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女魔獣師が召喚された理由  作者: 凛1129
一章 ため息と共におぎゃあ
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1話 若さを手に入れる気まずさ!


「うわーっ! 魔獣師ですよ、師匠。信じられます? よりによって一番のハズレ職を引いちゃいましたよ!」


「ホントじゃ! ほら見ろ、あんなに便器便器と騒ぐから、世界の理がヘソを曲げてこんなゴミ職業を寄越しおったんじゃ。言わんこっちゃない」


 耳元で、これ以上ないほど失礼な声がキャンキャンと騒ぎ立てている。


 ここは天国なのか、それとも地獄なのか。そんなことよりも、意識を取り戻した瞬間に「盛大な失敗作」として扱われていることだけは、その舐め腐った声の調子で一発で理解できた。


 重いまぶたを無理やりこじ開けると、アタシは言葉を失った。


 視界に飛び込んできたのは、無数の巨大な紫のクリスタルが怪しくきらめき、幾重もの精密な天球儀や魔法陣が浮かぶ、息を呑むほど幻想的な大空間だった。

 

 そしてその中心で、この世のものとは思えないほど豪奢な黒い魔術師ローブをまとった二人が、アタシの顔を覗き込んでいた。


 一人は、長い白髪と立派な髭を蓄えた、歴史の教科書に出てきそうな老人。

 

 もう一人は、銀色の髪に端正な顔立ちをした、アイドルのような美少年。


ビジュアルだけ見れば文句なしの超一流ファンタジーなのだが――その表情が、控えめに言って最悪だった。


 老人は「まぁ見てみなさいよ」とでも言うように、人を喰ったような意地の悪いニヤケ顔で手を広げている。

 

 少年はポッケに手を突っ込み、底冷えするような冷ややかな目でアタシを見下ろしながら、口元を「フッ」と傲慢に歪めて勝ち誇ったように笑っていた。

 

 二人はアタシと目が合うなり、何事もなかったように白々しく視線を泳がせ、天井のクリスタルを見上げて口笛を吹き始めた。


(アンタたちか! 人の厳かな刺殺の修羅場を、便器の詰まりで片付けようとしたクソ野郎どもは!)


 文句のひと言やふた言、いやその綺麗な顔に往復ビンタの数発でもお見舞いしてやりたいが、まずはここがどこなのかをハッキリさせるのが先決だ。


 アタシは勢いよく上半身を起こすと、輝く魔法陣の上に座ったまま、二人を交互にギロリと睨みつけた。


「えっと。まずは謝罪の一言でもあって然るべきだと思いますけど? なにか詰まっているとかなんとか、死に際のアタシの脳内に最低な漫才を響かせてくれたのは、間違いなくアンタたちよね?」


 アタシの直球すぎるツッコミに、ポッケに手を入れたままの美少年が「げっ」という顔をしてわずかに眉をひそめた。


「えっ? 嘘、なんで聞こえてたんですか!? あの召喚回路、こちらの音声は遮断されてるはずじゃ……」


「いやぁ、そんなつもりは……アハハ。ちょっとした技術的なエラーというか、不具合というか? ねぇ、師匠?」


 老人と少年は互いに肩をすくめ合いながら、揃って顔を引きつらせて愛想笑いを浮かべている。この圧倒的に神秘的な空間で、やっている小細工がセコすぎる。


「……まぁ、済んだことは水に流そう。詰まりだけにのぉ! ガハハ!」


「師匠、それ今一番言っちゃダメなやつです」


 自分で言っておいて勝手に大ウケしている白髭の老人が、わざとらしい咳払いをして話を逸らしてきた。


「ところで、お主。名前は?」


「岡村。岡村綾子。42歳、元主婦よ」


「そうかそうか、アヤコな。では、さっさと始めるとするかの。ボロが出る前に」


 老人が顎でクイッと合図すると、少年は一歩前へ出て、手にした細いタクトのような棒を、まるで虫ケラでも検分するようにアタシの鼻先へ突きつけてきた。

 

 その突然の非礼にアタシが不快さを隠さずに黙っていると、少年は薄っすらと目を閉じ、聞いたこともない呪文を唱え始めた。


 空間のクリスタルが共鳴し、アタシの身体から怪しげな紫色の光がにじみ出す。

 目の前には、文字とも記号ともつかないホログラムのステータス画面が薄く浮かび上がった。


「えっ、なんなのこれ? SF映画?」


「コレですか? あなたが現世でどれだけ『徳』や『努力』を積んできたか、こちらの世界での能力値として翻訳したものです。まあ、あなたの人生の通知表ですね」


 少年は鼻で笑うような説明をしながら老人の隣へ戻り、二人で浮かび上がった光の画面を覗き込んだ。


 最初はニヤニヤしながら眺めていた二人だったが、文字を追うにつれてその顔から笑みが完全に消え失せ、やがて揃って、なんとも言えない哀れみと蔑みの表情をアタシに向けてきた。


「うわぁ……これは……」


「こりゃ酷い。過去一のド底辺かもしれんぞ。おい、お主本当に42年も生きてきたのか?」


「師匠、多分この人、現世で全く努力しないでダラダラ生きてきたんでしょうね。なにか一つでも極めようとした形跡が綺麗さっぱりゼロですよ」


「全くじゃ。こんなに何も頑張らんでも生きていける世界があるとは、逆に羨ましいのぉ。プッ、クスクス……」


 二人はアタシが目の前にいることも忘れ、豪華なローブの肩を震わせて笑いを堪えながら、好き勝手にディスりまくっている。


 背景の美しい魔法陣が、こいつらの性格の悪さをこれ以上ないほど引き立てていた。


(ぬぬぬぬぬ……さっきから聞いていれば、このガキとジジイの分際で、好き放題抜かしおって……!)

 

「さて、名前じゃが……」


 豪華なローブを翻しながら、白髭の老人がいかにもマイペースに話を先へ進めようとする。


「ちょっと待ちなさいよ。えっと、アタシの質問は……?」


 さっきから何一つ答えてもらえていないのだ。普通、こういう異世界召喚の時は、もっと親切に世界観とかを詳しく説明するものでしょう? 説明を!


「すぐに分かるさ。まず、この国高天原(たかいだけのはら)に来た者は、皆、自分で新しい名前を決めるルールになっておるのじゃ」


(いやいやいや! あんなコテコテのファンタジー空間にいながら、国の名前が『たかいだけのはら』って、めちゃくちゃ和風だしダジャレだし、全然頭に入ってこないんだけど……。絶対ふざけてるでしょ、このジジイ)


 見た目だけなら最高位の神様でも名乗りそうな威厳がある老人なのに、口から出てくるネーミングセンスは思った以上に適当だ。


 聞き間違いかと思って美少年の顔を見るが、彼は何の疑問も持っていないらしく、涼しい顔で平然と頷いている。


 顔がいいだけに、そのスンとした態度が余計に腹立たしい。


「一応、参考までに。この世界へ新しくやってきた者が、よく使っている人気の名前とサンプルを見せてあげましょう」


 少年が傲慢な笑みを崩さないままタクトを持ち上げ、宙へ流れるように手首を動かした。

 

 空間にきらめく紫色の光が細い軌跡となって残り、その中心に、三人の女性の顔グラフィックとステータスが映画のスクリーンのように浮かび上がった。


【レティシア 二十一歳】

【アンジェリカ 十七歳】

【セリーヌ 十九歳】


 どれもこれも、現世のアイドルが裸足で逃げ出すような超絶美少女ばかりで、名前までお約束のラノベやゲームに出てきそうなキラキラネームだ。


(つーか、若っ! こんな十代のピチピチの女の子たちに合わせて、アタシまでラノベみたいな可愛い名前をつけるわけ!?四十二歳で『レティシア❤』とか名乗ったら、さすがにイタすぎて自分で自分を笑い殺しちゃうわよ)


「いやぁ……アタシ、現世では結構いい歳いってたからさ。ちょっとそういうお姫様みたいな名前は、本気で抵抗あるなぁ」


 アタシが顔の横で全力で手を振ると、老人は「おや」という顔をして、不思議そうに首を傾げた。


「お主、何を言っておる。お主だって、今は十分に若いじゃないか?」


「……はっ? 何言ってんのよ、アタシは四十二の――」


「ほれ、そこの鏡を見てみるがよい」


 老人が細い指で示した先には、大空間の壁の一部かと思うほど、巨大で装飾の美しい大鏡が置かれていた。


 アタシは二人の顔を交互に見たあと、半信半疑のまま、おそるおそる鏡へと近づいていく。

 そこに映し出されていたのは、全く見覚えのない、けれど息を呑むほど瑞々しい若い女の姿だった。驚いて後ろを振り返ってみたが、当然、背後には誰もいない。

 試しに自分の右頬へ触れてみると、大鏡の中の若い女も、全く同じタイミングで驚いたように頬へ手を当てた。


「……嘘、これ、アタシ……!?」


 目元を指で思いきり引っ張り、頬を強くつまみ、横を向いて顎の輪郭まで確かめる。

 

 死ぬ間際まで酒と疲労でくすんでいた肌には、シミもシワも一つもなく、信じられないほどの弾力と張りがある。髪にも天使の輪のような艶が戻っていた。


 どう見ても十代の終わりか、せいぜい二十歳そこそこの、生命力に満ち溢れた少女の姿だ。


「若いっ! 嘘でしょ、若すぎる! それに……ちょっと、アタシ、結構顔もイケてるじゃないの!」


 胸の前で両手をギュッと握りしめ、今度は鏡に張り付くように顔を近づけた。

 

 右を向いても悪くない。左を向いても悪くない。顎を少し引いて流し目をしてみれば、さっき少年がドヤ顔で見せてきた『レティシア』たちにも、ビジュアルで全然負けていない気がしてきた。


 死ぬ直前まで胸の中にドロドロと溜まっていた、あの息子のことや人生の後悔といった鬱屈が、凄まじい「若さのパワー」によって一瞬で消し飛んでいく。

 

 アタシが一人でノリノリになって、大鏡の前で何度もポーズや角度を変えてウットリしていると、背後から少年が、これ以上ないほど冷めきった目をして、遠慮がちに手招きしてきた。


「あの、すいません。アヤコさん。あなたのナルシストタイムのせいで予定が全然進まないんで、そろそろ名前を決めてもらってもいいですか?」


 鏡に夢中になってキャッキャしていた醜態を、最初から最後まであのクソ生意気な美少年に生温かい目で見られていたことに気づき、アタシは一瞬で硬直した。

 何事もなかったかのようにすっと背筋を伸ばし、髪をサッと整えながら二人の前へ戻る。

耳の辺りが茹で上がるように熱くなっていたが、それには一生触れないことに決めた。 


(名前ねぇ……。いくら見た目がピチピチの美少女に若返ったからって、急に中世ヨーロッパの貴族みたいな別人格の名前を名乗るのも、さすがにハードルが高すぎるわよ)


試しに、脳内でシミュレーションしてみる。


『アタシの名前は、マリアベル・フォン・ローゼンバーグ! よろしくね☆』


頭の中で、今の若い身体になったアヤコが、バチコンと完璧なウィンクを決めて指で星を作っている地獄のような映像が浮かび上がった。


(絶対に言えん……! 逆立ちしても言えんぞぉ……っ! どれだけ顔が若くなろうが、中身は数分前まで缶チューハイ片手にテレビの砂嵐を見ていた四十二歳のババァなんだ。ここで調子に乗ったら、絶対に数日後の夜、恥ずかしさのあまりベッドの中で布団を蹴り飛ばしてのたうち回るハメになる!)


お姫様みたいなキラキラネームを脳内で一つずつ抹殺していくうちに、ふと、現世に残してきた最愛の息子の顔が頭をよぎった。


(……空。あの子、本当に『お前の都合』でしか生きてこなかったアタシを、これで完全に拒絶(子無し)できたわけね。……せいせいしたかしら)


一瞬だけ胸の奥がチクリと痛んだが、アタシはすぐに顔を上げ、未練をすべて振り払うようにパンッと勢いよく両手を叩いた。


「よしっ、決めたわ! 『アヤ』。これからはアヤでいく!」


「「えーーーっ!? そんな手抜き全開の、変な響きの名前で本当にいいのぉ!?」」


黒い豪奢なローブを翻し、老人と少年が同時にものすごい勢いで身を乗り出してきた。

その顔は、まるで「せっかくの超絶美少女のビジュアルが台無しのゴミネームじゃん……」とでも言いたげな、心底理解できないという絶望に満ち溢れている。


(なんとなく予想はついていたけど、人の名前を捕まえて変って言うんじゃないわよ! アンタたちの『たかいだけのはら』っていうふざけた国名よりは、よっぽど、よっぽどまともでしょうがァァァ!!)


こうして、背中を滅多刺しにされた四十二歳の元主婦・岡村綾子は、謎の超一流ビジュアル煽りカス師弟によって、最低最悪の不遇職『魔獣師アヤ』として、このダジャレまみれの異世界へと強制放流されるのだった。

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