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戦士はつかの間休息を得たのだが。


 小さな小さな村、チュアム。


 それが再び、沸きに沸いていた。


 ドラゴンの襲来という、突然降ってわいた危機。

 それもブルードラゴンとブラックドラゴンという極めつけのモンスター。もはや災害といっていい。


 それを完全に退けた。

 これを喜ばずしてなんとしよう? うかれてしまうのも無理はない。

 再び盛大な式典が催された。


 死闘を戦い抜いた騎士たち、国王直属の近衛隊、領主の親衛隊。それぞれの主君からその勇戦を讃えられ、村人たちもこぞって、あらんかぎりの賞讃を浴びせた。

 もちろん独立の冒険者たちにも、騎士たちに勝るとも劣らない賞讃と褒章が贈られたのだった。いやもう、今嫁さん募集したらひとりにつき十人くらいは集まりそうな勢いだ。


 ノーラン、ニール、ゴルビー、そしてペトラ。彼らはまさに今回の主役扱いだった。彼らはそれに相応しい働きをしたし、今回の戦いでひと回りもふた回りも成長した。彼らの名はその戦いぶりとともに、長く語り継がれることになるだろう。


 そして今回の最大の功労者は、と言えば。


 自堕落にベッドに横たわったまま、のんびりと茶などすすっていた。


「ねえ、ナハル。やっぱり式典に出てきたら? みんなに悪いよ」

「冗談じゃない」


 リアノンの言葉をおれは激しく拒絶した。ただでさえ格式ばった式典なんて出たくないのに、その壇上に立たされて衆人環視にさらされる? 考えただけでも恥ずかしさで死にそうだ。


「こんなはぐれ野良剣士を褒めてくれるなんて、この機会を逃したら二度とないよ」

「だったらアーシュ。おまえが出てくればいいじゃないか。だいたい活躍の度合じゃおまえのほうがよっぽどすごいだろ?」

「いやよ!」


 アシュリンは帽子のつばを両手でぎゅっと押さえる。まるで帽子の中に隠れようとするかのような、子供じみた所作だ。


「まっぴらごめんだわ。なんでそんな、人前で素っ裸になるような真似しなきゃいけないのよ?」

「相変わらずおまえの喩えは品がないな」

「まあまあ」


 笑顔でなだめに入るリアノンに、おれたち二人の視線が向けられる。


「リアこそ、おれたちの代表で出てこいよ」

「そうよ。あんたが一番活躍したじゃない。ブラックドラゴンに一矢むくいるなんて、もはや伝説級の功績だわよ。きっともうすぐ村の真ん中に『フェイルノートの少女』とかいうモニュメントが……」

「きゃー! やめて! やめて! 恥ずかしすぎて三回くらいしぬ!」


 リアノンが頭を抱えて床を転げまわる。


 要するに、おれたち三人は式典をばっくれたのだった。



 もちろん、理由はある。おれは怪我だらけだ。三度も死にかけたのだ。いや、一度は本当に死んだ。いくら魔法やら霊薬やらで回復してもらったとはいえ、完全な健康体にはまだほど遠い。


 怪我の程度ではおれほどではないにせよ、リアノンもアシュリンも似たようなもので、心身ともに疲れ切っていた。村人総出の招待を「まだ怪我の状態が思わしくなくて……」「まだ主人の具合が心配で……」などと言を左右に断りまくり――だれが主人だ? ちなみにどちらの発言かは確認をとっていない――おれの家に引きこもってくつろいでいるわけだ。


 だが今回のおれたちの功績は比類ない。おそらく一番と言っていいだろう。


 リアノンはいかなる武器も通さないドラゴンに、ここぞという場面で次々と矢を命中させ、味方の危機を何度も救った。『フェイルノートの弓』の威力もさることながら、混戦の中でも的確にポイントを見極める冷静さと、それを支える正確無比な技量は高く評価されていた。何より矢を射るその姿は美しく凛々しく、戦士たちの間でひそかに人気急上昇と聞いている。そして最後はブラックドラゴンを自らダンジョンに誘い込んで封じ、この戦いを終わらせた功労者だ。


 アシュリンはブラックドラゴンの雷撃をことごとく防いで味方を守り抜いた。のみならず治癒魔法や自作のポーションで多くの戦士を復活させ、戦線を維持し続ける影の力となった。なにしろ闇の精霊王の契約者にして『アスクレピオスの杖』を持つ者。治癒回復の能力は絶大で、後衛としての功績は誰もが認めるところだ。そして最後はダンジョンを完全封印。闇属性は防御や結界の能力に優れているが、それに伝説の武具の力も織り込み、アシュリン独自の偏執的ともいえるほどの封印になっている。本人いわく「アタシが十七歳でいる限り絶対に開かない」という、わけのわからん自信作だ。


 そしておれは、というと。

 何もしていない。全体を振り返っても、何を斬ったとか倒したとかいう記憶がない。確かに途中、あやうくバンザイ・アタックを完遂するところだったが、せいぜいそのくらい。あとは戦場を駆けずり回っていただけだ。


 なのにどうしたことか、みなが一様におれを絶賛する。


「貴殿がいなければ今回の勝利はあり得なかった!」

「貴公にどれほどの勇気を与えてもらったことか!」

「今ここにいられるのもあなたの働きあってこそ!」


 まったく意味がわからない。みんなしておれを担いでいるんじゃないかと疑いたくなるほどだ。


 そう率直な感想を述べると「やれやれ」といわんばかりに目を合わせて笑う、リアノンとアシュリン。


「まったく。全然自覚がないとはね。それであれだけ出来るのは逆に凄いわ」

「まあ、それがナハルのいい所だよ。そうでなきゃ付いていかないもん」


 それは決して馬鹿にした笑いではないことはわかるのだが。


「確かにあんたは、直接ドラゴンをぶった斬ってもぶん殴ってもいない。けど、誰もが挫けそうになったとき、あんただけは下を向かなかった。あんたが叱咤しなかったらみんな立ち上がれなかった。あんたが作戦を指示しなかったら、誰もどうしたらいいか分からなかった。あんたがいたからこそ、みんな全力で戦えたんだよ」

「そうそう」


 アシュリンの後をリアノンが受ける。


「ナハルが『がんばれ。あとひと息だ』って言ってくれると、とっても力がわいた。『走れ』って言われたら、全力で走れた。『今だ!』って言われたら、なんの迷いもなく撃てた。だから当たった。全部ナハルのおかげだよ」

「まったく、大した脇役だよ。自分はなんにもしてないのに、全員残らず死力を尽くして戦わせたんだから」

「それじゃまるでおれが、悪の親玉みたいじゃないか」


 おれの反論に、二人は本当におかしそうに笑っていた。

 まったく、人の上に立つなんて、本当に柄じゃないんだが。


「だから少しは素直に、みんなから褒められておいでよ」

「やだ! 絶対にいやだ!」


 ブランケットをかぶってもぐり込む。


「……死んだ奴もいるしな」


 残念ながら犠牲がないわけではなかった。戦いで命を落とした者もいた。


「……ごめんね」


 アシュリンがかぼそい声で言う。しまった。


「いや、アーシュのせいじゃない! おれの力不足だ」


 実を言うと、死者を蘇らせる方法はあった。


『ダグダの棍棒』。これを逆さに振ると死んだ者が生き返ると言われている。

 だが、雑貨屋の店主サリヴァンから「絶対に使うなよ」と念を押されていた。

 理由を訊くと、


「『等価交換』だからだよ。人ひとり生き返らせるには、人ひとり分の命が必要なんだ」


 つまり、誰かを生き返らせるためには誰かを犠牲にしなければならない、ということ。

 人間には到底成し得る業ではない。いや、人間が選択してはいけないことだ。


『ダグダの棍棒』の権能とは、無限の命を持つ神だからこそ使える権能なのかも知れない。


「だからお前が気にすることはないんだ。無神経な事を言った。すまない」


 アシュリンは弱々しくほほえんで、かぶりを振った。命の恩人にこんな顔をさせてしまうなんてな。

 おれは黙って、ぎゅっと握ったアシュリンの手の上に自分の手を重ねた。


「案外優しいのね。ちょっと意外かな」


 突然の声におれたちは一斉に振り向いた。


「そんなに警戒しないでよ。一緒に戦った仲じゃない」


 部屋の入口にはいつのまにかエルフの弓使い、ペトラが立っていた。




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