いよいよ少女と迷宮に潜るのだが。
地下迷宮地下三層。草原ステージ。
地下に草原があるのも不思議な感じだ。が、ここは見渡す限りの草原。風に草がそよいでいるところまで地上とそっくりだ。
そこにいる生き物は、動物ではなくモンスター。例えば、ツノウサギ。
そのはしっこい生き物を、リアノンの弓は一発で射抜いた。
「やったねっ!」
小躍りして喜ぶリアノン。ノーマルの弓でもいい働きだ。
次の獲物は、と見るうちに、草むらから何かが飛び出す。
ヤツメウサギだ。
こいつは目が多い分気配を察知するのに長けていて、どうかすると飛んでくる矢に勘づいてよけてしまうことがある。
確実に仕留めるために、おれはスキルを試してみることにした。宝玉を取り出す。
「リアノン。風の加護」
「はい」
引き絞られた矢の先端がうす緑に輝き始める。
おれはそこに、補助魔法を付加した。それも速度に効果を絞り込む。
これで速度だけなら通常の二倍半になる。
満を持して放たれた矢は文字通り、目にも止まらぬ速さで直線の軌道を目に焼き付け、ヤツメウサギに突き立った。
「やったっ! また命中!」
リアノンが駆け寄ってきてハイタッチ。
大喜びなのも道理だろう。見たこともない弓の速度だった。一夜にしてこれだけ力が上がったら、嬉しくないはずがない。見ているこっちまで嬉しくなりそうだ。
「この辺までは肩慣らしだな。ひとつ降るぞ」
草原の奥の奥、下の階層へ続く階梯を一層分下へ降りる。わざわざ奥から降りたのは、その手前のモンスターを避けるためだ。今回の目的はモンスター狩りではなく、とあるアイテムをゲットすることにある。
なじみの情報屋――兼雑貨屋兼鑑定士兼武器屋兼、まあ小さな村だ、何でもやる――の情報が確かなら、この階層に格好のお宝があるはずだった。
「でもさ、それって役に立つの? 役に立たないとは言わないけど、そうまでして取るほどのものかなって思うけど?」
リアノンの疑問はもっともだ。おれたちがこれから手に入れようとしているのは、風の魔法石。それなりに貴重な品ではある。手に入るならそれに越したことはない。だがその守護者が厄介だ。
ミノタウロス。
レベルは四十五。
中級の冒険者なら問題なく相手にできるが、それにしては実入りが少ない。上のランクの冒険者なら損得を考えて迂回してしまうし、低ランクの冒険者なら太刀打ちできないためやはり回避する。割に合わないのだ。
だが今のおれたちは、ここのアイテムが欲しい。そしてその守護者と戦うおれはレベルが約三十。普通だったら逃げる。今の手持ちのスキルを洗いざらい吐き出しても、多分届かない。
それでも欲しいものを手に入れる。不利な条件を跳ね返す。冒険者としてこれほど燃えるシチュエーションがあるだろうか。もっとも、その誘惑に駆られて無謀な戦いに挑み、命を落とした冒険者は多い。だが男のロマンというやつは度しがたいもので、ロマンがなければそもそも冒険者になっていないし、今も冒険者を続けているわけがないのだ。
「というわけだから、嫌ならやらなくてもいいぞ。正直分が悪すぎるからな」
「ばかにしないで。あたしだってやるときゃやるわよ。それに」
きゅっと引き結んだ唇をわずかに緩める。
「あんたがなんとかしてくれるんでしょ。頼りにしてるわよ、ナハル」
「やれやれ」
そんなこと言われたら、恰好つけないわけにいかないじゃないか。
◇
目指す敵はすぐに現れた。
牛の角に、筋骨隆々の人の身体。
眼は鈍く光り、身体は蒼黒くツヤを放っている。
(これは上方補正が必要かな?)
うんざりしつつ、妙に冷静におれは考えていた。この体色からするとレベルは五十前後あるかも知れない。だがもう後に引くつもりはなかった。
牛頭が吼える。同時におれは駆け出した。おれの役割はなるべく前でこいつを食い止めること。 動きを止めている間に後方のリアノンが奴の体力を削る。これを繰り返して倒す。作戦はシンプルだ。外しようがない。
問題はこいつのプレッシャーにおれが耐えられるか、だ。身の丈三メートルになんなんとする化け物と正面から切り結ぶ度胸があるか。
ちらりと後ろを見る。固い表情の弓使いの少女はそれでも気丈に弓を構えている。
(ここでいいところを見せなきゃ、おれの立つ瀬がないな)
ミノタウロスが巨大な刃物を振り下ろす。もの凄い勢いで刃が視界いっぱいに拡がる。
「付与! アンド、倍加!」
宝玉の力を発動する。硬化の魔法を付与。それを全身ではなく、踏ん張った右足から右腕にだけ加重をかける。さらに補助魔法で強化。
一本の鋼鉄の棒となったおれの身体は、ミノタウロスの凶刃を真正面から受け止めた。衝撃で右足が膝くらいまで地面にめり込む。
(くうっ!)
もの凄い衝撃だ。魔法で底上げまくりとは言え、骨が折れなかったのが不思議なくらいだ。
跳ね上がった厚刃が再び落ちてくる。もう一度、付与と倍加。金属がぶつかる嫌な音と激烈な衝撃。これ以上くらったらあぶない。
こんな小物に二度も攻撃を防がれたミノタウロスは怒りに燃え、さらに大振りに刃を振り下ろした。今度は正面から受けず、刃を斜めに受け流す。剣筋は流れて轟音とともに大きく地面にめり込んだ。重量のある刃、それが怪力で撃ち込まれれば、すぐには抜けない。
「よし、連射! 撃てるだけぶち込め!」
おれは飛びのきながらリアノンに合図した。間髪入れずに矢が乱れ飛ぶ。
矢には風の加護プラス、おれの倍加魔法。いずれも『威力』加重に全振りだ。元の矢の倍以上威力を増した重い矢が、狙いあやまたず眉間、喉笛、みぞおちと突き立って行く。咆哮を上げてミノタウロスの動きが止まる。
「グッジョブ!」
おれは左手だけ突き出して親指を立てた。視線はミノタウロスを捉えたまま。大きく跳び上がる。
「倍加!」
そのまま一閃、ミノタウロスの首を斬り落とし、なんて夢みたいなことはしない。踏ん張りの効かない空中で、こんなごつい猪首を刈れるほどおれの剣は重くない。そのくらいはわきまえている。
だが着地してアキレス腱を切断するには充分だ。痛みにミノタウロスは再び吼える。背中に剣を突き立てて注意をこちらに向けている間にリアノンが再び矢を射る。
「風の加護《威力》!」「倍加《威力》!」
「風の加護《威力》!」「倍加《威力》!」
「風の加護《威力》!」「倍加《威力》!」
弓ではなく矢を対象にしているため、いちいち一本ごとに魔法をかけなければならないが、それだけの効果はあった。三本、四本、五本。ついにミノタウロスが膝をつく。六本、七本。
「ちょっと! まだ倒れないの? いい加減にしてよ!」
「あせるな! ちゃんと効いてる。落ち着いて狙え」
浮足立ちかけたリアノンに声をかけると、はっとなって弓を取り直す。さすが立ち直りも早い。九本、十本。両膝をついたミノタウロスの腕がだらりと下がる。あとひと息だ。おれとどめを刺してもいいのだが、それではリアノンの経験値にならない。
「リアノン、とどめだ! おまえが仕留めろ!」
「しっ!」
目いっぱい加重を乗せた矢がミノタウロスの喉の奥に突き立った。
蒼黒い巨体は前のめりにゆっくりと倒れ込んだ。ずしん、と重い音がする。
「…………やった?」
呆然とつぶやくリアノン。横たわる巨体が動かないのを確かめてから、彼女は後ろに倒れ込んだ。
「やったあ。やっつけたあ。こんな化け物を……。すごいなあ。あは、あはははは」
力なく笑うリアノン。目の上に載せた腕の間から、涙が一筋こぼれる。
「よくやったな。いい仕事だったぞ」
おれは近寄って、リアノンに手を差し出した。リアノンは動かないまま、その手をじっと見ている。
「どうした? おれなんかに助け起こされるのは屈辱か?」
「ううん。そんなことない」
リアノンは手を取って起き上がる。
「こいつ、倒したんだねえ。たった二人で」
「そうだな」
おれたちは手を握り合ったまま、かたわらに倒れたミノタウロスを見やっていた。勝算はあったが、よく二人で倒せたものだ。近頃は新米冒険者のサポートがほとんどだったから、こんなタフな戦いは久しぶりだった。
かく言うおれも実力以上の能力で格闘を展開したから、かなりきつい。それに巨体と間近で相対する重圧は想像以上に精神を削る。今もう一匹出てきたら、なす術もなく余裕で死ねるだろう。
「ありがとね。こんなことできるなんて思わなかった」
涙をふいて、リアノンがおれに向き直る。
「おまえが倒したんだ。もっと自信持てよ」
おれは笑って左の拳骨を突き出す。リアノンはにかっと笑って自分の拳をぶつけた。
「それに、こいつはおまけだからな。メインはこの先にある」




