ドラゴン戦は既に総力戦なのだが。
「小癪な奴だな。たいした腕でもないのに」
そう言ったのはドラゴンを連れてきた魔族。今は手近の木の上にいる。
「うるせえよ小僧。降りて来い。名前くらい名乗れ」
「野良剣士の分際で偉そうに」
魔族は身軽に飛んでおれたちの近くに降り立った。
「我は『魔王の剣』キルキアラン。魔王さまの側近三傑がひとりだ。いちおう名を聞いておこうか」
「ナハル」「リアノン」「アシュリン」
「ほかに言うことはないのか? 身分や出自は?」
「おまえなんかに名乗る肩書はねえよ。おれの名を知れただけでも誇りに思うがいい」
実は名乗るような肩書なんか本当にないのだが、悔しいので精一杯嫌みを言ってやった。
案の定、魔族の青年は口もとをゆがめた。
「口の減らない奴だ。ドラゴンに踏みつぶされてから後悔しても知らないぞ」
ひらりと飛びあがって元の位置に戻る。その後ろから現れたのは、青竜。
彼の武器は使役するドラゴンであるようだ。片方だけ残った黄色い眼で、青竜がおれたちを睨みつける。
いつの間にかおれの回りに戦士たちが集まっていた。伯爵の騎士団やさっきの小僧どもを始めとした冒険者たち。みんな目の前の青竜に向かって身構える。
後方では王さま直属の近衛兵が王を守り、人々を誘導しているようだ。ならおれたちは目の前の敵に集中すればいい。おれは改めて剣を握りなおした。
青竜が吼えた。上を向いて大きく息を吸い込む。
「来るわよ! 冷息!」
「魔法使い! 防げ!」
アシュリンの鋭い警告におれは大声を張り上げた。全てを凍結させる冷凍の息吹。魔法使いたちが防御魔法を展開し、凍気を防いだ。その両脇から戦士たちが飛び出して行く。
「倒そうなんて思うな! ダンジョンの向こうに叩き返せばいい! 押し返せ!」
おれは叫んだ。かっこよく倒す必要なんてない。とにかく安全を確保できれば充分だ。
そうなれば戦い方も変わってくる。ずいぶん負担も減るはずだ。だが。
「そうきたか。少しは知恵が回るようだな」
魔族、キルキアランが不敵に呟いたのを耳にして、おれは背筋が凍りつくのを感じた。ものすごく嫌な予感がよぎる。
暴れまわる青竜の後ろに、静かに黒竜が近付いた。だが、青竜との格闘に必死で誰も気が付いていない。
黒竜が天を仰ぎ、ゆっくりと口を開けた。おれの全身が総毛だった。
「まずい! アーシュ! 『倍加・防御』!」
「! 闇よ来たれ! 力を尽くしてわれらをまも……」
アシュリンの詠唱は間に合わなかった。
一瞬で視界が真っ白になり、意識が飛んだ。
◇
気を失っていたのは、多分ほんの一瞬のこと。おれはやっとのことで頭だけあげた。
回りには同じように仲間たちが転がっている。
おれたちを襲ったのは黒竜が呼んだ雷撃。おれの警告の意味を瞬時に悟ったアシュリンが防御魔法を最速で発動しようとしたが、それすら間に合わなかった。ただ、集まりつつあった闇の精霊王の加護が雷をだいぶ散乱させてくれた。そうでなければ即死だったろう。
だが身体が動かない。ダメージは甚大だ。うかつだった。自分の不明を呪ってごろりと仰向けになると、その胸に触れるものがあった。
「闇の精霊王よ。かの者を守りたまえ。『治癒』」
触れたのはアシュリンの杖だった。杖の光がおれを包み込んで回復させる。自分の身体を確かめてから、おれはアシュリンに駆け寄って抱き上げた。
「アーシュ、大丈夫か?」
「へへっ。ちょっと駄目……。リアより先に優しく慰めてちょうだい」
「ばかやろう」
その笑顔は弱々しく、無理をして減らず口を叩いているのが丸わかりだった。
「お願い……ちょっと休ませて。その間に……あの小僧ども……こき使っていいから」
脇を見ると、ノーラン、ゴルビー、ニールの三人が倒れている。
「アタシの懐にポーション……霊薬があるわ。あいつらを回復させなさい」
「わかった」
言われた通り袂をさぐる。
「そこじゃないわ。おっぱいの・と・こ・ろ」
「……なんてぇ所にしまってやがる」
「大事なものだもの、大事なところにしまうわよ。それともアソコの方がよかった?」
「ひっぱたくぞ、おまえは?」
仕方なくローブの隙間から胸に手を差し入れる。
火照った肌は汗で湿っていて、手に吸い付くようだ。おれはわずかなふくらみに触れ、そっと手を這わせるように……。
……などとやっている余裕は全然なく、遠慮なく手を突っ込んで、もぞもぞとまさぐった。
「あ……あん! だめっ!」
アシュリンが身もだえして色っぽい声をあげているが、かまっている暇はない。そんなところにしまっているおまえが悪い。
柔らかい肌の間にある固い小さな瓶が手に触れ、おれはそいつを引き抜いた。
「ひゃうん!」
「悪いがもらっていくぞ」
ポーションを手に立ち上がったが、なんだその切なそうな眼は? まるでおれが悪いことをしているような気分になるじゃないか?
「ほう。あれをくらって立てるのか」
キルキアランが半ば感心したように呟いたのが聞こえた。当たり前だ。
アシュリンがくれたのは闇の精霊王の加護。死人以外なら治せないものはないというほどの最上級の治癒回復呪法だ。
三人に駆け寄ると、リアノンも同時に寄ってきた。リアノンは援護射撃のために離れた樹上に陣取っていたので難を逃れている。隣には弓使いのエルフ娘も一緒だ。
「ちょうどよかった。こいつらに回復を……」
言い終わるより前にいきなり胸ぐらをつかまれた。
「ちょっとナハル! この非常時になにアーシュと乳繰り合ってんのよ?! しかもこのあたしを差し置いて! あたしよりあのぺったんこなのがいいって言うの?!」
……ツッコミどころ満載すぎて、どこから突っ込んでいいのかわからないんですが。
おれを揺さぶるリアノンを無視して、隣のエルフ娘に声をかける。
「あんた。名前は?」
「ペトラよ」
「ペトラ。仲間を回復してやってくれ。お前らにゃまだやってもらうことがある」
「わかったわ」
ポーションを受け取って、ペトラは仲間の方へ駈けていく。
「で、リア。おふざけはここまでだ。これを使え」
おれはマジックポーチから矢を取り出した。
「タイミングは任せる。必殺のときにドラゴンにぶち込め」
「これは?」
「ミストルテインの矢だ」
リアノンが息を呑む。
神殺しのヤドリギ、ミストルテイン。例の宝箱に入っていた素材を矢に加工させたものだ。
すごい素材には違いないが、何に使うか考えあぐねていた。おれやアシュリンではあまり使いでがない。いろいろ考えて、矢ならリアノンが使えそうと思いついた。
まさかこんなに早く使う機会が来るとは思っていなかったが、この矢なら青竜や黒竜の鱗でさえ貫ける。今のリアノンなら最高の使い方をしてくれるはずだ。
「ただし、三本しかない。よく狙え」
「うん。わかった」
おれは立ち上がった。
遠くの樹上を見やる。魔族の青年、キルキアランが腕を組んで眺めているのが見えた。
動ける者がほとんどいないのが幸いしたようだ。奴は優位を確信して動いていない。反撃するなら今の内だ。それも予想もしない奇襲で。
おれは再びアシュリンに歩み寄って、まだ起き上がれない彼女のそばに膝をついた。
「アーシュ。『ダグダの棍棒』はあるか?」
「マジックポーチに」
「借りるぞ」
「うん」
見るからにごつい造りの棍棒は特に欠損も見られなかった。アシュリンはうまく加工したものと見える。
だがこれを使うのはおれじゃない。
「それから、おれをブルードラゴンの鼻先に跳ばせるか?」
「なんとかできるけど……あぶないよ?」
「大丈夫だ。自分の力量はわかってる。もうそんな無茶する歳じゃねえよ」
心配そうな顔をするアシュリンに笑いかける。アシュリンも無理やり笑顔を作っておれの手をきゅっと握り、
「信じてる。必ず帰ってきてね」
「ああ。まかせろ」
「ね、『行ってきます』のちゅーは?」
「調子に乗るな」
アシュリンの鼻先を弾いて、おれは立ち上がった。
「おい魔族! ドラゴンが使役できるくらいで調子にのってんじゃねえぞ!」
「言うじゃないか。ロートルがずいぶん大口を叩くものだな」
「そのロートルに足をすくわれてほえ面かくなよ」
おれは回りの動ける連中に合図した。
「いいか。おれが飛び上がったら、ブルードラゴンの足を一斉に狙え。魔法使いは防御。ブレスを防げ。行くぞ!」
おれの視界を黒い靄が包む。次の瞬間、俺の身体は青竜の頭より上の位置にあった。
おれは剣を振りかぶる。それを防ごうと青竜がおれに向けて大口を開ける。コールドブレス。
それを真っ二つに斬り裂き。
「……なんてやると思ったか」
体勢を変えて青竜の口を避け、おれは竜の横っ面を蹴とばした。けだものとは言え、さすがに呆気にとられた様子。
「ざまあみろ」
おれに気を取られている間に残りの連中が寄ってたかって竜の脚を攻めたてた。さしもの竜の巨体もぐらつく。
「今だ、ゴルビー! こいつを扉の向こうへぶっ飛ばせ!」
ゴルビーが咆哮した。振りかざすのは『ダグダの棍棒』。
やつがメイス使いなら、そして本当に優れた戦士なら、伝説の武具はきっと力を貸してくれるはずだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
棍棒が青竜の腹にめりこんだ。
巨体が浮き上がり、後ろへ吹っ飛んでいく。青竜はそのまま、ダンジョンの入口に吸い込まれるように消えていった。
「……やった?」
「やったぞ?!」
「すげえ! あのブルードラゴンを!」
誰もが驚き、歓喜に振り返った先では、ゴルビーが棍棒を杖代わりに倒れかけていた。
「痛え……」
無理もない。あの竜の巨体の体重を全て受けたのだ。多分足が折れている。
「ゴルビー!? 大丈夫?」
心配そうにエルフのペトラが駆け寄る。エルフには治癒の力を持つ者もいるし、彼女も仲間が心配なのだろう。だが。
「ペトラ。悪いがそれは後回しだ。まだおまえの力が要る」
「え?」
おれの視線の先には、悠然と立つ黒竜の姿があった。




