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美少女にすっかり懐かれたのたが。


 酒場では大いに注目を浴びていた。この村では見かけたことのない少女を連れて、しかもそれが涙にくれる可憐な美少女とあっては好奇の視線が集まるのもやむを得ないところだろう。

 ……まあその「可憐な美少女」に命を狙われたわけだが、それはよくあること。


 酒場の視線は興味半分、やっかみ半分、トッピングに同情が上乗せ、といったころだ。駆け出し冒険者の世話をしている関係で、こういった少年少女に関わることはままある。大抵の場合それは羨ましがられるような事態ではなく、むしろ厄介ごとである場合が多い。捨て犬や捨て猫を見かけてしまって見過ごすこともできず連れて帰ってきてしまう、自分としてはまさにそんな感覚だった。それを見守る回りの視線も「毎度ご苦労なこったな」という労りの成分がなくもない。


「まあ、飲め」


 その捨て猫の前にジョッキを置いてやる。鼻をすんすんいわせながら、少女はジョッキに口をつけた。


「名前は?」

「リアノン」

「そうか」


 そう言っておれもジョッキを傾ける。特に急いで何かを聞き出そうともしない。話したくなければ話さなくていい。だが大抵、ひとは誰かに自分の話を聞いてもらいたいものだ。


 リアノンは最近までパーティで王都近くのダンジョンを主戦場にしていたこと、そのうちパーティの仲間から腕の甘さを言われ、メンバーから外されてしまったこと、などをぽつぽつと語った。おれは合間合間に頷きながら、チーズやハムなどをつまんで飲みつつ聞いていた。


 なるほど、メンバーの指向の違いといったところか。

 上昇志向の強いパーティにありがちな諍いだ。上を求めるあまり、力の足りないメンバーにきつく当たったり、パーティから外してしまう。

 レベルアップの速度は人それぞれ、適性や向き不向きもある。明らかに実力不相応という場合もあるが、よくよく見ればスタイルが合わないだけという事も多い。だが舞い上がっている時にはなかなかその事に気づけないものだ。

 さきほど見た限りではそんなに悪い腕には見えなかったが、上を目指すパーティメンバーには不満だったのだろう。


「まあ元気出せよ。そういった挫折も悪い事じゃない」


 そこで自分を見直し、正しい方向の努力をするなら、また高みを目指すことができる。おまえが言うなと言われそうだが。


「あたしの話を聞きもしないで、一方的に契約解消だなんだって。そりゃあたしはまだまだ未熟かも知れないよ? だけど援護の狙いだってあたしなりに考えて撃ってた。決して無駄な動きじゃなかった……ちくしょー、思い出しても腹が立つ。おまえら何さまのつもりだ!」


 リアノンがジョッキをぐいっとあおる。


「おかわりっ! 苦いのはいやだ、果実酒ちょうだい!」


 亭主が持ってきたジョッキをぐびぐびと飲み干す。


「おいおい、その酒は……」


 果実酒は甘くて口当たりがいいが、アルコール度数はさまざまだ。今出された酒はかなりきつい。通称『女たらし』。

 おれは亭主をにらんだ。まったくつまらん気をつかう。おれにそんなつもりは毛頭ないし、第一こいつが酔いつぶれたら介抱するのはおれなんだぞ。


「それで流れ流れて、こんな辺境さ。あーあ、あたしもう駄目なのかな」


 気持ちはわからなくもない。夢に燃えてひた走っていたのに、突然おまえには無理だと告げられる。それも信頼していた仲間からだ。やさぐれるのもわかる。


「そんなことはない。誰だって挫折のひとつやふたつある。伝説の勇者だって最初から勇者だったわけじゃない。悩んだり落ち込んだりしながら勇者になったんだ」


「それ、あたしにできるかなあ?」


 テーブルに突っ伏して、リアノンが情けない声を出す。


「諦めなければな」

「気持ちは諦めたくないけど……でも、どうしていいのかわかんないよ」


 だいぶ酔いも回って、弱気が表に出てきているようだ。


「そうだな。何ができるかは明日また考えよう。少しは手助けできると思うぞ」

「ほんとに?」

「なんだその疑わしそうな目つきは? おれは今日きみを打ち負かしたんだぞ。自分に勝った男がそれほど頼りないか?」

「……少なくとも見た目は、ちっとも強そうじゃない」

「はは、違いない」


 常に『俺さま強え』オーラをまとっているわけじゃないからな。それに、そんなのはおれの柄じゃない。


「取り敢えずは食べて、寝ろ。体力をつけるのも冒険者の大事な仕事だ」


 そう言った頃にはもう、リアノンは夢の国に旅立っていた。



 ◇


 人の世話をしていることもあって、おれの家にはいくつか部屋があった。右も左もわからずに流れてきた駆け出し冒険者を泊めてやったりもしていたので、寝るところはある。

 そこに正体を失くしたリアノンを連れて帰った。ベッドに転がしてブーツを脱がせ、いろいろと装備のついた上着も外してシャツだけになった。下はちょっと手を付けるのはためらわれたので、そのまま。スパッツのような格好だからまあいいだろう。


 おれも寝室に引き取って、ベッドに寝転がった。


 こうやって後進の面倒を見て、この村でもう十年を数える。多少は役に立っていると思う。彼らはみな素直ないい奴らで、その点おれは出会いに恵まれた。そうして旅立っていった奴らの中には、そこそこ名をあげた噂を聞いた者もいる。そんな話を聞くと、嬉しく思うと同時にわずかに黒い感情も混じるのだ。


(やれやれ)


 おれは昼間手に入れた宝玉を出して眺めた。予期せぬ闖入者のおかげですっかり忘れていたが、今日のメインイベントである。

 神さまからのアイテム。何に使うのか、どんな力があるのか、まったく分からない。おれにくれるくらいだから、ただの装飾品ということはないだろうが。

 明日にでも雑貨屋のところで見てもらおう。彼は鑑定のスキルを持っている。使えるかどうかは、それからの話だ。


 部屋のドアが静かに開けられて、おれは跳び上がりそうになった。思わず剣を引っ掴む。


「あ、ごめん。起こしちゃった?」


 か細い女の子の声に、おれは安堵のため息をついて脱力した。リアノンだった。


「なんだ? おれの寝首なんか掻いたって何にも出ないぞ」

「恩人にそんなことしないよ」

「昼間はされかけたけどな」

「もう、言わないでよ、ばか」


 ちょっとすねた声を出す。薄暗がりの中で肌着のシャツの白が浮かび上がり、しどけない姿に見えた。おれでなくても思わず何かを期待したくなるようなシチュエーションではある。


 リアノンは歩み寄って、ベッドの端にちょこんと腰かけた。


「あの、ごめんね。ろくにお礼も言ってなくて……。昼間はごめん。それと、さっきまでありがとう。こんな見ず知らずの小娘を拾って世話してくれて」


 すっかりしおらしくなっていて、ちょっと可愛らしいな、と思ってしまう。


「いいよ。おれの生業なりわいみたいなもんだからな」

「でも今お返しできるようなものは何もないんだ。だからせめて、あたしの字名あざなを捧げようと思って」

「いや、ちょっと待て」


 この世界の人は名前の他に字名を持つ。それは生まれてから数年以内に主に教会でつけられるもので、形だけ見れば洗礼名のようだがそうではなく、その人物の性質や性向、運命を暗示する名として与えられるものだ。その人の生き方に影響を与えることも多い。

 字名は人に明かすことは通常なく、同じパーティでも字名を知らないことがある。そして女が男に字名を明かすということは……まあそういう意味だ。


 だからおれは、ちょっと焦った。


「そんな大事なもん受け取るわけにはいかない。おれは当たり前のことをしたまでだ」

「でもそれじゃ、あたしの気が済まないよ。別に聞いたからって責任とれとか、そんなこと言うつもりはないよ。ただけじめとして、あんたに聞いておいてほしいんだ」

「……わかった」


 このまま暗がりの中で押し問答を続けるのも不毛だし、それで気が済むならいいだろう。それも保護者の役割だ。


「ありがとう」


 ほのかに微笑んだ少女の笑顔ははかなげで、とても詩的な美しさに満ちあふれていた。手を触れたらこわれてしまいそうだった。胸がきゅうっと締めつけられるような感情にとらわれていると、少女はつぶやくような声で言った。


「あたしの字名は『メイヴ』だよ」

「だから風使いなのか」

「うん」


 メイヴ。風の妖精の名前。風を操るのもごく自然の性向なのだろう。


「弓に風。まるでエルフだな」

「わかる? 実はそうなんだ」

「え? でも……」


 エルフに特徴的な、たとえば笹穂耳のような外見がない。普通の人間に見える。

 リアノンは笑っておれのベッドに腰掛けた。


「ハーフエルフなんだ。正確に言うとクォーターかな。だから見た目はほとんど人間だよ。で、力のいくらかだけ、エルフの素養を受け継いでるんだ」

「なるほど」


 思えば弓の腕もなかなかだったし、風の加護はおいそれと得られるものじゃない。自分の特質を理解して早くからその方面に修練を積んできたのだろう。


「だから少しは腕に覚えもあったつもりなんだけど、それを全否定されたからさ。やっぱりショックだったんだ」


 ベッドの隅でしょんぼりと肩を落としている様子は気の毒だった。思わず抱きしめて慰めてやりたいという衝動を感じたが、さすがに赤の他人にいきなりそんなことは出来ないと思い直す。おれはこれでも理性的なほうなんだから。


「まあ元気出せよ。昼間見た限りじゃいい腕だった。きっと相応しいパーティが見つかるよ」

「そうかな? あたしなんかもう必要ないんじゃ……」

「そんなことないさ。なんなら明日、もう一度見てみよう。悪い所があれば直せばいいし、向き不向きもあるから相性のいいメンバーも紹介しよう」

「ほんとに?」


 一瞬表情が輝いたものの、まだリアノンの表情は半信半疑といった風だった。一度自分を否定されると、自信を取り戻すのはなかなか難しい。そういうやつらもたくさん見てきた。


「ああ。大丈夫だよ。心配するな。おれに任せておけ」


 長い人生、一度や二度の失敗や挫折はある。だが生きて命があるなら、なんとでもなる。やり直しの機会なんかいくらでもあるのだ。そしてこういう時に必要なのは全面的な、力づよい肯定。正しいか正しくないかなんてどうでもいい。全力で認めてもらうことが必要なのだ。


「だから安心して眠るといい。明日を楽しみにしておけよ」

「ねえ……そっちに行ってもいい?」


 遠慮がちな問いかけに、心臓が一瞬跳ね上がる。


「なにを子供みたいなこと言ってるんだ?」


 うろたえた声になっていなければいいのだが。


「うん。情けないと思うんだけどね。なんか……寂しくなっちゃって」

「しょうがないな。今夜だけだぞ」

「うん。ありがと」


 精一杯父親のような顔をしようとしたが、もぞもぞと暖かいものがもぐり込んでくると変な気分になる。かすかにいい匂いがするのも心臓によくない。


「ふー。なんか落ち着く」


 満腹の猫みたいに、満足、という顔をされるとちょっと腹立たしい。


「安心してていいのか? おれだって男だぞ?」

「いいよ。それがあんたの望みなら」


 真っ直ぐに見つめ返されると、さすがに気恥ずかしい。見透かされているようで悔しいが、一時の衝動で突っ走るほど愚かではないつもりだ。


「十四で家を飛び出してさ、冒険者の世界に飛び込んで……。ずっと帰ってないからなあ。心配してるだろうなあ、父さん」

「元気でやっているのが一番の親孝行だよ」

「うん」


 おれはリアノンを抱き寄せた。

 リアノンは甘えるように身を寄せたと思うと、もう眠りに落ちていた。


(手のかかる子供だ)


 苦笑しながら、久しぶりに人のぬくもりを感じて、おれも安心したのかもしれない。すぐに意識がなくなった。




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