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何故かおれが賞品になったのだが。


 すぐにおれたちは外に出て、歩き始めた。


「ねえねえ色男。今どんな気持ち? ねえ、どんな気持ち?」


 脇に並んだアシュリンが、楽しくてたまらないという風に訊いてくる。


「美少女ふたりが、あんたを取り合って戦うんだってさ。ね、ね、燃えるでしょ? 特に下半身が?!」


 びしっ。


「きゃんっ!」


 デコピンをくらってアシュリンがのけぞる。


「次は帽子をつぶすぞ」

「ちょっとやめてよね。帽子つぶしたら許さないんだから!」


 帽子を守るように両手でつばを押さえるアシュリンだったが、アシュリンの言う通り。

 いつの間にかおれが賞品になってしまっている。


 こんな冴えない野良剣士に賞品の価値があるのか、はなはだ疑問だ。道ばたの石っころをお互いに宝玉だと言ってきかず、「なら勝負よ!」と石っころを賭けて全力で相手を倒しに行く。そんなイメージしか思い浮かばない。どう考えてもおかしい。


 それでも少女ふたりは真剣だった。お互いに口もきかず、黙々と道を進んでいく。


「そうね。この辺がよさそうかしら?」


 ペトラが足を止めたのは、「のの池」のほとりだった。かつておれが一番最初に宝玉を見つけた場所だ。

 これは奇縁と言っていいのだろうか? おれはそっと手甲に嵌められた宝玉をなでる。


 広さも充分な野原に、おれは的を立ててまわった。これをお互いに射落として腕を競う。

 だがペトラはどうなったら勝負が付くのか、明言しなかった。


「自分が負けだと思ったら、その時が決着よ。優れた弓使いなら勝敗は自分でわかるはず」


 言わんとすることはわかる。「こいつには勝てない」と感じる時はあるものだ。

 さすが上級者の言うことは違う、と言いたいところだが、そんなものでいいのだろうか。

 リアノンも了承し、勝負が始まった。


 弓弦の音が響くと、的に矢が命中する音がする。両者は必ず対になっていた。つまり、ふたりはひとつの的もはずしていなかった。


 誰も言葉を発しない。さびしげな平原に、ひたすら弓弦の音が鳴る。


 片方が射た的をもう片方が射る。的に矢が二本ずつ突き立っていく。時に二本同時に当たることもあった。両者の腕はほぼ互角。


 矢を当てるのは、実は簡単なことではない。弓は射程こそ長いものの、的に当てられるようになるまでには長い長い修錬が必要だ。それを狙い通り自在に当てられるのは熟練の弓使いだけだ。


「たいしたものねえ、ふたりとも」


 アシュリンがつぶやく。的を次々と植え替えながら、おれも感嘆の念を禁じ得なかった。かなり複雑な配置も作ってみたが、ふたりとも難なく射落とす。途方もない集中力だ。


 たぶん賞品はもうおれじゃない。かかっているのはお互いの誇り。

 弓とはそれ自体が職人技なのであり、だからこそ弓使いはおのれの腕に誇りを持っている。少女たちはおのれの誇りを賭けて、持てるすべてを静かに静かにぶつけ合っているのだ。


 静寂が支配する熱い闘いに、おれは鳥肌が立つのを押さえられなかった。


 両者ともまったく譲らない。おそらく静止した的では勝負はつかないだろう。

 となると次は動く標的、つまり狩りということになるが。


 そう思ったときだった。


 池の脇あたりから、いくつかの音が湧き上がった。蹄の音のように聞こえる。


「なんだ……馬? 誰かいるのか?」

「違うわ、あれは……ケンタウロス!?」


 アシュリンが杖をかまえる。


「なにっ?!」


 慌てて剣に手をやったおれから少しはなれた所を、馬のような一団が駆け抜けていく。


 ケンタウロス。人の上半身に馬の下半身。ミノタウロスほど強くも凶暴でもないが、四足なので速い。あっという間におれはかわされ、その向かう先には。


「リア!」


 ケンタウロスはリアノンめがけて真っ直ぐに突き進んでいた。


 数は四頭。今さらおれの脚では追いつけない。リアノンまでの距離はあっという間に詰まる。

 リアノンは弓を引き絞る。援護もなく孤立無援でも臆することなく、一頭目は眉間を、二頭目はみぞおちを貫いて倒した。その間に目の前まで迫っていた三頭目も冷静に、確実に眉間を射抜いた。だが近すぎて勢いが止まらない。


「リア!」


 リアノンは弓を宙に投げ上げると同時に跳び上がった。頭上の木の枝を掴み、足を蹴上げて素早く身体を引き上げる。ケンタウロスはリアノンの背中を掠めて走り抜け、倒れた。

 残る一頭は樹上から。この位置取りならもう何も問題はない。弧を描いて走りながら方向転換してくるケンタウロスを悠々と一撃で仕留めた。


 おれは大急ぎで木の元へ走り寄った。


「リア! 大丈夫か? 怪我はないか?」

「大丈夫よ。見てたでしょ?」


 リアノンは上から笑顔を向ける。


「すまない。油断した。後衛のおまえを孤立させてしまうなんて、失態だ」


 ダンジョン以外に魔物が出ることはあまりない。それでも、その可能性を考えていなかったのは気が緩んでいると言われても仕方がない。


「大丈夫だってば、もう。子供扱いしないでよ」


 リアノンは苦笑してから、おれの向こうに視線を向けた。


「で、どうする? まだやる?」


 ペトラがおれのそばまで来ていた。しばらく無言でリアノンと向き合っていたが、やがて振り返って声を張った。


「どう? もう充分じゃないかしら? それともまだわからない?」


 ペトラが声を投げかけた先。茂みの向こう。


 誰かいる。


 現れたのは、ノーラン、ニール、ゴルビーの三人だった。


「あんたたち……なんで?」


 リアノンが驚いた声を上げて、樹上から飛び降りた。


 ペトラの現在の仲間であり、かつてリアノンを捨てた仲間。

 その三人の表情は固く、感情は読めなかった。


「どういうこと?」


 リアノンでなくともそう思う。


「んー、この三人がね、どうしても意地を張るもんだから。だったら自分の目で確かめなさいって連れてきたのよ」


 ペトラはそう言って三人に向き直り、


「で、どうかしらリアノンの腕前は? あなたたちに相応しい、いえ、あなたたちが頼み込んでも来てくれるかどうかって人材じゃないの?」


 ああ、なるほど。

 おれはペトラの意図を理解した。


「ケンタウロスを一撃で仕留めるのがどれほどの腕なのか、わからないわけじゃないわよね? それを四頭。あなたたち、一人だけでできるかしら? あんなぎりぎりまで迫られて、それでもあれだけ冷静に仕留められるかしら?」


 三人は母親に説教をくらう子供みたいな状態になっている。


 つまりペトラは、リアノンとかつての仲間との仲を取り持とう、とまで思ったかどうかはわからないが、意固地になっている三人の尻を叩いてここまで連れてきたのだ。

 そのうえでひと芝居打った。リアノンを引っ張り出して、その腕前を披露させたのだ。

 その狙いはみごとに当たり、リアノンは誰にもけちのつけようがないほどの、鮮やかな活躍をして見せた。


「だからあなたたち、いつまでも意地を張ってないで、素直になりなさい。人はどんどん成長していくのよ。そして時には間違える。でも間違いに気づいたなら直せばいいわ。それが出来ないことこそが間違いだと思うわよ」


 ペトラが口を閉ざす。しばし沈黙が降りた。


 リアノンも、ほかの三人も、うつむいたままだ。そりゃ気まずいだろうな。

 だがペトラの言う通り、間違いは正せばいい。一番後悔するのは、間違いに気づきながら目をそむけ、それが正される機会を永遠に失ってしまうこと。

 おまえらはまだ若い。やり直す機会はいくらでもある。だがそんな苦い思いはしたくないだろう?


「リアノン。すまなかった」


 やがて口を開いたのは、ノーランだった。


「おまえをばかにしたこと。おまえの仲間をばかにしたこと。悪かった。確かにおれたち、調子に乗っていたかも知れない。うぬぼれてた。でも……あれから、おまえは強くなったんだな」


 うつむいたまま、つっかえながらも語るノーラン。


「おまえに剣を授けられたとき、気持ちが昂るのを押さえられなかった。みんなを率いてドラゴンと互角に戦う人たちと、おまえは一緒にいるんだなって。そんなすごい奴になったんだって実感できた」


 ノーランに続いて、ゴルビーが一歩前に出る。


「あの戦いは、おれも心に響いたよ。おれはあの時、何度も駄目だと思った。こんなすごい怪物、おれたちにはどうしようもないって……。

 でもリアノンも、ナハルさんもアシュリンさんも、絶対諦めなかったよな。だからおれも戦えた。みんなそうだと思う。それにあんなすごい武器まで貸してもらって……。あんな力を出せたのは初めてだ。おれにもできるんだって自信がついたよ」

「ぼくも、なんにも出来なくて……。でもナハルさんが『頑張れ』って何度も言ってくれて、本当に、本当に、全力出し切った。それに『黒霧の情婦ミスティ・ミストレス』の荒業を何度も見せつけられて、もう、衝撃だったんだ。技もだけど、心が、ハートが違うって思い知らされたよ」

「やめて……。その恥ずかしいふたつ名は、やめて……」


 ニールの熱い言葉に、アシュリンが帽子を押さえてうずくまっている。


 それをおれは苦笑して眺めながらリアノンを見た。

 固い表情のまま、うつむいている。


「リアノン。今さらおれたちとまた組んでくれとか、そんなことを言うつもりはない。だけどペトラの言う通り、すごい奴はすごいって素直に認めたいと思う。こんなに成長するなんて思わなかった。大した奴だよ、おまえは」


 ノーランはちょっと照れくさそうだったが、言いたいことは言い切ったようだ。酒場にいた時とは違い、ずいぶんと晴々した表情になっている。戦いを経て、やつも成長したということか。


「あたしさ……」


 うつむいたまま、ぽつりとリアノンが言った。


「あたし、少しは自信があったんだ。だけどあんたたちにけなされて捨てられて……。ショックだったし、もうどうでもいいやって思った。

 でもこんなあたしを、ナハルは拾ってくれて、ものすごく伸ばしてくれた。あんたたちに絶対負けるものかって頑張れた」


 そして自分の手を見ながら、


「でも今なら、自分の居場所がちゃんとあるって胸を張って言える。自分の力が仲間の役に立っているってわかる。前のままだったら、今みたいにはなれなかったかも知れない。だからまあ……あんたたちのおかげも少しはあるかな」


 四人は落ち着かなげに視線をさまよわせている。それを見たペトラが微笑する。


「素直じゃないわね。まあ安心して。すべて水に流して今ここで握手しろなんて言わないから。

 でも、そうね、お互いにエールの交換くらいはあってもいいかしら?」


 ペトラの言葉に、四人とも一瞬「うげっ」という表情をしたが、ペトラは知らんぷり、何か言うまで無視を決め込むつもりのようだ。


「……あんたたち、ずいぶん出世したって聞いてる。がんばりなよ」


 やがてリアノンが口を開いた。


「ここでの戦いが始まりだったんだから、ナハルが育てたようなもんだ。ナハルの名をけがしたら、赦さないからね」

「ああ、わかってる。また短剣で刺されたら、たまらないからな」

「おまえも頑張れよ」

「また、共に戦う時が来るまで」


「……んー、青春だのう」

「……あー、青春よねえ」

「そこのじじむさい二人、茶化さない。そんなことしてると本当にじじいと呼ぶわよ」


 かたわらで和んでいるおれとアシュリンに、ペトラから鋭い突っ込みが飛び込んできた。

 さすがにまだじじいとは呼ばれたくない。おれは立ち上がった。


「それじゃ、おれたちだけの祝勝会と行こうか。みんな式典ばかりで肩が凝っただろう? 気安く一杯と行こうじゃないか」





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