6話 アヤ パートで覚醒する!
「ちっ……あざしたー」
タクト屋の兄さんは、死ぬほど感じが悪かった。
もしこの世界にグルメサイトや通販のレビュー機能があれば、星一つどころか、アカウントを三つ切り替えて長文の低評価を叩き込んでやりたいレベルだ。
幸いにもこの世界には、ネットもなければ炎上するコメント欄もない。
(命拾いしたな! 令和の接客を舐めるんじゃないわよ、若人よ!)
とはいえ、腹を立ててばかりもいられない。
あのクソ愛想の悪い店で分かったことは、この世界の通貨単位が『ジェル』だということ。
そして、アタシの手に合う魔獣師用のタクトは、最低でも十万ジェルほどするということだ!
(高っ! いや、もしかして安いの!? 基準が分からん! 恐らくこの不景気な雰囲気、デフレ世界よ!)
どちらにせよ、今のアタシの財布には一ジェルどころか一ポッキリも入っていない。完全なる無一文だ。
そこで、まずは軍資金を稼ぐために働かねばと思い、城下町にある『職能ギルド』という場所へやってきた。
なんでも、本人の適性や能力に合わせてハローワーク並みに仕事を紹介してくれるらしい。魔獣や自分のレベルを上げたい初心者も、まずはここを訪れるのが鉄則なのだそうだ。
◇
「え〜、アヤ様の現在のステータスと『メスのフレイヤ種同伴』という条件で、今ご紹介できる仕事は……二つですねぇ」
二つ。
それが異世界において多いのか少ないのか、最初はピンとこなかった。
だが、受付の女性が申し訳なさそうに差し出してきた二枚の紹介状を見て、さすがのアタシも一瞬で現実を理解した。
【城内の厠掃除】
【道具屋 売り場担当募集】
(これほどまでに、女性魔獣師の需要が底辺這いつくばってるとはね……)
一つ目は、前世の記憶を総動員してでも見なかったことにしたい。異世界まで来て他人のトイレ掃除でキャリアをスタートさせたくはない。
しかし、もう一つの紹介状を見た瞬間、アタシの脳内でピキーンと何かが弾けた。それは絶望の淵で見つけた、眩いばかりの希望の光だった。
(フッフッフッ……さっき市場のリサーチがてらウインドウショッピングした時に見た、あの薄汚くて品揃えがゴチャゴチャの雑貨屋ね……!)
「アヤ……目が、めちゃくちゃ怖いよ」
隣でミルが危機感を察知したのかすっと一歩下がったが、そんなの知ったことではない。
異世界へ来て初めて、アタシは自分の『真の得意分野』に出会えた気がしたのだ。
女を、主婦を、おばちゃんを舐めるんじゃないわよ。
何十年、スーパーの特売チラシの導線を読み解き、整理整頓のテレビ特番を観てきたと思っているの。
あの死にかけた道具屋、アタシが「主婦の知恵」で大改造して、売上を爆上げしてやろうじゃないの……!
◇
「いらっしゃいませ〜〜」
翌日から早速シフトを入れてもらい、アタシは道具屋での勤務をスタートさせた。
どうやら職能ギルドでも相当な不人気・地雷案件らしく、募集を出しても誰も居着かなかったらしい。
(うん、それは一歩店に入ればバカでも分かるわ)
同じ商品がなぜか別々の棚にバラバラに置かれ、値札は斜め。
一番売れ筋のはずの初級回復薬は棚の最下段の奥深くに押し込まれ、いつから鎮座しているのかも分からない謎の魔導具には、うっすらと埃が積もっている。
在庫置き場の惨状はさらに酷かった。
大きさも種類も関係なく木箱がジェンガのように積み上げられ、奥の商品を一つ取り出すためには、手前の重い荷物を一度すべて動かさなければならない。完全に無駄な労働の温床だ。
おまけに店員たちは客が来ても私語を止めず、「誰かがレジやるだろ」という顔で互いに牽制し合っている。
(乱雑な陳列。やる気のない従業員。劣悪な在庫管理……)
素晴らしい。
すべてが、アタシの独壇場だ。
【開店前の完璧な先入れ先出し】
【動線を意識した在庫スペースの改善】
【クレームを生まないプロの笑顔接客】
そして。何よりも、最優先で片付けなければならない最重要項目。
【お局の把握と、派閥の徹底確認!】
これよ。これが全てなのよ! 道具屋という場所は!
店長がどんな無能かなど、後回しでいい。
この閉鎖空間において「誰に嫌われたらシフトが地獄になるのか」「誰が現場の真の実権を握っているのか」。まずはそこを冷徹に見極めなければ、異世界パート戦線は生き残れない。
(そして、そのチャンスは驚くほどすぐに訪れた!)
休憩時間前。重そうな木箱を一人でフーフー言いながら運んでいた古株の女性――グレッタさんを見つけるや否や、アタシは全力で駆け寄り、その片側をひょいと持ち上げた。
「グレッタさん、いつも丁寧に教えてくださってありがとうございます! 今日、休憩の時間一緒ですよね? 良かったら、アタシにこの店のいろいろ、教えてもらえませんかぁ?」
グレッタさんは一瞬だけ驚いたようにアタシを見たあと、ふっと口元を緩めた。
【ミッションⅠ:お局の懐に最速で潜り込め!】――クリア。
「いやねぇ? 私もここで長いのよ。でも、今の店長に変わってから、急に売上が落ちちゃってさぁ。私はあの時、上が変わるの反対したんだよぉ?」
「いやだぁ、分かりますよぉ! 上が現場を知らない無能に変わると、そのしわ寄せって全部、一番頑張ってるベテランさんに来ちゃうんですよねぇ!」
「そうなのよー!! 若い子は指示待ちで何も分かってないし、店長は机の上で数字ばっかり見てるしさぁ!」
アタシは親の敵かってくらい深く首を縦に振りながら、脳内のホワイトボードに人間関係の相関図を猛スピードで組み立てていく。
――ターゲット:グレッタ。
・店舗最古参。
・現店長へのヘイトはマックス。
・若い女性店員二人からは「頼れる姉御」として慕われている。
・男性従業員への評価はゴミ以下。
(よし。大体、この城の構造は見えたわね)
【ミッションⅡ:パート戦線において男性従業員は『ノイズ』と見なせ!】
男なんてどうせすぐ辞めるか配置が変わる。
こういう地べたの現場で、本当に細かい派閥と業務の鍵を握っているのは、いつだって長く居座っている女性のネットワークなのだ。
「あ、アヤさん……。今度、歓迎会でもやろうと思うんだけど、どうかな?」
そこへ、空気の読めない若い男性従業員がニヤニヤしながら、声をかけてきた。
(おっとぉ?エロ目だなあ? グレッタさんが目を光らせている目の前で、アタシに声をかけるなんて……。チャァァァンス!!)
「いや〜〜、アタシも入ったばっかりで覚えること多くて、体力的に歓迎会はちょっとしんどいっすね〜」
「え、あ、そうなの……?」
「それよりも、ここの陳列とかみんなで協力してやれば早く終わるし、お客様も気持ちよく買えるのになぁって。今はグレッタさんみたいな一部の優秀な人にばっかり仕事が丸投げされてるでしょ? まあ、だからいつも人手不足で募集かけてるんでしょうけど。アタシは新人なんで、言われた通りにするだけですけどねぇ?」
「あ……あはは、そうだね……。みんなで、やらないと、ね……」
若い男性従業員は、アタシの背後に立つグレッタさんの「地獄の般若」のような視線に耐えきれなくなったのか、引きつった笑いを浮かべてスゴスゴと撤退していった。
「おぉぉ、アヤちゃん凄いねぇ! 私、前からあいつらにガツンと言ってやろうと思ってたんだよ!」
グレッタさんが、今日一番の輝かしい笑顔でガタッと身を乗り出してきた。完全にアタシを「使える愛弟子」としてロックオンした目だ。
「そうなんですかぁ? アタシ、まだ入ったばっかりの新人だから、何も分からなくてぇ。うふふ」
「何でも聞いてちょうだい! この店のことなら、あの使えない店長より、私のほうが百倍知り尽くしているから!」
(勝確だわ……!)
脳内で勝利のファンファーレが鳴り響く。
現場の最高権力者を味方につけたアタシの異世界道具屋プロデュース計画は、ここから本格的に幕を開けるのだった。
◇
――それから一週間後。
「おや、アヤちゃん、おはよう! ちょっと聞いてよ、昨日店長ったらさぁ――」
店へ入った途端、グレッタさんの弾丸トークが始まった。
アタシはプロの相槌を打ちながら、届いた回復薬をテキパキと種類ごとに仕分けていく。
よく売れる売れ筋商品は、ゴールデンライン(一番手に取りやすい中央の棚)へ。重い箱は下段。滅多に売れないマニアックな物は最上段へ。
最初はいちいち確認されていた陈列も、今では、
「アヤちゃん、その辺のディスプレイはもう全部好きにやっちゃっていいからね」
と、グレッタさん直認公認で任されるようになった。
商品の場所を客に聞かれても、店内を探し回る必要は一切ない。
迷っている客がいればすぐに笑顔で声をかけ、棚が空けば在庫の奥からサッと補充する。
そんな前世のスーパーでは「当たり前」だったことを徹底しただけで、店員同士がバックヤードで商品を探して右往左往することも、何も買わずに帰る客の姿も劇的に減っていった。
(はぁ……できればこのまま戦争なんか行かずに、ここで第二のパート人生を平穏に過ごしたいわぁ……)
一か月が経つ頃には、回復系、状態異常回復系、魔力回復系と棚を完全にゾーニングし、文字が読めない冒険者の客にも一目で分かるよう、手書きの「絵付きプレート(ポップ)」まで作った。これが大好評だった。
「アヤ、これはどこに置けばいい?」
足元から声がして見下ろすと、ミルが小さな魔薬の小瓶をそっと口にくわえて持ってきていた。
「あ、それ青い蓋だから毒消しね。あっちの棚の一番右」
「こっち?」
「そうそう、そこ。落として割らないでよ?」
最近ではミルも、店内のどこに何があるのかを完璧に覚え始めていた。
猫のサイズを活かして小さな商品を運んでくれるし、人間の手が届かない木箱の陰へ転がり落ちた瓶も、器用に前足で見つけてくれる。
(ちょっと……そこらのやる気のない男の店員より、ミルのほうがよっぽど有能に働いてるじゃない……!)
「アヤちゃんが来てから、お店の売上が先月の倍になったんだってさ! 店長が奥でホクホク顔してたよ!」
グレッタさんが自分のことのように嬉しそうに教えてくれた。
そして――アタシの手元にも、毎日の汗水たらした努力の結晶として、ようやくあの魔獣師用のタクトを買えるだけの『ジェル』が貯まった。
今日こそ、あの愛想の悪いタクト屋の兄ちゃんの前にお札を叩きつけて、一番いいタクトを買ってやろう。
そう思ってエプロンを外そうとした矢先、店に一人の使いの者が息を切らせて現れた。
「アヤ殿。サマナー様がお呼びです」
「……二人ともですか?」
「はい。至急、神聖なる館へ来るようにとのことです」
せっせと数えていたジェルをぎゅっと握りしめたまま、アタシは深いため息を吐いた。
(ちっ、いいところで……。絶対にろくな話じゃないわよ、これ……)
◇
「あっ! 逃げずにちゃんと来ましたよ、このおばちゃん!」
サマナーの館へ入るなり、相変わらず生意気なトラが、椅子の上で胡坐をかいたままアタシを指差してケラケラと笑った。
「おお、死なずに生きていたか」
隣のテラも長い髭を偉そうに撫でながら、感心したように、どこか見下すような目で頷いている。
「でもさー、ちっともレベル上がってなさそうじゃない? 何してたの?」
トラはアタシを上から下まで小馬鹿にしたように眺め、アタシの足元にいるミルへと退屈そうに視線を移した。
「そりゃお前、しょうがないじゃろ〜。こ奴、生前はただの『おばちゃん』じゃったからなぁ〜。戦い方なぞ知る由もないわ」
「あはは! オバちゃんが魔獣師とかウケる! ギャーハッハッ!!」
トラは手をパンパン叩いて大爆笑し、テラまで意地の悪い笑みで肩を揺らしている。
(くっ……相変わらず、最高にムカつく召喚者ね……!)
まだ本題の仕事の話も聞いていないっていうのに。
アタシはもう、この無礼な空間から回れ右して、今すぐ道具屋のレジ打ちに戻りたくなっていた。




