ついに王さまに謁見するわけだが。
「とにかくもう腹をくくれ。のぞみがかなうんだ。こんな幸せなことないだろ?」
「え~~~」
まだ駄々をこねるアシュリンをなだめすかし励まし、おれは準備を進めた。
ポーションを作るところを確認して品質に間違いがないことを確かめた。ローブを新調させた。王さまの御前に出るのだ。あまりみすぼらしい姿はいただけない。
帽子はかたくなに拒否されたので、今のままでいいことにする。
気が付けば、まるでアシュリンの後見人のようだった。遅くまで打ち合わせをしていて、いつの間にかおれの家に泊まることも多くなった。
あっという間に日にちは過ぎて行き。
アシュリンの家の前に、立派なお召しの馬車がやって来た。
一台ではない。身の回りの世話の者、護衛の者など、五、六台の馬車が連なって、使者が代表してうやうやしくアシュリンに頭を垂れたのだ。
「魔女アシュリンさま。お迎えにあがりました」
「あ、はい。あは、あははは……」
アシュリンは引きまくって笑顔が引き攣っている。おれとリアノンが両側からホールドしていなればそのまま風の速さで逃げ出していたに違いない。
(だっ、駄目。やっぱアタシには無理)
(今さら何言ってる。しっかりしろ)
(お願い。一緒に来て)
(は?)
使者を気にしながらひそひそ相談するおれたち三人だったが、すがるような眼と、しがみついて離れないアシュリンを突き放すわけにもいかず、
「しょうがない。リア、おれたちも王都までご相伴にあずかろうか」
こうしておれとリアノンは、アシュリンの従者という名目で王都まで同行することになったのだった。
◇
王都キラシャンドラまでは遠い。果てしなく遠い。馬車でも二十日はかかる。
その間、この上ない優雅な馬車の旅だった。普段おれたちが乗るような板張りの荷台ではない。豪奢な個室にふかふかの椅子。天国とはかくのごとし、と言いたかったが、主賓のアシュリンは地獄の入口に立つ罪人のような顔をしていた。
「ああ、なんだか死刑台に連れ出される罪人の気分だわ」
「もったいない。こんな旅路、二度と味わえないぞ。もっと楽しめ」
「ひと事だと思って……」
のんびりと移り行く景色を眺める。風光明媚な谷あいや珍しい湖、はるかに広がる大きな海。
「あーこんな経験、初めて。海ってこんなに大きいんだね」
初めて見る景色にリアノンは喜びを隠せない。おれもいろいろな所には行ったものの、こんなにのんびり楽しんだことはない。いつもクエストだノルマだ狩りだと仕事に追われ、回りの景色を楽しむ余裕なんかまるでなかった。たまにはこんな機会があってもいい。
だがそのそばには、その貴重な機会をとても楽しめないでいる魔女が、やつれたような顔で座っている。可哀想になってきていっそのこと逃がしてしまおうかと思いもしたが、その隙がなかった。護衛の警戒が厳重なのだ。外敵からの守りは完璧だが内側からの脱走もまた不可能だった。
そして快適な旅――アシュリンにとっては磔の前の市中引き回しに等しかったらしいが――も終わりを告げようとしていた。
遠くに白亜の巨大な建物が見えてくる。
道は綺麗な石畳。中央に近づくにつれ人通りも多くなり、道行く人はみな上等な服をまとっていた。豊かな街であることがうかがわれる。
「なあ、アーシュ、見てみろよ。みんな煌びやかな格好じゃないか。こんな生活に、もうすぐおまえも入ることができるんだ。幸せなことだと思わないか?」
誰もが憧れる上流階級の生活。寒さや飢えの心配のない穏やかな暮らし。その入口にアシュリンは今まさに立っているのだ。それはただの幸運ではなく、アシュリンが自分でつかんだものなのだ。もっと誇っていいし、その栄華を正当に受け取っていい。
やがて馬車は、高い高い塀の間を抜け、王宮の中へと飲み込まれてゆく。
◇
謁見の間で、おれたちは王さまのお出ましを待っていた。
アシュリンは真っ青になって小刻みに震えている。おそらく謁見の間としては小さい方なのだろう、文武百官が両側にずらり、というようなことはなかった。だがそれでも、これから迎えようとしているのは一国の王、この国の頂点に君臨する人物だ。おれだって緊張している。
アシュリンはおれにしがみつきたそうだったが、まさか抱き合ったまま王さまを迎えるわけにもいかず、一番前にひとり控えさせていた。可哀そうだが仕方がない。彼女は本日の主賓、おれとリアノンはお供にすぎない。
「国王陛下の、おなーりー」
やがて朗々と先触れの声が響き、奥から王さまが現れた。おれたちは深く頭を垂れて、王さまが玉座につくのを待つ。長い長い時が流れるように思われた。
(この雰囲気は、完全にアウェーだな)
国王の権威を高めるため、さまざまな工夫をこらしているのだろう。いやがうえにも緊張する。ちらりとアシュリンを見た。緊張のあまり卒倒しやしないだろうか。おれははらはらしながら、気配をうかがっていた。
「魔女アシュリンよ。おもてをあげよ」
やがて玉座についた王さまから、声がかかる。
「はい」
アシュリンは静かに顔をあげ、前に向き直った。同時におれたちも王さまを見る。
王さまはおれより年下と思われた。青年という年頃ではないが、豪奢な服の下に見え隠れする身体は鍛えられ、引き締まっているようだ。お忍びで各地を旅するくらいだから、腕に覚えもあるのかも知れない。
「久しいな。また会えるのを楽しみにしていた」
落ち着いた、いい声だ。王さまという身分を抜きにしても、女が骨抜きにされそうな声だった。
「おそれいります。本日はお目もじがかない、感謝の念にたえませぬ」
対するアシュリン、意外と落ち着いて淑やかに受け答えしている。王さまの魅力にも気後れしていない。土壇場にきて開き直ったか。
片膝をつき、帽子を脱いで胸に当て、いかにも淑女然と目を伏せるアシュリンの後ろ姿を、おれは保護者のような心境で見つめていた。
「ならば話は早い。そちの腕を買いたい。聞き入れてくれるか」
「過分なお褒めにあずかり、恐縮でございます。おそれながら陛下、仕官の件はなにとぞご容赦くださいませ」
「何故だ?」
とがめだてするという口調ではない。純粋に疑問に思っただけ、という言葉だった。
「わたくしは卑しい在野の魔女、そのような者を王宮にあげては沽券にかかわりましょう」
「だがその腕を正当に評価しないというのであれば、それこそ公正を損なう。そちの腕はわたしが保証しよう。それでは不満か?」
「めっそうもございません。ですが王宮には既に名だたる名医、薬師の先達がおわします。わたくしごとき若輩者など、席を同じくするのさえおそれ多く、生きた心地が致しませぬ」
「ふむ」
「もちろん件の薬につきましては、今後とも陛下のためにのみ、お作りいたします。ですからどうか、野に在ってひっそりと暮らすという、わたくしのささやかな願い、お聞き届けていただきたくお願い申し上げます」
アシュリンの決意が固いことを王さまは悟ったようだ。口もとをゆがめて考え込んでいる。
「そうか。残念だな。だがそうまで固い決意を無理に曲げさせるのも可哀想だ」
どうやら王さまはアシュリンを諦めてくれそうな気配だ。度量の大きい王さまでよかった。やろうと思えば権力をかさに着て、アシュリンを拘束することだってできたのだから。
なんとか自分の意志が通りそうなことにほっとしているアシュリンに、王さまは呟いた。
「そちが仕官してくれたなら、『六属性の宝玉』を取らそうかと思っていたのだが」
「えっ?!」
思わずアシュリンが顔を上げた。
まずい。
さすが一国の王、とほうもない爆弾をさらりと投げつける。
『六属性の宝玉』とは、文字通り六種の属性すなわち火・水・土・風・光・闇の魔法を自在に操る事が出来る宝玉と言われている。これを身につければ、魔法が使えない者でも上位クラスの魔法を使うことができる。
魔法力がありながら魔法を使えないアシュリンには、のどから手が出るほど欲しい代物だった。王さまは知ってか知らずか、絶好の撒き餌を撒いたことになる。
表面を取り繕っていたアシュリンだったが、ものすごく動揺しているのはおれの眼にも明らかだった。
「あの……失礼ですが、王さま」
「何かな?」
「その宝玉、試しに使わせていただいてもよいでしょうか?」
そしてその撒き餌に、ものの見事に喰いついてしまった。




