新しい仲間の情報と提案なのだが。
魔族。
つい先日、最凶の怪物ドラゴンを使ってまで襲撃してきた者。
ペトラの口調も表情も淡々としているので、どのくらい大事な話なのか読めない。
が、大事な話だってことはよくわかる。
「人間は今まで魔族と接触したことがなかった。そういうことでいいかしら?」
「ああ」
「実はエルフ族は魔族と時々出会っていたのよ。だから魔族のことも多少は知ってる」
「そうなのか?」
ペトラは頷いた。相変わらずクールで表情が読めないな。話の展開が予想できないのでいやでも緊張してしまう。
「立ち話もなんだ。座って話そう」
間を置くために、おれはそう言って元の薪の山に戻った。
全員が近くに思い思いに場所を取り、車座のような形になる。
おれは特に続きをせかすこともなく、ジョッキに口をつけた。
「エルフは平和を愛する民なんて言われるけど、それは半分合ってる。けど半分は間違い。戦争しないんじゃなく、できない。組織だって戦争ができるほど国って制度が発展していないってだけなのよ」
「なるほど。そういう見方もあるのか」
戦争ともなれば、数百人、数千人単位で兵士を動員しなければならない。
それだけの人間を組織的に組み込んだシステムがあってこそだ。
「そういうこと。エルフの長なんて言っても王さまじゃなくて族長みたいなものだしね。
で、魔族っていうのも似たり寄ったりなのよ。だから戦争なんて起こらなかった」
「じゃあ、こないだ攻めてきたのは?」
リアノンが横合いから問いかける。
「あれは単独行動だったから、何とも言えないわね。でもひとつ気になるのは、『魔王』という言葉」
「つまり、魔族の王さまのもと、戦を始める用意はあるってことなのか」
「そうとも言えるわ」
悩ましい問題だな。
不確定要素が多いので断定ば出来ない。が、最悪を想定すると、魔族の軍団が攻め入って来る可能性がないわけじゃない、とも言える。
できれば攻めてきた本人に直接訊いてみたいところだが。
「おれたちの手に余る問題だな。一介の冒険者がどうこうできる規模じゃない。ここは王さまに任せて、成り行きを見守ったらどうだ?」
「その猶予があればね」
ペトラのもの言いは、やけに予言めいている。
「今回、向こうもこちらへの入口を知ってしまった。さあ、どう出るかしら?」
「まさか、ダンジョンの封印を破ってこっちに来る、っていうのか?」
「まさか。簡単には破れないと思うよ。アーシュ渾身の封印だし」
リアノンの言葉に、アシュリンが「どうだ!」とばかりに胸をそらす。こいつを勝ち誇らせるのは少々癪だが、確かにあの封印は並の魔法使いでは開けないだろう。だが、
「魔族は魔法に長けた種族と聞くわ。『黒霧の情婦』なみの魔法使いもごろごろいる。あわれ、『鉄壁の魔女』もついに十八歳になるのかしらね?」
「ええっ!? そんな?! アタシ十七歳じゃなくなっちゃうの?」
……驚くところそこかよ。
「そんなの許さない! アタシは誰がなんと言おうと、十七歳を守り抜くのよ!」
「なんか、優先順位が逆転していないか?」
「いないわ! 封印や結界はまた張りなおせても十七歳は二度と来ないのよ! この貴重な一瞬は取り戻せないのよ!?」
「……こいつのために、一度魔族に封印ぶち破ってもらったらどうだ?」
「わたしもそれは賛成ね」
エキサイトするアシュリンを冷ややかに眺めつつ、おれはさらにペトラに訊いてみる。
「だが魔族が必ずしも敵対するとは限らないだろう? この間は荒れたが、話のしようはあると思うんだが」
おれは最後の最後、魔族の青年キルキアランの眼を思い出していた。あの時、戦い抜きでもう少し話すことができていたら、彼が何を考え、何に憤って攻め込んできたのか、少しはわかったかも知れないのに。
「それは相手次第ね。それに人間側もあれだけ暴れられたら、それを忘れて笑顔でお出迎えなんでできるかしら?」
「そうだなあ……」
おれは腕を組んで考えた。
組織対組織でぶつかってしまう前に、個人で話した方がよさそうだ。
できれば、魔王と。
話してどうなる、というものでもないが、しかし話してみなければ始まらない。
相手が何を考え、何を感じて、何を求めているのか。
そしてこちらが、何を求めているのか。
「魔王に会ってみるか」
「そうね」
「ちょ、ちょっと」
あわててリアノンが口を挟む。
「簡単に言ってるけど、相手は魔王だよ? 会ってどうするの?」
「わからん」
おれの答えに、リアノンは困った顔をした。言っていることがわからない、そういう顔だな。
「わからないから、会う。会って何を求めているのか訊いてみる」
「そんな、魔王相手に……」
「そもそも魔王って何だ? どんな人物だ? どんな格好で、どんな魔術が使える?」
「それは……」
リアノンが口ごもる。
そうなのだ。まだ誰も魔王に会ったことがない。単にイメージで話をしているだけだ。
悪の権化。恐怖の具現。本当にそうなのか? 会って確かめる必要があるだろう。
「ただ、会うにしても、軍と軍で遭遇してしまったら後は戦争しかない。そういう事態は避けたい」
それには、個人で、もしくは少人数で会うのがちょうどいい。つまり、非公式の会見ってやつだ。
それなら見栄を張って突っ張らかる必要もないし、多少下手を打っても「非公式だから」という逃げ道もある。
いいことずくめで、案外いい手だと思えた。
「でも、問題があるのよね」
と、ペトラが水を差す。
「入口をふさいじゃったのよね。だから、会いに行く方法がないの」
そうだった。
アシュリンの入念な封印によって、唯一の接点だったダンジョンは塞がれてしまっている。
「だから美魔女には諦めて十八歳になってもらおうかしら?」
「いやよ! 絶対にいやよ! あと美魔女って歳じゃないし!!」
抗議するアシュリンを無視して、おれはダンジョンの発見した時のことを思い返していた。
もう遥か昔のような気がする。新しいダンジョンを見つけてしまったことには驚いたが、まっさらなそこに初めて足を踏み入れる瞬間は、子供のようにわくわくしたものだ。
待てよ? そう言えばその時……。
「……そうか、まだ使えるかも知れない」
「何が?」
「アーシュ」
まだ脇でぶつぶつ文句を言っているアシュリンに声をかける。
「一番最初にダンジョンを見つけたとき、入口に転移の石を置いたよな。あれってまだ使えるか?」
「うん、使えるわよ。あの時は魔法石を使って術式を組んだから……そうか! あれ!」
初めてのダンジョンで万が一があっても入口まで戻れるよう、アシュリンが仕込んだ転移の術式。それが生きているなら、こちら側からダンジョンの中に入れるかも知れない。
つまり、おれたちだけが行動できる鍵を握っているということ。
「何が役に立つかわからないものだな」
意外な置き土産に思いをはせて、おれは思わず笑ってしまったのだった。




