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第2話:カメラの向こうの絶望


松浦かなは、自撮り棒に固定したスマートフォンに向かって、精一杯の笑顔を振りまいていた。

Cランク探索者。それが彼女の現在の立ち位置だ。探索者としての才能は凡庸だったが、持ち前の明るさと、危なっかしい場所まで踏み込む度胸で、配信者としての登録者数はじわじわと伸びていた。

「見てください!三十層まで来ると、壁の輝石の密度が全然違いますね。空気がビリビリして、なんだか効いてるって感じです!」

画面の向こうでは、視聴者たちが次々とコメントを流していく。

『かなちゃん、そこマジで危険だから気をつけて』

『今日は一段と可愛いな。でも無理は禁物だぞ』

『三十層にソロで行くとか、死にたいのか?』

心配と期待が入り混じるチャット欄を見ながら、かなは内心でガッツポーズを作っていた。今日この場所に来たのは、視聴者からの「三十層に現れるという珍しい魔物を見せてほしい」というリクエストに応えるためだ。

「大丈夫ですよー。ここは昨日、Aランクパーティの『蒼輪の盟約』さんが掃討したばかりのエリアだってギルドの掲示板に出てましたから。あ、見てください!あそこに綺麗な結晶が……」

かなが歩み寄ろうとした、その時だった。

ダンジョンの奥から、耳を劈くような異音が響いた。それは生き物の咆哮というよりは、空間そのものが悲鳴を上げているような、不快で重苦しい音だった。

「え……何? 今の音」

かなの足が止まる。

数メートル先の空間が、まるで水面に石を投げ込んだ時のように、歪に波打っていた。そこは本来、次の階層へ続く道などない行き止まりのはずだった。

しかし、空間の歪みはみるみるうちに広がり、どろりとした赤黒い闇が溢れ出してくる。

「嘘……これ、イレギュラー?」

ダンジョンにおいて最も恐れられる現象の一つ。本来その階層には存在し得ない強力な個体が、空間の裂け目から突如として現れる異常事態だ。

闇の中から現れたのは、盛り上がった筋肉を赤黒い皮膚で包んだ、巨体の怪物だった。体長はゆうに四メートルを超えている。その手には、犠牲者の血で錆びついた巨大な戦棍が握られていた。

「ブラッド……オーガ……」

かなの喉が、恐怖で引き攣った。

ブラッドオーガ。本来ならば五十層以下に生息する、Aランク探索者のパーティでも死傷者を覚悟しなければならない上位種だ。

怪物は、濁った瞳でかなを捉えた。

「ア、アアア……」

悲鳴さえ出なかった。

手に持っていたスマートフォンは、震える指から滑り落ち、地面に転がった。運悪くレンズはかなと、その後ろから迫り来るブラッドオーガを完璧なアングルで捉えている。

チャット欄は、これまでにない速度で絶望の言葉を刻み始めた。

『逃げろ! かなちゃん、今すぐ逃げろ!』

『誰か、誰か近くにいないのか!?』

『無理だ、あんなのCランクじゃ一撃で……』

『警察! ギルド! 誰でもいいから助けてくれ!』

ブラッドオーガが、ゆっくりと戦棍を持ち上げる。風を切る音が、死の宣告のように耳に届いた。かなは腰を抜かし、冷たい地面にへたり込んだまま、迫り来る巨大な影を見上げることしかできなかった。

「やだ……たすけて……」

涙で視界が滲む。

怪物が咆哮を上げ、戦棍を振り下ろそうとしたその瞬間。

「――おい。そこ、立ち入り禁止だぞ。掃除の邪魔だ」

場にそぐわない、ひどく間の抜けた、それでいて不思議と落ち着いた声が、ダンジョンの壁に反響した。



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