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酒場は予想外の騒ぎだったのだが。


「おお、待ち兼ねましたぞ勇者どの!」

「待ちくたびれて、先に始めてしまったわい!」


 なじみの酒場には先客がいて、おれたちを待っていた。

 すらりとした長身の、金髪碧眼の好青年と、いかにもタフそうながっちりした偉丈夫。


「主役のおぬしがいなくては、座が盛り上がらないではないか?!」

「みな、あなた方のお話を聞きたくてうずうずしているのですよ。ささ、こちらへ」


 伯爵さまのところの親衛隊長ワイネと、王さまの近衛の一番隊長キャセイがおれたちを酒場の真ん中へと導いた。


「……なんであんたらがここにいる?」


 いや、こいつら二人だけじゃない。

 たくさんの騎士戦士冒険者に常連客、狭い店内は人でごった返していた。普段の三倍以上はいるんじゃないだろうか。当然店内には入り切れず、店の外に椅子を持ち出しテーブルに座り、それでも足りなくて薪の上だの柵の端だの、思い思いの場所で酒杯を手に談笑している。


「者ども! 主役がそろったぞ! 乾杯だあっ!!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「まずは今回の一番の英雄、伝説の聖剣の使い手、『剛剣のナハル』に乾杯!!」

「なっ?!」


 ……いつの間にそんなたいそうな枕詞がついた?


「続いては凛々しくも可憐な緑の弓の姫、『聖弓のリアノン』に祝杯を!」

「へっ?!」


 横目でおれをにやにや見ていたリアノンの目が点になる。


「そして者ども! 『殲滅の黒魔女』の魔力におののくがいい! 『黒霧の情婦ミスティ・ミストレス』アシュリンに乾杯っ!!」

「なんであたしだけそんな物騒な冠なの! それとそのふたつ名は頼むからやめて!」


 酔った勢いのワイネの景気のいい怒鳴り声と、さわやかなキャセイの掛け声が朗々と響くたび、野郎どもが盛り上がって怒号がわき起こった。


 気安く一杯どころの話じゃなかった。


「なんでこんな騒ぎになっているんだ?」

「ああ、わたしのせいかしら。ちょっと主役に会ってくるって隊長さんたちに言ったから」

「おまえのせいか」


 おれはペトラを恨めしげに睨んだが、彼女はどこ吹く風だ。


 おれはその場にいたほぼすべての人に話しかけられ、酒を注がれ、握手を求められ、きゃあきゃあと騒がれて質問攻めにされた。もう逃げ場などない。酒の味すらよくわからないような状態だった。


 ……こんなことになりたくないから、式典から逃げ回っていたのに。


 隣を見やればリアノンが、目がハートになった若い男どもの賞讃を浴びてしどろもどろになっていた。何を言っても「おお!」と感嘆の声があがり、リアノンは酒を飲まずとも真っ赤になって固まっている。


 反対側を見やればアシュリンが、リアノンとは違う熱い視線を浴びている。畏怖、畏敬。褒め言葉の前には必ず「おそれ」がつくという、半ば神のような扱いにアシュリンはやけ酒のようにジョッキをあおっていた。


「まったく、そんなたいそうなもんじゃないのにな。みんなどうかしている」

「またまたご謙遜を」


 そう言いつつ、おれの前に立ったのはキャセイ。今は鎧はまとっていない。気安い普段着といったいで立ちだが、それでもさまになっていた。無骨なジョッキまで優雅にみえる。かっこいいは正義だな、まったく。


「謙虚なのか、本当にわかっていらっしゃらないのか……。こんな片田舎に置いておくのが惜しいほどです」

「あんまり持ち上げないでくれ。かえって居心地が悪い」

「わはははは! そんなものじきに慣れるわい! 少しは自分の武功を誇ってもよかろうよ!」


 ジョッキが一番似合う男、という肩書があったらこのワイネが一番じゃないだろうか。やはり鎧は着けていないが、いかにも武の人といった風の男だ。振る舞いがいちいち豪快で、それがまたはまっていて嫌味がない。よくよく聞いたら、これでもおれより年下らしい。まじかよ。


「おぬしの戦いは実におもしろい。ぜひまた一緒にやってみたいものだ。次はどんな仕掛けを見せてくれるかな?」

「おもしろいのは、おれが正統派じゃないからだろう。あんたらみたいにちゃんと修錬を積んだ一流の武人なら、あんな奇策に頼らなくて済んだんだよ」


 これがおれの本音だ。おれはあんたたちが本当に羨ましい。おれが得ようとして得られなかったものをちゃんと持っている。


「なのにわたしたちは、あなたの戦い方に魅せられている。おもしろいものです」

「お互い、ないものねだりだな」


 自分のすごさは、意外と自分ではわからないものだ。

 こいつらはすごい。充分に、すごい。

 だがこいつらの目を通せば、おれも充分にすごく見えるのだろう。


「だがなあ」


 それを差し引いても、おれの「すごさ」はやっぱりしょぼすぎる。もう少し何とかしないと、リアノンやアシュリンに置いていかれてしまう。



 ◇


 宴は相変わらずの熱気だったが、人の集まりもばらけてきて、ようやくおれは店外に脱出してひと息ついた。物陰の薪の山に腰を下ろして、ジョッキをひと口あおる。


「あー、これでやっと少しはゆっくり飲める」

「疲れたー。少し休むー」

「同じく。えらい目に遭ったわ……」


 薪の山の上には同じくリアノンとアシュリンが、これまたぐったりといった風に腰を下ろしていた。おれたちが望んだわけではないが、有名人になってしまったのは認めざるを得ないようだ。しばらくの間はどこに行ってもこんな騒ぎなのかも知れない。


「で、おまえさんも今日はご苦労だったな」


 おれがジョッキを掲げた先には、木にもたれて佇むペトラがいた。


「へえ、労ってくれるのね? こんな騒ぎに巻き込んだから、てっきり余計な騒ぎに巻き込みやがってと怒られるかと思ったんだけど」

「その点は恨むが、今日は仲間のために骨を折ったじゃないか」


 そういう奴はきらいじゃない。


 ペトラは少し意外そうな顔をしたあと、ついと視線を外した。暗くてよくわからないが、顔が赤いように見える。


「しかし、おまえさんもなかなかの腕だな。それだけの腕ならどこからだって声がかかるだろう。これからどうするんだ?」


 今いるパーティは解散。フリーになるわけだが、彼女だけ今後の身の振り方を聞いていなかった。

 おれの問いに、さも当然といわんばかりにペトラが答える。


「何言ってるの? あなたのそばにいるって言ったじゃない?」

「はっ? あれって芝居のための……」

「誰がそんなこと言ったのかしら? わたしはあなたのパーティに入るために来たんだけど?」

「はあっ?!」


 再び昼間の蒸し返しとなった。おれにじと目を注ぐリアノンとアシュリン。


「あたしというものがありながら、この浮気者……」

「聖剣じゃなく、夜の剛剣の使い手だったのね?!」

「おまえら突っ込み待ちなら答えないぞ」


 心の中で突っ込みのエア手刀を二人の脳天に突き刺してから、おれはあらためてペトラに向き直った。


「何故だ? それだけの腕がありながらこんな片田舎に引きこもるのか? もったいない。それに昼間も言っただろ? うちにはこれ以上弓使いは要らない」

「最初の問いはリアノンが答えてくれるでしょ、きっと」


 ペトラに視線を向けられて、リアノンは真っ赤になってうつむいた。なに青春の続きしてるんだよ。


「で、二番目の問いは、わたしがジョブチェンジするから問題ないわ」

「弓を捨てるっていうのか?」

「そう。わたし、今日から剣士に転向するわ」

「いや、それは……」


 ペトラはこともなげに言ってのける。

 今の職業、役割を捨てて別のジョブに転向するジョブチェンジ。だがそう簡単にできるものではない。

 まず、今まで獲得したスキルが全て無駄になる。そして新しいスキルは一から習得し直さなければならない。ジョブチェンジ時のアドバンテージはあって、多少のスキルは取りやすくなっているものの、手間であることは確かだ。

 何年もかかって獲得したスキルを捨てて、今さら別のスキルをまた何年もかかって取り直すなど、よほどの気力と根気、または才能と特殊能力チートがなければ到底できることではない。


「あら、こう見えてもわたし、剣のスキルもかなり高いわよ。試してみる?」


 そう言われて初めてペトラの腰にある細身の剣に気が付いた。

 てっきり護身用に持っているものとばかり思っていたのだが。


「あなたのパーティには前衛があまりいないわね。わたし、パワーはないけど、敏捷性で手数を稼げるわ。とても役に立つと思うんだけど?」

「弓だけでなく剣も使えるのか」

「わたし、才能あるから」


 たまにそういった天才肌の奴がいる。

 だがペトラはエルフだ。エルフは長命で知られる。

 弓も剣も、両方習得するだけの時間があったとしてもおかしくない。


「まあ、前衛が増えるのはそりゃ嬉しいが……ちなみにおまえさん、歳はいくつなんだ?」

「女性に年齢を尋ねるなんて非常識な男ね。でも他ならぬあなただから、教えてあげる。十七歳よ」

「嘘だな」

「嘘だね」

「嘘おっしゃい! 嘘つきは地獄に落ちるわよ!」

「他の二人はともかく、あなたには言われたくないわね、永遠の十七歳の『黒霧の情婦ミスティ・ミストレス』」

「ぐはっ?!」


 反撃を受けて瞬殺されるアシュリンは放っておこう。


「それに腕があったって、腕だけじゃね……」


 ん? なんだろう? 一瞬寂しげな表情に見えたのは気のせいか?

 そう言えば昼間もそんな顔を見せていたな。

 ぎゃあぎゃあ騒いでいるリアノンとアシュリンを、ちょっと羨ましげに見ていたっけ。


 ……なるほど。そういうことか。

 何となくわかった。感じただけだが。


 おれはペトラの方へ歩み寄った。

 少し憂いを含んだ微笑を見せている彼女に近づいて、手を伸ばす。


「ペトラ……」

「え?」


 あたふたするペトラにかまわず、頭に手を触れる。


「え? え? ちょ、なにを?!」


 それから、ゆっくり引き寄せて。


 ぐいっとヘッドロックをかまして、ぐりぐりと締め上げた。


「いたいいたいいたい! 何すんの!?」

「小娘風情がなにすましてやがる?」 


 じたばたもがいておれの拘束から抜け出したペトラは、涙目で頭を押さえておれをにらむ。


「ここにいたいなら遠慮なくそう言えばいい。言わなきゃ何も伝わらないぞ」

「いてもいいの?」


 ペトラは意外そうな顔をしている。


「どうせそのつもりなんだろうが。ひとつ言っとくがな、黙って待ってたって望むものは手に入らないぞ。ほしいなら自分から、同じ位置まで降りて来い。まったく何十年生きてるか知らないが、中身は子供のままだな」

「な、なによ。そんなに歳とってないわよ。ずいぶん失礼な言いぐさね」


 ペトラは怒ったようにぷいと横を向いたが、とても本気には見えなかった。


 何となく感じた。

 

 弓も剣も、なんでも使えるすご腕の戦士。そのうえ美人の妙齢のエルフ。誰もが欲しがる人材だろう。

 その腕「だけ」を買われて、たくさんのパーティを渡り歩いてきたのだろう。


 だが誰もが必要としたのはその腕。


 誰も自分を見てくれない。

 誰も本当の自分を必要としていない。


 つまり、ひと言で言えば。


 さみしかったのだ。

 認めてほしかったのだ。

 ありのままの自分を。


「だからな、子供みたいに意地張ってないで、ちゃんと言え。そうすればちゃんと伝わるんだから」

「ふんだ。なによ偉そうに」


 赤い顔をして横を向いたまま、ペトラは着けていた胸当てを外して、リアノンに差し出した。


「これ、あなたにあげるわ」

「え?」

「エルフの霊力が宿っているから使って。弓の力が少し上がるはずよ」


 リアノンは少しの間迷っていたが、やがて意を決したように受け取った。


「わかった。使わせてもらうよ」

「ちゃんと働いてもらうわよ。このわたしが弓をまかせるのだから」

「……この胸当て、ちょっときつい」

「……わ、わたし、スレンダーだから。胸囲が足りないだけだから。胸の大きさは関係ないから」


 予想外の反撃をくらい、この日初めてちょっと取り乱しているクールビューティは、可愛らしかった。


「BがAを嗤っても、虚しいだけよのう」

「「あんたに言う資格ないっ!」」

「はうっ?!」


 弓娘二人にそろって反撃されてまたも瞬殺されたアシュリンはまたも放っておこう。


「ともかく、よろしくな。ペトラ」

「ふんだ」


 そう言いつつも、ペトラは差し出したおれの手を取った。


「それと、もうひとつ大事な話があるわ」

「なんだ? 勤務条件か?」

「違うわ。魔族のことよ」


 ペトラの小さな手を握ったおれの手は、自分でも驚くくらいこわばった。





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