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超絶魔女出現に息を飲んだのだが。


 敷地の端などまったく見えない広大な王宮。

 そのうちのひとつ、屋外の練兵場に、魔女アシュリンは立っていた。


 手には伝説の六色の宝玉。黒一色のいで立ちの中、宝玉を持った右手だけが色鮮やかに輝いている。



 宝玉を目にした時のアシュリンの喜びようといったら、それはそれはもう、宝物を見つけた子供のようだった。


「きゃあ! 見て見てナハル! 伝説よ! 伝説なのよ! ああ……! なんて素晴らしい!」


 もう決定的だな、とおれは内心思った。


 自動車の新車試乗会というものがある。わざわざ売り物である新車を使って客に運転させる。それはなぜか。


 ひとたび使ってしまったら欲しくなるに決まっているからだ。

 それを欲しいと思っている人が欲しいもののすごさ楽しさを実感してしまったら、買わずにいられるわけがない。


 力がありながら適性がないばかりに魔法が使えないアシュリンに、魔法を自由に使えるすごさ楽しさを実感させてしまったらどうなるか。ひとたび知ってしまった快感はもう手放せない。

 アシュリンは新しい世界に足を踏み入れるのだ。もう戻ることはできないだろう。



 そろそろと手を伸ばし、宝玉をつかんだアシュリンは、それを両手で包んで胸におし抱き、祈るように天をあおいだ。そのまま泣き出すんじゃないかと思ったほど、アシュリンの歓喜はおれにまで伝わってきた。


 そして今、ついにそれを使う。


 赤い宝玉を取った右手を前に突き出し、アシュリンは宝玉に命じる。


「炎よ、来れ!」


 激しい音を立てて業火が湧き上がった。炎はアシュリンの手の先でゆらめき、おぼろげに鳥のような形をとる。荒々しくも神々しいそれは炎の鳥、伝説の生き物鳳凰を思わせた。

 思わず感嘆の声がもれた。炎の魔法といっても普通はただの火だ。それがまるで生きた鳥のような形をとる。アシュリンの魔法力がいかに高いかを思わせた。


 アシュリンが手を跳ね上げると炎の鳥は空へ舞い上がる。続けて青い宝玉を持った左手に持ち、横に払った。


「氷槍!」


 極太の氷の柱が上空から何本も殺到し地面に突き刺さる。その氷柱の列に向けてアシュリンは右手を振り、いくつもの炎の鳥を投げつけた。

 ゆらめく朱の鳥は次々と氷柱に喰いつき、みるみる溶かしていく。


「あははは。マッドゴーレム!」


 黄色の宝玉をかざすと地中から巨大な土の手が突き上げられ、鳳凰を握りつぶす。黒の石を振れば真っ黒い霧が土の腕を包み込み、音もなく食い尽くして砂粒に返してしまう。緑の石が突風を巻き起こし、黒い霧を吹き飛ばす。そして渦巻くつむじ風に炎を巻き付かせると、巨大な業火が立ち上がって天を焦がした。すさまじい熱を感じて、みんな一歩後ろへ下がったほどだ。


「すごいね。これが伝説の宝玉の力なんだ」


 リアノンが度肝を抜かれ、呆けたように呟く。


「リア、それは違う。宝玉だけではこれほどの魔法は使えない。これはまぎれもなく、アーシュの力だよ」


 宝玉とはブースターの機能もあるが、それ自体はいわば触媒だ。その力の大きさは使う本人の魔法力に依存する。例えばおれが同じ宝玉を使ったら確かに魔法を使うことが出来るようにはなるが、そこそこの初級魔法程度の威力にしかならない。

 今見せている上級魔法のごとき威力はまぎれもなく、アシュリン自身の魔法力によって発現しているのだ。まったく桁外れの魔女だ。



「リア。こんな魔法使いと戦わなきゃならないとしたら、お前ならどうする?」

「すっ飛んで逃げるよ」

「賢明な判断だ」


 おれだってもし戦場でこんなすごい魔法使いと目が合ったら、裸足で逃げる。絶対にやり合いたくない。

 回りで見ている観衆もみな、同じことを感じているようだった。

 禁呪魔法にも匹敵するほどの激しい火柱に恐れをなし、青ざめて震え出す人までいる。

 あまりの威力にもはや感嘆を越えて、恐怖を与えてしまっていた。


 風魔法に乗って空に舞い上がり、ひととき空を飛びまわるというはなれ技まで演じたアシュリンは、風圧でスカートを躍らせながらふわりと着地した。そこで初めて、


「あ…………」


 自分を見つめる畏怖と嫌悪の視線に気づいたのだった。


「あ、えーと、その……、やん! スカートがまくれあがってしまいましたわ」


 てへぺろ、とやって見せたけど、もう遅い。


 戦慄の魔女。

 地獄の使者。


 のちに肩書きはなんとでもつくだろう。

 彼女がもし本気で暴れたら、もしかすると宮廷の魔法使いでさえ止められないかも知れない。その力が王さまに向けられたら……? そう思った人が何人いただろうか?


「あっ、あの! 申し訳ございません、国王陛下! すっかり調子にのってしまいました。この宝玉は、その……お返しします」


 アシュリンはがばっと深く頭を下げ、宝玉の入った宝箱を差し出した。九十度の敬礼をとりながらも宝玉には未練たっぷりの様子で、手放したくないオーラ全開だったが、もはや元には戻れなかったのである。



 ◇


 控えの間に下がって、おれたちはぐったりと座り込んだ。

 誰も口をひらかなかった。きっとアシュリンの胸中は後悔でいっぱいだろう。


 どこをどう間違えたのか?

 とにかく下手を打った、という感想しかなかった。


 つかれた。

 少しの間でいいからそっとしておいてほしい。


 その間を読んでくれた、という訳でもないのだろうが、しばらくしてひとりのメイドが部屋に入ってきた。


「失礼します。お茶をお持ちしました」


 彼女は手際よく用意をし、おれたちの前にカップを並べていった。注がれた暖かいお茶の湯気に、ほっと気持ちがなごむ。


 見ると、まだ幼さの残るメイドだった。だがたとえ幼くても王宮に仕えるくらいだ。きっと優秀なのだろう。それは流れるような所作をみればわかる。


 さらにテーブルの中央には茶菓子の載った大皿が置かれた。いい匂いのする生菓子だった。


「こちらは薬師のギルドの方々から、アシュリンさまにと献上された品にございます」


 アシュリンはいたたまれないといった表情で帽子を押さえた。もう城下にまで彼女のうわさは広まっているのだ。うかつに息もできないような状況である。今日しでかしたこともきっと大変に煌びやかな尾ひれが付いて吹聴されるに違いない。


 その雰囲気をなんとか打破しようと、リアノンが声を上げた。


「うわあ。このお菓子、とってもおいしそうだよ! せっかくだからいただこうよ」


 なんとか場を和ませたいとのいじましい気遣いだ。


「そうだな。アーシュ、ご相伴にあずかるよ」


 リアノンの気遣いに心の中で感謝しながら、おれは菓子をひとつつまんで小皿に載せた。とても高級そうな、しっとりした手ざわりだ。チュアムの村ではとてもお目にかかれないような一品だ。


「どうだ、きみも食べてみないか?」


 おれは傍らに控えるメイドに声をかけた。


「え? い、いえ、わたくしは……」

「遠慮しなくていい。いつも宮廷にいるきみには物足りないかもしれないが、ここにいるのも何かの縁だ。少しくらい一緒に楽しんでもいいだろう?」


 普通に考えて、接客中のメイドに客と同じ飲食を勧めるなど、褒められた行為ではない。だが何しろ本日の主役アシュリンがたいそう落ち込んでおり、おれの地力だけでこれをリカバーするのは困難に思われた。便利な魔法の宝玉を持っていてもできないことはあるのだ。


 そこでこの可愛らしいメイドさんに一役買ってもらおうと思ったわけだ。とても素直で真面目そうな彼女はなおももじもじと断り続けていたが、おれの気安さとやさしさのミックスされた勧誘に、徐々に警戒がゆるんできた。


「きみが優秀なメイドであることはひと目見ればわかる。これはささやかな、おれたちからの賞讃と感謝、そう、チップと思ってもらえればいい。気軽に受け取ってくれないか?」

「そうやって人をたぶらかすの、あいかわらず上手いわね。特に幼女をたぶらかすのが」


 横から茶々を入れてきたのはアシュリンである。やっと本来の毒舌が復活したか。


「へえ、ナハルってばそんな趣味なんだ? 道理であたしたちには目もくれないわけだ」

「リア、誤解を招くようなこと言うな。この娘に失礼じゃないか」

「ふうん。やっぱりこういうかわいい娘がいいんだ? だってこんな美人がふたりもいるのに興味も示さないんだもの」

「違うと言うておろうが」


 リアノンとの掛け合いに、だいぶ元気を取り戻したアシュリンが入り込んでくる。

 元気になったのはいいが、おもちゃにされるのは嬉しくない。


「ま、ナハルが幼女趣味なのは昔からさね」

「そんな趣味はねえ。それを言ったらおまえこそ、若い男に色目を使っちゃ逃げられてるだろうが」

「失礼な! アタシはビギナーの冒険者を助けてるだけよ! しかも無償で! たまに永久就職しないかって就職先を斡旋してるだけよ!」

「それが色目じゃなくてなんなんだよ?」


「くすくす」


 脇を見やると、メイドの少女が笑っている。おれは肩をすくめて、菓子を差し出した。

 少女は笑顔で受け取り、一礼して菓子をほおばった。よかった。泣いて過ごすより、笑っていられる方がずっといい。


 おれは座って茶をすすった。これからどうするか。すっかり有名人になってしまったアシュリンの身の振り方は慎重に考えなければならないが、今はしばし、くつろぎたい。


 そう思いながら再び少女の方を向き――おれの笑顔は凍りついた。


 メイドの少女が菓子を取り落とした。ついでひざをつき、倒れ込んだ。苦しそうな顔色はすでに土気色だ。


「ど、どうしたの!? 大丈夫?!」


 リアノンが慌てて駆け寄るが、もう返事はない。


 混乱した頭で、おれはほんど直感でひとつの結論を得ていた。つまり、はめられたってことに。




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