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コロの冒険  作者: parupuntist


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第二章 水際

 坂を下りるにつれて、建物の向こうに見えていた空が広くなった。犬の耳に、さっきまで小さかった水の音が近づいてくる。鼻を上げると、風が正面から吹いてきた。草の匂いが強い。湿った土の匂いも混じっている。犬は歩く速度を少し落とし、道の端へ寄った。鼻先を地面へ下ろし、土の上に残ったいくつもの匂いを嗅ぐ。


「コロ、こっちだよ」


 男の子の声がした。犬が顔を上げる。少し先を歩いていた身体が止まり、首だけが後ろを向く。男の子がリードを握ったまま、こちらを見ている。


「ほら、河、見えてきたよ」


 犬は男の子を見る。男の子が手を軽く上げる。犬の耳が前を向く。


 また歩き出す。


 道が途切れ、その先に河原が広がった。


 空が大きい。


 河は広く、朝の光を細かく反射しながら流れている。対岸には低い木々が並び、その手前には細い草が風に揺れていた。


 犬が立ち止まった。


 鼻が動く。


 水の匂い。草の匂い。泥の匂い。遠くから運ばれてくる何かの匂いに、犬の鼻先が少しずつ左右へ動く。男の子が隣まで来た。


「きれいだね」


 犬は河を見たあと、男の子を見た。男の子が河原のほうへ一歩下りる。リードが少し伸びる。犬もついていく。砂の混じった地面へ前脚を置く。足跡が浅く残る。犬はそこへ鼻を近づけた。別の犬のものらしい匂いが残っているのか、鼻を地面に近づけたままゆっくり歩く。男の子は急がなかった。犬が立ち止まれば止まり、歩けば歩く。リードが張ると手を少し下げ、たるめば元へ戻す。


 河原の草むらには、小さな羽が一枚落ちていた。犬が顔を近づける。鼻先が触れるほどまで寄る。羽が風で動いた。犬の頭がその動きに合わせて横へ向いた。


 さらに風が吹く。


 対岸の草が一斉に揺れた。


 犬の耳が左右に動く。


 そのとき、すぐ近くの茂みから鳥が飛び出した。


 草が大きく揺れる。灰色の鳥が羽を広げ、一気に空へ上がる。


 犬の頭が跳ね上がる。


 耳が前を向く。


 身体が一瞬、低くなる。


 次の瞬間、四本の脚が地面を蹴った。


「コロ!」


 リードが張る。


 男の子が腕を伸ばした。


「待って!」


 犬は鳥のあとを追うように走る。リードの輪が男の子の手から抜けた。布と金具が地面を叩く音がした。


 犬はそのまま走った。


 リードの持ち手が後ろからついてくる。砂の上を引きずられ、ところどころで跳ねる。犬の脚は止まらない。男の子の足音が後ろから近づく。


「コロ、待って! 止まって!」


 犬の耳が一度だけ後ろへ動いた。顔を少し振り向く。男の子が走っている。犬の身体は前を向いたまま進んでいく。鳥はもう見えなかった。河原の地面に、別の匂いがある。草の根元へ鼻を寄せる。小さく顔を動かしながら進む。


「コロ!」


 声が近づいた。


 犬が振り返る。


 男の子が数メートル後ろにいる。犬の尾が一度だけ動いた。


 男の子が手を伸ばす。


「こっちにおいで」


 犬が一歩後ろへ下がる。男の子がもう一歩近づく。そのとき、犬の後ろ脚が何かに触れた。細い枝だった。犬が枝を踏み、前へ出る。リードが枝の下を通った。犬がさらに進む。後ろから引かれる感触が生まれるように、リードがぴんと張った。犬が振り返った。地面に伸びたリードの先が、低い枝に引っかかっている。犬が一歩前へ出る。


 枝がしなる。犬がまた前へ出る。枝に引っかかった金具が持ち上がる。男の子が走る。


「コロ、待ってね!」


 犬が身体を横へ向けた。リードがさらに強く張る。金具の小さな輪が枝へ押しつけられる。犬がもう一歩進む。金具がねじれた。


 ぱちん、と小さな音がした。


 リードが地面へ落ちた。


 犬の首元から、何もついていない金具だけが離れていく。犬はそのまま二、三歩進んだ。後ろから引かれるものがなくなった。


「コロ!」


 男の子が手を伸ばす。


 犬が振り返る。


 少し離れた場所に男の子がいる。


 犬は男の子を見る。


 男の子がその場で立ち止まる。


 犬は顔を前へ戻した。


 河はすぐ目の前だった。


 水面には細かな波が続いている。岸の近くには背の低い草が生え、その向こうに黒っぽい土が見える。犬が草の匂いを嗅ぐ。鼻先を草の間へ入れる。前脚を一歩、前へ出す。後ろから男の子の声がする。


「コロ、そこ、危ないよ」


 犬の耳が動いた。顔を少しだけ後ろへ向ける。男の子が近づいてくる。犬が前を向く。河の水が流れている。岸際には濡れた土が広がり、ところどころに細い亀裂が入っていた。犬の前脚が、そのひびの近くへ置かれる。


 土が崩れた。


 前脚が沈む。犬の身体が前へ傾く。後ろ脚が地面を探る。爪が土を削る。


「コロ!」


 男の子の声が響いた。犬の身体がさらに前へ滑る。前脚が空をかく。後ろ脚が土を蹴る。しかし、土の塊ごと足元が落ちた。


 犬の身体が河へ倒れ込む。


 大きな水しぶきが上がった。


 男の子が岸へ駆け寄る。


「コロ!」


 水面が大きく揺れる。


 すぐには犬の姿が見えない。


 男の子が河を見つめる。


 水が流れる。


 その少し下流で、水面が盛り上がった。


 犬の頭が出る。


 耳が水に張りついている。


 口が開いた。


 犬は大きく息を吸う。


 前脚が水をかく。


 身体が沈み、頭だけが水面へ残る。


 また水しぶきが上がる。


 犬は岸へ向きを変えた。


 四本の脚が水の中で動いている。


 前方に浅い砂浜が見える。犬の頭がそちらへ向く。


 前脚を大きく伸ばす。


 水をかく。


 もう一度、伸ばす。


 少しずつ岸へ近づく。


 男の子が岸を走っている。


「こっち! コロ、こっちだよ!」


 犬が声のほうを見る。泳ぎ続ける。


 砂浜が近づく。


 前脚が水の中を探る。あと少しのところで、流れが犬の身体を横へ押した。犬の身体が回る。頭が河の流れと同じ方向を向いた。前脚が水面をかく。砂浜が横へ流れていく。犬は一度だけ顔を岸へ向けた。また水の流れに合わせて身体が動く。砂浜の端が過ぎる。犬の頭が水面から出たまま、ゆっくりと下流へ運ばれていく。

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