9話 ベルン越境事変 2
【高天原・第六親衛隊】
男性メイジ 男性メイジ
弓兵・遠距離 弓兵・遠距離
■■■■■ ■■■■■
↓↓↓↓ ↓↓↓↓
【長距離からネネネの行動を封じる】
【山賊の前進を削る】
シーフ系 シーフ系
↘ ↙
↘ ネネネへ ↙
【接近・捕縛担当】
※追い回さず複数で包囲
ヴァンガード 女性ウォリアー ヴァンガード
■■■■ ■■■■■■ ■■■■
↓ ↓ ↓
山賊・バルガス ギソン 山賊・バルガス
の突破を止める を突破 の突破を止める
【レグナス】
ウォリアー+ヴァンガード
↓
戦況に応じて強敵のいる場所へ
自ら入り、戦線を突破する
────────────────────────
両軍接触線
────────────────────────
【ギソン+主力兵】
■■■■■■■■■■
正面防衛
│
敵ウォリアーを受け止める
│
突破してくるシーフも迎撃
↓
【ネネネ】
ギソンのすぐ後ろに配置
中距離から黒炎
↑
ギソンに守ってもらい
本来の射程まで前へ出る
←――――【アヤ】――――→
固定位置なし
│
┌────┴────┐
↓ ↓
【ミル】 【アカネ】
先行・補助 超近距離遊撃
│ │
【欺く】【盗む】 接近した前衛を
敵の武器・杖を奪う 一気に潰す
【バルガス】
総指揮・本陣
◇
ザルドの町を出ると、既に高天原の軍勢が平原を埋めていた。
「うわっ! なにこの数!」
思わず声が漏れる。
見渡す限り――とまではいかないけれど、同じ装備に身を包んだ兵士たちが何列にも整列し、その後方には弓兵や杖を持ったメイジまで並んでいる。号令ひとつで全体が同じように動く様子は、さすが正規軍といったところだった。
対するこちらは山賊を中心とした寄せ集めだ。
剣を持つ者もいれば斧やメイスを担ぐ者もいて、中にはどう見ても農具にしか見えないものを握っている人までいる。
(なんというか……見た目からして負けてるんですけど――)
「大丈夫だ、母ちゃん!」
「その呼び方やめなさいって!」
アタシの前には、大盾を構えたギソンさんと大勢の兵が陣取っていた。昨日まで一緒に訓練していた時とは違い、正面防衛を任された今のギソンさんの背中は、いつも以上に大きく見える。
「正面は俺が止める! 母ちゃんは好きに動いてくれ!」
「だから母ちゃんじゃない!」
「緊張感ないニャ〜」
少し離れた場所では、チャトランさんが足の速い人たちをまとめて側面に待機している。後方の高台にはネネネさん。そしてアタシの近くにいるのは、ミルとアカネさんだけだった。
本当に兵士は一人もいない。
(大丈夫なのかなあ……)
「アヤ、敵を見る時に数ばかり見るんじゃないよ」
キセルを咥えたアカネさんは、高天原の軍勢を眺めながらドクロの杖を敵陣中央へ向けた。
「見るべきは、誰が一番厄介かじゃ」
兵士たちがゆっくりと左右へ分かれ、その中央から一人の男が歩いてくる。
白を基調とした軽装の鎧。腰には長い剣。遠目からでも分かるほど背が高く、白い髪を風になびかせながら、こちらへ真っ直ぐ進んできた。
(うわ……すっごいイケメン……)
こんな時に思うことではないと分かっているのに、最初に浮かんだ感想はそれだった。
しかも護衛すら連れていない。
男は両軍の中央まで来ると足を止め、剣には触れないまま胸へ右手を当てた。
その時、山賊の隊列から一本の矢が飛んだ。
「あっ!」
レグナスさんは避けない。掴もうともしなかった。
矢はそのまま胸へ――届く寸前、薄い光に突き刺さったように止まった。
(なに、今の……?)
レグナスさんは矢に目を向けることさえなく、何事もなかったように口を開いた。
「高天原第六親衛隊長、レグナス・アルヴェインと申します。ザルドを治めるバルガス殿はいらっしゃいますか」
「ガッハッハ、俺だ!」
バルガスさんが前へ出ると、レグナスさんは敵に対する態度とは思えないほど丁寧に頭を下げた。
「お会いできて光栄です。まず申し上げておきますが、我々はザルドの民を殺すために来たわけではありません」
「だったら帰ってくれりゃ助かるんだがな!」
「それはできません」
レグナスさんは困ったように笑いながらも、ベルン共和国との協定に基づく八雲ヶ原惨殺事件の関係者捜索と、ザルドを拠点とした高天原領内への被害確認が目的だと説明した。
「だったら悪さした奴だけ連れてけ。町ん中を好き勝手ひっくり返されんのは御免だ」
「それが誰なのかを確認するための捜索です」
そう答える瞬間、レグナスさんの視線が一度だけネネネさんへ向いた。
「へっ、嫌味な野郎だな」
「否定はしません」
もっと高圧的な人が来ると思っていた。八雲ヶ原で見た兵士たちのように、命令だからと問答無用で襲ってくるものだとばかり思っていた。
「バルガス殿。捜索を受け入れてください。武器を置いた者には危害を加えないと、私の名において約束します」
「……悪いな。俺もこいつらに約束してんだ」
しばらく沈黙したあと、レグナスさんは静かに腰の剣へ手を掛けた。
「そうですか。残念です」
ゆっくりと引き抜かれた剣が、陽の光を反射して白く輝く。
「では、これより我々は任務を遂行します。ただし――」
レグナスさんが後方の兵士たちへ向き直ると、それだけで隊列が一斉に整った。
「第六親衛隊、全隊に告ぐ! 武器を捨てた者への攻撃を禁ずる! 民家への放火、略奪も一切許可しない! 投降者は拘束のみに留めろ!」
「はっ!」
数百人の声がひとつになって平原へ響く。
「命令に背いた者は、戦闘終了後に私が処罰する!」
再びこちらへ向き直ったレグナスさんは、バルガスさんへ穏やかな笑みを向けた。
「できれば貴殿とは戦いたくありませんでしたよ」
「ガッハッハ奇遇だな。俺も色男をぶん殴って喜ぶ趣味はねぇよ」
「それは安心しました」
二人は笑っている。
(……本当に戦うの?)
アタシには、どちらが悪いのか分からなかった。どちらも自分が守ると決めたもののために、ここに立っているようにしか見えない。
「アヤ、ボーッとするでない」
「痛っ!」
アカネさんの杖が頭へ落ちた。
「あの男は強いぞ」
「そんなに?」
「かなりのもんじゃ。恐らくウォリアーじゃろうが……妙じゃな。立ち方が硬い」
アカネさんはレグナスさんの立ち姿をじっと眺めたあと、ヴァンガードとしても相当鍛えていると判断したらしい。
「欲張りな男じゃの」
「え?」
「強いには強い。じゃが、何でも出来る奴なんぞおらん」
その言葉とほぼ同時に、レグナスさんが剣を振り上げた。
「第六親衛隊――前進!」
「ザルドを守れぇぇぇ!」
バルガスさんの怒号が響き、両軍が一斉に動き出した。
◇
最初に聞こえたのは剣がぶつかる音ではなかった。
無数の矢が風を切る音が重なり、空が一瞬暗くなる。
「伏せろぉぉぉ!」
ギソンさんの叫びと同時に矢の雨が降り注ぎ、ミルは即座に【逃がす】を発動した。アタシの身体が後方へ飛ばされた直後、今度は炎や氷、光のような魔法が次々とザルド側へ降り注ぐ。
こちらから見れば小さくしか見えないほど遠くから、一方的に攻撃が飛んでくる。
「ミル、対象を【欺く】!」
「あや、ムリだよ、無作為に打ってくる対象の攻撃手は意味がない」
(わ〜お、早速【欺く】に欠陥が……)
ネネネさんも黒龍の杖を掲げ、飛来する魔法の一部を黒炎で迎撃していたが、すべてを落としきることはできない。いつもなら攻撃の中心にいるはずのネネネさんが、今は守るだけで手一杯になっていた。
「なんでネネネさんも撃ち返さないの!?」
「届かんからじゃ。あっちのメイジは男が多い」
兵士たちに守られながら、遥か後方で何人もの男たちが杖を掲げている。
「ネネネはあの距離じゃ分が悪い、レグナスとやらもバカではないのじゃ」
昨日ノートに書いた言葉が、ようやく実感として理解できた。
男は遠くへ。
女は近くへ。
戦場では、その違は如実。
近づくまで一方的に殴られる。
「ギソン!」
「おう!」
ギソンさんはネネネさんに呼ばれるより早く巨大な盾を地面へ叩きつけ、前方へ衝撃波を走らせた。こちらへ向かっていた兵士たちがまとめて薙ぎ倒され、その後ろをザルドの兵士たちが一斉に前進する。
盾へ矢が突き刺さり、魔法が何度も炸裂しても、ギソンさんの歩みは止まらない。
そして今度は、アタシの番だった。
「ミル!【欺く】が無理なら【盗む】で」
「行けるよ!」
「じゃあ、杖と弓を持ってる人からお願い!」
ミルが地面を蹴り、小さな身体でザルドの兵士たちの足元を縫うように駆け抜けていく。
敵の弓がミルへ向いた瞬間、アタシは【欺く】を命じた。
放たれた矢はミルの姿を捉えることなく何もない地面へ次々と突き刺さり、その隙にミルは敵兵の間へ飛び込んだ。弓を一本奪い、次の兵士から短剣を抜き取り、さらに魔法を放とうとしていたメイジの杖まで咥えて走り去る。
「俺の武器が!」
「杖を取られたぞ!」
敵を一人も倒していないのに、ミルが駆け抜けた場所だけ明らかに攻撃が鈍った。
(すごい……【盗む】って、こう使うんだ)
「チャトランさん! 今です!」
「待ってたニャ!ネネネ!」
チャトランさんが飛び出し、その後ろを足の速い山賊たちが追う。
ミルに狙いを乱され、武器まで奪われた兵士たちの間をすり抜けるように一気に距離を詰め、進路を塞ごうとする兵士たちを速度のまま突破していく。
「メイジを守れ!」
高天原側から声が上がった頃には遅かった。
チャトランさんたちは既に中遠距離部隊の中へ食い込み、杖を持つ兵士や弓兵へ次々と襲いかかっていた。敵の後衛が乱れたことで、空から降ってくる攻撃の数が目に見えて減っていく。
「やった!」
アタシが喜んだのも束の間、中遠距離部隊を守ろうと高天原の前衛が一斉にこちらへ向かってきた。
「アカネさん、前! 右からも来ます!」
「あいよ〜」
アカネさんはそれだけ返すと、次の瞬間には先頭の剣士の懐へ潜り込んでいた。
腹へ掌を当てた瞬間、衝撃波が炸裂する。
一人が後ろの兵士ごと吹き飛び、その横から斧を振り上げた男の顎へ杖が叩き込まれた。さらに盾を構えた兵士が前へ出たが、アカネさんの拳を受けると盾ごと弾き飛ばされる。
ウォリアーもヴァンガードも、雑兵程度ではアカネさんを止められない。
ただ、アカネさんは敵陣の奥まで無闇に追わず、こちらへ抜けてきた前衛だけを次々と叩き潰していた。
◇
(アレか神獣とやらは……鬼神種の魔獣か)
レグナスは一考すると、残りの中遠距離の部隊に指示を出した。
「メイジ、弓隊に告ぐ、神獣は恐らく鬼神の魔獣、対象を神獣に変更!」
「「「「「はっ!」」」」」
◇
その間にもネネネさんは射程を取り戻しつつあり、黒炎が高天原の前衛へ届き始める。
当然、高天原側もそれを放置しなかった。
「敵メイジを狙え!」
隊列を離れたのは、足の速い人間や猫獣人、それに四本脚の魔獣だった。
ギソンさんの正面を避け、左右から迂回してネネネさんへ向かってくる。
「ネネネさん!」
けれどネネネさんは振り向かなかった。
黒龍の杖を前方へ向けたまま、チャトランさんたちが開けた場所へ黒炎を撃ち込み続けている。
代わりに動いたのはギソンさんだった。
巨大な盾を横へ薙ぐと、そこから放たれた衝撃波がネネネさんへ迫っていた兵士たちを側面から直撃し、まとめて地面へ転がした。
それでも一人の猫獣人が波動を飛び越える。
「もらった!」
鋭い爪がネネネさんの首へ迫った瞬間、ギソンさんの盾が割って入った。
「なっ!?」
「俺がいるうちは後ろには行かせねぇぞ!」
盾の表面が光り、再び衝撃波が炸裂する。
猫獣人の身体が宙を舞い、その先へネネネさんの黒炎が走った。
「ぎゃあああっ!」
ネネネさんは一度も振り返っていなかった。
ギソンさんが守ると分かっているから、前だけを見て攻撃を続けられる。
ミルが崩し、その隙へチャトランさんが入り込む。
ギソンさんが敵を近づけさせず、守られたネネネさんが黒炎を撃つ。
そこを抜けたウォリアーやヴァンガードは、アカネさんが近距離で叩き潰す。
昨日までノートに書いていた戦い方が、そのまま目の前で形になっていた。
「ミル! 戻って! 次は左!」
「分かった!」
そしてアタシも、もう見ているだけではなかった。
◇
「なるほど」
戦場の中央で、レグナスだけがこちらの動きを静かに見ていた。
「隊長! 左翼のメイジ隊へ敵のシーフが侵入! 後退しています!」
「敵メイジへの迂回部隊も、あのヴァンガードに止められています!」
「見えていますよ」
報告を受けてもレグナスに焦りはなかった。
白い剣を肩へ預けながら、崩れ始めた戦線を一度見渡したあと、その視線がアタシへ止まる。
「面白い魔獣師ですね」
「レグナス隊長?」
「随分と綺麗に噛み合っている」
そしてレグナスは、穏やかな笑みを崩さないまま剣を下ろした。
「なら、一つずつ外しましょう」




