やっと神さまと話が出来たのだが。
人間の力で、伝説の怪物を打ち倒す。
その感動的な瞬間が近づいて来ている。
だがさすがは規格外の竜、ブラックドラゴンだった。傷を負いながらも、群がる騎士たちをなおも寄せ付けない。膂力と尻尾の力だけでも充分に強い。
黒竜は一瞬動きを止めたと思うと、天に向かって雄叫びを上げた。
また雷か。全員が身を固くしたが、その雷は人ではなく、竜自身を撃った。
「なんだ? 誤爆か?」
「違うわ。加護をまとったのよ」
アシュリンの言葉が緊張している。雷は消えず、黒竜の身体を光が覆ったままだ。
「回復ポーションを飲んだみたいなものね」
「ちくしょう。こういうチートは、なしだぜ」
アシュリンの言う通り、黒竜の動きが生気を取り戻している。
あちこちで兵士が吹き飛ばされる。それでも協力して打ちかかった攻撃を、黒竜は軽くジャンプして躱した。
「これがこの巨体の動きかよ?」
その足はおれの真上にあった。まずい。側にはアシュリンがいる。よけるわけにはいかない。
「『倍加・聖剣!』」
いやそれ効くの? と自分でも突っ込みそうになったが、とっさのことでほかに思いつかなかった。剣の柄を両手で握りしめると、岩みたいな落下物ががつんとぶつかってきた。
まともに受けた。受けられた。受けたおれの方がむしろ驚いた。
潰れなかったのが奇蹟だ。剣が光を放っている。こいつもフルパワーで頑張っている。あとはおれの番だ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
生まれて初めて力技で相手を押し返した。みしみしと、骨や内臓がつぶれる音が聞こえる。聖剣は耐えてもおれの身体には無理だった。それでも、耐えしのいだ。ここで根性を見せなくてどうする。
と振り切ったのもつかの間、目の前にはうなりを上げて尻尾が吹っ飛んできた。剣で受けてかろうじてアシュリンはかばったものの、自分はまともにくらってふっ飛ばされた。石っころのように転がっていく。
「ナハル!!」「ナハルぅ! しっかりして!」
リアノンとアシュリンが駆け寄って来る。
大丈夫。おれは大丈夫だ。
そう答えようとして、言葉の代わりに血反吐を吐いた。
「「ナハル!」」
もう身体が指一本すら動かない。
意識が遠のいていく。
やれやれ、慣れないことをしちまったな。
ずっと逃げてきた。逃げて、よけて、かわして、ごまかして。
先頭に立たず、正面立って向き合わず、ひたすら脇役に甘んじてきた。
主役になれなくて当然だ。なろうとしなかったんだから。
でもそれでもよかった。
そうやって生きてきた。
そりゃあちょっとは悔しいなと思う。光が当たっている奴らが羨ましいとも思う。
でもそれはそいつらがそうなりたいと願い、努力した結果だ。
おれの今の地位は、結局おれが望んだものなんだ。
それでも。
リアノン。
「あたしがもっとちゃんと矢を当てていれば……。お願い、ナハル。死なないで」
泣きそうな顔で、おれに口移しでポーションを飲ませてくれている。
アシュリン。
「アタシなんか見捨てて逃げていれば……。かっこつけちゃって! 絶対に説教してやるんだから、死んだら許さないわよ!」
悲しそうな顔で、最上級の治癒魔法を施してくれているのがわかる。
おまえたちに会えただけでも、おれには過ぎたしあわせだよ。
おまえたちを助けられただけでも、おれの人生に意味はあったよ。
だからふたりとも、泣くな。
大丈夫。おれは、大丈夫だ。
そう言ってやりたかったのに、声すら出なかった。
二人の懸命の看護の甲斐なく、おれの意識は闇に沈んでいった。
◇
光も、闇もない世界。
意識はある。だが自分の身体すら感じられない。
これが死後の世界か。
(違うわい。ばか者)
声だけが聞こえた。
(相変わらず声だけか?)
声は出ない。おれは思念だけで答えた。
(よく憶えておったの)
声の主は、神さま。おれをこの世界に呼び寄せた張本人だった。
(あんたに会ったら、文句を言ってやろうとずっと思っていたからな)
(ふむ? では聞いてやろうかの?)
(いや、今はいい。それより、おれは死んだのか?)
(死んではおらぬよ。死にそうではあるがな)
神さまの声はのんびりしていて、相変わらず浮世離れしていた。
(では生き返らせてくれ。おれは今死ぬわけにはいかないんだ)
(女たちのためにかの?)
(当たり前だ)
思いを寄せてくれる女たちに応えなくて、なにが男だ。女を泣かせる男なんて最低だ。
(おまえは面白い奴じゃの。呼んだ甲斐があったわい)
のんびりした神さまの声に初めて、少し楽しそうな色がにじんだ。
(そもそも、なんであんたはおれなんか呼び寄せたんだ? おれに何をさせかったんだよ?)
(何も)
彼の答えは素っ気なさ過ぎた。
(おまえを呼び寄せて何が起こるかなど、誰が予想できる?)
(あんた神さまじゃないのかよ?)
(おまえの考える神とは違うわな)
何故か神さまが解説者モードに入ったのが感じられた。今さらチュートリアル?
(我々は意図することはできる。天命だと言って、ある者の行動に方向性を与える。その意味で、歴史はある程度我々が作ることができる。
だがそれが何十人、何百人いたらどうなるかの? それが何十年にもわたって、何十人もの人間と関わって影響を与え合って……その結果がどう転ぶかなど、誰に予想できようか?)
(ふむふむ。つまり歴史には不確定のパラメータがあまりに多すぎて、あんたたち神さまでも制御不能と)
(そういうことじゃ)
(偉そうに開き直るんじゃねえ!)
つまり極論すれば、おれを呼んだ意味なんかまるでない、まったくの気まぐれだってことになる。
(ふざけるのもたいがいにしろ。あんたにとっちゃ人間の人生なんか虫けらみたいなもんかも知れねえ。でも当の本人にとっちゃ一大事なんだ!)
(わかっておるよ)
思いのほか、神さまの声は労りに満ちていた。
(それにな、歴史を制御することは不可能じゃが、短期的に干渉することは可能じゃ。そのためにおまえたちを呼び寄せておる)
(……おれにさせたいことは、何だ?)
(話が早いの)
いきなり目の前に映像が開けた。感じる限り一面のイメージ。
現実を感じているようでもあり、細切れのスナップ写真集のようでもあり。
雑多な情報が流れ込んでくる。
なんのことはない、人々が暮らしている映像だ。笑い、食べ、話し、暮らしている人。
だが決定的に違う点があった。暮らしているのは人ではない者たちだった。
(そう。魔族じゃ。今おまえの住む世界には、人とは違う魔族という種族がおる)
(ああ、知ってる)
さっきまで死ぬ気でバトってたからな。
(だけどおれもあの世界、けっこう長いが、今まで魔族なんていなかったぞ)
人はいた。エルフも多少はいた。獣人も、まあ多くはないが稀にいた。
だがモンスターはいても、魔族はいなかった。
(今まで違う時空に棲んでおったからの。じゃが、長い間にヒトも魔族も発展し過ぎた。時空を分けておけるのもそろそろ限界じゃ)
(つまり人口も、国土とか占有空間も大きくなりすぎて、接触は不可避、と)
(左様。そこでじゃ、ファーストコンタクトという最初の難関が発生する)
おれは黙り込んだ。ないはずの肉体の、ないはずの腕を組んで考える。
本来ヒトと魔族は別々の時空で暮らしてきた。ところがお互いのボリュームが大きくなりすぎてしまう。互いの時空は余裕を保てず、ついに接触することになった。
その接点を最初に開いたのが。
(……おれたちの開いたダンジョン?)
(そういうことじゃな)
(そして、さっきのがファーストコンタクト、と)
(そうじゃな)
(うわあ……)
おれはまたしても、ないはずの頭を抱えた。
最悪だ。
最悪のファーストコンタクトだ。
最悪のファーストコンタクトが尾を引いて、ついには二種族の星間文明が一人残らず皆殺しになったお話しがあったっけな。あれも『伝説の巨神』を発見し、動かしたばかりに発生したと記憶しているが。
(だから伝説の武具なんてきらいだ)
おれはひとしきり、ぐちった。
(で、どうするんだよ? あんたは二種族が争いの末滅びの道をたどる結末がお望みか?)
(そんなわけあるまい、ばか者め)
(だいたいおれを呼んだって、なんの役にも立たないぞ。今まで見てきただろう? おれの体たらくを)
ただの凡人。脇役。影響力もカリスマもなく、能力も、努力する才能すらない。まったくどこにでもいるただの人。
だが神さまの波動は、笑っているように思えた。いや違う。慈しみを込めて見守っている、そんな感じだろうか。
決して下等な生物と下に見るわけでもなく、ただ暖かく愛を注いでくれている。
……ああ、そうか。
リアノンを拾って、面倒を見てきたのも。
タグを育てて送り出してやったのも。
ノーランとか、生意気な小僧どもを叱って手柄を立てさせてやったのも。
同じじゃないか。
(で、あんたはおれに二種族の間を取り持て、と?)
(そんなもの、王族にでもやらせておけ。おまえにはおまえにしかできぬことがあるじゃろう?)
(思いつかねえよ、そんなもの。だいたい事がでかすぎる)
(ならば、おいおい考えるがよかろう。おまえの行動そのものが思いもよらぬ結果をもたらす。いや、実に楽しみじゃの)
……やっぱり面白がってやがるな、このじじい。
(さて、そろそろよかろう。女たちが待っておるぞ)
(帰してくれるのか?)
(それが望みであろう?)
(それでおれは今までどおり、好き勝手に過ごしていればいいのか?)
(もう好き勝手はできぬであろう。おまえはそれだけの影響を、すでに歴史に与えてしまったからの)
(そんな殺生な……)
おれは今まで通り自堕落に生きたいのに。
(腹を括るのじゃな。示唆を与えるとするなら、女たちを大切にするがいい。あの者どもがおまえの道を開いてくれるであろうよ)
(わかった。全然意味わからねえけどな)
(では、往くがよい。達者で暮らせよ)
おれは再び神さまに放り出された。
それが幸せなのか、おれにはわからない。だがただひとつ、幸せなことがあるとすれば。
おれを待ってくれている女たちに「ただいま」って言えることだ。




