ドラゴンに悪知恵を働かすのだが。
「お、おはよ」
「よお、起きたか? 顔洗って来い。久しぶりのあったかい朝メシだぞ」
火がふんだんに使えるのはありがたいものだ。暖かい食事はそれだけで心が満たされる。
「このミルク、おいしいわねえ。ナハル、おかわり」
とコップを突き出すのは、ちゃっかり昨夜も泊まり込んだアシュリンだ。
久しぶりの家メシで、卵もミルクも新しくもらってきたばかりだからそりゃ旨いだろうが。
「どれだけ飲んだって今さら胸なんか大きくならないぞ」
「永遠の十七歳は美しくなるための手間を惜しまないのよ」
したり顔で答えながら、アシュリンはちらりと横目でリアノンを見る。
ふわふわのパンをはむはむと噛みながら、リアノンは心ここにあらずといった風だった。まだ昨夜のことを気にしているのか。おれたちのことなど気に病む必要はないのに。
「ちょっと、ナハル。あんた昨夜ちゃんと慰めてあげた?」
アシュリンが小声で訊いてくる。
「ああ」
……添い寝してやっただけだけどな。
おれを睨みつけるアシュリンの視線を華麗にスルーして席に着くと、リアノンが口を開いた。
「あのね、ナハル」
「うん?」
「昨日はありがとね。それであたし……思ったんだ。もっと強くならなきゃって」
「前向きなのはけっこうだが、あんな連中を気にする必要はないぞ」
焼きたてのベーコンをかじりながら、おれは答える。
「おまえはおまえの理由で上を目指せばいい。あんなのを指標にするなんてあほらしいだけだぞ」
「ううん。違うよ。あたしの理由は、あんた」
頬を染めながら言うリアノンに、おれはあやうくベーコンを取り落としそうになった。
「あんたやアーシュに相応しい弓使いに、あたしはなりたい。でなきゃあたしが胸を張れない」
うーん。
心を落ち着かせるためにジュースを口にしながら考える。
リアノンの決意は尊重してやりたい。そうでありたいと、昨夜おれも決意した。
ではどうするか。
方法はふたつある。
ひとつは修錬。ひたすら反復練習だ。地味なことこのうえないが、やった分だけ結果は現れる。
リアノンは毎日の鍛錬を怠ってはいない。真面目に頑張っている。だがその成果が現れるには月単位、ことによると年単位の時間がかかる。
もうひとつはレベル上げ。上位のモンスターを倒すことで経験値を得たり、レベルアップのアイテムをゲットする。時間もかからず一見お手軽だが、それなりの危険が伴う。ある程度の運も必要だ。
リアノンもそれはわかっているはずだ。それでも決意表明を口にした。ゆうべ一晩一所懸命考えたのだろう。
だとすれば、おれができることはもうひとつある。
「なにか手はありそう、って顔ね」
めざとく見とがめて、アシュリンが笑う。
「危険な手だぞ。しかも成果が手に入るとは限らない」
「いいじゃないのさ。それでこそ冒険者ってものよ」
「簡単に言ってくれる」
おれは苦笑した。実のところ、成算がないわけではなかった。
自分の運を試すいい機会だ。
◇
ドラゴン討伐隊が出発するのは明後日、と聞きつけて、おれは準備を始めた。
もとより討伐隊に、おれたちくらいのレベルの冒険者はお呼びじゃない。ならば好きに行動させてもらう。
そして当日。
いつも通り可憐な弓使い姿のリアノンと、やっとお気に入りの帽子が見つかってご機嫌のアシュリンが待つダンジョンの入口に、おれは息を切らせながら到着した。
「ちょっとナハル。なにそれ?」
おれの格好を見てアシュリンが呆れ声を出した。
おれが担いでいるのは大樽。それがふたつだ。おれの頭を軽く越えている。
「酒だよ」
「酒?」
「ああ。こいつがドラゴン退治の秘策さ」
おれたちが目指すのは、討伐隊とは別のドラゴンだ。
雑貨屋サリヴァンから得た情報の場所。そこはドラゴンが居座って守っているという。そのドラゴンを何とかしなければならないのだが、正面切って戦ってはおれたちでは手も足も出ない。
そこでこの樽だ。ドラゴンに酒をたらふく飲ませ、酔い潰してしまおうという計画だ。
「う~ん。うまく行くの、それ?」
「さてね」
半信半疑のリアノンにおれは答える。実のところおれも試したことはないので、本当に効くのかどうかはわからない。だが昔から多くの伝説や逸話に残る話だ。試してみる価値はある。
そしてドラゴン討伐隊が接触をはかる頃、おれたちも目指す場所にたどり着いた。
湖のほとり。前にアシュリンが闇の精霊王の祠を見つけた場所からは三階層ほど下に降る。
大きな湖のそばに、これまた大きなドラゴンが羽根を休めていた。
おれたち三人は大慌てで地面にへばりつき、木陰に逃げ込んだ。
(ちょっと! 聞いてないわよ、なにあれ?!)
(いや、おれも聞いてない)
そこにいたのは地竜ではなく、飛竜。ドラゴンの中でも上位に位置する種族だ。そしてその鱗の色は青。
ブルードラゴンは飛竜の中でもレッドドラゴンに次ぐ上位種とされる。その息吹はすべてを凍りつかせるという。もちろん爪や牙は最強にして最凶、おまけに空を飛べるのでひとたび狙われたらもう逃げられない。ドラゴンの中のドラゴン、触れてはいけない、神にも近い生き物だ。
地を這うだけの地竜なら、だまくらかして鼻先を掠め通るくらいできるだろうと思っていた。だが、飛竜だと? しかも最上位種?
(なんであんなすごいのがいるのよ?)
(おれに訊くな。とにかくここまできたら、やってみるしかない)
(大丈夫?)
(心配するな、まかせろ)
いやいや、内心はもう冷や汗でいっぱいいっぱいだ。動悸がいっこうに収まらない。
だがここで「いやわからん。駄目かもな」とは言えない。おれがそれを言ってしまたらおしまいだろう。ここまで来たら腹を括るしかない。
「アシュリン、変化だ。幻惑魔法をかけてくれ。属性はそうだな、小人族か、地精霊がいいだろう」
「なるほど。わかったわ」
アシュリンは要望どおり、魔女の杖を出して一振りした。
人間より妖精の方が、まだ警戒されずにすむだろう。おれたちはちびっこい精霊の姿になり、どきどきしながら飛竜の前に進み出た。
「よほほほほい。ごきげんよう。気分はどうかね?」
ひげをたくわえた、ひとの好さそうなノーム、に見えるといいのだが、本当に生きた心地がしなかった。目の前に横たわる竜の口は途方もなくでかく、おれなんかばくりとひと飲みにできそうだ。だがぎろりと睨みつける竜の黄色い眼は、興味なさそうに鈍い光を放っていた。
「さしもの青竜どのも、ずっとこんなところにいて退屈ではないかね? お役目をねぎらうため一献差し上げに参った次第。さあ、存分にきこし召されよ」
リアノンとアシュリンにも手伝わせて、竜の目の前に樽を並べた。ちなみに二人はなかなかにセクシーな小精霊に見えるはずなのだが、相手が竜ではアピールになったかどうか。
竜はものうげに樽を検分していたが、やがて舌を伸ばしてちろちろと酒を舐め始めた。どうやら気に入ってくれたようだ。おれはほっと胸をなでおろす。
あっという間に樽はすっかり空になり、隣の樽に移った。さすが巨体だけあって飲む量も大したものだ。
しばらくすると、竜の黄色い眼がとろんとしてきた。飲むペースが明らかに落ちている。
それはそうだ。樽の中味は高純度の蒸留酒。人間だったら盃一杯でひっくり返りそうな代物だ。いかな巨体の竜と言えど普通ではいられまい。
やがて青竜は巨体を長々と横たえた。竜の表情はよくわからないが、気持ちよさそうだ。
「なんか……うまくいったみたいだね」
「そうみたいだな」
まさかこんなにあっさりいくとは思わなかった。竜はのんびりと寝そべっていて、おれたちの動きは気にしていないようだ。
今のうち。
竜の後ろに回り込んだ。
池のほとり。見覚えのある地形だ。さあ、ここからはおれの運試し。
探索の魔法をかけようとしてやめた。探すまでもなく、目の前には地下へと降りる階段があったからだ。
「これを守ってたんだ?」
「けっこう大仰だわね。これは期待できるかも」
ノリノリの二人だったが、まだ罠の類いがある可能性もある。おれが先に立って階段を降りた。
が、特に仕掛けもなく階段はすぐに終わり、目の前にはいかにもな、大きな大きな宝箱が鎮座していた。
「アーシュ。解錠、頼む」
「はいよ。『解錠』」
開いた宝箱の中には。
「うわあ……」
「こ、これは……」
「すげえな……」
おれたちは思わず、ばかみたいに口を開けて見入ってしまった。
箱の中には剣、盾、弓、槍その他、ありとあらゆる武具、防具、さまざまなアイテム。
まるで最高級の福袋を引き当てたような気分だ。
「ど、どうするの、これ? なんかすごすぎない?」
アシュリンの声が震えている。ひと目見ただけでも、中に収まるアイテムはどれも上等なものだとわかる。おれたちみたいなしがない冒険者には一生縁がないような代物ばかりだ。
「どうもこうもあるか。ここまできて手ぶらで帰るつもりはないぞ」
「そうだね。じゃ、どれにしようかな……」
物色を始めようとするリアノンに、
「いや、全部持ち帰る」
「え?」
今ここで選んでいる暇などないし、後で「あれを取っておけばよかった」などと後悔するのも面倒だ。取れるものはありったけ持って帰ってやる。選ぶのはその後だ。
二人に手伝わせておれは宝箱を無理やり背負う。階段を昇り、眠っている竜の脇を忍び足で通りすぎた。
背中の宝箱の座りが悪い。バランスが悪い事このうえない。
今敵に出くわしたら、おれは何もできない。一刻も早くダンジョンを脱出するしかなかった。




