陰謀は思いの他根深かったのだが。
倒れた少女はもう意識がなかった。
原因は明らかだ。菓子に毒が仕込まれていたのだ。
その菓子がおれたちに供されたものであることを考えれば、つまり標的はおれたちだったことになる。
背筋を冷や汗が伝った。運よく難を逃れたわけだが、手放しで喜んでもいられない。
今目の前で、なんの罪もない少女が苦しんでいる。
「アーシュ」
「うん。毒だね。リア、触らないでそっとして。ナハル、手貸して」
「わかった」
アシュリンはかがみ込んで少女に魔女の杖をかざした。
『解析』
輝く魔法陣が開いて少女を包む。
「ナハル、補助魔法で倍加して。それからこれ、飲ませて」
アシュリンは袂からポーションの瓶を取り出して、おれに投げてよこした。
解毒するにしても、毒物の種類が分からないと効果は薄い。そのためにアシュリンは毒の種類の解析に入った。おれは自分の宝玉を取り出し、アシュリンの魔法に力を加える。
その間に解毒ポーションの封を切る。特定の毒物用ではないから完全に解毒はできないが、それでも解析の時間稼ぎくらいにはなる。
おれは少女の頭を起こしてポーションを口に当てた。だが意識がなく、飲み込んでくれない。
「アーシュ、だめだ。飲んでくれない」
「なんとしても飲ませなさい。口移しでもなんでもいいから」
「は?」
「恥ずかしがってる場合じゃないでしょ! ひとの命がかかってんのよ!」
いやその通りなのだが。
恥ずかしがっているわけではなく、可憐な少女がこんなおっさんに唇を奪われるのはさぞかし無念だろうと思っただけなのだが、御託を並べている暇はなさそうだ。少女の顔色はどんどん悪くなっている。一刻の猶予もなかった。だからリア、そんな目でおれを見るな。
ポーションの中味をあおって少女を抱き上げ、口移しで静かに飲ませる。柔らかい唇はだがとても冷たかった。ひと口、ふた口。効き目があるといいのだが。
その間もアシュリンは、解析の魔法陣から上がって来る情報を空中の魔法陣に書きつけ、解毒の術式を組み上げていた。情報は雑多で、そこから必要な情報を読み取って効果的な術式を組むのはけっこうな腕が要る。よどみない作業をみても、アシュリンの腕前は一流だった。この場に彼女がいたことを感謝するしかない。
「よし、できた。ナハル、いいわよ」
おれが脇によけると、アシュリンは魔法陣を少女の胸におろした。
『解毒』
魔法陣が体内に吸い込まれていく。息をつめて見ていたおれたちだったが、やがて少女が大きく咳込んだ。
「なんとかなったみたいね」
アシュリンの言葉に、おれも大きく息を吐いた。少女の意識はまだ戻らないが、顔色があきらかに良くなっている。危機は脱したようだ。
「さすがだね、アーシュ。グッジョブ」
おれと同じくはらはらしながら見ていたリアノンが拳を突き出す。アシュリンは笑顔で答えて軽く拳を当てた。
「ありがと。こんな仕事なのが悔しいけどね」
◇
それからはひとしきり大騒ぎだった。
何しろ王さま直々に招聘した客人に毒が盛られたのだから、えらいことである。
メイドの少女は、おれが毒味役を頼んだため災難にあったものと説明した。まったくその通りなのだが、結果的に何の関係もない少女を巻き込んでしまったことは胸が痛んだ。おれが不用意に誘わなければ、彼女はこんな目に遭わずにすんだのだ。
少女を人に託し、なんとか事も収まって部屋に引き取り、おれたちは前にもましてぐったりと座り込んでいた。疲れた。とにかく疲れた。
「まったく、底意地の悪い仕掛けだったわ」
アシュリンが吐き捨てるように呟いた。だいぶ腹を立てているようだ。いつもはのん気な魔女が、めずらしい。
「ずいぶんご機嫌ななめだな、アーシュ?」
「うん、さっきの毒ね。盛った奴の性根が知れるわ」
彼女は帽子を脱いで、いまいましそうに頭を掻きながら説明してくれた。
毒には、合わせて魔法が仕込んであったらしい。菓子に盛った毒は体内に入ると即座に効き始めるが、一定時間が経つと魔法が発動し、毒を消して証拠をきれいさっぱり隠滅してしまう。
しかもその毒は、即座に死亡というものではないが、ポーションなり魔法なりの解毒の手段を取らないと七転八倒の苦しみの末、場合によっては死に至る。
「つまりアタシが毒の扱いにも通じているか試したってわけよ。それをどこかで見て高笑い。まったくむなくそ悪いったらありゃしない」
仕掛けた犯人が目の前にいたら、即座にぶん殴ってやるという顔だ。
「アタシ、帰るよ。ほんと宮廷ってろくでもない。こんな所にもう一瞬だっていたくない。ナハル、止めても無駄だからね?」
「ああ、わかった。早くここを出よう」
おれは即座に立ち上がった。
「荷物をまとめろ。今日中に出立するぞ。宮廷のもてなしは名残惜しいが仕方がない」
「ずいぶん急だね」
リアノンが少し呆れたように言う。
もっともな感想だ。だがのんびりと時間を費やすにはここは危険なにおいがする。
「王さまにはわるいが、おいとまさせてもらおう。さあ、行くぞ」




