死闘の果てに勇者は思ったのだが。
それまで暴れていた黒竜の動きが一瞬止まった。
腹の辺りが膨れたかと思うと、ゆっくりと倒れ込む。
「……やったのか?」
「……倒した? ブラックドラゴンまで?」
「やった! やったぞ!」
「すげえ!」
一気に歓声が沸き上がる。
剣士も魔法使いも、近衛騎士も冒険者も、肩を叩き合って大喜びだ。
だが、その騒ぎに同調しない者がいた。
「……ねえアーシュ。ナハルは?」
リアノンの震える声に、アシュリンは固い表情のまま答えない。
「ねえ、ナハルは!? ちゃんと脱出したよね? ねえ、アーシュってば!? ナハルはどこにいるの?」
「……おーい、ここだあ」
情けない声しか出なかった。
「「ナハル!!」」
だらしなく寝転がったまま、駆け寄ってきた女たち二人に助け起こしてもらう。
あぶなかった。
時間遅延の魔法が役に立った。
爆裂の魔法に巻き込まれながらも、その爆発で転移石を砕き、かろうじて脱出できた。
とは言え、あちこち焼け焦げだらけである。左手などほとんど消し炭だった。爆裂に直接手を突っ込んだようなものだ。形が残っているだけでも奇蹟に近い。
「ナハルぅ……」
「もう……何度心配させれば気が済むのよ?」
「悪い。今度から気をつける」
おれたち三人は、泣き笑いの笑顔を向け合った。
「ナハルどの!」
「よう、ノーラン。がんばったじゃねえか」
向こうから歩み寄るのは、ノーラン、伯爵の親衛隊長ワイネ、近衛隊長のキャセイ。
おれは片手を上げて応えた。みんな無事でなによりだ。
みんな笑顔で答えてくれた。その眼にあるのは一様に、賞讃、尊敬、憧憬。おれは急に気恥ずかしくなった。これから、ちょっと暑苦しくて、面倒な事態になりそうだ。
と、思いきや。
またも地響きが起こった。
「そんな……」
「まだ動けるのか?」
黒竜が首をもたげて立ち上がろうとしていた。
おれはうんざりした。もう規格外にもほどがある。たいがいにしてほしい。
だがさすがに立ち上がることはできなかった。這いずるのが精いっぱいだ。
しかしこちらも、もうまともに戦える者なんかいない。
「やっぱりダンジョンに封じるしかないか。ちくしょう。めんどくせえ」
おれは三たびリアノンの肩を借りて立ち上がった。
「リア。あいつをダンジョンに誘い込むぞ。転移石は持っているな?」
「うん」
リアノンはマジックポーチから自分の転移石を出して見せる。
「よし。じゃアーシュ、おまえの転移石をおれによこせ」
「え?」
アシュリンが意表を突かれて訊き返す。
「おれとリアでやつをダンジョンに誘い込む。そしたら転移石でこっちに脱出だ。なに、今度こそ最後だ」
「ばか言わないで!」
アシュリンはおれを引っぱたきそうな勢いで詰め寄った。
「そんなボロボロの身体で何ができるのよ?! おとりならアタシがやるわ!」
「だめだ。おまえにはこっちでやってもらうことがある」
「え……?」
「ドラゴンをダンジョンに封じ込めるんだ。解錠した時の逆で、おまえがダンジョンの入口に施錠するんだ」
アシュリンは黙り込んだ。おれの意図するところを理解したからだ。
たとえドラゴンにとどめは刺せなくても、封印はできる。それができるのはダンジョンを解錠したアシュリンだけだ。
「わかったわ。今度こそ下手打つんじゃないわよ」
「ああ」
おれは消し炭みたいな左手をかざし、手甲の宝玉でアシュリンに『反転』の魔法を付与した。
「リア。ナハルをお願い」
「わかった」
短い打ち合わせの後。
「ようし、ノーラン! あとひと働きだ! 英雄になってみせろよ!」
おれが発破をかけるとノーランは頷き、ふたたび剣を天に突き上げた。
「行くぞ!!」
喚声が上がる。それを背に、おれとリアノンはダンジョンの入口に向かった。
もう人間陣営もほとんど戦えない。ドラゴンを誘い込むだけだ。
それでも死力を尽くして健闘していた。だがともすると、黒竜の進路がそれる。
「しっ!」
おれの脇でリアノンが矢を射る。最後に残ったミストルテインの矢が深々と黒竜の首筋に突き立った。
「まったく、ろくに動けもしないくせに……。おとりなんか、あたしにやらせておけばいいじゃないのさ?」
リアノンが怒ったように言う。
「そうはいくか。こんな役目、おまえだけにやらせるわけにいかないだろ?」
嬉しそうな顔になるリアノンだったが、
「せめてもの親心ってやつだ」
急にしかめっ面になったかと思うと、矢を三本もいっぺんにつがえた。
「ああもう! そこは嘘でも『おまえが心配だから』とか言っとく場面でしょうが!」
ばかやろう。そんな恥ずかしいこと言えるか。
さすがリアノン、矢は三本とも黒竜に命中した。鱗は貫通しなかったが、竜の気を引くには充分だ。
「行くぞ!」
おれたちはダンジョンに逃げ込む。直後を黒竜が追いかけてくる。
そして竜が完全に門を通り過ぎた後、大きな魔法陣が入口をふさいだ。
ここからはアシュリンの本領。開いたのと逆の手順で、ダンジョンに念入りに封印を施していく。
「しまった。最初からこれが狙いか」
いつの間にか黒竜と一緒にダンジョンに入り込んでいた魔族、キルキアランが悔しそうに言う。
「そういうこと。これでおまえらとはおさらばだ」
おれとリアノンは転移石を取り出した。
「だがな、キルキアランよ。おまえの恨みの元はわからないが、おれたち、戦うだけがすべてじゃないと思うぞ」
「今さら何を! おれはきさまらを絶対に赦さない!」
「だけどおれはおまえのこと、案外きらいじゃないぜ」
おれは転移石を足もとに落とし、踏み砕いた。
キルキアランの表情を最後まで詳しく見ることはできなかった。でも怒りと憎しみの中に、少しだけ違う表情が混じるのを確認して、おれはちょっとだけ得意な気分になった。




