↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国大掾家繁盛記 ~戦国時代に転生した姉の未来知識を弟が形にしていたら、常陸の大勢力になっていました~  作者: 社長


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/7

三話

 種籾を水に浮かべて選ぶ。


 鍬を何種類か作り直してみる。


 昨日決まったのは、それだけだった。


 姉上からすれば物足りないらしいが、俺としては十分だと思っていた。


 何しろ大掾家当主になって、まだ三日目なのだ。


 いきなり領内全部を変えて失敗でもすれば、困るのは俺ではない。


 実際に田畑を耕して暮らしている民だ。


 だからまず、小さく試す。


 そのはずだった。


「……で」


「何?」


「なんで姉上まで来てるんだよ」


 翌朝。


 府中城を出た俺の隣には、当然のような顔をした姉上———綾がいた。


「だって農村視察でしょ?」


「そうだけど」


「私の知識を使うんだから、私も見ないと駄目じゃん」


「まあ、それはそうなんだけどさ」


「でしょ?」


 そこまではいい。


 問題は、もう一人だった。


「兄上、姉上! 早う参りましょうぞ!」


 俺達の少し前で、七歳の葵が小さな身体を弾ませながら手を振っている。


「……なんで葵までいるんだ」


「なんでって、わらわも見たいからじゃ!」


「答えになっておらぬ」


「大丈夫だよ信幹ちゃん。葵ちゃん、こういうの好きだし」


「姉上が連れてきたのか!」


「朝、私が出かける準備してたら見つかった」


「見つけました!」


 葵が胸を張る。


「それで、どこへ参るのかと姉上に尋ねたら、百姓達のところへ面白いものを見に行くと申されたゆえ、わらわも参ると決めました」


「決めるな」


「えー」


「その『えー』は姉上から覚えたであろう」


「うむ、便利なのじゃ!」


 全く、葵は余計なことばかり姉上から学習するなぁ。


 まあ、ちょっと可愛かったが。


「若殿」


 後ろから常陸介の声がした。


「葵姫様も御連れになるので?」


「……もう連れてきてしまった以上、仕方あるまい」


「やった!」


「されど、勝手に走り回ってはならぬぞ」


「承知しておりまする!」


「本当か?」


「たぶん!」


「葵!」


「姉上が、絶対と言うのは危ないから、できぬかもしれぬことはたぶんと言えと」


「余計なこと教えるなよ!」


「え、そこ私!?」


 自覚がなかったのか。


 妹からすれば姉なんて最大の見本なのだからもっとしっかりして欲しいものだ。


 ……姉上にそれを求めるのは酷か。


「あーっ! 信幹ちゃん今失礼なこと考えたでしょ!」


「なっ!? なんで分かるんだよ!?」


「顔に出てた! お仕置きだーっ!」


「ぐえっ!? やめろ姉上、15にもなって、ぐえぇっ!?」


「きゃははっ!! 兄上が姉上にやられておる! ばりうけるのー!」


「葵、姉上の妙な言葉ばかり真似するな!!」


 ……と、ただ歩いているだけなのに俺たちの道中はとても騒がしいものだった。


 常陸介がいれば絶対にため息をついていただろう。


 だがそんなやり取りが、昨日まで残っていた重苦しさを少しずつ薄れさせてくれているような気がした。


 父上が死んだことは変わらない。


 俺が当主になったことも変わらない。


 それでも、ずっと沈んでいても何も始まらぬのだ。


     


 今回向かったのは、府中城からそれほど遠くない村だった。


 昨日話を聞いた名主の一人が取りまとめている村で、まずここで種籾選別や農具の試験をしてみることになっている。


「若殿がお越しじゃ!」


「若殿が!?」


 村へ入るなり、あちらこちらから人が集まってきた。


 俺としては、大げさに迎えず普段通りにしてほしいと伝えていたのだが、そう簡単にはいかぬらしい。


 田仕事をしていた者まで手を止め、道の脇へ並んで頭を下げていく。


「皆、仕事を止めずともよい。今日は田畑を見せてもらいに参っただけじゃ」


「は、ははっ!」


「……だから頭を下げずとも」


 あぁ、駄目だ。


 昨日と同じだ。


 俺が当主になる前なら、もう少し普通に話してくれた者もいたのだが。


「信幹ちゃん、完全に偉い人になっちゃったね」


「姉上、今それを言わないでくれ」


 小声で返してから、俺は名主へ向き直った。


「まず、種籾を試す田を見せてもらえるか」


「はっ。こちらにございます」


 案内されたのは、村外れの一枚の田だった。


 ただ。


「……思ったより小さいな」


 俺が言うと、名主が少し顔を伏せた。


「申し訳ございませぬ」


「いや、責めたわけではない」


 広さそのものは問題ではない。


 むしろ小さく試すには都合がいい。


 しかし、田を見るうちに気になるものがあった。


「水が少ないな」


 田には水が張られているが、場所によって深さが違う。


 端の方など泥が露出しているところすらあった。


「はい。この辺りは毎年、水に難儀しております」


「用水は?」


「こちらへ」


 名主に案内されて少し歩く。


 そこには田へ水を引く細い溝があった。


 しかし。


「……狭い」


 思わず口に出た。


 幅も浅さもまちまちで、ところどころ土が崩れている。


「雨が降れば崩れ、日照りが続けば上の村で水を多く使われます」


 名主が申し訳なさそうに言う。


「毎年直してはおりますが、人手も足りず……」


「上の村とは話をしておらぬのか?」


「してはおります。されど、向こうも水が要ると申しますゆえ」


「なるほどな……」


 昨日、常陸介が言っていた。


 水が足りぬ田がある。


 逆に水が抜けず困る田もある。


 文字だけ聞けば単純だが、実際に見ると違う。


 水路を広げればいい。


 そう言うだけなら簡単だ。


 だが広げるには人手が要る。


 上流との話し合いも要る。


 水路が他の者の土地を通るなら、その者にも話を通さねばならない。


「姉上」


「うん?」


「これ、未来だとどうするんだ?」


「うーん。ちゃんとした用水路を作るとか、水門を付けて水量を調節するとか……」


「水門とは?」


「水を堰き止めたり流したりする板みたいなもの。こう、溝の途中に差し込んで———」


 姉上が身振りを交えて説明する。


「ふむ……」


 俺は用水を見た。


「名主よ」


「はっ」


「この水路の途中で、板を入れて水を止めたり流したりできるようにすれば役に立つか?」


 名主はしばらく考えた。


「水を止める、のでございますか」


「うむ。上から来た水をすべて流し続けるのではなく、必要な田へ先に入れ、その後別の田へ回すようにする」


 横で姉上が、


「そうそう、それ!」


 と小声で言う。


 名主の横にいた年配の百姓が口を開いた。


「それができれば、争いは減るやもしれませぬ。ただ……」


「ただ?」


「誰がいつ水を使うかで、また揉めましょうな」


「ああ……」


 そうなるか。


 道具を作れば解決、ではないらしい。


「じゃあ順番を決めればいいんじゃない?」


 姉上が言う。


 俺はそれを少し考えてから、皆へ向けて言い直した。


「村ごと、あるいは田ごとに水を引く刻をあらかじめ決めるのはどうじゃ。日ごとでもよい。誰がいつ使うかを先に決めておけば、争いも少なくできよう」


 百姓達が顔を見合わせる。


 一人が言った。


「……それならば」


「上の村とも同じ決まりにできれば、良いかもしれませぬ」


「だが、守らぬ者も出ましょうな」


 また問題が出た。


「その場合は、名主同士で確かめればよいのでは?」


 俺が言うと、今度は常陸介が口を開く。


「若殿、その仕組みを定めるのであれば、村同士だけでは収まらぬ場合に誰が裁くかも決めておいた方がよろしいかと」


「……それは俺の役目か」


「左様にございます」


 なるほどな。


 水路一本で、ここまで話が広がるのか。


 姉上が未来知識で水門を出す。


 それを俺が説明する。


 しかし実際に使うには村同士の決まりが必要で、争えば裁く者も必要になる。


 昨日までは、内政と言えば何か便利なものを作ればよいと思っていた。


 だが違う。


 物を作るだけではない。


 人がどう使うかまで決めなければならないのだ。


「よし」


 俺は頷いた。


「この村だけでなく、上流の村の名主も呼ぼう。水路を直すにしても、まず皆で話をせねば始まらぬ」


「ははっ」


     


 次に見たのは肥だった。


「……臭い」


 葵が鼻をつまんだ。


「葵姫様、近寄られませぬよう」


「うむ。わらわも近寄りたくないのじゃ」


「農のためには大切なものだよ」


 姉上が言う。


「分かっておるが、臭いものは臭い!」


「それはそう」


「姉上も認めるのか」


 村の端には、藁や落ち葉、人や家畜の糞などを集めた場所があった。


 姉上の言う堆肥に近いものは、すでにこの時代にもある。


 昨日話を聞いた時にも思ったが、未来知識のすべてがこの時代に存在しないわけではない。


 むしろ百姓達は百姓達で、自分達なりのやり方を持っている。


「肥が足りぬという話であったな」


「はい」


 名主が頷く。


「家畜の糞も限りがございます。人のものも使いますが、田畑すべてへ行き渡るほどには」


「草や落ち葉は?」


「山から取りまする。ただ、どこでも好きに刈れるわけではございませぬ」


「なぜじゃ?」


「山にも持ち主がおりますゆえ」


 またそれか。


 資源があるから使えばいい、ではない。


 誰のものか、誰が使ってよいのか、そこから考えねばならない。


「姉上」


「何?」


「何かある?」


「草木灰とか、魚の残りとか、油粕……は、この時代だと油をどれくらい絞ってるかによるかな。あと堆肥を作る時に———」


「待って」


「はい」


 俺は村人を見る。


「今、田へ入れておるものを、全部教えてもらえるか?」


 その言葉に、百姓達が答え始めた。


 刈った草。


 落ち葉。


 糞。


 藁。


 竈の灰。


 場所によっては魚の傷んだもの。


 田の泥を別の田へ入れることもあるという。


「魚も入れるのか」


「海辺や湖に近いところでは、使う者がおると聞きます」


「なら霞ヶ浦で捨ててる魚の内臓とか、小魚とか使えるんじゃない?」


 姉上が言った。


 俺がそのまま尋ねようとした時だった。


「兄上」


 葵が俺の袖を引いた。


「何じゃ?」


「あの魚、食えぬものでも肥にはなるのか?」


「姉上の話では、なるらしい」


「なら」


 葵は少し考え込み、それからぱっと顔を上げた。


「魚を獲ったところで、食えぬところを捨てずに集めればよいではないか!」


「まあ、そうだな」


「それを舟に積んで、田の近くまで運ぶのじゃ!」


「……舟で?」


「うむ!」


 葵は得意げに頷く。


「姉上が申しておったであろう。霞ヶ浦は道じゃと」


 姉上が目を丸くした。


「私そんな言い方したっけ?」


「したぞ。舟なら重いものもたくさん運べるから、霞ヶ浦は大きな道みたいなものじゃと」


「ああ、言ったかも」


「なら、魚の捨てるところも舟で運べばよい!」


 俺はすぐには答えなかった。


 魚の内臓や傷んだ小魚を肥にできる。


 それ自体は姉上の知識だ。


 しかし。


 霞ヶ浦沿いの漁村から、舟で肥の材料を運ぶ。


 そこまでは、俺も姉上も考えていなかった。


「……姉上」


「うん」


「どう思う?」


「すごくいいかも」


「腐るぞ」


「肥料にするなら腐らせるようなものだし。ただ、運ぶ途中の臭いとか、扱い方とかは考えないと駄目だけど」


「葵」


「何じゃ!」


「面白い」


 そう言うと、葵の顔が一気に明るくなった。


「ほんとか!?」


「うむ。すぐできるとは申せぬが、試す価値はありそうじゃ」


「やった!」


「葵ちゃん天才!」


「姉上、もっと褒めてもよいぞ!」


「天才! 超天才!」


「ちょうてんさい!」


「全く、あまり調子に乗らせるなよ」


 だが、本当に面白い。


 姉上が未来の知識を知っている。


 葵はその知識を、この土地でどう使うか勝手に考える。


 俺がそれを実際にできる形へ直す。


 家族の長所がそれぞれつながり合っているのだ。


「常陸介」


「はっ」


「霞ヶ浦沿いの漁村で、捨てておる魚がどのくらいあるか分かるか?」


「すぐには。ただ、調べることはできましょう」


「頼む。それから、運ぶならどの程度銭がかかるかも知りたい」


「承知いたしました」


 葵が俺を見上げる。


「兄上、ほんにやるのか?」


「まず調べる」


「姉上みたいじゃ」


「どこがだ」


「姉上もよく、まず試すのじゃと言っておる」


「それは俺が姉上に言ってるんだよ!」


「え?」


「え?」


 葵と姉上が揃って首を傾げる。


 本当に似てきたな、この二人。


     


 昼を過ぎる頃には、俺達はさらに村の奥へ入っていた。


 そこで今度は、別の問題が見えた。


「人が少ない?」


 俺が尋ねると、名主が頷いた。


「若い者の何人かは、先代様の御代より兵として出ることが増えまして」


 戦。


 その一言で、空気が少し変わる。


「戦へ出た者が、皆戻るわけではございませぬ」


「……うむ」


「また、傷を負って以前ほど働けぬ者もおります」


 胸が痛んだ。


 父上が戦を好んでいたわけではない。


 大掾家を守るために戦った。


 失った土地を取り戻すために戦った。


 だが兵として連れて行かれるのは、こういう村の男達なのだ。


「ゆえに、田を広げたくとも人が足りませぬ」


「なら、姉上が言ってた農具の改良は思ってたより大事かもしれないな」


 俺が現代的な口調で言うと、名主がきょとんとする。


「あ」


 姉上と話していたせいで、つい癖が出た。


 俺は咳払いした。


「……農具を使いやすくできれば、一人でできる仕事を増やせるやもしれぬ」


「左様にございますな」


 危ない危ない。


 家臣や民の前で姉上と同じ喋り方をするところだった。


 姉上は横で笑っている。


「何だよ」


「別にー」


「後で覚えてろよ」


「若殿?」


「何でもない」


 俺は再び名主へ向き直った。


「兵役についても考えねばならぬな」


「若殿?」


 常陸介が反応した。


「戦となれば兵は要る。それは分かっておる。ただ、何度も同じ村から人を出させれば、村そのものが弱るであろう」


「……左様ですな」


「ならば、どの村からどれだけ出しておるのか、一度調べたい」


「御家中すべて、でございますか」


「うむ」


 思いつきで兵役を軽くすることはできない。


 敵が攻めてくれば戦わねばならない。


 だが、どこからどれだけ兵を取っているのかも知らずに命じるのは違う気がした。


「父上は、こういうものを帳面にしておられたか?」


「村ごとの負担について記したものはございます。しかし細かな働き手の数までは」


「ならば調べよう」


 姉上が横から、


「人口調査?」


 と呟いた。


「姉上」


「何?」


「それ、後で詳しく聞く」


「了解」


 また知らぬ言葉が出てきた。


 だが今なら分かる。


 使えるかもしれない。


     


 最後に、税の話を聞いた。


 これは少し迷った。


 百姓達が領主である俺を前にして、正直に話すとは思えなかったからだ。


 それでも聞かねばならない。


「年貢は……重いか?」


 しん、とした。


 誰も答えない。


 当然だ。


 領主本人から、


「俺の取る年貢は重いか」


 と聞かれて、


「はい、重いです」


 と言える者がどれほどいる。


 俺も馬鹿な聞き方をしたと思う。


「信幹ちゃん」


 姉上が小声で言う。


「分かってる」


「質問変えた方が」


「今考えてる」


 少し考え。


「では聞き方を変えよう」


 俺は田を見た。


「年貢を納めた後、翌年の種や食う米まで足りなくなることはあるか?」


 沈黙。


 それでも先ほどより空気が違った。


 最年長の百姓が、ゆっくり口を開く。


「……凶作の年には」


「どの程度じゃ」


「年によりまする」


「去年は?」


「何とか」


「一昨年は?」


「……村の何軒かが、商人から借りました」


「何を?」


「米と銭を」


 なるほど。


 年貢の額だけ聞いても分からない。


 収穫がどれだけあり、そこからどれだけ取られ、残りで一年暮らせるのか。


 さらに種籾を残し、道具を直し、借金を返す。


 それで初めて負担が見える。


「常陸介」


「はっ」


「こうした借財まで、家では分かっておるのか?」


「すべては把握しておりませぬ」


「そうか」


 やることが増えた。


 姉上が俺の横で小声で笑う。


「何だよ」


「いや、昨日よりさらに仕事増えたなーって」


「姉上のせいだろ」


「半分くらいは信幹ちゃんが自分で増やしてるよ」


「……否定できない」


 だが知ってしまった以上、知らぬふりはできない。


 俺は百姓達を見た。


「今すぐ年貢を減らすなどとは申せぬ」


 皆の表情は変わらない。


「我が家にも兵を養い、城を直し、戦に備えるための米や銭が要る。そこは分かってほしい」


「無論にございます」


「ただし」


 俺は続ける。


「年貢を取った結果、翌年の種すらなくなれば、次の年には我が家も困る。民が潰れてまで取れば、最後には取る相手そのものがいなくなる」


 常陸介が少しだけ目を細めた。


「ゆえに、村ごとの収穫と年貢、その後にどれほど残るのかを、できる範囲で調べたい」


「若殿……」


「すぐ何かが変わるとは約束できぬ。しかし、知らぬままよりはよい」


 俺が言うと、先ほどの老農が深く頭を下げた。


「ありがたき、お言葉にございます」


「礼を言うのは、何か変えてからでよい」


 今の俺には、まだ何もしていない。


 ただ見て、聞いて、仕事を増やしただけだ。


     


 城へ戻る道。


「……疲れた」


 俺は思わず呟いた。


「今日はまだ明るいよ?」


「姉上」


「何?」


「領地改革って、もっとこう……便利なものを作ったら皆が喜んで、すぐ豊かになる感じじゃなかったのか?」


「私が読んでた小説だと、そういうのもあった」


「現実は全然違うじゃないか」


「そうだねえ」


 妙に他人事だ。


「水路一つ直すにも村同士の話が要るし、肥を増やすにも土地の持ち主がいるし、兵を集めれば田を耕す人が減るし、年貢を減らせば家の銭が減る」


「うん」


「全部繋がってる」


 俺はため息を吐いた。


「一つ良くしたら、別のところで何か困るかもしれない」


「うん」


「……姉上、知ってた?」


「理屈では」


「おい」


「でも私も今日初めて実感したよ」


 姉上は少しだけ真面目な顔になる。


「前世で読んでた時はさ、税率何割とか、石高何万石とか、数字だったんだよね」


「うん」


「でも今日会った人達が、その数字の中にいるんだなって」


 俺は姉上を見る。


 姉上も今日一日で何か感じたのだろう。


 俺が当主になったことで姉上もまた、ただ未来を知っているだけではいられなくなっている。


「兄上!」


 前を歩いていた葵が振り返った。


「何じゃ?」


「魚の肥、ほんに試すのであろう?」


「まだ言っておるのか」


「大事じゃ!」


「調べて、使えそうならな」


「ならば、わらわも見る!」


「なぜじゃ」


「わらわが考えたゆえ!」


「半分は姉上の知識であろう」


「でも舟で運ぶのはわらわが考えた!」


「そうだな」


「じゃろ!」


 嬉しそうに笑う。


「ねえ葵ちゃん」


「何じゃ、姉上」


「他にも何か思いつかない?」


「姉上!」


「いいじゃん!」


「今これ以上仕事増やすな!」


「えー」


「えー、ではない! お前も真似するな!」


「便利なのじゃ!」


「どこがだ!」


 その日の夕方。


 城へ戻った俺の前には、新しい仕事が山ほど積まれていた。


 用水路と水争い。


 肥。


 漁村から出る魚の残り。


 兵役。


 村ごとの働き手。


 年貢。


 借財。


 そして、昨日から始めた種籾と農具の試験。


 当主になって四日目。


 すでに俺の机は、父上が使っていた頃より散らかっているように見えた。


「……これ、本当に全部やるのか?」


「やるんじゃない?」


「姉上」


「何?」


「手伝えよ」


「もちろん!」


 勢いよく返事をする姉上。


 その横から葵が顔を出す。


「わらわも手伝うぞ!」


「葵はまず文字の稽古をせよ」


「えー!」


「だからその言い方をやめろ!」


 父上。


 大掾家を立て直すには、思っていたよりずっと多くのことを知らねばならぬようです。


 ただ今日一日、村を見て回って一つだけ分かったことがある。


 答えは、城の中にだけあるわけではない。


 田の中にも、水路にも、漁師の舟にも、百姓達の経験の中にもある。


 なら俺は、それを聞けばいい。


 俺より知る者がいるなら、その者から教わればいい。


 姉上が未来の知恵を持ち込み、葵が妙な使い道を思いつき、この土地で生きてきた者達が、それを本当に使える形へ変える。


 そして俺が、それらを一つにまとめる。


 父上とは違うやり方になる。


 それでも俺は俺のやり方で、大掾家を立て直してみよう。


 そう思ったのであった。

ここまで読んでくださりありがとうございます!

ブックマークや評価をしていただけると励みになります!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。