将来は大事に考えてほしいのだが。
往路に較べれば数段落ちるものの、それでもゆったりとした旅をおれは楽しんでいた。行きとは違う景色で、リアノンもそれなりに楽しんでいるようだ。そして落ち込んでいたアシュリンもようやく元気を取り戻し、もとのふてぶてし……自分らしさを取り戻していた。後はローブと帽子があればさらに元気になるだろう。
「ああ、街。久しぶりにあったかいとこで寝られるわあ」
アシュリンがうきうきと言ったここはファンズの町。王都からチュアムまでの道のりまでの真ん中くらいだ。
おれたちは食事がてら酒場に来ていた。王都ほどではないにしろ、この町もかなりにぎわっている。人も多ければ食べ物もいろいろだ。特産は小麦粉を水で溶いていろいろ焼いたもの、前の世界で言う粉ものだったりする。
が、しょせんおれたちは冒険者、あまりそう言ったことに拘ることもなく、酒場にくりだして飲み始めていた。暖かい料理を食べられるありがたみをかみしめながら、なにより回りを警戒しながら過ごさなくていい安心感から、だいぶ開放的な気分になっていた。
「あったかい寝床にあったかい食べ物。この幸せは手放したくないわ」
「なら冒険者なんかやめたらいいのに」
この辺は冒険者が抱える永遠の二律背反だろう。かく言うおれだって、冒険者の魅力と暖かい食事の魅力どちらを取るかと言われれば、悩む。
今日のアシュリンはワインではなく、珍しく透明な酒を飲んでいる。ファンズの町の特産、清酒だ。
清酒を産するところはこの国ではあまりない。なので、せっかくの特産の酒を味わうことにしたようだ。
「でもずいぶん日にちが経っちゃったよね」
リアノンは相変わらずの果実酒だ。
「行きは早かったけど、帰りはまだ真ん中かあ。村に着くころには季節が変わっちゃうね」
「それはいいんだが、リア」
おれは前から思っていたことを訊いてみた。
「おまえ、これからどうするんだ?」
「どうって、チュアムの村に帰って、それから……」
「いや、そうじゃなくて」
おれやアシュリンのような未来を諦めたロートルと違い、リアノンはまだまだこれからの冒険者だ。まさかあんな辺鄙な村に落ち着くつもりではないだろうし、そうであってほしくない。
もちろん、自分の手もとを離れていくのは淋しいものだが、その冒険者が大きく育っていくのをみるのはとても嬉しい。なにより本人が喜んでくれるのが一番嬉しい。
だがリアノンは黙ってうつむいたまま、ジョッキをぎゅっと握って動かない。
その胸中はおれには計りかねた。
「ここ最近でおまえのスキルもかなり上がったし、もう中級者と組んでも充分やっていけると思う。将来を考えたら上を目指せるパーティに入るのがいい。この町は冒険者も多いからいいメンバーが探せるだろう。ギルドに行ってみるもよし、なんならここでキャラバンと別れて本格的に……」
だん! とリアノンがテーブルをひっぱたいて立ち上がった。ものすごい眼でおれをにらんで、席を立つ。
「あーあ。怒らせちゃった」
アシュリンが透明なクリスタルの杯を舐めながら言った。
「あんた、いきなりひどいこと言うねえ」
「うるさい」
まぜっかえすアシュリンに、だがおれは答えられなかった。去り際のリアノンの目は涙でいっぱいだったからだ。
「まったく、女の気持ちも考えないで……。だからあんたはモテないのよ」
「リアの将来を考えてやることがなぜいけない? 若くて有望な冒険者の面倒を見てやるのがおれたちの仕事だろ?」
リアノンの将来を考えたら、おれたちと一緒に片田舎に戻る必要はまったくない。ここでなくても、まだ道々に大きな町はある。新しいパーティメンバーを見つけるなり、仕官する先を見つけるなり、方法はいくらでもあった。むしろおれたちを踏み台にして新しいキャリアを見つけてくれれば、お互いにとってこれほどいいことはないはずなのに。
だがあんな表情を見てしまっては、そんな気持ちもすっかりしぼんでしまった。あの顔は出会った時と同じ、捨てられた子猫のような顔だ。
「やれやれ」
おれは頭をかいて立ち上がった。間違ったことを言ったとは思っていない。だが後ろめたい気持ちでいっぱいだった、アシュリンが含み笑いで盗み見ているのが癪に障るが、気にしていられなかった。今はもっと大事なことがある。
◇
酒場を出て広場に向かったところでほどなく、リアノンを見つけた。広場中央のモニュメントの下あたりだ。
何人かの男に絡まれている。今のリアノンは町娘姿だから本性が分からないのだろう。怪我をしないうちに引きさがってくれるといいのだが、まあ無理な相談だ。
むしろ男どもを助けるつもりで、おれはそこに割って入った。
「すまんな。この娘はおれの連れなんだ。手間を取らせて悪かった」
「なんだおっさん? 邪魔するな!」
「引っ込んでないと怪我するぜ」
実にテンプレ通りなリアクションに、思わず苦笑いが出てしまう。
それを馬鹿にされたと取ったのか、男どもは色めき立った。
「なに笑ってんだよ! 馬鹿にしてるのか?」
確かに馬鹿にしている。手当たり次第に声かけるの、やめろよな。頭の悪い。
「いやそんなつもりじゃないんだが、ちょっとしたお節介さ。こう見えてこの娘は中級の冒険者でな。今だって」
と、リアノンが隠していた左手をつかんで前に出した。
その手に光るのは短剣。
「こうやってきみらの隙を狙っているわけだ。町娘にのされた冒険者ってのは傍目にどう映るかね? おれはこの娘の腕前を知っているが、回りはそうじゃないだろう」
ただの町娘と思っていた少女から抜き身の短剣を突きつけられた格好の男たちは、あきらかに狼狽していた。注意していればリアノンが戦闘態勢に入っていたのは明らかだったのだが、それが見抜けないあたり、その程度の連中なのだろう。彼らが体裁を取り繕って捨て台詞を吐く余裕をくれてやってから、おれはリアノンに向き直った。
「どういうつもり? あんたには関係ないでしょ?」
リアノンは視線を合わせなかった。こんなときはいくら正論をこねたって無駄だ。
おれは彼女の手を短剣ごと両手で包み込んだ。
「すまなかった。おまえの気持ちも考えないで」
「?!」
ふいを突かれてリアノンが思わずおれに方に向き直る。今必要なのは議論じゃない。それはわかっていた。相手を認めてあげること。どれだけ必要とされているか、わからせてあげること。
「おまえには大きく羽ばたいてほしい。それは本当だ。だがおれも焦りすぎた。不要になったとか、決してそんなことじゃないんだ。だから、村まで一緒に戻ろう」
赤い顔でリアノンはうつむいている。ええい、まだだめか。ここまで来たら畳みかける。考える暇を与えたらだめだ。
「一緒に来てほしい。おまえが必要なんだ」
耳まで真っ赤になって、リアノンはか細い声で言った。
「……ほんとに?」
「ああ、ほんとだ」
「あたしに……いてほしい?」
「ああ、一緒にいてくれ」
「しょうがないなあ」
横を向いておれに手を握られたまま、リアノンがなけなしの胸を張る。
「じ、じゃあ、ついてってあげる。あ、あたしがいないとほんっと、駄目なんだから」
「ああ、頼むよ、リア」
さんざん噛みまくってリアノンが言い終える。正直言ってリアノンがいないと駄目なことなんてひとつもないのだが、それはどうでもよかった。一緒にいてほしいのは本当だ。
酒場へ戻る道すがら、リアノンはおれの腕をとる。指を絡めて、楽しそうだった。
「ふふっ」
どうした? と言おうとしてやめた。とても上機嫌に見えたからだ。今はこのままでいい。




