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アシュリンの契約はすごいのだが。


 翌日、あらためてダンジョンに足を踏み入れた。


 おれもアシュリンも慎重に慎重を期して、多すぎるくらいの準備をしていた。それでもまさかこんなものがあるとまでは思わず、装備としては今日一日の行動が限度だった。どちらにしろ多少様子を探ったら、専門家の手に引き渡すのが無難だろう。


 念のため入口に転移の石を設置する。万が一のとき、ここまで戻れるようにだ。


 おれの探索のスキルでは、広大なダンジョンのどこに何があるかまでは把握できない。目の前に何かあるとわかっている場合に限り、その位置を特定するくらいがせいぜいだ。だからあてもないピクニックになる。


 しかし、永年の経験と勘で、そこがどんなところかは、なんとなく見当がつく。


 はっきり言って、ここはそれほどすごいダンジョンではなかった。そこそこお宝はあるものの、べらぼうに貴重なレアアイテムなどは、おそらくない。

 それもある意味当然と言えた。ここの立地はチュアムの村にほど近い。「はじまりの村」の近くだから、その属性からかけ離れたものはあまりないと思っていい。結局、身の丈に合ったダンジョン、と言えるだろう。


 少し行くと、地下には珍しく森林属性の場所が現れた。地上の森ほど大きな木はないが、ほどほどの木立が続いている。


「トレントでも出て来そうな場所だね」


 リアノンがおれに言った。樹木の魔物、トレントは森林を住処にしていることが多い。

 大型の魔物なので人間にとっては厄介だが、気性はおとなしいのでこちらから手を出さない限り、暴れることは少ない。


「うわさをすれば、だ。あそこにいるな」


 注意して見れば、地面に生えている木とは違うのがわかる。おれたちはそいつを迂回することにした。下手に格闘になって闇雲に森の中を移動すると、迷子になりかねない。


「ん? どうした、アーシュ?」


 アシュリンが立ち止まってトレントの方を見ている。


「あいつの後ろに何かあるわね。あいつ、何かを守っているんだわ」


 言われておれとリアノンも、伸び上がってそっちの方を見てみる。トレントは小さな水溜りのような池のほとりに立っていて、なるほどそこには神殿のようなものがちらりと見える。人がつくった頑丈な建造物ではなく、エルフが作るような、木を組み合わせた簡素な入れ物のようだ


 さて、どうするか。


 トレントと戦って退けることもできないではない。格闘に関してはアシュリンは戦力にならないが、おれとリアノンのレベルとスキルを総動員すれば、多分なんとかなる。

 だが見知らぬ森で、万が一ほかの魔物や仲間のトレントが近くにいた場合、窮地に陥る。さらには騒ぎを聞きつけて森の守護者ウッドワースを呼び寄せてしまったら、もう黙って食われるしかない。


「できるだけ戦闘は避けたいんだが……アーシュ、頼めるか?」

「ふっふっふ、できないことはないのよ。この有能にして理知的な魔女アシュリンさまを称えるがいいわ」

「有能なのは承知しているし、いくらでも崇め奉るから、よろしく頼む」

「なんか誠意がこもってないわね」


 ぶつくさ言いながらも、頼りにされてまんざらでもなさそうなアシュリンが、魔女の杖を構え、呪文を唱える。

 使おうとしているのは、相手を攻撃する魔法ではなく、相手と共感するための魔法だ。トレントを共感させ、もしくは隷下に置いて、言うことをきいてもらう。気性が穏やかな魔物ならではだ。


 アシュリンの身体から淡い光が湧き上がっている。霊力の波動がトレントに向かっているのだ。

 やがて彼女は、すたすたと前に歩き出した。トレントに近づくと、「よしよし。いい子」とでも言うように木の肌をなでた。その脇を通り抜け、後ろに回る。


 アシュリンが手招きするので、おれとリアノンもトレントを怒らせないよう、慎重に近づいた。


 そこにあったのは、ひときわ大きな木の幹だった。天井まで届き、枝葉はない。人の手が加えられた形跡はほとんどなく、『ご神木』という趣だった。


「これが、トレントが守っている主。精霊が住まう場所。聖なる場所だわね」


 アシュリンが説明してくれる。


「ちなみにアイテムはなし」

「じゃ、骨折り損か」

「そうでもないかも」


 不思議そうな顔をするおれとリアノンに、アシュリンがさらに説明する。


「ここで祈りを捧げれば、闇属性の加護を得られるわ。闇の精霊が気に入った場合に限るけどもね。なかなか得難い場所だと思うわ」


 魔法はその種類によって、火・水・風・土の四属性に分けられる。その他に光属性と闇属性があり、合わせて六種類の属性がある。

 魔法はそれぞれの属性の精霊の力を借りて来るものとされている。魔法の強さは術者の魔法力の大きさに、魔法の種類は精霊の属性によって決まる。

 精霊の加護がなくても魔法は使えるが、加護もしくは精霊との契約があればより上位の魔法を使える。ちなみに最上位は精霊王との契約だ。


 よって、今ここで闇の精霊の加護を得られるということは、アシュリンにとっては自分の魔法の格を上げられる機会、ということになる。ちなみにおれは魔法がほぼ使えないので宝の持ち腐れだが、闇の加護は治癒力などに影響するので、傷の治りが早くなるなどと言った効果は期待できる。


「へえ。よかったじゃない」

「ああ、地図も何もないのに、いいものを引き当てたな」


 アシュリンも嬉しそうだ。欲を言えば攻撃系魔法が手に入るアイテム、といったものがあればよかったのだが、これはこれでアシュリンのキャリアにはプラスになる。


「じゃあ、みんなの分まとめて祈りを捧げるわ」


 おれたちは大樹の前にひざまずき、アシュリンが代表して祈りを捧げる。

 ほどなく、おれたちそれぞれを薄黒い闇が包み込んだ。闇は身体に吸い込まれるように消える。


「これでおしまい? 何だかあっけない……」


 リアノンが立ち上がる。


「んー、特に何かが変わった感じはしないな」


 おれも全身を改めてみたが、新しく力がみなぎるとか、そんな感覚はなかった。


「加護は新たに何かが使えるとかじゃないから、急激に変化はしないけどね」

「そんなものか……」


 リアノンに言われてアシュリンの方を見ると、なぜか微妙な表情をしている。


「どうした、アーシュ?」

「あ~~~」

「?」


 視線が泳いで、やがて戻ってきたアシュリンは、がばっとおれたちに手を合わせた。


「ごめん!」

「なにが?」

「どうやら、アタシだけ特に精霊に気に入られたみたいでさ……闇の精霊王を紹介するって」

「どういうこと?」

「つまり、あたしだけ精霊王と契約できそうだってこと」

「そりゃすごい!」


 と言うことは、一気に格上の闇属性魔法を手に入れられるチャンスを得たということ。大したものだ。


「……あの、怒らないの? アタシだけ成果を独占しちゃって」

「まあまるっきり気にならないというわけじゃないが、もともとこのダンジョンはおまえが引き当てたんだし、おまえが成果を得られるならそれでいい。おれは闇属性なんかもらってもどうせ役に立たないしな」

「……うん。ありがと」


 素直にそう言うアシュリンは、可愛らしかった。



 ◇


 いちおうの成果を得て、おれたちはダンジョンをあとにした。


「結局得たものがでかすぎて、整理する必要があるが……なにはともあれ、帰って祝杯をあげよう。今日はそれで充分だ」

「そうだね。まずはお祝いしようよ」

「せっかくだから、祝勝気分に浸りたいわね」


 今後どうするかは、また考えよう。

 目に見える成果として、おれとリアノンは闇の加護を手に入れたし、アシュリンは闇の精霊王の力を手に入れられそうだ。治癒や製薬を生業とする魔女のアシュリンには大変なスキルアップになるに違いない。


「でもちょびっと残念かな」


 アシュリンが呟く。


「伝説の法具とか宝珠とかで、攻撃力がぐあっと上がる、ていうのも夢ではあるからさ」


 ああ、やはりこいつはおれと同じだ。心のどこかで、冒険者への憧れを諦めきれていないのだ。


「ま、今日の酒はうまいぞ。楽しく飲もうぜ。なにしろおまえの奢りだからな」

「ええ~?!」

「だってそういう約束だろ」

「それはそうなんだけど、なんか納得いかない。アタシ、びた一文手に入れてないのに……」


 本気でしょげかえるアシュリンを見て、おれとリアノンは大笑いしたのだった。





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