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女魔獣師が召喚された理由  作者: 凛1129
一章 ため息と共におぎゃあ
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5話 ウインドウショッピング

 ゼノムさんから衝撃の話を聞き、激動の一夜が明けた。


 昨夜はほとんど眠れなかった。

 夜通し布団の中で何度も寝返りを打ったのなんて、何十年ぶりだろうか。息子の空のことで眠れなくなった時以来かもしれない。


 それでも、この若返っている身体のおかげなのか、頭が少しぼんやりする程度で、起き上がるのはそれほど辛くはなかった。


(ん〜、現世にいた頃は、ちょっと睡眠が足りないだけで死ぬほどダルかったからなぁ。若さって、本当にすげぇ……)


 腰も痛くないし、肩も重くない。鏡の前で目の下を確認してみたが、あれだけ眠れなかったのにクマらしいものも見当たらなかった。


 ピチピチの肌をひとしきり堪能してから、窓の外へ目を向ける。

 朝露に濡れた草が、薄い朝日をキラキラと反射していた。


 少し離れた場所では、魔獣のスエキチンが身体を丸めたまま眠っていた。

 昨日、アタシが背中へ派手に吐いたせいで完全に根に持っているようで、あからさまにこちらへ尻尾を向け、尻を向けて寝ている。


 そもそも、ゼノムさんはアタシがすぐに魔獣と契約するとは夢にも思っていなかったらしい。

 自分に合う魔獣を見極め、相手にも選んでもらう必要があるため、早い者勝ちのこの世界でも、契約までは普通ならひと月はかかるそうだ。


 それをアタシは、魔獣を探しに出たその日のうちに契約してしまったのだから、驚かれるのも無理はない。


 ゼノムさんがミルへ『知っていたんだな……』と告げた時も、ミルは何も答えなかった。


 あの言葉が何を意味していたのかは気になるけれど、ミル本人が話さない以上、問い詰める気にもなれなかった。仲間になったのだから、いつか話してくれるのを待てばいい。


 そんな中、契約してしまったものは仕方がないと、ゼノムさんから次のミッションを二つ与えられた。


 一つは、自分専用のタクトを手に入れること。

 そしてもう一つは、もう一匹、オスの魔獣と契約すること。


 この世界の魔獣師は、普通なら三匹ほどの魔獣を扱えるらしい。アタシも当然、そのくらいは契約できるものだと思っていた。

 ところが、ゼノムさんに詳しく調べてもらった結果、残酷な現実を突きつけられることになる。


「アタシは、二匹が限界だとは……」


 窓枠へ両手をつき、朝の空を見上げてガックリと肩を落とした。


 二度と枕を濡らす夜となったよ。お陰様で。


「うわー! アタシってば、どんだけ努力してない人生だったんだぁぁぁ!」


 思わず窓から身を乗り出して叫ぶと、森の奥から何羽もの鳥が一斉に飛び立った。


「朝からうるさいぞ!」


 小屋の外から、スエキチンの不機嫌極まりない怒鳴り声が飛んでくる。


「さーせーんでしたー!」


 おざなりに謝罪を返していると、「アヤ、早いね。おはよう」と背後から声がした。


 振り返ると、ミルが【身体の縮小】のスキルで小さくなった姿で部屋へ入ってきた。床を軽やかに駆け、アタシの足元まで来ると、尻尾をピンと立てて見上げてくる。


「おはよう、ミル」



 ミルもゼノムさんに調べてもらったところ、アタシと契約したことで使えるようになったスキルが二つあった。


【逃げる】と、【身体の縮小】。


(基本、どっちも逃げるためのスキルやん……たぶん……)


 心の中で激しくツッコミを入れる。

ただ、この【身体の縮小】のおかげで、今のミルは普通の猫より少し大きい程度に収まっている。

 昨日までのあの巨大な姿と比べれば、同じ魔獣だとは到底思えないほど愛らしい。


「アヤ? 今日はタクトを手に入れるために動くの? それともオスの魔獣探し?」


 ミルは床へちょこんと座ると、前足を舐め、そのまま念入りに顔を拭き始めた。右、左と何度も顔を擦っている。


(雨……だったら嫌だなぁ……)


 この世界の猫にも「猫が顔を洗うと雨が降る」という話は通じるのだろうか。窓から空を確認したが、今のところ雲はほとんどなかった。


 というわけで、まずはタクトを本格的に探しに行くことに決めた!


「アヤ? 魔獣を探しに行くと思ってたけど、本当にいいの? 先にタクトを手に入れるミッションで」


 街へ続く道を歩きながら、ミルが何度も確認をしてきた。


「いいの、いいの! アタシもこの世界へ来たばかりだしさ。穂波街(ほなみまち)にも一度行ってみたかったしね」


「それが本当の理由?」


「もちろん、タクトが最優先よ」


 アタシが胸を張ると、ミルは何も言わずにこちらを見上げた。完全に「物欲に負けて寄り道したいだけだろ」と疑っている目だ。まあ、否定はしないけれど。


 ゼノムさんの小屋から穂波街までは、歩いて一時間ほどの距離だった。


 舗装されていない道の両側にはのどかな畑が広がり、見たことのない赤紫色の野菜や、アタシの背丈ほどもある黄色い穂が風に揺れている。


 荷車を引いてすれ違う人もいれば、角の生えた小型の魔獣へ荷物を積んで歩く人もいた。


 通り過ぎる人たちは、隣を歩くミルを見るたびに、珍しそうに振り返った。


「やっぱり、魔獣って珍しいの?」


「街の中で連れて歩く人は、そんなに多くないかも」


「ふーん」


 周囲の視線を感じながらも、アタシは少し得意気になっていた。底辺扱いされているとはいえ、隣を歩くミルはどう見ても可愛い。自慢の相棒だ。


 やがて、大きな石造りの門が見えてきた。

その奥には、灰色や赤茶色の屋根が幾重にも連なり、さらに遠くには白い城壁と高い塔が空へ伸びている。門の前には荷車や旅人の列ができ、鎧を着た兵士たちが一人ずつ厳重に確認していた。


高天原の、穂波街。


「うわぁぁぁ……」


 門をくぐった瞬間、思わず感嘆の声が漏れた。

 通りの両側には、色とりどりの看板を掲げた店が隙間なく並んでいた。

焼いた肉の香ばしい匂い。甘い菓子の香り。金属をカンカンと打つ音。客を呼び込む店員の威勢のいい声。


 通りを歩く人々の服装も様々で、鎧姿の者もいれば、長いローブを着た者、耳の尖ったエルフのような者までいる。見るもの全てが珍しく、アタシの視線は右へ左へと忙しく動いた。


 お洒落な服――に見える防具屋。湯気の立つ料理を店先へ並べた飲食店。瓶や奇妙な形の道具が所狭しと積まれた雑貨屋。


 店を見つけるたびに足を止め、ところ構わず中へ入っては、現世のデパ地下を回るようなミーハーな気分で商品を見て回った。


「これ、可愛い!」



 防具屋の壁に掛けられていた、華やかな薄桃色の上着へ手を伸ばす。

一見、ただのオシャレな布地に見えたが、触れてみると中に細い金属線がぎっしりと編み込まれており、見た目よりずっと重かった。


「こちらは軽量防刃服になります」


店員の女性が営業スマイルを浮かべて近づいてきた。


「軽量で、この重さなの?」


「女性用としてはかなり軽いほうですよ」


(この世界の女性、どんだけゴリラ並みの筋力してんのよ……)


 値札らしき札を確認してみたが、数字の読み方も通貨の価値もさっぱり分からない。


 そもそも、アタシはこの世界のお金を一枚も持っていなかった。

 買えないと分かっていても、見るだけならタダだ。主婦のウインドウショッピングを舐めないでほしい。


 別の服を手に取って広げていると、店員がアタシの身なりを値値踏みするように、上から下まで一度見回した。


「お客様、失礼ですが、適性ジョブは何ですか?」


「えっと……魔獣師、ですけど」


 アタシが答えた瞬間、店員の営業スマイルが、面白いくらい綺麗に消え去った。


「あっ……そうですか」


 露骨にトーンダウンした声。

(いやね!最初の前評判、みんな揃って言い過ぎでしょ!?どんだけ嫌われてんのよ魔獣師!)


「女性の魔獣師さん用は、需要がありませんのであまり置いていないのですが……こちらなど、いかがでしょうか」


 店員が奥の棚からぞんざいに出してきたのは、泥にまみれても目立たないような、薄汚れた茶色い丈の長い服だった。肩や胸元に申し訳程度の補強はあるものの、今着ているボロ服と大差ない。完全にド底辺の扱いだった。


(うわー……最初から与えられた服と、あんま変わんないじゃない。センスの欠片もないわね)


 せめて色くらい選びたかったが、女性用の魔獣師装備は、本当にこれしかないらしい。


「アヤ? そろそろタクトを見てみない?」


 足元から、ミルが呆れたような声をかけてきた。店員のあからさまな塩対応と、アタシの不満げな顔を察して、空気を変えようとしてくれたのかもしれない。


「そうね。今日は服を買いに来たんじゃなかったわ。こんな感じの悪い店、こっちから願い下げよ」


 名残惜しく、けれど店員をちょっと睨みつけるように店内を見回し、服を元の場所へ戻した。お金が貯まったら、もっと良い店で仕立てのいい服を買ってやる。


 店を出ると、通りの反対側に、何本ものタクトを看板代わりに吊るした店が見えた。


 細いもの、太いもの、先端に妖しく輝く宝石のついたもの。それらが朝日を反射し、色とりどりの光を放っている。


「あそこかな?」


「多分ね」


 ようやく本来の目的の店を見つけたはずなのに、アタシの鼻は、その隣の店から漂ってくる香ばしい焼き菓子の甘い匂いにピクリと反応していた。現世にいた頃から、甘いものには目がないのだ。


「アヤ」


 ミルの低い声が背中に刺さる。


「分かってるって。今度こそ寄り道しないで、真っ直ぐ行くから」


 ミルの呆れたような視線を背中に受けながら、アタシは今度こそ、目的のタクトの店へと足を向けた。

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