2話 最弱クラス?魔獣師の誕生!
名前の登録が済むと、ようやくそのガキとジジイは、自分たちのことを偉そうに語り始めた。
長い白髭の老人がテラ。その孫であり弟子の美少年がトラ。
二人の仕事は、この世界に別の世界の人間を呼び寄せる『サマナー(召喚士)』なのだという。
(ハリーポッターをさらに黒魔術へ全振りしたような、その禍々しくて豪華な格好はそのためなわけね……)
そして、アタシが今いるこの怪しく輝く魔法陣の大空間は、天国でも地獄でもなかった。死んだ人間の魂を別の世界へ無理やり引っ張ってくるための、いわば『召喚の待合室』らしい。
「つまり……アタシ、やっぱりあのリビングで刺されて死んだのね?」
「うむ。元の世界では、もう完全に心肺停止の脳死状態じゃ。肉体は今頃、血の海で冷たくなっておるぞ」
「そこはもう少し言い方があるでしょ! オブラートに包みなさいよ!」
あまりにストレートな死亡宣告にブチ切れていると、テラは意地の悪い笑みを崩さないまま、これからの予定をのたまわった。
アタシはこれから、この世界で生きていくために魔獣師の家へ預けられ、必要な知識を学ぶらしい。期間は最長で一年。
早く一人前になれば、その前に家を出てもいいそうだ。
(知らない世界で、知らない変人の家に一年間ねぇ……。現世で嫁いだ時でさえ、もう少し心の準備期間があった気がするわよ。いや……あの時はデキ婚の勢いだったっけな?)
ふと余計な過去を思い出しつつも、アタシは素朴な疑問をぶつけてみた。
「でも、なんでわざわざ別の世界の死んだ人間なんて呼ぶのよ。そんな面倒なことしなくても、この世界にいる生え抜きの人間を育てればいいじゃない」
主婦らしいもっともなコストの質問だったが、美少年のトラは待ってましたとばかりに、豪華な黒ローブの胸元に手を当ててドヤ顔を作った。
「召喚された異世界の人は、僕たちこの世界の人間より、何倍も成長速度が早いんです。それに、ある程度までレベルが育つと、世界を揺るがすようなとんでもない規格外の力を発揮するんですよ」
「へぇ……。じゃあ、アタシにもその『世界を揺るがすとんでもない力』とやらの可能性があるってこと?」
アタシが少し期待を込めて身を乗り出すと、トラはアタシのステータス画面を一瞥し、
「あ、可能性だけなら。可能性だけならゼロじゃないですから……ブハッ」
「プククッ……いや、無理じゃろトラ。極振りのド底辺じゃぞ」
二人は揃って手で口を覆い、肩を震わせて吹き出した。
「ちっ……この男どもめ! いちいち癪に障るわね! そこはビジネスライクに嘘でも『あります』って言いなさいよ!」
アタシが拳を握りしめて怒鳴ると、トラはわざとらしく営業スマイルを作り直してニコリと笑った。
「安心してくださいアヤさん。魔獣師としてのベース能力は既にインストールされてますから、一歩外に出れば自分の力が分かりますよ」
(……チッ、腹立つけど顔だけはいいのよね。現世の息子と同い年くらいかしら。余計な口を開かなければ、愛嬌のある可愛い子どもなんだけど)
テラが髭をいじりながら語るには、この国が異世界の人間を召喚できるのは、一年にたった一人だけ。
召喚には『誓約』と呼ばれる強力な因果の縛りが使われており、その絶対的な制限があるからこそ、別の世界で死んだ人間の魂と繋がり、こちらへ引き入れられるらしい。
さらに、人間のサマナーが呼び出せるのは人間だけで、獣人や魔族を呼び出すことは不可能だという。
(年に一人しか引けないプレミアムガチャなわけ? それで出てきたのが四十二年の人生を強制終了された元主婦って、なんかこの国の人たちに申し訳なくなってきたな……。完全にドブガチャじゃないの)
「それで? その『誓約』っていうのは、アタシにも何か関係あるの?」
アタシが何気なく尋ねた瞬間。
それまで偉そうにポーズを決めていた老人と美少年が、綺麗に揃ってアタシから視線を逸らした。
嫌な予感しかしない。現世のパート先で、急にシフトの穴埋めを頼まれる直前の店長と同じ目だ。
「……召喚された者は、強大な力を得る代わりに、この国の戦争へ参加する。それが召喚の『誓約』の絶対条件じゃ」
「……は? 戦争?」
「でも安心してください! すぐに最前線へ放り込んだりはしませんから。まずはテラ師匠の知り合いの家で――」
「ちょっと待ちなさいよ。アタシ、そんな命懸けの契約にハンコを押した覚えなんて爪の先ほどもないんだけど」
トラの言い訳を遮って鋭く詰め寄ると、きらびやかな大空間が急にシンと静まり返った。
テラは白い髭を優雅になでつけながら、あの最高に意地の悪いニヤケ顔でアタシを見てきた。
「お主、さっき自分の口で、はっきりと名前を名乗ったじゃろ?」
「名乗ったわよ。岡村綾子って」
「召喚したサマナーへ、自らその真名を伝えた時点で、『誓約』は完全自動で成立するシステムになっておるのじゃ」
「……えっ?」
はあ――っ!?
アタシは何も知らされないまま、口頭確認だけで特級の奴隷契約を結ばされたようなものらしい。
(現世にいた頃は、怪しい還付金詐欺や特殊詐欺には絶対に引っかからないよう、あんなに気をつけて生きてたのに……! あの世の詐欺グループのほうがよっぽど悪質じゃないの!)
アタシは怒りで肩を震わせながら、美少年のトラを睨みつけた。
「ちなみに。アタシがさっき意地でも名前を言わなかったら、どうなってたわけ?」
「あ、その場合は回路が遮断されて、元の世界で刺されたまま確定で死んでましたね」
「選択肢が『死ぬ』か『戦争に行く』の二択しかないじゃないのよ!!」
「もう死んどるけどのぉ! ホッホッホッホ!!」
老人はローブを揺らし、これ以上ないほど楽しそうに高笑いした。
(リアルで初めて聞いたわ。ホッホッホーって心の底から邪悪に笑うクソジジイ……!)
要するに、アタシは死んだ。
生き直す機会はもらった。
その代わり、一年以内に魔獣師として成長し、戦争へ参加しなければならないのだ。
(異世界で人生をやり直せるって聞いたら、もう少し夢のある話だと思うでしょ……)
◇
「あーあ、行っちゃいましたね。ゼノムさんの所に」
重厚な扉がパタンと閉じたあとも、美少年のトラはしばらくその場から動かなかった。
つい先ほどまでアヤが立っていたきらびやかな召喚陣は、その役目を終え、床へ溶け込むようにじわじわと光を失っていく。部屋に残ったのは、天井から吊り下げられた魔石灯の淡い明かりと、どこか物寂しい二人分の影だけだった。
トラが退屈そうに扉を見つめていると、隣に立つテラも立派な白い髭を撫でながら、小さく首を振った。
「ゼノムも昔は、魔獣師として泣く子も黙る一流の男じゃったがのぉ……」
「今は大戦の影響で魔獣師自体が絶滅寸前ですし、ましてや、まともな神経の女性が就くようなジョブじゃないですからね。……確か、過去に女性で魔獣師になった人って、全員――」
「こればかりは世界の因果じゃ、仕方のないことよ。我々のプレミアムガチャでは、誰が来るかまでは選べんからのぉ。ま、あの逞しいおばさんなら、案外しぶとく生き残るかもしれんぞ。ホッホッホ」
二人の不穏なヒソヒソ話など知る由もなく、アヤの異世界ライフは強制的に幕を開けていた。
◇
「……あ。でも、意外と体力あるな、今のアタシ」
テラからもらった古びた羊皮紙の地図を頼りに、うっそうとした森の獣道を歩く。現世にいた頃なら一瞬で膝が笑うような悪路なのに、十代の若返った肉体のおかげか、息一つ切らさずに目的地へとたどり着くことができた。
目の前に現れたのは、頑丈な大木を組み合わせて作られた、見上げるほど巨大な木造の小屋だ。
しかし、この近くに来た瞬間から、アタシの脳内にはあの詐欺師師弟が言っていた「魔獣師の力」とやらが、最悪な形で身に染みまくっていた。
『チッ……また人間がナワバリに入ってきやがった。隙があったら後ろから噛み殺して肉を喰うぞ』
『は〜、マジで交尾してぇ。誰かいいメスいねぇかなぁ。交尾交尾』
『腹減ったなぁ。あの人間、美味そうだけど硬そうだなぁ』
その辺の木の上や茂みにいる、一見かわいいリスや鳥みたいな小動物たちの「生々しすぎる本音」が、ダイレクトに日本語の音声として脳内へ爆音で流れ込んでくるようになったのだ。
「……あの、こんにちはー。そこのデカい牛みたいな、角の生えた君?」
おそるおそる、道を塞いでいた巨大なウシ型の獣に声をかけてみる。
「……(ピクリと耳を動かしてガン無視)」
『うーわ、何この人間。急に話しかけてきたし、うわ、マジウザ。こっち見んなよ。あー、ハエのほうがまだマシだわ』
基本は、こちらの言葉を喋っても相手には通じず、アタシが一方的に彼らの文句や愚痴を受信するだけ。
(なんか、世界の野生動物って驚くほど欲望と文句しか言わないのね……。現世のパート先の愚痴っぽいお局様のほうが、まだ上品だったわよ)
とはいえ、空気が美味しくて自然も豊か。遥か遠くには、中世のヨーロッパ映画に出てきそうな白いお城や賑やかな町が小さく見える。
動物の文句がうるさいこと以外は特に変わったところもなく、どこかの秘境の遺跡へ旅行にでも来たような、妙にのんびりした感覚だった。
「ごめんくださーい」
返事はない。
「ゼノムさーん。サマナーのテラさんから聞いて来ましたー」
やはり、シンと静まり返っている。
(もしかして留守かしら?)
改めて、目の前の巨大な木の小屋を観察する。
壁の木材は古びているけれど、カビたり腐ったりしている様子は一切ない。煙突の横には、美しいカマボコ型に薪がぎっしりと積まれ、庭も雑草だらけというわけではなかった。
(だらしのない男の一人暮らしってわけじゃなさそうね。ちゃんと手入れはしてるわ)
それにしても、本当にバカみたいに大きい建物だ。
(もしかして、この世界の魔獣師って巨人族なのかしら……)
「お前さん、そこで何をおっぱじめとるん?」
「ひゃうっ!?」
背後からいきなり低音の声をかけられ、アタシは心臓が飛び出るかと思うほど驚いて飛び上がった。
恐る恐る振り返ると、そこには三百六十度、どこからどう見ても、ただのヨボヨボのおじいさんが立っていた。
背が低く、腰が少し曲がっており、異世界の魔獣師というよりは、現世の田舎の山奥にいるベテランの木こりのような風体だ。
「し、失礼しました! アタシ、今日からお世話になるアヤと申します!」
慌てて現世の主婦のペコペコお辞儀を繰り出すと、おじいさんは細い目をさらに細めて、アタシと巨大な小屋を交互に見つめた。
「おお、テラから話は聞いとるよ。だがな、お嬢ちゃん……」
「だが、何でしょう?」
「そこ、ワシの便所じゃ」
「は――!?!??」
(これがトイレ!? この頑丈な大扉といい、全体の建物の大きさといい、いくらなんでも規格外のラグジュアリーが過ぎやしませんか!?)
「ワシの家はアッチじゃよ」
ゼノムさんは、その大豪邸の反対側にある、マッチ箱を置いたような本当に小さな、おまけのような犬小屋サイズの小屋を指さした。
「ちっさ!! 普通逆だろがい!!」
アタシが容赦ない全力のツッコミを炸裂させた、まさにその瞬間だった。
――ドォォォスンッ!!!
地面がバウンドするような軽い地響きが起き、突風がアタシの髪を激しく巻き上げた。
驚愕してロボットのようにギギギと後ろを振り向くと、そこには、目も眩むような純白の毛並みを持った巨大な狼が、音もなく着地していた。
「でっ……でかっ!! マジで怖っ!!!」
首が直角に折れるほど見上げて、ようやくその凶悪な鼻先と、金色の鋭い瞳が視界に入るレベルだ。身体が恐怖で完全にロックされ、指先一つ動かせない。
(五メートル……いや、それどころじゃないわ、化け物よこれ! 逃げなきゃ、一噛みでミンチにされるわ!!)
そんなアタシの絶望をよそに、木こりじいさんのゼノムさんは、ひょこひょことその化け物狼に近づいて頭を撫でた。
「おや、スエキチン、お帰り。今日の狩りはどうじゃった?」
「おう、ゼノム。まぁまぁだ」
「はっ……!? お、お知り合い……なわけ!?」
巨大な白狼は、人間の渋いオジサンのような声で当たり前のように返事をすると、アタシをゴミを見るような一瞥であしらい、そのまま、あの見上げるほど巨大な大豪邸の中へと優雅に入っていった。
(ちょっと待てぇぇい!! あんたの飼い狼のサイズに合わせて、あの規格外のトイレを作ってたんかいッッ!!)
これが、アタシがこの世界で初めて「魔獣師」というジョブの本当のスケールと、これからの苦難を悟った瞬間だった。




