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女魔獣師が召喚された理由  作者: 凛1129
悲しみを越えてガチ修行編
26/26

11話 その名を呼ぶ者


 ◇


【高天原 城内】


「なにぃ? レグナスが一人の女魔獣師に殺されただと?」


 マガツが立ち上がって怒鳴ると、王室にいた兵士たちが一斉に姿勢を正した。


「ネネネなら分かる……だが、魔獣師……しかも女だと?」


「はっ! 神獣の名は不明。種族は鬼神族と思われ、双角を持つ若いメス魔獣であると報告を受けています!」


「まさか、アカネか……すぐにゼノムをここへ呼び出せ!」


 第六親衛隊を失った以上、すぐに次の部隊を送り込むわけにもいかなかった。ただでさえガルド帝国との戦いを抱えているうえ、ザルドはベルン共和国の領内にある。


 何より、ネネネたちを野放しにはできない。


 八雲ヶ原で何が起きたのか。その真相を知る者たちが生きている限り、高天原にとって火種は消えない。それどころか、今やザルドという拠点まで手に入れ、第六親衛隊を退けるほどの戦力を持ってしまった。


「私がザルドへ参りましょう」

 それまで黙っていた素空が口を開いた。

「大軍を動かせばベルン共和国への説明が必要になります。少数だけ連れ、事実確認という形であれば問題にはならないでしょう」


「……よかろう。だが勝手な真似はするな。まずは見てこい」


 ◇


【ベルン共和国 最高執政官室】


「あの山賊の町が、高天原選りすぐりの第六親衛隊を撃退いたしました、サーラ様」


「ほう。神獣の噂は本当であったか」


 サーラが興味を持ったのは神獣そのものより、ザルドが高天原の精鋭一個隊を退けたという事実だった。


「高天原から、ザルド討伐への加勢を求められております。いかがいたしましょうか」


「断れ」


「しかし、一応は友軍なのでは……」


「今は利害が一致しているだけだ。マガツはアルカディアの覇権を握りたい。我々にも高天原と手を組む利がある。それだけの関係だろう」


 まして、ベルン共和国がザルドを攻めるとなれば事情が違う。


 共和国成立以前、ザルドは一つの小国だった。領土が広がり人口が増え、その繁栄からあぶれた者たちを受け入れてきたのがバルガスである。


 罪を犯した者は個別に捕らえればいい。だが、国軍を差し向けて町そのものを潰せば、同じ国に生きる者を国が滅ぼしたことになる。その歴史を知る国民が黙っているはずもなく、下手をすれば国内に新たな火種を作るだけだった。


 だからこそ、これまではザルドの多少の素行には目を瞑ってきた。


「だが、第六親衛隊まで退けたとなれば話は変わる」


「と、申しますと?」


「今まで目を瞑っていただけの町が、高天原を削れるほどの力を持ったということだ」


 ならば潰すより、利用した方がいい。


 高天原がガルド帝国との戦いを抱えている今、ザルドまで敵に回れば、その戦力はさらに削られる。ベルンが自ら兵を失う必要もない。


「ザルドと手を結ぶおつもりで?」


「手を結ぶか……わりと妙案だな、それも……」


 サーラはワインを一口含み、周囲の従者たちにザルド周辺の状況や備蓄についていくつか確認すると、すぐに次の指示を出した。


「よし、高天原が再び兵を送るようなら物資を用意しておけ」


「ザルドへ、ですか?」


「ああ。武器、食糧、薬……何でもいい」


 ◇


「ぜんか〜い!」

 あの戦争が終結してから三日……三日だ!

「若いってすんばらしい〜わねー♪回復力が違う!おばちゃんとはやっぱ違うわー♪」


 今オルトロスに乗り、小さくなったミルとアカネさんとでベルン川に沿って走っている。

 

 そうあの場所に向かっている……


 ◇


「線香の代わりになるか分からないけど、町で売ってた御香に近いものだと思う」


 アタシはフジを火葬した場所のそばに作った墓へ、花と一緒に御香を供えて手を合わせた。


「コボルトウルフの子に墓か……」


 アカネさんはキセルをふかしながら、いつもより大人しくしていた。『ふー』と吐き出す煙も、どこか儚げに見える。


(そっか……全然見た目は違うけど、魔獣同士だもんね……)


 そんなことを考えていると、アカネさんが何かを墓前へ放り投げた。


 ゴロゴロゴロ――。


 ピタッ。


 転がってきたものが、アタシの目の前で止まる。


「うっ! ……あの時のイケメン、レグナスの……頭?」


(うっわ〜……うっすら開いた目と合っちゃったじゃないのよ)


「せめてもの供養じゃ。生けといてくれ……」


「こんなグロいものフジの墓前に置けるかー!」



 ◇


 ベルン越境事変はザルド側が防衛に成功したことで、町に大きな被害を出すことなく終わった。


「ミル、【速攻】!」


 ザシュッン――!


 次の瞬間、藁人形に斜めの線が走り、そのまま袈裟斬りに崩れ落ちた。


「おお〜!」


『どう!?』


「全然見えなかった!」


 アタシの成長とは別に、ミルもアカネさんから直接体術を教わり、ようやく攻撃技を覚えたのだ。


 まだアカネさんほどではないものの、今のミルなら一般兵程度を相手にしても十分戦えるらしい。それだけではなく、ベルン越境事変を経験したことで今まで覚えていた能力も軒並み強化されていた。


 ミル

【逃がす】……対象が小個隊程度まで増加

【盗む】…………四、五人程度から同時に盗める

【欺く】…………小隊程度まで広範囲化

【縮小】…………小さくなっても力が変わらない

【速攻】…………音速並みの速度で攻撃する


 一方、アカネさんは既に【神獣】まで成長しているため、これ以上新しい能力を覚えるには、自分より強い相手でも現れない限り難しいそうだ。


 あとで勉強して分かったことだけど、鬼神族の攻撃そのものは意外と単純で、男女による違いも主に得意とする距離にあるらしい。


 それでも強いのは、圧倒的な速さと威力があるからだ。


 相手が何かを仕掛けるより先に近づいて殴る。魔法だろうと何だろうと、当たらなければ意味がない。アカネさんを見ていると、嫌というほど納得できる。


 そして何よりも――。


「アタシも成長しましたよお〜! いやね、そりゃあ最初は悲しみに暮れたり、地獄の修行に耐え抜いたりね? アハハー!」


「ダメだ! 母ちゃん完全に酔ってるぜ!」


「そうニャ! 戦争から目が覚めたら、特殊な召喚者を倒した英雄だもんニャ! 調子乗っとるニャ!」


 実際、アカネさんによれば実戦を終えたあとの成長はかなり大きいらしい。アタシも一応は召喚者だから成長が早く、今ではザルドにいる一般の女性魔獣師たちと比べても基礎能力はかなり上回っている。


 召喚者を育てるのは初めてだったアカネさんにとっても、これは嬉しい誤算だったようで、珍しく褒めてくれた。


「はあーーー!」


 ズドゥゥゥン――!


「うっ……!」


 モサッ――。


 雪原へすっ飛ばされたアタシは、まだその場で踏ん張ることこそできないものの、以前のように気絶したり悶絶したりすることはなくなった。


 最近では実戦形式の訓練にチャトランさんも付き合ってくれるようになり、ネネネさんからは魔法についての講習を受けている。ギソンさんはアカネさんから防御特化の戦い方とオーラを纏う訓練を教わっていて、意外なところではバルガスさんまで先生役として参加してくれるようになった。

 

 ◇


「今回、高天原の連中が攻めてきたことで、町の軍事力を上げることになった」


 定例会議が始まるなり、バルガスさんからそんな話が出た。今回の防衛戦を受け、町のみんなを守るためにも兵を増やすことにしたらしい。


「ええ? 宿泊客と魔獣園の収益だけで、そこまでイケる目処が立ったんですか?」


(アタシの計算じゃ、あと半年くらいは難しいと思ってたんだけど……)


「いや、ベルン共和国から物資やジェム、それに武器まで提供してもらえることになったんじゃよ。ガッハッハ!」


「山賊が認められたニャか? すごい国ニャ、ベルン共和国は」


「チャトランさん。恐らくベルンとしては、高天原と我々が交戦して削り合う方が都合がよろしいのでしょう」


 ネネネさんが冷静に指摘すると、バルガスさんがニヤリと笑った。


「高天原の元親衛隊が二人もいて、俺がそこまで分かってねぇと思うか?」


「親方? どういうことだ?」


「実はな、使者との話し合いにはアヤも入れてたんだ」


「ほんとか! なんで言わないニャアァ!?」


「ちょっ、痛い痛い!」


 チャトランさんがアタシの肩をポカスカ叩いてくる。


「だって、上手くいくとは思ってなかったんだもの」


 話し合いに出たのは、主にバルガスさんとアタシ、それにアカネさんだった。


 最初にベルンから提示されたのは、高天原と戦うなら支援してもいいという、なんとも分かりやすい話だった。けれど、アタシにしてみれば冗談じゃない。ここにいる山賊の人たちは、今では一緒に町を作っている仲間だ。それを高天原を弱らせるための捨て駒みたいに扱われてたまるものかと使者に文句を言った。


 まさか、その話がそのまま上まで届くとは思わなかったけれど――使者が帰った翌日、サーラ最高執政官本人がザルドまでやって来た。


『使者の無礼、心よりお詫び申し上げる』


 第一声がそれだったから、こっちの方が驚いてしまった。


 そのうえでサーラさんが持ちかけてきたのは、単なる支援ではなく取引だった。


 ベルン共和国内で持て余している荒くれ者や、罪を犯しても立ち直る余地のある者をザルドで引き受ける。その更生と仕事の世話をこちらが担う代わりに、ベルンは人員の補充に加えて、町の運営に必要な物資やジェム、武器まで提供するという。


 考えてみれば、現在のザルドでは地域内の山賊による強奪が一件も起きていない。宿泊施設や魔獣園で働く人も増え、山賊の町なりに積み上げてきた実績が、ようやくベルンにも認められ始めたらしい。


 もっとも、サーラさんがそれだけで動いたわけではない。


『私は高天原のマガツが嫌いでね。山賊だろうと、高天原で暴れる分には正直知ったことではない。戦時中だしな』


 そう言ってバルガスさんと目を合わせていた辺り、高天原を困らせたい気持ちもしっかり残っているのだろう。


「つーわけで、これからますます悪い奴らが集まってくる! 皆も気ぃ引き締めて付き合ってやってくれ!」


 バルガスさんはそう言うと、随分と満足そうに笑った。


  ◇


 キッカケは些細なことだった。


 一人の男がザルドの町へ入り、受付にいた山賊へいちゃもんをつけたのだ。


「レグナス殿を負かすほどの手練がいる町と聞いて来てみれば、掃き溜めのような所だな」


「お客さんですか……? 勘弁してくださいよぉ。ここじゃ我々、喧嘩できないんすから……」


「ほう、そうか。ならば私から売ってやろう。買うかどうかは好きにしろ」


 ザシュッ――!


「ぐわぁぁぁ! 痛え! 痛えよぉぉ!」


 男が刀を一振りすると、受付をしていた山賊の腕が地面へ落ちた。


「どうしたニャ……っ! お前、あの時の召喚者!」


 騒ぎを聞きつけてやって来たチャトランさんを見ると、男は刀についた血を振り払った。


「チャトラン殿か。ネネネはどうした」


「何しに来たニャ……!」


「レグナス殿が討たれた件について、いくつか確認しに来た。それと――」


 男はチャトランさんへ刀を向ける。


「お前たちは現在、高天原では罪人だ。見つけた以上、捕らえさせてもらう」


「罪人ニャとぉ! それは貴様の方ニャ!」


 言い終わるより早くチャトランさんの姿が消え、瞬時に男の背後へ回り込んだ。



  ◇


 キッカケは些細なことだった。一人の男がザルドの町へ入り、受付にいた山賊へいちゃもんをつけたのだ。


「レグナス殿を負かすほどの手練がいる町と聞いて来てみれば、掃き溜めのような所だな」


「お客さんですか……? 勘弁してくださいよぉ。ここじゃ我々、喧嘩できないんすから……」


「ほう、そうか。ならば私から売ってやろう。買うかどうかは好きにしろ」


 ザシュッ――!


「ぐわぁぁぁ! 痛え! 痛えよぉぉ!」


 男が刀を一振りすると、受付をしていた山賊の腕が地面へ落ちた。


「どうしたニャ……っ! お前、あの時の召喚者!」


 騒ぎを聞きつけてやって来たチャトランさんを見ると、男は刀についた血を振り払った。


「チャトラン殿か。ネネネはどうした」


「何しに来たニャ……!」


「レグナス殿が討たれた件について、いくつか確認しに来た。それと、お前たちは現在、高天原では罪人だ。見つけた以上、捕らえさせてもらう」


「罪人ニャとぉ! それは貴様の方ニャ!」


 言い終わるより早くチャトランさんは瞬時に男の背後へ回り込んだ。



  ◇


「チャトランさん! 何があったんですか!」


 町の人から暴漢が出たと知らされ、魔獣園にいたアタシは急いで受付所へ駆けつけた。


 そこには既に倒れているチャトランさんと、一人の男が立っていた。見間違えるはずがない。八雲ヶ原で町の人たちを惨殺した召喚者――素空だ。


「アヤ、離れておれぇぇ!」


 アカネさんが横から飛び込み、ドクロの杖で素空へ殴りかかったが、素空はその一撃を片腕で受け止めると、すぐさま反撃に転じた。


「えっ……」


 そこから始まった攻防は、今のアタシでもほとんど目で追えなかった。杖と刀が激しくぶつかり合い、一瞬姿を捉えたと思えば次には別の場所へ移っている。


「アヤ! 離れろって、アカネさんが!」


「わ、分かってる!」


 何をしているのかまでは分からなくても、いつものアカネさんと違うことだけは分かった。レグナスさんを相手にしていた時のような余裕が、まるでない。


「ミル、【欺く】!」


『うん!』


「……っ」


 素空の身体が一瞬よろめいたものの、攻撃はアカネさんから逸れず、その後も何事もなかったかのように正確な攻撃を繰り返している。


「なんで!? 効いてないの?」


『僕に言われても分かんないよ!』


「ぐっ!」


 次の瞬間、アカネさんの身体がこちらへ吹き飛んできた。咄嗟に受け止めたものの勢いを殺しきれず、アタシまで一緒になって道の反対側にある家の壁へ叩きつけられる。


「いったぁ……!」


「動け!」


 アカネさんに腕を引かれて二人同時にその場から飛び退くと、直後に素空の一撃が家へ叩き込まれた。


 ズガァァンッ!


 壁が半壊し、中にいた家族が悲鳴を上げながら慌てて外へ逃げていく。


『アヤ!』


 ミルが素空へ向かって駆け出した。


「ミル、【速攻】!」


 ザシュッ――!


 一瞬で素空の懐へ飛び込んだミルの爪を、素空は刀で弾き返した。


『まだ!』


「【速攻】!」


 ザシュッ! ザシュッ! ザシュッ――!


 右、左、背後。ミルの姿が消えては現れ、何度も素空へ飛びかかる。藁人形なら一瞬で斬り裂いていた攻撃なのに、素空はその場からほとんど動かず、次々と刀で受け流していった。


『くっ……!』


「ミル、もう一回!」


『無理! 近づけない!』


「えっ?」


 ミルが初めて自分から距離を取った。


 速さで負けたわけじゃない。近づけば爪が届くより先に刀が待っている。何度やっても同じだと分かったのか、ミルはアタシの前まで戻ってくると、素空を睨んだままそれ以上前へ出ようとしなかった。


「ア、アカネさん……?」


「こ、こいつは……ヤバいかもしれんぞ、アヤ」


 アカネさんは珍しく笑みを消したままドクロの杖を握り直し、素空から一瞬たりとも目を離さなかった。


 けれど、そんなことを言われて黙っていられるわけがない。


「アンタね? いきなり人の町に入ってきて、どういうつもりよ! 人を斬るわ、チャトランさんを倒すわで――」


 そこまで言ったところで、素空の刀が止まった。


 アカネさんもすぐに構え直したのに、なぜか次の攻撃が来ない。素空は刀を握ったまま、さっきまでとは明らかに違う目でアタシを見ていた。


「言っとくけどね、ここじゃみんな真面目に働いてんの! 昔何してたか知らないけど、今何もしてない人まで罪人扱いして、いきなり斬っていいわけないでしょ!」


 素空の眉が僅かに動いた。それでも何も言わないから、余計に腹が立ってくる。


「だいたい八雲ヶ原の時だってそうよ! 命令されたからって、何でもハイハイ聞いて人を殺して! 少しくらい自分で考えなさいよ!」


「…………」


「何よ、その顔」


 怒鳴り返してくるどころか、素空はアタシの顔をじっと見ている。いや、顔だけじゃない。何かを確かめるように、アタシの声を聞いているようにも見えた。


「アンタが言う罪人って何なのよ。そーいうアンタが一番犯罪者じゃない! アタシらが何やったっていうの?」


「……もう一度」


「は?」


「今のを、もう一度言ってくれ」


「なんでよ! 聞いてなかったの!?」


 素空の顔から、さっきまでの殺気が消えていた。刀までゆっくりと下がっていく。


「ちょっと……何なのよ?」


「…………」


「ねえ、聞いてるの?」


「……まさか。そんなはず……」


 何を一人でブツブツ言っているのか分からない。けれど、アタシを見つめる素空の顔からは血の気が引き、今度はまるで怖いものでも見るような目に変わっていた。


「お前……名前は?」


「はあ? アヤだけど?」


 素空は少しだけ首を振った。そして、確かめることすら怖がっているように、ゆっくりと口を開いた。


「お前……もしかして……綾子か?」


「えっ……」


 この世界へ来てから、一度も呼ばれていない名前だった。


 コイツ……いや、この人を知っている。


 声だけじゃない。言葉の端々に残るイントネーションも、アタシを見る時の目も、遠い昔に何度も見たものと重なっていく。


「……亮なの?」


 亮は答えなかった。

 けれど、その顔を見ているだけで十分だった。


 もう二度と会うことなんてないと思っていた人が、今、刀を握ってアタシの目の前に立っている。


 それも――この世界で一番、会いたくない形で。


 二章 おしまい

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