魔女のペテンが知られたようだが。
酒場どころじゃなかった。
ともかくも、と、アシュリンを家に連れ帰って座らせ、落ち着かせる。茶と酒とどっちがいいかと少し考えて、もう日も暮れるし酒でもいいだろうとめったに開けないワインを持ち出した。
専用のグラスなんかないから、有り合わせのコップに注いでやると、アシュリンは一気に飲み干してしまった。
「おいおい、大丈夫か? 少しは落ち着けよ」
さすがにもう一杯はためらわれた。今にも泣きそうなアシュリンの隣にはリアノンが座って、背中をさすってやっている。もうちょっと時間がかかりそうだ。
「で、なにがあった? 時間はあるから、ゆっくり、順番に話してみろ」
おれも座ってなるべくゆっくり落ち着いた声で言った。
「あたしを王宮に召喚するって」
は? と言いたかったが、あやうくそれは飲み込む。
「……いったい誰が?」
「王さまが」
「「はあ?」」
おれとリアノンの声が揃った。ますますわけが分からない。
「王さまって……どこかから遣いでも来たのか?」
「ううん。ご本人さまが」
「「???」」
呆然としているおれたちを尻目に、アシュリンは自分でワインボトルを掴み、コップについでまたも飲み干した。
「ああ、安物だけど妙に落ち着く」
「うるせえよ」
「ああっ、また帽子つぶしたっ! やめてって言ってるでしょ?!」
「帽子に気が回るんだったら、順を追って話せるだろ」
「これ、お気に入りなんだからね。大事にしてよね、ほんと」
ぶつぶつ言いながらも、アシュリンは話し始めた。
◇
闇の精霊王のおかげで治癒系魔法の最上位を手に入れたアシュリンだったが、それは魔女の本業である薬師としての能力にも大きく貢献することとなった。
同じ薬草を煎じて作った薬でも、スキルによっても差が出るし、魔法によっても違いが出るらしい。今までも薬作りに関しては才能も好奇心もあったと思うが、新しい力をどう使えるか、嬉しくなってあらゆるものを作ってみたらしい。
治癒・回復系のアイテムのひとつにポーションがある。体力の回復などに使う。どちらかというと薬というより、前世で言うと医薬部外品、ドリンク剤みたいな扱いだが、上位のものになると傷をすっかり治したり、失った身体の部位まで再生させるものがあるという。
そんな上位のポーションは薬草だけでできるものでもなく、呪文や魔法を込める必要がある。そこで製作者の腕やスキルの差が現れるわけだ。
すごいものになると『不老長寿の妙薬』とうたわれ、大変な高値がつく。それ以前に我々のような庶民の手には入らない。大抵は製作者が王族や貴族のお抱えになっていて、製品が流通しないからだ。
「で、まさかそんなすごいものを作ったとか言うんじゃないだろうな?」
「アタシが試したのはただのハイ・ポーションよお。そんなすごいもんじゃないんだってば。そりゃ闇の精霊王の言霊を借りたけど」
「それだけでも充分すごいと思うんだけど」
リアノンが言う。おれもその通りだと思う。普通精霊王の力なんて借りることはできない。選ばれた者しかそんなことはできないはずなのだ。
ただ、それだけなら黙っていれば誰にも分からないことだ。そこまで慌てるほどのことでもないと思うが。
「それをね、行き倒れの旅人に与えたのよ」
「まさか……効き目が強すぎて旅人が死んでしまったとか?」
「ううん。ものすご~く元気になった」
「だったら良かったじゃないか」
「それがお忍びで来ていた王さまだったのよ」
「「…………」」
なんという予想外の展開。
「効き目が前に飲んだことのある霊薬に似ていたと言うのよ。それですぐさま身分を明かして、アタシに王宮に登るようにと……うああ、どうしよ? ナハル、どうしたらいい?」
「いや、落ち着け」
とんでもない偶然に、ご都合主義にもほどがあると言いたいほどの急展開。しかも好条件。
しかしである。冷静に考えてもしその通りの話なら、これほどいい話はない。めでたく王宮に召し出され、晴れて宮廷お抱えの薬師だ。棚からぼたもちと言いたいのはぐっとこらえるにしても、誰もが羨むシンデレラ・ストーリーだ。けちをつける所などない。
「よく考えたら、いい話じゃないか。なにを困ることがある?」
「困るわよ! だってアタシの作った薬よ?! そんなに効くわけないじゃないの!」
「……おまえ、普段どんなもの作ってるんだ?」
性格はともかく、腕はいいと思ってたんだが。
「相手は王さまよ、王族よ! 場末の酒場でたむろしてるような連中とは違うのよ。酒場の看板娘を落とす惚れ薬とか、十年は若返る美肌液とかいう中味すっからかんの怪しい売り物とは違うのよ!」
「一体なにを売りつけてるんだ、おまえは?」
「もし効き目がないなんてバレたらアタシ死んじゃう! 処刑されちゃう!! そんなのイヤ!!!」
錯乱して言っていることが支離滅裂になっているが、こいつが普段どれほどやましいことをしているのかはよくわかった。
おれとリアノンの視線も白く冷たいが、しかしおれにとっては永年の仲間だ。あまり苦しむところは見たくないからひと思いに……じゃなくて、そもそもどんなものを作ったのか。それは本物なのか、紛い物なのか。
「その、作ったポーションてのはあるか?」
「一本だけ持ってる」
アシュリンは袂をごそごそと探って、一本の小瓶を取り出した。
おれはそれを持って、雑貨屋サリヴァンを訪ねた。
サリヴァンは『鑑定』のスキルを持っている。このポーションの価値を教えてくれるだろう。
店は既に閉まっていたが、おれは頼み込んでそいつを見てもらった。
「ナハル。これのどこがポーションだって?」
「やっぱり紛い物か? 困ったな」
「そうじゃない、逆だ。こんなハイレベルなものは見たことがない。いわゆる霊薬、いや、『世界樹の涙』に匹敵するかもな」
「そんなにすごいのか?」
『世界樹の涙』とは、不老長寿の妙薬と謳われる品のひとつだ。もちろん最上級品。実物を見たことなんかない。
そんなすごいものを持っているというだけで命を狙われかねないほどのものだ。
「ともかく、このことは誰にも言わねえ。寄越せとも言わねえ。こんなヤバイもん売れねえよ」
自分で使うという発想がないのはさすが商売人、と内心苦笑したがそれは言わず、おれは礼を言って雑貨屋を辞した。
さて、どうしたもんだろう?




