祝いの席に割って入る者なのだが。
そしておれたちは酒場に来ていた。
「ご褒美だ。今日はおごってやるよ」
と言うか、ほとんど身ひとつで流れてきたリアノンはろくな持ち合わせがなかったので、実質おれが食わせてやっているようなものだったが、今日のところは素直に祝ってやりたかった。
「ありがとう。ナハルのおかげだよ」
リアノンも嬉しそうに果実酒のジョッキを掲げる。
あの後、手に入れた魔法石を持って地上の神殿に赴いた。そこで魔法石を奉納して風の精霊と契約を果たしたリアノンは風の精霊魔法を使えるようになったのだ。
これを弓と合わせて使えば、弓のレベルは最大二倍にまで引き上げることができる。また、風の魔法も同時に使え、攻撃の幅が大いに広がった。さらに今サリヴァンに頼んでいる魔法石の鏃が手に入れば、これを組み合わせて弓・魔法ともさらにアップさせることができる。
「これで文字通り倍加だな。一夜でここまでレベルアップした奴はそういないんじゃないか」
「でもさ」
リアノンの表情が少しくもる。
「なんだかずいぶんインチキしてる気がする。あたし自身のスキルは何にも上がってないし」
「なに言ってる。ちゃんと自分で戦って得た力じゃないか。魔法だってれっきとした能力だ。もっと自信を持て」
確かにかなり裏ワザを駆使した感はある。だがまっとうに獲得した能力だ。自分の手で戦ったし、結果的に自分の血は流さずに済んだが、その覚悟で挑んだことは間違いない。大いに自慢していい。
「そう、なのかな……。でもやっぱり嬉しい。えへへ」
笑顔のリアノンを見ているとおれまで嬉しくなる。冒険者にとってレベルアップは何よりのご褒美だ。嬉しくないわけがない。
新米冒険者の世話をしていて最も嬉しいのはこんな時だ。時に思い通りにいかずもどかしく思う時もあるが、それもこれで全て報われた気分になれる。やってきてよかったと実感できる瞬間だ。
「よっ、女泣かせのロリコン色男」
その気分に水を差す輩が現れた。女の声、よく知っている声だ。おれはそいつに向き直る。
「余計なお世話だ。泣かしてもいないしロリコンでもない。とっとと帰れ」
「ごあいさつだねえ。そんなこと言わずに一杯付き合っておくれよ」
そう言って傍らに立ったのは、真っ黒なローブをまとった黒髪の女。つばがものすごく広い、大きな大きなとんがり帽子をかぶっている。見るからに魔女。
その魔女は隣のリアノンを見て言った。
「今度拾ったのはこの娘かい? なかなか可愛いじゃないのさ。隅に置けないねえ」
◇
「あの、お知り合い?」
リアノンのためらいがちの問いにおれが答えるより早く、魔女がぱっと手を広げる。
「初めまして~! アタシ、アシュリン。ごらんのとおりの魔女よ。年齢は永遠の十七歳! よろしくね~!」
文節ごとにいちいちハートマークが付きそうな勢いだ。完全に置いてきぼりをくらったリアノンはドン引き。表情がひきつっている。当たり前だわな。
「おまえなあ、それでウケると思ってるのか?」
そんなことやってるから、男が逃げていくんだよ。
「なあに? テンションは大事よお。魔女みたいな研究職だとさ、なかなかおんもに出ないから、適度な発散とコミュニケが不可欠なの」
まだ飲んでないのに言葉があやしい。
この村の魔女、アシュリン。おれがチュアムの村に住み着いた少し後に流れてきたから、もう七、八年の付き合いにはなる。
見た目は黒髪のエキゾチックな美人だが、頭のねじが幾本か飛んでいる。だが優秀な魔女だ。優秀だからこそぶっとんでいるのかも知れないが。
「と、まあこちらのエルフのお嬢さんはちょっとおいといて、と」
ちゃっかり座り込んだアシュリンに、リアノンがさっと警戒の視線を向ける。この魔女、意外と勘が鋭い。リアノンの外見だけではエルフの血が流れているとは普通わからないはずだろうに、一発で見抜いてしまった。
「今日はあんたに用があるのよ、ナハルぅ~。最近いいものゲットしたらしいじゃなあい?」
やはりそれか。おれは内心舌打ちしたくなった。一体どこから情報を仕入れてくるのか、もうおれの宝玉のことを知っているらしい。
「リアノンのことか? たしかに拾い物だな。いい腕の弓使いだよ」
頬を赤らめてうつむくリアノンを一瞥しただけで、アシュリンはしなだれかかるようにおれに近寄る。
「もう、いじわるぅ。わかってるくせに。あんまり焦らされると、アタシ濡れちゃう……」
「やかましい」
「いたっ!」
とんがり帽子をへし折る勢いで脳天に一撃をかます。
「あーっ!! アタシの帽子!」
帽子を脱いであたふたしている魔女を眺めながら、目が点になったリアノンがおずおずと訊いて来る。
「あの、ナハル? こちら……奥さん?」
「「ちがう!!!」」
「ひうっ!? ごめんなさいごめんなさい、お願いだから取って食わないで」
ふたり揃って噛みつかんばかりに突っ込まれ、すっかり怯えて縮こまったリアノンだったが、いや、彼女に非はない。非はあげて、この魔女にある。
「いわゆる腐れ縁というやつかな。腕はいい魔女なんだが、こういろいろと、まあ……」
「ふうん……」
へえ、そうなんだ? というようなリアノンの返事。なんだそのじと眼は? おれ、なんか悪い事したか?
「ああでも、奥さんになるに吝かじゃないわよお。あなたの懐の、その石……」
アシュリンはひとさし指でくりくりとおれの胸板を突きまわす。
「アタシたちの輝かしい未来は、その宝玉とともにあると思わない? アタシたちがこんな片田舎でくすぶっていたのは、今この時のための長い長い準備だったとは思わない? だから今こそ、この婚姻届けにサインを……」
「あほか」
びりびりびりっ。
「ああっ、なにするの?! せっかくのアタシの、練りに練った深慮遠謀が!」
「却下。なにが深慮遠謀だ」
まあ要するに、法具の能力はその持ち主にしか使えないが、人生を一にするパートナーつまりは夫婦とか恋人とか、命を共にしていると法具が認めた時に限り、法具の力を共に使える場合がある。深慮遠謀どころか浅知恵としか言いようがないが、それでも黙って持ち去ったり強奪しようとしないだけ、思いやりがあると言えるかも知れない。
「しかし、やらんぞ。これはおれのものだ」
「ちっくしょー。下手に出ればつけあがって。こうなったら最後の手段を取るしかないわ。酔い潰してベッドに連れ込んで、既成事実をでっちあげてデキ婚に持ち込めば……」
「聞こえてるぞ。なんだそのオヤジ丸出しな発想は?」
ふう、とため息をついておれはジョッキをあおる。
「なによお。いいもんゲットしたんだから少しくらい恩恵おすそ分けしてくれたっていいじゃないのさ?」
アシュリンはいつの間にかワイングラスを手にしている。おれは内心たじろいだ。これは腰を落ち着けてじっくりと……絡み酒になる体勢だ。
「あんた、わかってる? アタシたち冒険者がどれだけ苦労してきたか?」
「え、アシュリンさんも冒険者だったんですか?」
「みんな一度は夢見たんじゃない? 現にあなたもそうでしょ、ええと、リアノン?」
リアノンに笑いかける笑みは妖艶で、色気たっぷりだ。この辺は年若い少女には真似できない。男ならずともはっとするだろう。少なくともリアノンの表情は「負けるもんか」と言っている。何に負けるもんかなのかは知らないが。
「あなたは弓の適性があるみたいだから、恵まれているわね。それに引きかえ、アタシやこのナハルときたら……」
「おれを道連れにするな」
とは言いつつ、アシュリンの言いたいことも分かる。
魔女と魔法使いは違う。魔法使いは魔法力にすぐれ、多様な属性の魔法を使いこなす。それは相手にダメージを与える攻撃・打撃系の魔法だったり、防御・回復の魔法だったりする。
一方魔女は魔法使いほど魔法力を持たない場合が多く、使える魔法も回復・治癒系統が多い。つまり敵を倒してお宝をゲットする冒険者にはあまり向かないのだ。
それでもアシュリンは冒険者になろうと努力した。いろいろ工夫して頑張った。でも駄目だった。自分が勇者になるにしろ、勇者をサポートするにしろ、攻撃の適性が足りなかったのだ。
それでもこの村に居着いてからは薬師としてずいぶん研鑚してきたこともおれは知っている。はすっぱに見えるかも知れないが、根はまじめな努力家なのだ。
ちなみにおれは彼女の字名も知っている。癒しの聖人『ルナ』、徹頭徹尾人を助ける星回りだった。
「だけどアタシだって諦めてない。思いつく限りのことは試しているわ。それで、ナハルがこの度たなぼたでゲットした能力だけど……」
「たなぼたじゃない。永年こつこつとまじめにつとめてきたご褒美、いわば永年勤続の証だ。失礼な事を言うな」
「はいはい」
アシュリンはおれの抗議など軽やかにスルーして言を継ぐ。
「で、思い出したの。今ならできる。あんたに開けてほしい鍵があるのよ。とびっきりのお宝があるの」




