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神さまのご褒美をもらったのだが。

「タグ! 行ったぞ!」


 おれの脇を、わらわらと小者のモンスターが駆け抜けていく。モンスターはおれの後ろにいる相棒、タグに殺到する。

 おれはと言えば、目の前のホフゴブリンと斬り結んでいて動けない。タグは孤立無援だ。だが。


 剣撃一閃。


 あざやかな抜刀でタグはモンスターを斬り捨てた。

 心の中で、おれは感嘆の声を上げた。めざましい成長だ。これなら名のある勇者になれるかも知れない。だが褒めてやるのはもう少し後だ。


 怒りに燃えたホフゴブリンが吼える。腕の筋肉が盛り上がって力まかせにおれを突き飛ばす。

 おれはわざと飛ばされ、地に転がって勢いを受け流した。おれを排除したと思ったホフゴブリンはタグに殺到する。得物の棍棒を振りかぶった瞬間、おれは後ろから火炎魔法を撃った。

 狙いあやまたず、背中を焼かれたゴブリンがうめく。大したダメージではない。おれの魔法なんてたかが知れている。だが隙をつくるには充分だ。


「はあっ!」


 一瞬後ろに注意が向いた敵の動きをタグは見逃さなかった。気合いとともに鋭い横薙ぎ。ホフゴブリンの動きが止まり、やがてゆっくりと倒れ込んだ。


 ミッションコンプリート。


 剣をゆっくりと鞘に納め、タグが近づいて来る。


「よお。さすがだな、相棒。いい剣筋だった」


「ナハルのおかげだよ。相変わらず、うまいサポートだね」


 笑いながら差し出された手をつかんで、おれは立ち上がる。


「一瞬で敵を分断してボスを引きつけておいて、わざと隙をつくって相手に突っ込ませ、奇襲で注意をそらせておれに討たせる。熟練の技だね」


「べた褒めだな。『おればかり働かせやがって』と文句のひとつも言われるかと思ったが」


「そんな恩知らずなこと言うわけないさ。こんなにポイントを稼がせてもらって。とってもやりやすいよ」


 モンスター退治の場合、基本的にはとどめを刺した者にポイントが入るようになっている。サポートにも幾分かは割り振られるが、メインに戦った者がもっとも多くポイントをゲットし、アイテムも取ることができるしくみだ。つまりおれの働きは徹頭徹尾サポート、ということになる。


「なあ、ナハル。やっぱりおれと一緒に来てくれないか? あんたとならきっと上手くやれる。すごいパーティができるよ。確信があるんだ」


 おれより頭半分は高いタグは、歳の頃は二十歳前、うすい赤毛にとび色の目の好青年だ。それに剣の腕も立つ。まあ嫌になるくらい、おれにないものを全部持っている。

 そんなすごい奴の尊敬を受けて、しかも同行を請われているのだ。嬉しくないはずがない。


 だが。


「前も言ったろう。おれはこの村が気に入ってるんだ。ここで、おまえみたいな新米の手助けをして、そいつらがでっかく育っていくのを見るのが楽しみなんだよ。それだけだ」


 ここチュアムの村は、辺境から王都へ向かう途上にある。そのため、地方から王都へ向けて旅立つ若者、逆に王都から地方に向けて商売に行く者などが通る中継地になっていて、それなりに賑わっていた。

 何も知らずにやみくもに上を目指して故郷を飛び出してきた者に、そりゃあ無謀にもほどがあるだろうと装備を整え心得を仕込み、しきたりや文武の基礎を伝授して冒険者の卵に仕立て上げ、王都へ送り出すのがおれの仕事だった。まあ道楽のようなものかも知れない。無一文の若者相手にそんなことをしたってろくな金にならないことはわかりきっている。それでも放っておけないのは、彼らにかつての自分を見るからなのだろう。


「おれに言われたって嬉しくもないだろうが、おまえは筋がいいよ。もっともっと上にいける。後はいいパーティメンバーに恵まれれば魔王にだって挑めるだろう。救国の英雄さ。そしたら、昔世話になった恩人とか言っておれのことを紹介してくれよ。おれも少しは潤う」


 冗談めかして言うおれの軽口に、タグは乗ってこなかった。


「ナハル……。あんたやっぱり、冒険に出たいんじゃないのかい?」


「腹減ったよな。早くアイテムを回収していこう。みんな待ってる」


 タグの顔を見ないように、おれは先に立って歩き出した。



 ◇


 明日はタグの出立の日。いつものようにいつもの酒場で、みんなでわいわいと飲んだくれた。タグはみんなに気に入られていたから、名残惜しくもタグの活躍を応援したいという人がたくさん集まり、盛大な送別会となった。

 やがて会はお開きとなり、まだ騒いでいる連中を尻目におれはひとり帰宅した。灯りもつけずにベッドに転がり込む。


 そのまま、真っ暗な宙をにらんでいた。


(ばかな……。今さら何を動揺している?)


 もう決めたことだ。ずいぶんと昔に。いつのことだったか思い出せないくらいに。

 なのに時々、理解しがたい感情がむくむくと湧き上がるのだ。いや、理解しがたいんじゃない。理解したくないのだ。その思いを認めてしまえば、行きたくなってしまうから。そして壁にぶち当たり、自分の力不足を思い知らされて振り出しに戻る。何度それを繰り返したことか。


 この世界に来た当初はおれだって人並みに燃えていた。何ができるかわからなかったが、何かしようと、何かになろうと必死で頑張った。レベル上げもアイテム集めもそのほかの技術の鍛錬も、役に立ちそうなものは何でもやった。


 そして今に至る。結局おれは何でもなかった。さしてレベルも上がらず、前世と同じただの一般人だった。


 いつからか、おれは上を目指すことをやめていた。だが冒険者を完全にやめなかったのは、未練があったのかも知れない。

 チュアムの村に流れ着いてから、おれは駆け出しの冒険者の手助けをするようになった。彼らにならまだ教えることはあった。主役にはなれなくても、脇役ならいい働きができた。性分にも合っていたのだろう。

 だからいまの生活に何の不満もない。家族はいなかったが、後進には感謝されているし、村人ともうまくやっているし、何の問題もない。


 おれの野心の行き場以外には。


(埒もない……)


 苦笑いしておれは起き上がった。後から戻って来るタグのために、灯りくらいはつけておいてやらないとな。


 火を灯したおれはその時初めて、テーブルの上に何かが載っていることに気がついた。

 手に取ってみると手紙のようだった。その隣には蝋をたらして封緘した、書類のようなもの。めずらしく仰々しい代物だ。


(なんだろう? ……いつの間に?)


 自分で持ってきた憶えはない。留守中に誰かが忍び込んだのか? だがわざわざ黙ってそんなものを残していく意味を計りかねた。タグあてのものかもしれないが、だったら居間かタグの部屋にあるだろう。

 取り敢えず自分の家のおれの部屋にあるのだから、おれが読んでもかまわないだろう。中味を見なければ判断できないし、などと内心言い訳しながら手紙らしきものを開く。



『転生者へ


 久しいの。息災でおるか?

 おぬしを彼の地へやってからもう十五年になる。十五年生きているだけでも大したもの、その功績を讃えて、ささやかながら神の恩賜を授けよう。感謝し、我を称えるがよい。

 ひとつには十五年間何もしてやらなんだゆえ、せめてもの罪滅ぼしという意味合いはあるがな。


 それでは、今後も幾久しく、楽しく生きるがよい。



                      神

                            』



 手紙を折りたたんだ。

 おれもこの世界はもうずいぶんと長い。だから読み書きもちゃんとできる。もちろん手紙も読めるのだが。


(なんだこの大ざっぱな手紙は?)


 驚くよりまず、呆れた。


 突然おれの前に現れた神。その神に、おれはこの世界に転生させられた。それっきり会ったこともない。そもそもその時だって姿すら見せず、声だけだった。転生の手続きもずいぶん簡素、ありていに言えば雑だった気がする。他の転生者がどうかは知らないから比較しようもないが。


 それにしたって、署名に「神」とか書くか普通? この世界には神もたくさんいるので、その中でも名を持たない「神」というのは確かに他より上位にいるかの印象を与えないでもないが、今までの神の人となりを見るに、雑、という印象しかない。



 まあ、いい。


 で、その「神の恩賜」とやらは、隣のこれだろうか。

 一体なんだろうと思いつつ封を開ける。正直期待してはいなかった。何を期待していいのかわからなかったし、こんな軽いものがそれほど重い意味を持つとはとうてい思えなかったからだ。


 はたして、拡げてみると。


「……地図?」


 絵図面、なにかの地図のようだ。この世界に印刷技術はまだなく、測量技術も未熟で、地図の類いはそれだけで貴重だ。

 だがこれは一体なんだろう? ほぼ全面を使って縦長のいびつな楕円形が描いてあり、楕円の右横が内側にへこんでいる。極太の「く」の字に見えなくもない。

 内側にへこんだ部分の先端には、赤い×印がつけられている。


(うーん……もしやこれは、宝の地図?)


 ぎざぎさの線はこの敷地の境界線を描いているのだろう。とすれば、この×印が宝の隠し場所、というのはありそうではある。


(それにしても……なんだこの大ざっぱな地図は?)


 再びそう思わずにはいられない。

 いくら測量技術が未熟といっても、これではまるで子供の落書きだ。第一この物体がどこにあるのか見当もつかない。そもそもここはどこ? この地形はなに?


 眺めること数分。

 もはやタグのことなどすっかり忘れて、おれは連想ゲームに熱中していた。こんな地形、おれの記憶にないだろうか。仮にも神からの授かりもの(よく考えたらそれはそれですごいことなのだが)それもおれにゆかりのある神からおれへの恩賜であるとすれば、おれがまったく知らない場所である可能性は低い。そんな意味のない地図を渡すとは思えない。


 おれは永年住み慣れたこの村の地形をあちこち思い出していた。そして唐突にひらめいた。

 

「まさかこれは……のの池?!」




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