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いつの間にかおれが英雄なのだが。


「やってくれたな。人間ども……」


 魔族の青年、キルキアランの眼が怒りに燃えている。ドラゴンの中でも上位の青竜を使役できるほどの奴だ。能力もプライドもあるのだろう。

 それがあんなペテンみたいな戦略で打ち負かされては、選ばれた戦士の誇りもずたずただ。おれはちょっと奴が可哀想になってしまって、思わずふっと笑った。


「きっ、きさま! 何がおかしい?!」

「いや、悪い。おまえを笑ったわけじゃない。だけどな」


 上手く癇気を逸らせるといいのたが。


「こんな冴えないおっさんらに負けたとあっちゃあ、おまえさんの経歴にも傷が付くってもんだろう? なあ、なんでそんなに怒ってるんだ? おれたちに非があるなら謝るが、一体何があったんだ?」

「うるさい! きさまらみたいな悪党に話すことなどない! いきなり我らの土地に踏み込んできて好き放題しやがって! 人間はいつもそうだ。我ら魔族をなんとも思っていない!」


 怒りに震えるキルキアラン。、悔し涙にくれる少年みたいに、一瞬おれには見えた。

 怒っている。憤怒に燃えている。それは確かだ。でもそれは同族のため、仲間のため。

 決して私利私欲や、自分の我がままのためではなかった。


 少なくともおれにはそう見えた。


「ドラゴン一頭を倒したくらいでいい気になるなよ、人間。このブラックドラゴンで踏みつぶしてやる!」


 だが若さゆえか――魔族の年齢はとんと見当がつかないが――キルキアランは頭に血が昇ってしまっていた。今はとても話し合えるような状況じゃない。


「ブルードラゴンさえ追い返すのがやっとのくせに。こいつに勝てるものならやってみるがいい」

「しょうがねえなあ、この小僧は」


 もう一発ぶん殴って、いっぺん泣かしてやるしかないか。


 おれは再び剣を握りしめる。

 黒竜がおれを睨む。怒りの眼ではない。悠然とした王者の眼だ。


 黒竜を睨み返しながら、おれは心の中でぐちる。


 もういや。やりたくない。

 もういっぱいいっぱいだ。

 この後どうすりゃいい?


「大丈夫だよ! ナハル!」


 背中から元気な声がする。


「あんたならできる! あたしがついてる!」


 背を向けたまま、おれは親指を突き立てた。

 やれやれ、リアノン、簡単に言ってくれる。


「そうまで言われちゃ、かっこつけないわけにはいかないな」


 おれは無理やり笑ってみせる。


「いいねえ勝利の女神がついててさあ。後でたっくさん甘えさせてもらいなさいよお」

「アーシュ。下ネタはいいから力貸せ」


 やっと立ち上がってきた魔女アシュリン。杖を振るうと黒い靄が辺りに拡がる。

 黒竜が吼えた。

 天から降ってきた雷撃はしかしアシュリンの靄に散らされて消えてしまう。


「あんた、先頭に立つタイプじゃないでしょ。人を働かせて美味しいところだけ掠め取るのがあんたのやり方でしょうが」

「おれはそんな阿漕な真似をしたことはねえよ」


 だがアシュリンの毒舌にも一理ある。正面切って力較べをするのはおれの趣味じゃない。


 力が足りなきゃ頭を使え。

 自分じゃ無理だ。他人を頼れ。


 そのきっかけは向こうからやって来た。



 ◇



「勇者どの。よくぞ踏みとどまってくれた」


 おれの隣に堂々たる偉丈夫が立った。立派な甲冑。伯爵家の紋章が肩に刻まれている。たぶん伯爵の軍の偉い人だ。


「我が名はワイネ。ロルカン伯の親衛隊長だ。我と我が主の名にかけて、おぬしだけを死地に逝かせはせぬ!」


 いや、ちょっと待て。


 おれ、死ぬ気なんかさらさらないんだが。

 それ以前に、勇者なんかじゃないんだが。


「そうとも。勇者どのの奮戦、心が震えましたぞ」


 おれの反対側にはすらりとした長身の、実にさわやかな金髪碧眼の青年が立った。これまた目が潰れそうなほどきらびやかな甲冑の肩には王家の紋章。おいおい、まさか。


「我が名はキャセイ。陛下の近衛隊一番隊長になったばかりの若輩者です。力まかせではないあなたのクレバーな戦い、目から鱗が落ちる思いでした。あなたとなら必ずや、あのドラゴンも倒せます」


 いや、力がないからあんなせこい戦いしかできないんだが。

 なんだよそのきらきらした邪気のない眼は? 目から鱗が落ちたんじゃなくて、変な鱗が入ってないか?


「者ども! 奮え! 名を挙げる時は今ぞ!!」

「陛下を守りまいらせよ! 残る者は我に続け!!」


 親衛隊長の腹に響く怒号と。

 近衛隊長の朗々たる下知。

 応える鬨の声が大気を震わせる。


「勇者どのに後れをとるな!」

「騎士の誇りを見せてみよ!」

「うおおおおおおおお!!!」


 戦意は再び天を衝かんばかりに燃え上がる。


 …………どうしよ、これ?

 なんでこんなに盛り上がってんの?


 そりゃあ確かに、みんなの力を使わせてもらおう、そう思った。

 それにしたって予想以上。というより予想外。


 兵士たちが手に手に武器を取って黒竜に挑みかかるのを、おれは馬鹿みたいにぽかんと口をあけて眺めていたのだが、アシュリンに脇腹を小突かれた。


「勇者さまぁ。やるじゃないのさ。『勇者どのに後れをとるなあっ!』」

「やめてくれ。恥ずかしくって死にそうだ」


 アシュリンの意地の悪い笑いに、おれは頭を抱えた。まるで中二の時の黒歴史をえぐられるようだ。


「だけど勇者さまぁ。あのままじゃ勝てないよ」


 はっとおれは正気を取り戻す。味方は勇士揃い、士気も上がっている。だが相手は規格外の怪物ブラックドラゴン。そう簡単に行くはずがない。


「だな。おれたちは倒すより、叩き返す方法を考えよう」


 喚声を上げて黒竜に襲い掛かる兵士たち。一気に乱戦になるか、と思いきや、黒竜はひらりと宙に舞い上がった。

 黒竜は青竜よりずっと小さいがその分身体の動きは軽い。身軽に飛びまわっては上空から光の矢を降らせる。黒竜の能力、いかずちのバリエーションのようだ。光の矢の雨に怯んだところをすかさず着地して踏みつぶし、尻尾と腕でなぎ払う。追われれば上空に逃げる。すばしこいし、頭もいい。


「難敵だな。まずは動きを止めないと」


 おれは脇の若者たちに声をかけた。


「おい、ニール。ゴルビー」

「はっ、はいっ!」


 ふたりは直立不動の姿勢を取った。目の前の戦闘の凄まじさもそうだが、その前におれが見せた戦いが意外と効いているようだ。


「おまえら二人であのドラゴンを地上に引きずり落とせ」

「えっ?! そんな無茶な……」

「無茶なもんですか」


 脇から今度はアシュリンが口を出す。


「あんたに貸した『ダグダの棍棒』は怪力無双の伝説の武具なのよ? できないわけない。方法は二人で考えなさい」


 おまけにアシュリンはだめ押しとばかりにゴルビーの頬に手を添え、唇が触れるほど顔を近づけた。そして艶然と微笑みながらささやいたのだ。


「大丈夫。あなたならできるわ」


 未来の勇者は真っ赤になってうつむいた。

 おれは思わず遠くの樹の枝の上を見た。ペトラがむくれて今にも矢を放ってきそうないきおいだ。おれはひそかに笑いをかみ殺した。

 その脇のリアノンが合図を送って来るのを、おれは目で制した。おまえの出番はこれからだ。一番の見せ所を用意してやる。



 ◇



 黒竜の回りでは死闘が展開していた。


「おのれ、死神め! だがまだだ、まだ終わらんよ!」

「ブラックドラゴンめ! 死なばもろとも!」

「……おいおい、そんなにいきり立つな」


 確かに武者としては燃える場面なのだが、そう簡単に死んでもらっては困る。守るべきものを守ってこそ真の騎士だろうが。


「アーシュ。『倍加』。守りは任せた」

「はいよ」


 アシュリンの防御魔法をおれの宝玉で補強する。彼女の魔法力ならおれの補助魔法なんか要らないくらいだ。しかし彼女は魔法力こそすごいものの、攻撃魔法を持っていない。


「魔法使いども! 一斉攻撃だ! 斉射用意!」


 おれの叫びに、魔法の心得のある者はいったん退き、一斉に呪文の詠唱を始めた。


「行くぞ! 斉射三連!」

「そんなにいっぺんに撃てるかよ?」


 誰かが突っ込んだが気にしない。一度は言ってみたいじゃないか。


「撃てっ!」


 フレア氷槍アイスランス雷撃サンダーボルト爆裂エクスプロージョン。あらゆる呪文が黒竜に殺到し、轟音とともに爆発する。

 黒竜は苦悶の叫びをあげた。


「よし! 効いてるぞ!」


 歓声が上がる。だが黒竜はまだ宙にとどまったままだ。再び天を向き、咆哮した。


「来るぞ! アーシュ!」

「闇よ来れ!」


 軍勢全てを襲うほどの強大な雷撃を、アシュリンの闇は完全に受け止めきった。


「アーシュ。おれを奴の目の前に飛ばせ」

「はいよ」

「魔法使い! 準備しとけ!」


 そう叫んで、おれは地上から消えた。

 次の瞬間、おれの目の前には黒竜の巨大な眼と牙が大写しになる。必殺の雷撃を防がれて、黒竜は苛立っていた。小癪な人間をかみ砕かんと、竜が大口を開ける。


「……だからおれは『おとり』だって言ってんだろ?」


 黒竜の鼻先を蹴とばして離れる。一瞬顔をしかめて、黒竜の動きが止まった。


「魔法使い!!」

「「「『麻痺パラライズ!』」」」


 黒竜に一斉に飛びかかった魔法はすべて麻痺系呪文。

 黒竜の動きが目に見えて鈍った。


 おれは地上に落ちながら叫ぶ。


「ゴルビー! ニール! こいつを地上に引きずり落とせ!」


 黒竜の首をめがけて縄が飛ぶ。縄はしっかりと首にかかって締め上げた。

 その縄の先に結わえ付けられているのは、『ダグダの棍棒』。


 『ダグダの棍棒』を握りしめているゴルビーは、しかし足が折れているので力が入らない。それでも全体重をかけて、黒竜を引きずり落とそうとしている。必死の形相のゴルビー。いいねえ、その根性、嫌いじゃないぜ。


「『倍加・力』」


 補助魔法でゴルビーの力を倍加してやる。脇でニールも付与魔法で援護しているが、それでも互角だ。まだ竜を引きずり落とすには至らない。

 だがそれでいい。


「リア! ペトラ! 仕留めろ!」


 たとえ引きずり落とせなくても、綱引きの果てに空中で動きが止まっている黒竜なら的も同然だ。

 飛来したペトラの矢は黒竜の眼を。

 そしてリアノンの矢は固い竜の鱗を貫いてのど笛に深々と突き立った。


 必殺のミステルテインの矢をリアノンは一番いい所で使ってくれた。満点の出来だ。


 竜の力が抜け、ついに地上に落ちる。暴れる竜にさらにリアノンの矢が突き立った。

 黒竜がのたうち、兵士たちから歓声が上がった。力まかせに放った雷もアシュリンに無力化される。


 よし。勝利は目前だ。




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