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女魔獣師が召喚された理由  作者: 凛1129
悲しみを越えてガチ修行編
23/26

8話 ベルン越境事変 開戦

挿絵(By みてみん)

 

 ◇


「ええ。八雲ヶ原惨殺事件に関与したと思われる残党が、ベルン領内へ逃げ込んだ可能性がありましてね。それと――最近、ザルド周辺の山賊による被害が、我が国にまで及んでいる」


 高天原の使者がそう告げると、向かいに座るベルン共和国の幹部たちは小声で言葉を交わした。


「ザルドですか……」


 幹部の一人が代表して、高天原の使者に答えた。


「もちろん。うちの地域ではありますが、正直なところ手を焼いていましてね。これ以上放置しては、こちらとしても示しがつかないと思っていたところです」


「では?」


「ザルド周辺に限り、貴国の越境捜索を許可します。ただし――」


 ベルンの幹部が指を一本立てた。


「許可するのは、あくまで残党の捜索と山賊被害への対処を目的とした限定的な軍事行動です。それ以上の行動は認めません」


「ええ、それで結構です」

 高天原の使者は満足そうに笑った。


「では、お言葉に甘えて」


 こうして高天原は、ベルン共和国からザルド周辺への越境捜索と限定的な軍事行動の許可を得た。


 表向きの目的は二つ。


 八雲ヶ原惨殺事件に関与した残党の捜索。


 そして、ザルドを拠点とする山賊への治安介入。


 だが――高天原にはもう一つ、ベルン側へ伝えていない目的があった。


 数日前、南南西の空を覆った巨大な光。


 魔獣との契約によって発生したと思われる、通常ではあり得ないほどの契約反応だった。


 超獣なのか。


 それとも――神獣なのか。


 その確認と、可能であれば確保すること。

 残党が潜伏していると思われる場所と、謎の契約反応が確認された場所。


 その二つが、偶然にも同じザルド周辺だった。


 ◇


【高天原 第六親衛隊駐屯地】


「第六親衛隊、総員出撃準備!」


 号令とともに、並んでいた兵士たちが一斉に動き出した。


「目的地はベルン共和国領――ザルド!」


 隊長は高天原から届いた命令書を握り潰すように丸めると、巨大な武器を肩へ担いだ。


「八雲ヶ原の残党を見つけ次第拘束。抵抗するようなら容赦はいらん!」


 そして、もう一つ。


 命令書の最後に記されていた一文を思い出す。


 ――神獣級と思われる魔獣が確認された場合、可能な限り生け捕りにせよ。


「神獣ねぇ……」


 隊長の口元が僅かに吊り上がった。


「本当にそんな化け物がいるなら、一度くらい殴ってみたいもんだ」


 ◇


「アカネさん! もームリ、もームリっす!」


「バカな子だね? 集中するんだよ、今この瞬間に全て集中! 集中してりゃ辛さなんて消えるもんだよ」


 逆立ちしては崩れ落ち、無理矢理逆立ちさせられては、また崩れ落ちる。


 逆立ちは延々とやらされる……。

 滝行といえば半日以上……。


 でも、これはまだマシなほうだった。

 戦闘訓練は、本当に死と隣り合わせだ。


「【老化】! 【若返り】! 【老化】!」


「遅い! 次!」


「ちょ、ちょっと待って……もう……」


 何度もアカネさんの能力を使わせ、精神力が底をついたところでようやく終わり――ではない。


「ほれ、ミルに指示を出せ」


「鬼ぃぃぃ!」


「ワシは鬼じゃ! 知っとるじゃろ!」


 頭はクラクラ、吐き気までしている状態で、今度はミルの【縮小】【逃がす】【欺く】を間違えずに使わせる。


 アカネさん曰く、元気な時に正しい指示を出せるのは当たり前らしい。


「戦場じゃ、お前が一番疲れとる時に限って死神がやって来るんじゃ。そこで頭を止めるな」


 そして、それよりもっと酷いのが――。


「アヤ」


「はい?」


 ドンッ。


「え?」


 背中を押された。


 しかも、そこは崖の上だった。


「ぎゃああああああああああああっ!」


 身体が真っ逆さまに落ちていく。


「ミルに指示せい!」


「無理無理無理! 死ぬ死ぬ死ぬぅぅぅ!」


「なら死ね!」


「ミルぅぅぅ! 【逃がす】ぅぅぅ!」


 次の瞬間、アタシは草むらの上に転がっていた。


「ハァ……ハァ……」


 震える足で立ち上がって崖の上を見ると、アカネさんが満足そうに笑っている。


「今のは悪くなかったぞ」


「殺す気ですかぁぁぁ!」


 こんなことを、あれから毎日のようにやらされている。


(アタシ……戦争より先に、修行で死ぬんじゃないかしら……)


 それでも、投げ出そうとは思わなかった。


 フジが最後までアタシを信じてついてきてくれたこと。

 守れなかったあの子の声も、姿も、今でも忘れられない。


 もう同じ思いはしたくない。


 それが今のアタシを支えていた。


 アカネさんもフジのことは全部知っている。それでも「フジのために頑張れ」なんて、一度も言わなかった。


 ◇


「アカネさん、潜り込んで衝撃波を!」


「あいよ〜」


「うわっ!」


 ドンッ!


 アカネさんが一気に懐へ潜り込み、放った衝撃波でギソンの巨体が壁際まで吹っ飛んでいった。


 アカネさん曰く、魔獣師であるアタシの精神力が高くなればなるほど、契約した魔獣は動きやすくなり、本来の力も引き出せるようになるらしい。


「ゼノムの時は数倍威力が出たのに、歯がゆいものじゃの〜」


(聞きたくない、聞きたくない)


 アタシは両耳を塞いで後ろを向いた。


「アヤ、見て? 僕、前よりもすごく速く盗めるんだ」


 そう言った次の瞬間には、ミルがネネネさんの黒龍の杖を咥えていた。


「なっ!?」


 ネネネさんが驚いて振り返る。


 ミルもこんな感じですくすく成長していた。


 今までは新しいスキルを覚えるたびに喜んでいたけれど、この一ヶ月で大きく伸びたのはそれだけじゃない。速さや力といった基礎能力そのものが、以前とは比べものにならないほど成長している。


 そして――。


 アタシにとって世界一辛いのが、これだった。


「はああっ!!」


 ドゥゥゥンッ!


「うわあああっ!」


 アカネさんの放った衝撃波をまともに受け、アタシの身体が宙を舞う。そのままフワフワの雪原へ、バフンッと背中から落ちた。


「いったぁ……」


 全身に痛みが走る。


 魔獣師はウォリアーやヴァンガードのように、防御力や耐性そのものが大きく伸びるクラスではないらしい。


 それでもアカネさん曰く、攻撃を受けた時に恐怖で頭が真っ白にならないための『慣れ』は必要だという。


 痛くても、怖くても、魔獣への指示を止めない。


 そのための訓練だった。


 これはアタシだけではない。


 ちなみに、ギソンも似たようなことをやっている。

バルガスさんの衝撃波やネネネさんの黒炎を真正面から受け、どこまで戦線を維持できるか確かめているらしい。


(でも、あたしゃこんなムキムキのギソンみたいにはなれないんだけど……)


 そんな修行という名の拷問を受け続けていた最中――。


 事件は突然やってきた。


 ◇


 高天原からの使者がザルドへやって来たのは、その日の昼過ぎだった。


 バルガスさんへ渡された書面には、ベルン共和国の正式な許可を得たうえで、八雲ヶ原惨殺事件に関与した残党の捜索を行うことが記されていた。


 要求は単純だった。


 高天原によるザルド全域の自由捜索を認めること。


 拒否した場合、残党を匿っているものと判断し、武力行使も辞さない――。


「ふざけやがって!」


 バルガスさんが書面を机へ叩きつけた。


「好き勝手入ってきて、家ん中までひっくり返させろってか!」


「親方、でもベルン共和国の許可まで取ってるなら……」


「ああ。厄介ですね」


 ネネネさんが書面を手に取った。


「少なくとも、高天原が勝手にベルン領へ侵攻してきたわけではありません。こちらが捜索を拒めば、武力を行使する大義名分まで与えることになります」


「だったら受け入れろってのか?」


「いえ」


 ネネネさんは即答した。


「私たちを見つければ、それで終わりです」


 部屋が静かになった。


 八雲ヶ原惨殺事件の実行犯として追われているネネネさんとチャトランさんがいる。それだけでなく、今ではギソンまでネネネ自由団に加わっている。


 アタシだって無関係ではない。


「それにな」


 バルガスさんが腕を組んだ。


「ここにいる連中には、人に見られたくねぇ事情を抱えてる奴も多い。だからザルドまで流れてきたんだ。俺が勝手に『全部見せます』なんて言えるわけがねぇ」


 ザルドに暮らしているのは山賊だけではない。


 身分を隠している者、過去を聞かれたくない者、他国から逃げてきた者――そんな人たちも、この町には少なくなかった。


「だったら決まりだ」

 バルガスさんは立ち上がった。

「捜索は拒否する」


 ネネネさんは少しだけ目を閉じ、それから頷いた。

「分かりました。では、迎え撃つ準備をしましょう」


「指揮は俺が執る。この町は俺の町だからな」


「もちろんです。ただし、部隊配置については意見させてください」


「ああ、任せた」


 机いっぱいにザルド周辺の地図が広げられ、ネネネさんは黒龍の杖で町の北側を指した。


「正面はギソンさんに任せます。最も多く兵をつけてください」


「俺か?」


「あなたは敵を倒す必要はありません。とにかく戦線を維持してください。敵を町へ入れないことだけ考えてもらえれば結構です」


「おう。それなら得意だ」


 次に杖が地図の後方へ動く。


「私はここへ。高所から戦場全体を見ます。遠距離攻撃と各部隊への援護を担当します」


「ネネネには弓を使える奴らもつけよう」


「助かります」


「チャトランさんは?」


「端っこがいいニャ。真正面から戦うなんて御免だニャ」


「では左右を自由に動いてください。偵察と撹乱、それから敵の後衛を狙えるようならお願いします。兵は――」


「足の速い奴だけでいいニャ」


 次々と地図の上に駒が置かれていく。


 正面を塞ぐギソンさん。


 その後方から戦場全体を見渡すネネネさん。


 側面を自由に動き回るチャトランさん。


 そして最後に、ネネネさんがアタシを見た。


「アヤさんには――」


「いらん」


「え?」


 それまでキセルを吹かしていたアカネさんが、横から口を挟んだ。


「その子に兵はいらんよ」


「いやいやいや! ちょっと待ってくださいよ!」

 思わず立ち上がった。

「前はアタシにいっぱい兵士つけましたよね!? なんで今回はゼロなんですか!」


「邪魔だからじゃ」


「言い方ね!」


 アカネさんは気にも留めず、地図に置かれていた兵の駒を三つに分けた。


「こいつらはヴァンガードの兄ちゃんと、猫と、メイジの姉ちゃんに全部やれ」


「しかし――」


「アヤに兵まで見させたら、そっちが気になって魔獣への指示が遅れるじゃろ」


 アカネさんがドクロの杖で、アタシの頭をコツンと叩いた。


「お前はワシとミルだけ見とれ」


「二人だけ……?」


「そうじゃ」

 アカネさんは地図を見下ろした。


「ヴァンガードが崩れそうなら、そこへ行く。猫が囲まれたら、そこへ行く。メイジが狙われたら、そこへ行く」


 そして杖の先で、地図の中央から端まで大きな円を描いた。


「ワシらに持ち場はいらん」


「……」


「戦場を見て、一番危ないところへ飛び込め。それだけじゃ」


 ネネネさんはしばらく地図を見つめていたが、やがて小さく頷いた。


「なるほど……完全な遊撃ですか」


「そういうことじゃな」


 バルガスさんの笑い声が部屋に響いた。

「ガッハッハ! いいじゃねぇか! それでいこう!」


 そして最後に、自分を示す駒を町の入口近くへ置いた。


「俺はここだ」


「親方、前に出すぎじゃないですか?」


「俺が後ろに隠れてどうすんだよ」

 バルガスさんは巨大な拳を鳴らした。

「この町の頭は俺だ。俺が捕まったらザルドの負け――分かりやすくていいじゃねぇか」


 こうしてザルドの布陣は決まった。


 正面防衛――ギソン。


 後方支援――ネネネさん。


 側面遊撃――チャトランさん。


 総指揮――バルガスさん。


 そして――。


 アタシ、ミル、アカネさん。

 兵士、ゼロ。

 持ち場も、なし。


(……アタシだけ扱いおかしくない?)

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