追いはぎは美少女弓使いなのだが。
俗称「はじまりの村」とも言われるチュアムの村には、外れにひとつの池がある。
名を「のの池」と言い、村の畑を潤したり、生活用水にもなったり、チュアムの村人であれば何かしらの恩恵にあずかっている大事な池だ。
その名の由来は定かではなく、昔「ノノ」という開拓者が拓いた池だとか、野の池だとか(山の上なのに)、あるいは失われた超古代言語で「の」を表す文字の形だとか(「の」というより「く」だけどな)いろいろ言われているがつまりは誰にも由来はわからない。
それはそれとして。
朝方にタグを送り出し、おれはひとり、のの池を目指していた。
タグは名残惜しそうに、みんなとあいさつを交わしていた。彼のキャリアの始まりであるこの村は思い出深い地になるに違いない。
だが、学校を卒業した子供が再び同じ学校に戻ることがないように、始まりの村を卒業した冒険者が再びそこに戻ることはない。リタイヤでもしない限りは。
ほろ苦い思いをかみしめながら、おれは山を登っていた。なだらかな山なので、山登りというよりハイキングと言った感じだ。
山を登り切り、のの池に到着して、おれはそのほとりでひと息ついた。地図を取り出して見比べてみる。
のの池は向こう岸まで差し渡し三百メートルくらい。地形は確かにおおむね地図と合っている。右手の岸から陸地が張り出している。地図の通りなら、その突端に何かがあるはずだ。
そのあたりまで歩いていき、辺りを見回す。ところどころ草地になっているほかは、特に目につくものもない。地中に埋まっているのだろうか。だとしたら見つけるのは難しい。このままでは。
「捜索」
おれは持てる魔法のスキルを使ってみた。隠しアイテムなどを探し出すスキル。大して強力なものではないが、この位の範囲を探すくらいなら役に立つだろう。
果たして、視界の端に何か光るものが引っかかった。
その辺りを掘り返してみる。小さな宝箱があった。
開けてみると、中には宝玉がひとつ。
綺麗な、深い紫色をしていた。紫水晶みたいな色合いの、磨き上げられた宝玉。
「ほう……」
思わず声がもれた。美しい。
手に取ってみる。なにか、力を感じる。霊力のある石のようだ。
だがどのような能力があるのか、おれにはわからなかった。こればかりは仕方がない。村の雑貨屋に見てもらうとしよう。そう思って宝玉を懐にしまい込もうとした。
「いいもの持ってるじゃないか。その宝玉、こっちにもらおうか」
ふいに後ろから声がした。
「おっと、動くな。変な動きをしたら、ひと思いにいくよ」
背中に尖ったものがつきつけられているのがわかる。あいにくおれはしゃがみこんでいた。今の態勢では反撃は難しそうだ。
「そいつを手の上に載せて頭の上に差し出しな。なに、おとなしく言うことを聞けば命までは取らないさ」
姿は見えないが、若い女の声だ。女が追いはぎか? あまり褒められたものじゃないが。
そう思いつつ、ゆっくりと手を上に差し上げる。手の上の宝玉は握り込んだままだ。
「諦めが悪いな! 素直に渡さないとどうなっても知らないよ!」
女がいらついておれの手を掴み、指をこじ開けて宝玉を奪い取ろうとする。その手を反対側の手で掴み、おれは女を背中ごしに投げ飛ばした。
が、さすがと言うべきか。地面に叩きつけられる前に女は態勢を取り直して着地した。素早くおれから距離を取り、対峙する姿勢をとる。やっと相手の顔が見えた。
まだ若い。十六、七くらいか。少女といっていい年齢だ。背中に弓をしょっているところを見ると、どうやら弓使いだ。
碧の髪に、同じ色の眼が怒りに燃えている。
「痛い目を見たいらしいね。あたしは今、機嫌が悪いんだ。運が悪かったね、あんた」
そう言うと、短剣をかざして突っかかってきた。
冗談じゃない。
おれは抜刀して短剣を受ける。八つ当たりで命を取られてたまるものか。それに、やせても枯れても剣士のはしくれ、弓使いの短剣ごときに後れを取ったとあれば、一生物笑いの種だ。
だが。
少女の短剣は意外と手ごわかった。踏み込みが速い。体重を乗せて迫力のある突きを繰り出すかと思えばフェイントを織り交ぜて横薙ぎに胴を狙う。力まかせに剣で払えば、くるりと身をひるがえしていなされ、死角から左手に持ち換えた短剣が飛び出してくる。
組み合った剣を突き返し、おれは距離をとった。小娘だと舐めていると痛い目に遭う。動きの速さに翻弄され、トリッキーな攻撃に我を忘れると致命傷をもらう。あぶないあぶない。
見た目にだまされて相手の実力を過小評価するほど、おれはうぬぼれていなかった。なるほど思ったより使えるが、自分のフィールドで戦えば対処できないほどじゃない。
少女が再び突き込んでくる。おれは最小限の動きで流す。なかなか隙が作れず焦りが見え始めた少女の鋭い横薙ぎをのけぞってかわし、左手だけで剣を振るう。
剣は流れ、おれの態勢も崩れている。少女の唇が笑いに吊り上がったのがわかった。よし、かかった。
突き出された短剣を、既に両手で把握していた剣が素早くはたきにいく。そのまま弾かず、くるりと巻き込んで跳ね上げた。
「あっ!」
だが少女の判断は素早かった。得物を失ったと悟った瞬間大きく後ろに跳んで離れる。短剣が地に落ちる頃には十歩以上離れていた。いい動きだ。
「やるね。やっぱりこいつだ」
少女は弓を手に取り、矢をつがえた。おれも剣を構える。
矢の勢いをそこなわず、だがおれが踏み込んで攻撃するには遠い距離。そこから少女は矢を放つ。
わずかに身じろぎし、剣を動かして矢を弾く。少女が驚いて目を見開いた。ふふん、確かに必中の距離だが、集中すればおれだってこのくらい出来ないことはない。
第二射、第三射。続けざまに放たれた矢を叩き落とす。少女の眼が怒りに燃える。次につがえた矢はすぐには打ち出されなかった。矢じりが淡く緑色に光り出す。
(魔法……風の加護か)
矢に魔法力を乗せて威力を増す方法だ。この少女、風使いでもあるらしい。これで矢の威力も速度もおそらく三割増し、この距離では多分回避は難しいだろう。
普通なら。
いいだろう、受けて立つ。おれの腕は大したものじゃないが、この程度の困難はいくらでも切り抜けてきた。
おれは片手に剣を提げて自然体に立った。矢はぴったりとおれの眉間を狙っている。いい腕だ。だがその腕が命取りになる。
おれは眉間をひと撫でした。
「ちゃんと狙えよ」
そして猛ダッシュ。少女に殺到する。重心が下がった分、少女は弓の狙いを素早く補正する。やはりいい腕だ。
「しっ!」
矢が放たれる。次の瞬間にはおれの眉間に吸い込まれ――皮一枚のところで弾かれた。
少女の眼が驚愕に見開かれる。あっという間におれの剣の間合い。踏み込んで剣を振るう。
剣が巻き起こす風が少女の碧の髪を吹き上げ、刃はぎりぎり首筋の寸前で止まった。驚愕で目をまん丸に見開いたまま、少女がぺたりと座り込んだ。おれの勝ちだ。
「そんな……仕留めたと思ったのに……」
ぼんやりと少女がつぶやく。まだ信じられないようだ。無理もない。
普通、風の加護は生半可な魔法では防げない。精霊王クラスの契約魔法でもない限りは難しいはずだ。おれも魔法力なんて実のところたかが知れていて、普通なら到底防げるものではなかった。
そのなけなしの魔法力をごくごく小さい一点に集中する。大きさを絞り込んだ分、防御力は跳ねあがる。だがその大きさではとても防御には使えない。
しかし今回は相手の腕の良さが幸いした。狙いが正確だったからこそ、防御ポイントを絞り込めたのだ。ほんのわずかでもずれていたら、どちらかの目を潰されていただろう。
「いい腕じゃないか。追いはぎの真似ごとに使うにはもったいないぞ」
おれは剣を納めながら言った。この少女、本職の盗人じゃないだろう。本物の悪党なら声などかけずに後ろからずぶりとやったあと、悠々と身ぐるみ剥いでいったはずだ。中途半端にいい人でよかった。おかげで今日も生き延びた。
「見たところ由緒あるパーティのメンバーなんじゃないのか? 早く仲間のところへ帰れよ」
「なか……ま?」
「そう、仲間だ」
少女の大きな目が、みるみる涙であふれたかと思うと、あられもない大声で泣き出した。
「うわああああああああああああああああん! 負けた! こんな野良剣士の、普通のおっさんに負けるなんて!!」
……うるせえよ。
確かに野良の剣士だし普通だしおっさんだし反論の余地はまったくないが、今のお前にだけは言われたくない。
「余計なお世話だよ。とっとと仲間のところに帰れ」
「仲間なんかいないよ! もう捨てられたんだ!」
大声で泣き叫びながら、穏やかならぬことを少女は言った。
……やれやれ、これは捨ておくわけにはいかない流れかな。




