夢の生活が手に入りそうなのだが。
「あ、ナハル。おかえり~」
「どうだった?」
明るく出迎えてくれるリアノンと、不安げな表情のアシュリン。リアノンの出迎えは嬉しいが、アシュリンのことも放ってはおけない。
「もうアタシ、心配で心配で、ワインボトル開けちゃったわよ。もう一本ないの?」
「おまえ、本当に心配してるのか? もう一回帽子つぶしてやろうか?」
「酒でも飲んでないと不安でたまらないのよ。それと帽子はやめて。ぜったい」
ちゃんと帽子は気にするのか。ともかく。
「見てもらったよ。本物だそうだ。『世界樹の涙』にも匹敵すると言われた」
リアノンが目を丸くしている。それはそうだろう。話には聞いていても、おれたち庶民が目にすることなどおそらく一生ないという代物だ。おれだって持っているのが怖くなってくる。
そしてそれを作った当のアシュリンは、途方にくれていた。
「もう、喜んでいいのか嘆いていいのかわからない」
そんなすごいものを作れる腕前になった、ということは喜ばしいことだ。普通だったら絶対に至ることのない領域。いわばてっぺんだ。
そこに至ったのは最近の幸運もあるだろうが、ちゃんと地力があること、薬師としての腕前と豊かな魔法力があればこそだ。それは誇っていい。
同時に、そんなすごいものを作れると知れればどうなるか。何をしても注目が集まり、もはや普通の生活には戻れない。羨望と賞讃も集めるだろうが、同じくらい嫉妬や罵倒も集まる。命が無事でも心を壊しかねない。
また、それがいつも安定して作れるとも限らない。もしかしたら今回たまたま出来ただけかも知れないのだ。うっかり幸運に乗っかって栄耀栄華をほしいままにしていると、後でとんでもないしっぺ返しを食らうかも知れない。身の丈に合わない幸運は結局その人を不幸にする。
さて。
偶然にもアシュリンの腕前は王さまの知るところとなってしまった。もうしらばくれて召し出しを拒否するのは不可能だ。
となれば、王さまの御前にまかり出て、なんと申し開きするか。
「もうこうなったら宮廷お抱えの薬師になって、ついでに王さまをたらしこんで妾に収まっちまえ」
「無理無理無理無理あんたなに無責任なこと言ってんの?! アタシに宮廷闘争なんかできるわけないでしょ?」
それもそうか。
さすがにどこの馬の骨とも知れない魔女では出自が悪すぎる。
「だが真面目な話、どうだ? 宮廷の薬師になる気はないか? 宮仕えは窮屈かも知れないが、生活も身分も保証される。悪い話じゃないぞ」
「ナハルぅ。無茶言わないでよ。アタシにそんな生活できないわよ」
「最初は誰だって初めてだ。そのうち慣れるさ」
「そんなことになるくらいなら、あんたと駆け落ちして地の果てまで逃げる」
「勝手におれを巻き込まないでほしいんだが……」
どこまで本気なんだかよくわからないが、すがるような眼で見つめられるとすげなくするのも気が引ける。となりでじと目を向けているリアノンの視線は気になるが。
「とにかくだ。もう腹をくくって一回伺候しろ。そうでなきゃ収まらん」
それで王さまの気が済むならよし、駄目ならまた考えるしかない。
リアノンとふたり、ぐずっているアシュリンをなだめすかし、酒の相手をし、寝かしつけたのは夜半のことだった。
◇
「ああ、えらい目にあった」
リアノンとふたり、ぐったりと座り込んで茶をすすっている。今さら酒を飲む気力もない。
「とんでもないことになっちゃったわね。で、アーシュと駆け落ちすんの?」
「ばか言うな」
今さらそんな関係になることはない。
「前から思ってたんだけどさ、アーシュとナハルってどういう関係なの? 昔なにかあったとか?」
「ないよ」
残念ながらそんな艶っぽい話はない。だがリアノンの眼は「ごまかすな」と言っていた。
べつにごまかしてはいないのだが、特に隠すことでもない。多少気恥ずかしいながら、おれは昔語りを始めた。
「おれもアシュリンも、昔は冒険者を目指していたんだ。夢は伝説の勇者、よくある夢物語さ。
だがなれなかった。実力が足りなかった。夢破れてこの村に流れて来て、それでもその夢を捨てきれずに少しでも関わっていたいと今のような生業についているわけさ」
血気盛んな頃、誰でも冒険者に憧れるし、冒険者ならその頂点、勇者になりたいと思う。誰もが通る道だ。
おれとアシュリンは時期も場所も方法も違ったが、それぞれに冒険者の資格を得て上を目指し始めた。そして、そうなれなかった。誰よりも努力したかと問われれば胸を張って答えることはできないけれど、それなりに必死だったし工夫も努力もした。命の危険だって何度もくぐり抜けてきた。
だから、どうしても届かないのだと悟った時はそれなりにショックだった。しかし頂点とは誰もがなれるものではないのだ。ほんの一握りしかなれないからこそ頂点なのだ。そして頂点を支える無数のおれたちみたいな敗残者が足もとを支えているからこそ、頂点は頂点として君臨する事ができるのだ。
「それを理不尽だとは思わない。おれたちみたいな存在も必要だし重要だ。おれたちの間にあるのは『共感』かな? 悪い言い方をすれば『同類相哀れむ』というところかな?」
茶をひと口すする。今日のお茶はいやに苦い。
今の境遇についてアシュリンと深く話したことはないが、お互いに相通じるものがあったのは確かだ。アシュリンは才能はあったが属性が徹底的に冒険者に向かなかった。おれは何をやってもそこそこ、小ぢんまりとまとまっていて、突き抜けたところがなかった。どちらも上のステージには行けなかった。
「リア、おれと一緒に戦ったとき、とてもやりやすいと言ってくれたな? それは今おれが徹底的にサポートに徹しているからさ。裏を返せば主役になる力量はないんだ。脇役にならなれる、そこそこの脇役に。だが主役にはなれない。それは納得しているつもりだが……心のどこかでまだ主役を夢見ているんだな」
苦笑いするおれを、リアノンは黙って見ていてくれた。
「まったく、いい年だというのに子供じみた話だよ。いい加減落ち着けって話だよな。ははっ、馬鹿みたいだろう?」
「そんなことないよ」
リアノンが初めて口を開いた。
「そうは思わない。夢は諦めない限りなくならないって言うよ。ナハルには綺麗ごとに聞こえるかも知れないけど……」
「いい言葉だな。その綺麗ごと、おれはまだ信じているよ」
だからこんなところでくすぶっているのだ。
「でもアーシュは、ある意味夢を実現したんだよな。魔女としては最高の力を手に入れた。頂点が見えたんだ。そのまま夢を実現すればいい。迷うことなんかないはずなのに」
ふたりして黙り込む。
アシュリンは、まだ見ぬ新しいステージに怖気づいているだけだ。新しい世界だから苦労もあるだろう。でも絶対に行った方がいい。それはおれたちが望んだ世界なのだから。
「ま、別世界の人間になってしまうかと思うと、ちょっと淋しいけどな」
でも祝福したいし、応援してやりたいと思う。おれが成し得なかった夢。それを押し付けるのは心苦しいが、でも本人のためにも幸せを掴んでほしいと思うのだ。
明日は背中を押してやるとしようか。




