幕間一の4◆扉(リーナ)
……現在、私の状況はあまり芳しくない。
ハッキリ言えばやり過ぎた……。
……どの位時間が経ったのかが判断できないのが痛い。
現在、私の状態は暗闇の虜……と、言った所だろう。
……原因は解っている。
私がママの能力について解明する為に、触る事が危険な部分に触れてしまったからなのだ。
……触れた部分は、《魔素の泉》に関わる部分だった。
ママの記憶を探り、私の《混沌の結晶》による空間連結能力と酷似して居る事を確認していた。
……違う所は、【世界の壁】の向こうへ繋げられるかどうかだった。
ママから送られて来る魔素の情報と、そのママが生まれ変わる前に通った世界の壁の情報が大体は理解出来ている……と思う。
……そこで、扉を開く実験を行った結果が現在の状態だ。
扉を開く事は……どうにか可能であった。
問題は……扉を開いた際に私が扉から吸い出されてしまったのだ……。
……吸い出されたのは、私の精神体であるらしい。
本来なら魔素の海では精神が持たない為、精神力が異常な程高いママが女神に選ばれたらしいが……私は問題無く存在できる様だ。
考えられるのは《混沌の結晶》によって私自体に触れる前に性質を変えて緩和されているのか……単純に私の精神が耐えられるのか……もしかしたら、私には本物の精神というものが無いのかもしれない……。
……もし精神が無かったら……それでもママは私を愛してくれるだろうか……。
いや……例え私が人形だとしても……ママに愛して貰える様に努力をする事には変わりはない。
……やる事は同じなのだから、気にしても仕方が無い……。
……うん。
そう……気にしても仕方が無いのなら考えない。
今は、この状況をどうにかしよう。
☆ ☆ ☆
……色々試した結果、私に《魔素の泉》による扉が開いた事は間違いない。
現に、現在も私に重なるように存在する扉から魔素が流出しているからだ。
……この事から、私の肉体は存在して活動を続けていると考えられる。
後は私の精神がどう扉をくぐるか……だ。
……間違いなく扉をくぐる事は可能だ。
何故なら、私がそこから吸い出されてこちらへ来ているのだから。
……問題は、吸い出されると言うのは……そこに何らかの濃度の差があるから起きた現象である可能性が高い。
今回の場合は、まず間違いなく魔素だろう。
……精神体である以上、小さな扉でも開いてさえいれば通れる……と思う。
問題は濃度差なのだが、普通なら流れと逆方向に押し出された形になって居る事はおかしくないだろうか?
……魔素の流入の勢いに負けて、弾き出された?
そう考えると、思い当たる事はある。
……私の魂は、肉体との繋がりが少し弱い気がしては居たのだ。
どうやら【カオススライム】には魂と言える物が希薄だったらしく、私の中にあるママの手から吸い出された魂の欠片に、その希薄だった魂が付着したのが私の精神体のようだ。
……私自身、何故ここまで精神や精神体に関わる事が理解できるのかが分からないのだが、おそらくママですら記憶していない、【女神】による勇者化の時の記録が少しだけ読み取れる事が原因なのかもしれない。
……肉体との結びつきがまだまだ甘かった私の精神体は、おそらく急激に流れ込んだ魔素に弾き飛ばされて、開いていた扉をくぐってしまった可能性が高い。
……正直に言うと、扉を大きく開けすぎたのだ。
あんなに軽く動かしたのに、そんなに大きく動く事が予想外だったとは言え……甘かったのは確かだろう。
……取り敢えずは……扉の抜け方を更に色々試してみようと思う。
☆ ☆ ☆
……結論から言えば、戻れはしました。
あれから色々試した結果、少しだけ魔素の流れに波がある事が分かった。
その波に合わせてどうにか出来ないかを試し続けた結果、流れが強くなる瞬間に勢いをつけて何度か行うと、丁度良いタイミングに当たった様で、何とか抜ける事が出来た。
……次にやってきた問題点として、現在の状態で質量があるのかは不明なのだが、フワフワとした感覚のままで精神体が撹拌でもされているかの様な状態になっている。
身体に戻って来ているのは自覚できるのだが、どこが何なのかが全く理解できない。
魔素の流れが複雑で方向感覚も無くなっており、肉体との接続が上手く行かない為に状況を改善できないのだ。
……しばらく位置の固定を試みていたが、やはり無理な様だ。
ここは少し、やり方の方も変えてみるとしよう。
……スキルの使用は……肉体系が駄目。
使えそうな物として、自分に対して《識別》を使用してみる。
だが、これも失敗して無理だった……。
……しかし、肉体系は使用自体が不可、《識別》は使用中に対象を見失う感じで不可。
この違いは大きいと思う。
……《識別》を《ウィンドウ》にある《ショートカット》へ入れる。
ママの能力のコピーではあるが、私にも問題無く使える。
……《識別》を自分に向けて《ショートカット》から使用すると、強制的に即時発動するというママの認識通りに上手く働いた。
粘人族:女 レベル32
特殊情報:《混沌の結晶》《捕食融合体》《形状変化》《女神の加護(亜種)》《???》《???》
……《???》は二つとも解る。
ママの《ウィンドウ》と《魔素の泉》だろう。
前回見た時に《ウィンドウ》は無かったが、馴染んできた為か、使いこなせるようになって来た事が出現した理由だろう。
……次にスキルを確認。
増えているのは、
《無限浸食》《自動MP回復(極大)》《精神分離》《魂魄保護》
だった。
……この中でよく分からないものは……《無限浸食》かな。
言葉の響きからはあまりいい印象を受けない。
攻撃系の能力だろうか?
……《識別》により《無限浸食》を調べてみると、
《無限浸食》:《混沌の結晶》から派生した能力。指定した精神体に対して浸食を行う。浸食した相手とは空間を隔てて繋がりを持つ。対象数の制限は無く、無限に浸食する事で混沌を増大させる。
との事。
……意外と問題ない……?
ママが使用している《迷宮の虜》の情報と比べてみると、
《迷宮の虜》:《迷宮の主》の一部。魔物を使役する能力。使役時には自分が支配する迷宮内でのみ発動。使役した相手とは空間を隔てて繋がりを持つ。使役後は迷宮外でも活動可能になる。
……似た様な物に見える。
……一応、やるだけはやってみよう。
身体の近くにいる可能性があるのは亜人達だ。
私以外に魔素の流れを持つのは亜人達とママしか居ない。
本来なら魔素の集積度合を感じる事が出来るのだが……残念ながら、今は周囲が魔素で溢れて居る為に判別が無理な様だ。
しらみつぶしにその他のスキルや魔法も確認してみたが……有効な手段は見つけられなかった。
……これはもう、実際にやってしまうしかないかな?
この状態になる前の事を考えるといつもの部屋の中に居た。
周囲に居る可能性があるのは亜人達かママだけだろう。
どうなるのかが分からないのは少し不安ではあるが、取り敢えずは一度使ってみる事にした。
……《無限浸食》の効果範囲はおそらく狭い。
しかし、どうやら効果があった様だ。
『隊長?』
マツリの思念と共に、戸惑う雰囲気まで伝わってきた。
☆ ☆ ☆
……マツリに《無限浸食》の効果が現れた事により、状況は一気に改善された。
この能力によるマツリへの悪い影響は、今の所確認できていない。
……利点として、現在判明している所では意志の疎通と視覚の共有、魔素とMPの受け渡しが可能な点だ。
視覚に関しては、両者の同意と受ける側が眼を閉じる等の視覚を封じる事で可能になる様だ。
意志の疎通に関しては、個別に認識できると同時に相手が居る方向も感じ取れた。
……マツリの居る方向が理解できたお陰で、自分がどれ程酷い動かされ方をしているか判った。
正直な所、これは酷過ぎる。
恐ろしく無差別な方向にシェイクされているのに、感覚的には真っ直ぐに移動し続けている感覚なのだ。
これは……指標が無ければいつまで経っても肉体に接触出来なかったであろう。
……指標が出来た事で事態は多少改善されたのだが、残念ながらまだまだ問題は残っている。
一点に向かう事で何とか触れる事が出来る場所を確認した。
しかし……そこに触れた瞬間に、流れが押し寄せて引き離される感じがする。
その段階ではどうしても距離感を失ってしまう為にどうにもならなくなってしまう。
……これ、マツリ以外にも指標が出来たら改善されないかな?
そう思って全員を呼んできて貰い、《無限浸食》で経路を作った。
……全員を同じ方向に配置してもあまり変化は無い様だ。
それでは……四方に配置してみたらどうだろうか?
……これは上手く行った。
四方の基準点を確認出来れば、引き離された瞬間にもう一度壁側へ寄る方向へ行く努力が出来た。
……私の身体は、現在球体であるカオススライムになっている。
先程から触れているのはおそらく普段は黒い部分。
この魔素の流れが旺盛な部分は色が入り乱れているカオス部分だろう。
球の中だと認識し、四方が判る事が重要だったのだ。
……その後に何回もその行為を繰り返す事で、どうやら精神と肉体の繋がりが復活してきた感じがする。
引き剥がされる瞬間に結構な抵抗が生まれ始めているのだ。
ここまで来たら、この調子で頑張るしかない。
どんどんやって行こう。
☆ ☆ ☆
……その後もしばらくかかったが、何とか肉体に張り付いてコントロールを取り戻した。
それにしても……自業自得とは言え、色々とやらかしてしまった。
……ママに怒られないかな……?
……入念に変化している所を確認したのだが、一番困った事は亜人達についてだった。
《迷宮の虜》が無くなって、《浸食共有》に変わっている……。
ママと亜人達の繋がりが切れてしまっているのだ……。
……これは……きっと怒られる。
私はとても悲しくなった……。
こうして私は……涙が頬を伝う感触を初めて感じた。




