新しい依頼はとても地味なのだが。
自慢じゃないが、おれもチュアムの村に住み着いてずいぶん経つ。十年くらいにはなるだろうか。
だからこの近辺のダンジョンや隠し財産、いわく付きの場所やアイテムなど、大抵のことは知っているつもりだ。
そのおれも知らない「何か」を、この自称『永遠の十七歳』の魔女は知っているという。
「と言うか、けっこう知れ渡ってるんだけどね。『黄昏の谷のパズル』よ。聞いたことあるでしょう?」
「ああ、あれか」
「なになに?」という顔をしているリアノンに、おれは説明してやる。
「村の外れ、山のふもとにちょっとしたダンジョンぽい谷があってな。大した場所じゃないんだが、お宝が隠されていると言われている」
「ふうん。でもそんな場所だったら、もう誰かが取っちゃってるんじゃないの?」
「ところがまだ残っているんだ。そこの封印がやたら複雑でな。面倒で面倒で、最後まで辿り着いた奴がいない」
このあたりでは『黄昏の谷のパズル』と呼ばれているそれは、まさしくパズルだった。大した場所でもなさそうなのに、入口に幾重にも封印が施されている。
封印を解くには『解錠』のスキルが要る。ここの封印ひとつひとつはそれほど難解ではないから、ハイレベルのスキルが要る、というようなことはない。ただ淡々と開けていけばいい。
問題はその量だ。延々と組み合わさり続いている封印を、解く。ただひたすらに、解く。それだけだ。スキルは要らない、ただただとほうもない根気が要る。
そもそも冒険者というものは気まぐれで飽きっぽい。こんな地味な作業をやり遂げようなんて真面目な奴は、初めから冒険者になどなっていないだろう。よってここは、未だに未開封のままなのだ。
「確かにそうまでして攻略しようなんて冒険者はいないかもね」
リアノンも同意、というふうに頷く。
「ところで、そこにはどんなお宝があるの?」
「まあ開けてみないと本当のところはわからないが」
と、おれは前置きして、
「宝玉か魔法石、じゃないかと言われている。特に守護の魔物がいるわけではないから、安全に攻略できると言えばそうなんだけどな、だが」
おれはアシュリンに向き直る。
「そのくらいだったら、べつにおれの手助けなど要らないだろ。解錠のスキルなんて初歩的なものだし、それこそ子供だって開ける」
「そうやってなめてかかるからみんな挫折しているのよ。きちんと準備してかからなけりゃ、あれは永遠に開けられないわ。そのためにはあんたの『付与魔法』が必要なのよ」
何かうまく騙されているような気がして今ひとつ得心できない。が、こいつが必要だと言うなら何か考えがあるのだろう。
「わかった。手伝ってもいい。それで、報酬は?」
問いかけるおれにアシュリンは、くすりと笑いながら人さし指を唇に当て、くねっと腰をひねって、
「ア・タ・シ(はあと)」
「あほか」
「ああっ! また帽子つぶした! やめてよね、これ気に入ってるんだから!」
やれやれ、本気なんだかふざけてるんだか、よくわからない。またもリアノンがじと目で見つめてくるのが居心地悪い。別にじゃれているわけではないぞ。
そもそも報酬を要求するのは相手が自分と対等であり、依頼を仕事としてちゃんと受ける、という意思表示だ。もう少し真剣に受け止めてもらわなくては困る。
「……しょうがない、ええと、お宝が何だかまだわからないから、取り敢えず報酬プラス経費分として、ここでの晩ご飯と銀貨十枚。アイテムがゲットできたらそれを山分け。どうかしら?」
ちょっと安い気もするが、付き合いの長い奴の依頼だし、魔女としての腕はこれからも頼りにしたいところだ。
「よし。受けよう」
「あれがと。助かるわ」
アシュリンは満足そうに、色っぽく微笑んだ。このくらいでやめておけば男もそれなりに寄ってくるだろうに。
◇
翌日、黄昏の谷に向かう。見知った場所だし危険はないと思いつつも、食糧など適当に用意して持参する。心配性だと思うかも知れないが、どんなところで命の危険に出会うか分からないのが冒険者の立ち位置だ。用心はし過ぎても困ることはない。
何故かリアノンもついてきた。
「おまえの分の報酬は出ないぞ」
念のためそう言ってみたが、
「心配しないで。今回は見学だよ。なんだか面白そう」
とのこと。今回の件、冒険者にとっては退屈なだけだと思うが、本人がいいと言うなら放っておこう。
そして今回の依頼主アシュリンは、おれ以上の大荷物を担いで現れた。おれでさえ「ちょっと大げさじゃないか?」と思うほどの量だ。
「ふふん。用心はし過ぎて困ることはないのよ」
したり顔で言われると何かむかつく。が、今回は彼女が主役だ。彼女のペースに任せることにしよう。
目指す谷の『パズル』は、谷を少し中に入ったところ、崖に囲まれた場所にあった。
岩肌に扉のような場所がある。大きさは人が軽く通れるくらい。扉と言っても今は壁に絵が描いてあるような感じで、とても入れるようには見えない。
「さてと、始めましょうか。『解錠』にかかるわよ」
アシュリンは荷物を置き、その中からいくつかの道具を取り出して足もとに置いた。魔女の杖を取り出して岩壁の扉を調べ始める。杖を向けると、魔法を発動した。
「まずは、『解析』」
岩の手前にぼうっと輝く魔法陣が浮かび上がる。魔法陣はゆっくりと回転し、アシュリンは手をかざしたままその動きを見つめていた。
「何をしてるの?」
リアノンがおれに訊いてくる。
「解析の魔法だな。対象物の情報収集と分析だ」
封印が施されているのはわかっているのだから、いきなり『解錠』を始めてもかまわないのだが、それが複雑に絡み合っているとなれば、その構造を分析してから取りかかった方が結果的に早い。
「ん~~。なるほど」
アシュリンはつぶやきながら、杖を使って地面に何かを書き始めた。察するに、今分析して得た情報を書きつけているらしい。
「それでは、ナハル。手を貸して」
「いいけど、どうするんだ?」
「まずはアタシに付与魔法。『反復』の魔法を授けてちょうだい」
「反復? 聞いたことがないな」
おれは魔法使いではないから、それほど魔法に詳しいわけではない。付与魔法は自分または他人に魔法を使わせるものだから、自分がその魔法を使えなくても問題ないが、知らない魔法をどうやって授ければいいのだろう。
「そんなに難しく考えなくてもいいわ。何かを繰り返しているところをイメージしてみるといい。そうね、例えば、マクロを走らせてエクセルでひたすらデータ計算を繰り返しているところとか」
「なんてぇ例えを使いやがる」
おれは思わず引いた。転移する前の世界での悪いイメージが一気によみがえる。
アシュリンは時々こういう事を口走る。もしかすると転生者、それもおれと同じ世界から来たのではないかと思わせるのだが、まさか「おまえ転生者だろう」などと訊くわけにもいかず、本当のところはわからない。いろいろと探りをいれてみるものの、「さあね」などと笑って煙に巻くばかり。
しかし、確かにイメージできた。いやになるくらいイメージできた。
「わかった。試してみるが、どうなっても知らないぞ」
おれはそう前置きしてから宝玉を取り出し、アシュリンに向けて手をかざした。
「付与。『反復』」
「お、来た来た。こんな感じなのか、なるほど……って、ちょっとあんた! このイメージは何なのよ?!」
アシュリンが大声を上げる。
「仕方ないだろ。思いついて離れないんだから」
イメージが鮮明過ぎて、アシュリンの衣服にまで影響を与えてしまった。魔女のローブはセパレートの上下に変わっている。ブラウスにベスト、スカート。ひと言でいうと、前世で言うところのOLという格好だ。
エクセルだのマクロだの言うものだから、締め切りに追われて髪を振り乱し、デスマーチと格闘するOLという図がつい浮かんでしまったのだ。いったん思いついたらもう忘れられない。
かくして目の前にはひっつめ髪のなりふりかまわぬプログラマーみたいなイメージが出現した。
「あんたねえ、いくらなんでもこれはないでしょ? アタシは社畜じゃなかったわよ」
「解呪すればいいだろ。おれの魔法なんか造作もないはずだ」
なおもぶつぶつと文句を言いながらアシュリンは魔女の杖を振り、元の姿に戻る。おれをもの凄い眼でひと睨みしてから岩壁に向き直った。
「『解錠』『反復』」
右手下方に小さな魔法陣が出現し、光り始めた。それによって岩壁の一部が動いて開く。
「『解錠』『反復』」
アシュリンは同じ動作をして、隣にもうひとつ魔法陣を出した。同じく岩の一部が開く。その隣にさらにもうひとつ。
「ちょっと足りないかな。ナハル、付与を足して」
「へいへい」
「それからそこに『倍加』」
「へいへい」
魔法陣がさらにいくつも開いていく。消えることなく動いているから、ずっと作動し続けているようだ。
「ねえ、何がどうなってるの?」
「さあ? おれに訊かれても……」
リアノンが隣から訊いてくるが、おれが手を貸しているとは言え術者はアシュリンだ。具体的に何が行われているのか、おれには読み取れない。
「ここの封印はね、十二個の鍵から成り立っているのよ」
アシュリンが説明を始めてくれた。
「一個一個はそれぞれふたつの鍵が対になっている。片方を開けるともう片方が作動して施錠する。その片方を開けるとまた片方が施錠する。その繰り返し。だから両方を同時に開けて、しかもその状態を維持しておかなけりゃならない。それを十二個。それでやっと、この扉は開くのよ」
「……めんどくせえ」
聞いているだけで面倒だ。だが難しいことはない。
ただ、それには十二の魔法を同時に展開しなければならない。魔法力も必要だが、同時に動かすのはかなり難しい。
「そこであんたの付与魔法よ。いったん発動した魔法を自動的に動き続けるようにする。魔法力は要るけど、術式は単純な反復だから、それを魔法で維持するようにしたのよ。それが『反復』」
なるほど、「マクロ」と言ったのも分かる気がする。
単純な作業は機械に任せて自動化する。それを同時に走らせて自分はその上でさらに複雑な作業をする。言ってしまえば簡単だが、それを思いついたのはアシュリンならではと言えた。
「さあて、開くわよお」
たくさんの魔法陣の光に包まれて、アシュリンが手をかざす。扉がひときわ輝き、やがて岩壁の中央に裂け目が入った。そしてゆっくりと左右に開く。
「開いた!」
「やったな! さすがだ」
「ふふん、アタシにかかればこのくらい朝めし前だわよ」
いかにも自慢げに胸を張るアシュリンだが、スリムな体型だからあまり迫力はない。
「さて、これで第一の扉はクリア。次の扉にかかるわよ」
「え?」
虚を突かれて、おれとリアノンは固まってしまう。
「あ、知らなかった? ここの封印は、こんな扉が十二枚セットになって封をされているのよ」
「……めんどくせえ」
誰もやりたがらなかったのがわかる気がした。地味なうえに果てしなく面倒くさい。
「さあ次よお。ナハル、早く『付与』ちょうだい!」




