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王都脱出計画をくわだてるのだが。


 宿屋の二階に至る階段を、男たちは忍び足で昇っていたが、扉の前まで辿り着くと、勢いよく扉を開け放った。


 真っ暗な部屋の中は、だが誰もいない。窓が大きく開け放たれ、カーテンが夜風にそよいでいる。


「逃げられた? くそっ」

「いったいいつの間に?」

「詮索はあとだ。追うぞ!」


 ばたばたと男たちは駆け出して行った。



「……………………行ったかな?」

「……………………みたいね」

「もういいぞ、出てきても」


 おれがクローゼットから外に出ると、ベッドの下からリアノンとアシュリンが、もぞもぞと這い出してきた。


 ここは城下町の宿屋。逃げるようにそそくさと王宮を後にしたおれたちは、宿をとってそこで一泊、と見せかけてこっそり裏から逃げ出した。

 と思わせておいて部屋の中に隠れ、たった今追いかけてきた連中をやりすごしたところだ。


「やっぱり追ってきたな。だがこれで、もうここには来ないだろう」


 おれは灯りをつけた。部屋にはアシュリンの隠蔽魔法がかかっているから、外からは見えない。

 部屋の四隅にはさらにリアノンの矢が立てかけてあった。矢に仕込んである魔法石の力を借りて、アシュリンの魔法はこの部屋全体を包む結界になっていた。


「ナハルの言う通りだったね。でもこれじゃ完全にお尋ね者だよ。あたしたち、何にもしてないのに」

「行きはよいよい帰りは……ああ、やだやだ。やっぱり王都なんかにくるんじゃなかった。田舎で分相応の生き方をしてればよかったんだわ」


 リアノンとアシュリンがぐちるでもなく言う。気持ちはわかる。

 もしやと思い、用心しておいてよかった。宮廷闘争なんて、おれだって守備範囲外だからどうしていいかわからない。

 だがどんな戦いでもひとつの鉄則がある。相手のフィールドで戦わないことだ。


 だから早々に王宮を出た。毒を盛るなどという直截的な手段に、しかもこんなに早く訴えて来るとは思っていなかったので、おれの警戒心と生存本能が一気に騒ぎ出したのである。才能は並とはいえ、だてに命の危険がある冒険者を永年やっているわけではない。


 王宮での主犯は薬師たち。理由は嫉妬や反感だろう。ぽっと出の田舎者に嫌がらせをしてやろうという魂胆だ。

 さっき来た連中は、おそらく王宮の騎士団。理由は恐怖と義憤だと思う。

 アシュリンの魔力に本能的な怖れを抱いた連中が「王に危害を及ぼすものは討ち取るべし」などという理由で闇討ちに来たのだろう。大義名分に名を借りた跳ねっかえりはどこにでもいるものだ。


「せっかくの宿だっていうのに、暖かい食事もとれないなんて……」


 ぐちりながらアシュリンが口にしているのは携行食の干し肉だ。こうなったことの原因のほとんどはこいつなのだが、悪事を働いたわけでもないのにそれを言うのはさすがに気の毒だった。


「ともかく、今日はもう寝て、明日に備えよう。もしかすると城門を強行突破しなきゃならないかもしれない」


 そんなことになってほしくはない。できれば穏便に通り抜けたいものだが、何らかの手配がすでに回っている可能性がある。今はどれだけ用心しても、し過ぎることはない。



 ◇


 翌日、おれたちは城下町の出入り口までたどり着き、出国の手続きを待っていた。


 念のため、事前に服は変えてあった。「魔女と冒険者一行」というわかりやすい格好で通るのは今はあぶない。

 おれは商人風の上下を身につけ、全員の服や持ち物を大荷物にまとめて背負っていた。行商人である。

 アシュリンは街女風のゆったりしたスカート。これで行商人夫婦の出来上がり。


「ねえ。あたしは?」


 残るリアノンにも町娘風のスカートをはかせて、親子連れ商人の出来上がり。


「え~、アタシこんな大きい娘がいるほど年増じゃないわよお」

「なにを訳の分からん駄々をこねている?」

「アタシは永遠の十七歳なんだから、そこんとこちゃんと勘案してキャスティングしてくれないと」

「あほか」


 門番の衛兵にとって永遠の十七歳かどうかなんて、それこそどうでもいいことだろうが。この期に及んでそこが心配するポイントなのか? 女の感性はほんとに分からない。


「じゃあさじゃあさ、あたし妾の役。このさい二号さんでもいいからさあ。あの髪飾り買って、パパぁ」


 腕にじゃれつくリアノンをデコピンでふっ飛ばした。


「きゃん?!」

「あほか? 妾連れてる行商人て、どれだけの豪商なんだよ? 少しはまじめにやれ」


 ぎゃあぎゃあ言いながらも市場の雑貨屋で服装を整える。

 そして、物欲しそうにちら見していた、そこのおかみさんに声をかけた。


「この魔女のローブ、不要になってしまいましてね。どうでしょう、服を誂えてもらったお礼に受け取ってもらえませんか?」

「え、いいんですか!?」


 ぱあっと表情が輝く。おかみさんといってもまだ年若い女性で、魔女に憧れるには充分な年頃である。


「はい、ぜひ。きっとお似合いだと思いますよ。なんならこの帽子もおつけします」


 後ろでアシュリンが涙目になっているのがわかる。心の中で手を合わせながら、気前よく帽子も差し出した。もちろんアシュリンのお気に入りなのは知っているが、魔女の衣裳に帽子は不可欠だ。さんざん説得して諦めてもらったが、今も後ろで必死に唇をかみしめているアシュリンが見えるようだ。あまりに可哀想なので、チュアムの村に戻ったら新しいのを買ってやるとしよう。


 そうとは知らず、魔女の格好になったおかみさんはくるりと一回転。少女のようにはしゃいで上機嫌だった。


「思ったとおりだ。ほんとに魔女みたいだ。ぜひ今日は一日、この格好でいてくださいね」

「でも、いいのかしら……」

「お客さんだって大喜びですよ。サービスと思って、ひとつ」

「そうかしら? じゃあ、お言葉に甘えて」


 嬉しそうに笑うおかみさんにも、おれは心の中で手を合わせた。魔女の衣服を彼女に譲ったのは、なにも親切心からではない。もっと悪辣な理由だ。


「市場に魔女がいる」と噂が立てば、ゆうべの騎士団の連中がそちらに気を取られるかも知れない。つまり、彼女をおとりに使おうとしているのだ。

 本人ではないからまさか命まで取られることはないと思うが、もしかすると怖い目には遭うかもしれない。もう二度と魔女にはならない、と思い知る程には。


 こうして準備を整えたおれたちは城門にさしかかり、出国のための検閲を受ける。


「行商人?」


 衛兵の声は訝しげだ。多分立ち居振る舞いが「こなれていない」のだろう。そこは想定済みだ。


「はい。街中で商売をしていたんですが、ぱっとしなくてね。家財売っ払って場所替えするんでさあ。女房と徒弟を連れてね」


 うだつの上がらない事業に見切りをつけて新天地を目指す、というのはままある話だ。それが成功するかどうかはまた別問題だが。


「そうか。大変だな。外は盗賊なんかも多いから、女たちは気をつけろよ」

「ありがとうございます」

「ありがとね。おじさんたち」


 アシュリンは人のいいおかみさん。リアノンは元気な徒弟の娘。すっかり役になり切っている。絶対楽しんでいるなこいつら。だがしょげ返っているよりはよほどいい。


「そういえば王宮の方でおそろしい魔女が出たらしいな。出くわしたら逃げるようにな」


 心臓が止まるかと思った。それとなく衛兵の様子を探るが、純粋な親切心で言ってくれたらしい。

 こんな親切な青年をだますのは気が引けた。おれたちが当の魔女さまご一行だと知ったらどう思うだろう。ちょっと興味も湧いたが、好奇心を満たすだめだけに危険な賭けをするつもりはない。慎重に慎重を心がけてきたからこそ、今おれたちは生きている。


 切り抜けるために多少の経費――ぶっちゃければ、袖の下――も用意していたし、もしかしたら立ち回りもあるかもと覚悟していたのだが、そんな事態にはならずにすみそうだ。


 ほっと胸をなでおろした矢先。


「おいちょっと待て」


 奥から声がかかって、おれの心臓は再び止まりそうになった。


「男女三人組、か。念のため手配書を確認してみよう」


 奥から出て来た年かさの衛兵が言う。


「でも手配は魔女ですよ? この人らは違うでしょ?」

「そうは思うが念のためだ」


 なかなか職務に忠実だが今回ばかりは迷惑なだけだ。衛兵が魔法の小箱を取り出すのを見て、おれの焦りはいっきに高まった。まずいな。

 魔法の小箱には魔法によってメッセージが書き込められている。伝令などよりはるかに多くの情報を伝えられるアイテムだ。奴らは予想外に周到な手配を回していたらしい。

 ことによると偽装を見破られる恐れがあった。情報を確認される前に逃げ出さないと。


 おれはアシュリンに目くばせした。


 城門の後ろの方で悲鳴が上がった。わっと人が逃げまどう。


「おー、あれはなんだー? モンスターかー?」

「きゃー、スケルトンよー。アンデッドだわー。きゃーどうしましょー?」

「あんたたち、まじめにやりなさいよ、なにその棒読みは?」


 アシュリンが呆れ返ったが、それより前に衛兵たちはモンスターに気を取られてそちらに行ってしまった


 にわかに現れた骸骨の兵士、スケルトン。雄叫びを上げるように顎をカクカクと鳴らし、辺りを見回しながら腕を振るっている。

 突然のモンスターの出現にびっくりした人々が、ある者は走って逃げ、ある者は腰を抜かして後退る。


 もちろんこのモンスター、本物ではない。アシュリンの魔法で動く人形だ。闇魔法のひとつ幻惑の魔法で、それっぽい人形をそれっぽく動かしているだけだ。それが幻惑魔法のせいで、あたかも本物のスケルトンが動いているように見えている。

 だがこんな街中、しかも王城のお膝元にモンスターが侵入してくるなどあり得ることではなく、人々は驚愕と恐怖にパニックに陥った。本物かどうかなんて検証している余裕はなかった。


「いいぞアーシュ。今のうちだ」


 混乱に乗じて、おれたちはさっさと城門を抜けた。だがそれを目ざとく見とがめる者もいる。


「おい、おまえたち。ちょっと待て!」

「リア。弓だ」

「はいよ」


 リアノンはおれの背中の荷物から弓を取り出し、手早く矢をつがえる。


「風よ! 我らに道を開かん!」


 うす緑の光をまとった矢が飛んだ。その後ろを疾風が吹き抜ける。つむじ風のトンネルが人や物を押しのけて通り道を指し示した。


「開けたよ、ナハル」

「いい腕だ」


 リアノンに笑いかけてから、おれは先頭を切って風の道を走り抜けた。リアノンとアシュリンの今の力があったら、正面切って押し通ることもできたかも知れないな。しかし、無駄にことをかまえるのは褒められたことではない。敵はさらなる敵を呼ぶ。国を敵に回すなんて冗談じゃない。



 ◇


 城門の外へ出ると、おれはすぐさま馬車を調達した。ここしばらくはスピードがものを言う。一番近くの街まで行ってすぐに馬車を乗り換える。また次の街で馬車を交換。

 これを幾度か繰り返した。しかも村までの最短距離ではなく、迂回路を取った。これで完全に捲けたはずだ。


 三日分ほど移動したリスモアの町で、おれは初めてキャラバンを探し、長距離用の馬車に乗り込んだ。チュアムみたいな辺境までは到底行ってくれないが、大部分を安心して移動することができるだろう。



 こうしておれたちは、半ば傷心、といった態で王都を後にしたのだった。




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