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リアノンは試練に向き合うのだが。


 ミノタウロスが守るトンネルを通り抜け、進んだ先には湖があった。

 形としては地底湖、となるだろうか。差し渡しは五十メートルほど、湖としては小さいかも知れない。

 正面の地面が湖に張り出していて、緩やかな地形の岬のようになっている。そこに小さな神殿のような建造物があった。


「ここに狙いのものがあるの?」

「そのはずだ」


 サリヴァンから購入した古地図を広げて、地形を確認する。


「『探索シーク』」


 念のため探ってみる。すると。


『よく参りました。剛の者よ』


 声が響いて、おれとリアノンはさっと身構える。


『我が力を求めし者よ。守護者の試練をくぐりし者、その勇をここに讃えましょう』


「この声はなに?」

「ここの女神さまみたいだな」


 ここに祀られていたのは風の女神のはずだ。その女神さまから直々にお言葉を賜る。光栄なことだが、このくだりは聞いたことがあった。


『されば、最後の試練です』

「え~、まだ続きがあるの? あんなに苦労したのに」


 リアノンの不服はもっともだ。あんなすごい守護者を倒したのだ。あれで終わりにしてほしいところだが、じつは儀式はまだ道半ばだ。これをクリアしないとお宝をゲットできない。


 と、湖の沖合に何かが現れた。


『この的をすべて射抜きなさい。加護を受けるに相応しい腕を、ここに示してみせなさい』


 的は三体。それが輪を描くように、ゆるゆると動き始めた。


「リアノン。できるか?」

「まかせて。動く的くらい大した問題じゃない」


 リアノンはよどみない動きで弓を構えた。

 この試練は命の危険があるようなものではないが、挑戦者の腕が試されるイベントであり、そして完遂できなければ一年間は再挑戦できない。ここまでの苦労が水の泡、となりかねない試練だ。

 それを思うと、おれも妙に緊張してしまう。だがリアノンは落ち着いていた。


「大丈夫。動きも一定だし、野生動物を射ることを考えたら、止まっているようなものよ」


 そう言いつつ目は油断なく的を見据えている。的は動きながら少しづつ沈んでいるようだ。時間制限があるらしい。


「そうか。じゃ、おれも命中率に『倍加』を……」

「待って」


 的を見たまま、リアノンが言う。


「あたしの力だけでやる。あたしの力が試されてるんだ。あたしがやらなきゃいけない」

「リアノン……」

「大丈夫。今度はあたしの番。信じて」


 おれに笑顔を向けた。自信にあふれた顔だ。


「おう、まかせた。腕のほどを見せてもらおう」


 笑いかけてやると、リアノンも頷いてきっと標的を見据える。


 矢をつがえる。距離はそこそこ、リアノンの腕なら問題ない。だが的は小さい。それが動いている。難易度は高い。


 ひと呼吸おいて矢が放たれる。はずれ。

 リアノンは黙って再び矢をつがえる。おそらく今のは試し撃ち。目視と実際の誤差を測ってみたところだろう。


 弓を引き絞って、ぎゅっとひと呼吸。


「いくよ!」


 速射三連。


 矢はみごとに標的三体を撃ち落とした。


 そしてほうと息をつくリアノン。



 おれは賞讃の言葉も忘れて、見とれていた。

 見入ってしまった。魅入られていた。

 美しい所作。美しい流れ。弓を射るという動作にこれほど魅入られたことはなかったかも知れない。


「な、なによ?」

「……ああ、いや、いいものを見せてもらった。ちょっとうるっと来たよ」

「……ばか」


 目を拭って、おれは笑いかけた。いかんな、トシのせいか、年々涙もろくなる。


『よく試練を越えました。剛の者よ。約束通り褒美を遣わしましょう』


 神殿の奥から淡い緑色に光る物体が浮き出てきた。物体はリアノンの前でふわりと止まる。


「リアノン。その光を受け取れ」

「うん」


 緑の光はリアノンの両手に収まった。それは黄緑色の魔法石だった。

 魔力を蓄積しておける魔法石は、それなりに貴重な資源だ。魔法を使えない者には魔法を使う原動力になるし、魔法を使える者はそれを使ってより力を大きくすることができる。

 だが手に入れようと思えば何とかなる。命を賭けてまで追い求めるものかというと、そうでもないというのが回答だ。


「これがここでの戦果かあ」


 リアノンが石を光に透かしてみる。


「こんなつまらないものじゃ、不満か?」

「ううん。苦労してゲットした大事な品だもん。不満なわけないよ」


 大事そうに両手で包んで胸もとに引き寄せる。

 しかし残念ながらこの石はまた女神に差し出してしまうものだ。


 おれたちは次に、この石を貢物に風の精霊魔法の契約を得ようとしている。今リアノンが持っている風の加護が飛躍的に強化されるばかりでなく、彼女自身も風の魔法を使えるようになる。大幅なレベルアップになるはずだ。


「ねえ、ナハル」

「なんだ?」


 リアノンが思い詰めたような表情をしている。


「あたしとパーティ組んでくれないかな?」


 おれは即答しなかった。


「今日一日だけど、一緒にやってみてよく分かった。あんたとだと、すごく戦いやすい。自分の力が何倍にもなった気がする」

「補助魔法のせいだろ」

「それだけじゃないよ。あんたは人を生かしてくれる。あんたがあたしの力を引き出してくれるんだ。さっきもそう。わざと隙をつくって相手を誘い込んだり、それもこっちが狙いやすい態勢になるように剣を流したよね。よほどの腕がないとできないと思う。あんた意外とすご腕なんじゃない?」

「意外と、は余計だ」

「ごめんごめん」


 わざとつっけんどんに言うおれに笑って謝りながら、リアノンは期待に目を輝かせる。


「で、どうかな? だめかな?」

「悪いがおれはこの村が気に入っていてね。離れるつもりはないよ」


 短い言葉に固い拒絶の意志を込める。

 さまざまな思いはある。だがそれを説明するつもりはない。


「……そっか、ごめん」

「いや、おれこそ、意に沿えなくてすまない」


 リアノンはおれの意志の固さを感じ取ってくれたようだ。だが残念なのは本当のようで、落胆の色を見せる緑の眼を見ると申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「あーあ、振られちゃったかあ。あんたみたいな、あたしの力を引き出してくれる人と組めてたらなあ。あたしももっと上にいけてたかも知れないのに……って、え?」


 口をとがらすリアノンの頭にそっと手を伸ばす。


 リアノンはあせってあたふたするが、かまわず手を回す。


 それから、ゆっくり引き寄せて。


 ぐいっとヘッドロックをかまして、ぐりぐりと締め上げた。


「いたいいたいいたい! 何すんの!?」

「ばかやろう。小娘がなにを悟ったようなことを言ってやがる?」 


 身もだえて脱出したリアノンは涙目でおれに抗議するが、おれはここぞとばかり説教を垂れる。


「これからの出会いだって、レベルアップの可能性だって、おまえら若者にゃ無限の可能性があるんだ。今から諦めてどうする? 過去を振り返るのは年取ってからでいい。おまえは前を向いてろ。前を向いている限り、おまえの進化が止まることはない」


「ちぇっ。なんだよ偉そうに。……ちょっとはロマンチックな展開、ないのかよ」


 リアノンは頭を押さえてぶつぶつ口の中で文句を唱えているが、よく聞こえなかったし聞くつもりもなかった。


 もっとも、気持ちはわかる。今言った事は他ならぬ自分に向けて言った事なのだから。


 しかし、ここまで頑張ったのにこの扱いはあんまりかも知れない。少しは褒めてやってもいいか。


「まあなんだ。よく頑張ったよ。お宝もゲットできたし、早く帰って祝杯をあげよう」





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