姉上が知っているものを、そのまま持ってくることではない。


 俺が命じたものを、そのまま作らせることでもない。


 まず試す。


 使う者に見せる。


 不便を聞く。


 直す。


「よし」


 俺は名主達へ向き直った。


「この仕掛けをしばらく使ってみよ。上と下、どちらにも一つずつ置く」


「はっ」


「ただし勝手に板を動かせば、また争いになろう」


 二人が頷く。


「誰が動かすか決めておけ。それと、いつ水を多く流したか、できれば記してほしい」


「記す?」


「うむ」


 俺は姉上を見る。


「姉上、昨日言ってた記録ってこういう使い方でいい?」


「うん! 何日にどれくらい開けたとか、雨降ったとか、田の様子とか残せたら最高!」


「全部書ける者はおらぬぞ」


「あ」


「まず日だけでもよい」


 俺は名主達へ向き直る。


「字を書けぬなら、印でも構わぬ。板を大きく開けた日は丸を一つ、小さく開けた日は線を一本でもよい」


 常陸介が少し驚いた顔をした。


「若殿」


「何じゃ?」


「文字でなくともよいので?」


「後で分かればよかろう」


「……なるほど」


 名主達も頷いた。


「それならばできそうです」


「では試してみよ」


 俺は水路を流れる水を見る。


 ほんの小さな板だ。


 これだけで、領地が豊かになるわけではない。


 水不足が消えるわけでもない。


 それでも昨日まで、ただ流れるに任せていた水を、今日は少しだけ、自分達の考えで動かせるようになった。


 そのことが、妙に嬉しかった。


     


「信幹ちゃん」


 城へ戻る途中、姉上が俺の隣へ寄ってきた。


「何?」


「楽しい?」


「……何が」


「内政」


「またその話かよ」


「だって顔に出てる」


「出てない」


「出てるよ」


 俺は否定しようとして、やめた。


「まあ……少しは」


「でしょ?」


「でも面倒なのも本当だからな」


「それも含めて面白いんじゃない?」


「姉上は自分で決めなくていいからそう言えるんだよ」


「ひどい!」


「本当だろ」


「ちゃんと手伝ってる!」


「紙に意味不明な言葉を書くのを手伝うとは言わない」


「意味あるから!」


 言い合いながら歩く。


 その後ろでは常陸介が何も言わずついてきていた。


 少しして。


「若殿」


「何じゃ?」


「先ほどの水の仕掛けですが」


「うむ」


「うまくいけば、他の村からも同じものを求められましょう」


「……そうだな」


「されば、どこから先に手を付けるか、考えておいた方がよろしいかと」


 また仕事が増えた。


「爺」


「はっ」


「今日くらい、成果を喜ばせてくれてもよいのではないか?」


「御当主でございますから」


「大変だねー、御当主様は〜!」


「人ごとだと思って……!!」


 俺はため息を吐いた。


 だが、不思議と昨日ほど重くは感じなかった。


 一つずつ、本当に一つずつだ。


 種籾。


 農具。


 用水。


 それから、次は。


「高浜か」


 俺が呟くと、姉上が反応した。


「高浜?」


「葵の魚肥の話。爺が高浜へ使いを出しただろ」


「ああ!」


 姉上の顔が途端に明るくなる。


「霞ヶ浦見に行くの!?」


「見たことあるだろ」


「そうじゃなくて! ちゃんと港とか漁とか見るんでしょ!?」


「そのつもりだけど」


「絶対私も行く!」


「言うと思った」


「だって霞ヶ浦だよ!?」


「霞ヶ浦だな」


「戦国時代の!」


「今が戦国時代なんだから当たり前だろ」


「分かってないなあ信幹ちゃん!」


「何が?」


 姉上は鼻息を荒くした。


「戦国時代の霞ヶ浦はね———」


「待て」


「え?」


「今ここで始めるな」


「まだ何も言ってない!」


「その顔は長くなる顔だ」


「何それ!」


「姉上が歴史の話を始める時の顔」


「失礼な!」


 俺は歩みを速めた。


 姉上が後ろから追いかけてくる。


「信幹ちゃん! これだけは聞いて! 霞ヶ浦は本当に凄いんだから!」


「高浜へ行った時に聞く!」


「今聞いてもいいじゃん!」


「二回聞かされるのが分かってるから嫌なんだよ!」


 どうやら、今度の高浜行きは魚の肥を調べるだけでは終わりそうにない。


 そんな予感だけは、姉上が何を語るよりも先に、嫌というほどしていた。

ここまで読んでくださりありがとうございます!

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