村に戻ってみれば大騒ぎなのだが。
チュアムの村に帰りつくまでに、四十日ほどを要した。最初に村を出てからふた月にはなる。思えば長い旅だった。
「あ~、やっと帰ってきたわ。取り敢えずお茶でも飲んで休みましょ」
と、アシュリンが先頭を切って歩いている。
「それはいいが、なんでおれの家に向かっている?」
リアノンはおれの所に居候しているからいいとして、アシュリンはちゃんと自分の家がある。ふた月も空けていたんだから、まずは戻って確認した方がいいんじゃないのか。
「いいじゃないのさ細かいこと言わないの。それともあれかしら、ふたりの時間を邪魔されたくないとか? 早くふたりきりになりたいんだよ~って?」
含み笑いするアシュリンの横目に、赤くなってもじもじしているリアノン。
「何言ってるんだ? 恋人同士じゃあるまいし、おまえはほんとにそういう話が好きだな」
「あらあら」
そういうアシュリンの隣では赤くなったリアノンが、今度はふくれっ面をしておれをにらんでいる。忙しいやつだな。おれをにらんでもお茶は出ないぞ。
そうこうするうちに我が家にたどり着いた。
結局みんな来てしまった。しょうがないので一服振る舞うとするか。
そう思いつつ扉に手をかけようとすると、
「ちょっと待って!」
アシュリンの鋭い声がおれの手を止めた。
「どうした?」
おれの問いには答えず、アシュリンは扉に歩み寄って取っ手に顔を寄せる。
「……魔法がかけられているわね」
「なんだって?」
どういうことだ? 何かのトラップか?
「安心して。危ないものじゃない。メッセージだわ」
アシュリンに促されて、おれは改めて扉に手をかけた。
ぱっと小さく弾ける音がして、人の声が流れ始めた。
「ナハルか? いったいどこをほっつき歩いている? おまえがいない間にいろいろと面倒が起こっているんだ。戻ったらおれの店まで来てくれ」
雑貨屋の店主サリヴァンの声だった。ごく短いメッセージだから何が起こっているのかはまったく分からないが、おれたちが村を空けている間になにやら騒動が起こっているらしい。
「やれやれ。お茶は後回し、か」
おれたちは荷物だけを置いて、サリヴァンの店に向かった。
◇
「どこに行っていたんだ? ずいぶん探したんだぞ」
「すまない。ちょっといろいろあってな。王都まで行っていたんだ」
「王都だあ? なんでまた?」
「話せば長くなるんでそれは今度でいいだろ? それよりお茶をくれ。疲れた」
「図々しいやつだな」
文句を言いつつも、サリヴァンは奥に消えていく。
おれたち三人は腰を下ろした。とは言っても狭い店内は雑多な商品で一杯だ。落ち着いて座れるような空間はあまりない。それぞれにすき間を見つけて腰を落ち着ける。
「相変わらず狭いわねえ。アタシのナスイバディじゃ収まる所がないわよお」
「言ってろ」
その気になりゃ、本棚のすき間にだって入り込めるだろうが。
「茶なんて大したもの、ねえぞ。香草茶で我慢しろ」
サリヴァンが戻ってきて、カウンターの向こうに座る。
「さて、何から話したものかな。まずおまえらの見つけたダンジョンだ」
「おう、何かいいものでも見つかったか」
もしそうなら、それはそれで悔しい気がする。管理料とか設定しときゃよかったかな。
「今のところ目を惹くような掘り出し物は出てねえよ。出てきたのはドラゴンだ」
「なんだって?」
ドラゴン。言わずと知れた伝説級の魔物。
強い。めちゃくちゃに強い。
そして伝説と呼ばれるにふさわしく、めったに姿を現さない。幻の生き物なのだ。
普通に暮らしていて出くわすことなどまずない。いるとすれば多層ダンジョンの奥深くとか、人の立ち入らない深い森の奥とか、要するに人のいるところには普通いないのだ。
ところが今、ダンジョンのごく浅いところで、ドラゴンの目撃例がうわさになっているらしい。
「そりゃ困ったもんだな」
ドラゴンが出るようなところには普通人は近寄らない。凶暴な生物ではないが、ひとたび暴れ出したら普通の人間では歯が立たないからだ。
よほど周到にドラゴン退治の準備をした者でなければ、敢えてドラゴンを探しに行こうとは思わない。住む世界が違うのだ。お互いがお互いの生活圏にいてはいけないのだ。
「じゃあしばらくダンジョンには出入りできないな」
「そうだな。今近隣からドラゴン退治のパーティやら、貴族さま直属の討伐隊やらが集まり始めている」
ドラゴンが出るとなれば一大事だ。対策はそれなりに動いているようだった。
だとしたらおれの出る幕はない。もっと腕の立つ連中がドラゴンを退治するのを待って、安全が確保できてからダンジョンに潜ればいい。おれ程度でドラゴン退治なんて無謀もいいところだ。無茶はしない方がいい。
だがサリヴァンはまだ思案顔だ。
「どうした? まだ問題があるのか?」
「おまえ、おれに地図を集めろって依頼していたよな」
「ああ」
とある地形に限定して、地図や情報を集めてくれと依頼している。
「それに当たりそうな地形の場所が見つかった」
「そいつはありがたい」
探していた地形とは、おれが宝玉を見つけたり、リアノンやアシュリンが加護を得ることになった女神や妖精のまします場所と同じ立地だ。おれが行けばそこにお宝を見つけられる確率が高い。
「で、その場所はどこだ? ここの近くか?」
「さっき言った、ダンジョンの中だ。しかもドラゴンが居着いているらしい」
おれは思わずうなってしまった。
いくらお宝がありそうな場所でも、命の危険があるところでは手が出ない。
「しばらく様子見だな。おれだって命が惜しい。ドラゴンの鼻先で踊る勇気はないよ」
「そりゃそうだな」
サリヴァンも頷いたのだが、事態はそんなにのんびりとおれを待っていてはくれなかった。




