5話 女魔獣師が領主になる?
「オルトロス、どう? いそう?」
「えっと……あの……いると思うよ……多分絶対」
(どっちだよ!)
ザルドまで送ってくれたオルトロスを呼び、アタシはミルとマチを連れて【迷いの森】という場所までやって来ていた。
「あたしゃ魔獣なんかと契約したことないし、やり方も分かんないよ? 本当にいいのかい?」
おそらくアタシより二十歳は年上であろうマチは不安そうにそう言ったが、「大丈夫、大丈夫」と返しておいた。
もっとも、不安なのはアタシも一緒だ。
(だってアタシも、実はよく分かってないし……)
迷いの森の奥深くには大きな洞穴があり、そこに老いたベヒーモスが棲んでいるらしい。オルトロスの案内で獣道を進んでいくと、やがて木々の隙間から岩肌にぽっかりと開いた大穴が見えてきた。
「ここだよ……アヤ」
「ありがとう。……って、いる?」
洞穴の中を覗こうとして、やめた。
既に洞穴から、アタシの身体より太そうな尻尾がドサッとはみ出していた。
「……あれ、尻尾よね?」
「多分絶対」
(だからどっちだよ!)
とはいえ、ここまで来て帰るわけにもいかない。
「ベヒーモスさ〜ん、どうも〜」と、洞穴へ向かって声をかけると、はみ出していた尻尾が面倒臭そうに一度だけ動いた。
「おや珍しい。女魔獣師かい?」
低い声が洞穴の奥から返ってくる。
「まさか今さら私を戦争にでも連れていきたいのかい? 先に言っておくけど、足が悪いから私には無理だよ。帰んな」
「あっ、喋れるんですね。アヤと言います。今日はベヒーモスさんに、とっても良いお話を持ってきまして」
「良い話?」
「毎日ご飯が食べられます」
洞穴の中が静かになった。
「……ほう」
(食いついた!)
「しかも戦わなくていいです」
「ほうほう」
「人間に追い回されることもありません」
「それで?」
さっきまで帰れと言っていたくせに、尻尾が洞穴の中へ引っ込んだかと思えば、代わりに巨大な頭がぬうっと姿を現した。
思った以上にデカい……十メートルはあるだろうか。
(ゼノムさんのスエチキンより遥かにでかいよー)
岩みたいな顔に立派な角。見た目だけなら今にもアタシたちを丸呑みにしそうなのに、目元には妙な年寄り臭さがあった。
「ザルドっていう町で暮らしてほしいんです。日中は決められた場所にいてもらいますけど、食べ物はこっちで用意します。夜は好きにしてもらって構いません」
「……何のために?」
「子どもに見せます」
「嫌だね」
「ご飯は?」
「何が出る?」
(やっぱり食いつくんじゃない!)
「そこは相談しましょうよ。お肉とか、お魚とか、果物とか。しかも子どもたちが直接持ってきてくれるようにしますから」
「直接?」
「はい。餌を買ってもらうんです」
アタシの頭の中では、もうだいたい形が出来上がっていた。
大きな魔獣なんて、現世ならそれだけで見世物になる。しかもただ見るだけじゃなく、親がお金を払えば自分の手で餌まであげられる。
子どもが喜べば、親は財布を開く。
(フッフッフ……世のお父さん、お母さん。子どもの『やりたい』から逃げられると思うなよ)
「つまり、私は食べていればいいのかい?」
「基本的には」
「走らなくていい?」
「足が悪いんでしょ? 走らせませんよ」
「戦わなくていい?」
「もちろん」
ベヒーモスはしばらく考え込んだあと、今度はマチへ視線を向けた。
「それで、私と契約するのはそっちの女かい?」
「えっ!? あ、あたしかい?」
マチが自分を指差した。
「そうです」
「そうですって、アヤ。あたしゃ何すりゃいいんだい?」
こうして、ベヒーモスをマチと魔獣契約をさせ、マチさんは彼女にルーノと名付け成立させた。
◇
「おとうちゃん! このルーノっていうベヒーモスに餌あげたい!」
「ええ? 危険じゃないのかい?」
ザルドへ連れてきて数日。
心配そうにルーノを見上げる父親の横で、子どもは餌の入った籠を抱えて目を輝かせていた。
「大丈夫ですよ。魔獣師と契約していますし――元々とっても大人しい子なのよ。このルーノちゃんは」
《子ってなんだよ! あたしゃ二百六十歳だよ!》
人間には聞こえないルーノの声に、アタシとマチは顔を見合わせた。
「ふふっ」
「アヤ、怒ってるよ」
「いいんですよ。こういうのは可愛く見せた方が」
《聞こえてんぞ!》
ルーノが鼻息を荒くすると、目の前の子どもはそれすら喜んで笑っている。
これが思いのほか大当たりだった。
最初は宿泊客の子どもが餌をあげていただけなのに、その話を聞きつけて、わざわざルーノを見るためだけにザルドへ来る親子まで現れた。
子どもが来れば親も来る。親が来れば食事をするし、遠方なら宿にも泊まる。いつの間にかルーノの周りには餌を売る露店まで出来ていた。
(……魔獣で、こんなに変わるものなの?)
他の魔獣師に素質がある人達にもそれぞれ契約してもらい、ベヒーモスほど大きくはないけど、それなりに怖そうな魔獣、ミルのように小さい魔獣を一通り集めた。
魔獣師になった住民たちも、戦わせるためではなくペットを飼うような感覚で、契約した魔獣を随分と可愛がっていた。
治安についても今のところ問題は起きていない。元高天原第一親衛隊のネネネさんとチャトランさんが目を光らせ、さらにザルドそのものの悪名まで効いている。
なんとも皮肉だけど、今のザルドでは山賊がいるからこそ、客が安心して歩けるようになっていた。
◇
【ザルド 会議室】
ザルドに滞在して一ヶ月が経った頃には、バルガスさんはすっかりご満悦だった。
「アヤ、お前、本当に形にしちまったな」
「いや〜、元が酷かったからですよ。ここまでは結構トントン拍子でしたねぇ、アハアハ」
「酷かったは余計だ!」
ギソンさんから怒鳴られたけれど、実際そうなのだから仕方ない。
一ヶ月前まで鬱蒼としていた町には人の出入りが増え、門の前を荷車が通るようになった。あれほど嫌々掃除をしていた山賊たちも、客が金を落とすと分かってからは、文句を言いながらも毎朝箒を持っている。
中でも予想外だったのが魔獣園で、ルーノを中心に魔獣目当てに見物客まで来るようになっていた。
「そこでだ」
バルガスさんが腕を組み、珍しく少し言いにくそうに口を開いた。
「良かったら、この町をお前に任せようと思うんだが……どうだ?」
「親方、それはダメだ!」
ギソンさんが机を叩いて立ち上がった。
「アヤに町を任せるって、本気で言ってんですか!」
「確かに、私たちはもう高天原の兵ではありませんからね……せめてアヤさんくらいは自由にさせてあげたい気もしますが」
ネネネさんも少し複雑そうな表情をしている。
「そうは言ってもな、ギソン。俺は山賊のお前らの頭ならできる。だがな――その先はどうする?」
「その先?」
「ここで生まれてくるガキどもだよ」
「子ども?」
ギソンさんの勢いが少しだけ削がれた。
「いつだったか、アヤが若いのに言ってただろ。女房だのガキだの、死ぬまで山賊で守れるのかってな」
「ああ……」
「あれな。実は俺にも結構刺さってんだよ」
バルガスさんが頭を掻いてそう言った。
「そりゃ商売ができる奴はいい。だが山賊しかできねぇ奴もいる。そいつらまで剣を捨てさせて、明日から畑耕せってのも違うだろ」
「……まあ、そうっすね」
「どうだい、アヤ。山賊しかできねぇ奴は」
いつもの豪快な笑みが消えていた。
どうやら町を任せると言ったのも、ただアタシを持ち上げたかったわけじゃないらしい。
いや、どちらにせよこの質問はバルガスさんの中にあったはずだ。
「山賊は――」
アタシが口を開くと、みんなの視線が一斉に集まった。
「今は続けるべきだと思います」
「はぁ!? 何言ってるにゃ?」
「アヤさん?」
チャトランさんだけでなく、ネネネさんまで意外そうな顔をしている。
「ほう。その心は?」
「ブランドだからです」
「ぶらんど?」
「ザルドに入れば襲われない。でも、一歩外へ出れば山賊がいる。今はそれでいいんです。訳ありの人たちはそれを頼って来るし、普通の人だって怖いもの見たさで来てるんだから」
「なら、ずっと山賊を続けろってことか?」
「違います」
アタシが首を振ると、今度はみんなが顔を見合わせた。
「アヤ、何言ってるか分かんないにゃ」
「私も少し矛盾しているように聞こえますね」
「今いる人たちに、いきなり商人になれとか農家になれとか言ったって無理でしょ。アンタたちは今まで山賊として生きてきたんだから、今はそれで稼げばいいんですよ」
「……『今は』とは?」
「次にザルドを背負っていくのは、普通ここで生まれた子どもたちでしょ?」
ギソンさんたちはまだ分からないようで首を傾げている。
「まあ……そりゃそうだが」
「だったら、その子たちが大きくなった時に決めればいいじゃないですか。山賊になりたいならなればいい。でも、店をやりたいとか、魔獣の世話をしたいとか、よその町で働きたいって言うなら、それも選べる町にしておけばいいんですよ」
さっきまで口を挟んでいたギソンさんも、今度は何も言わなかった。
「親が山賊だから、子どもも山賊。それしかない町にしなくてもいいでしょ?」
一瞬の沈黙のあと、バルガスさんの口元が大きく吊り上がった。
「クッ……ガッハッハッハ!」
豪快な笑い声が会議室に響く。
「ギソン! これがアヤだ! お前にこの発想ができるか? ガッハッハ!」
バルガスさんが巨大な手でギソンさんの肩をバンバン叩くたび、身体が揺れている。
「……はぁ」
ギソンさんは反論する気も失せたのか、大きく肩を落とした。
「よし、決まりだな!」
バルガスさんが満足そうに腕を組む。
「アヤにこの町を引き継がせよう!」
「えっ、それは普通に無理」
「「「「えっ?」」」」
バルガスさんだけじゃない。
ネネネさんもチャトランさんもギソンさんも、揃ってキョトンとしていた。
「嫌ですよー。山賊の親玉なんて」
「「「「ええーーーーっ!?」」」」
「お前、ここまでやっておいて!?」
「だってアタシ、町の政治なんて分かんないもん」
「今までやってたのは何だったんだ!」
「アタシが嫌なことを直してただけです」
「それで町がこうなったんだろうが!」
「知らないですよ、そんなの!」
ギソンさんが頭を抱えている横で、アタシはネネネさんへ身体を向けた。
「あとの難しいことは、よく分かんないので……ネネネさんとお話しください」
「……はい?」
両手を揃え、そのままネネネさんへ「どうぞ〜」と差し出す。
「元第一親衛隊長♪」
「アヤさん?」
「適材適所ということで」
「ちょっと待ちなさい、アヤさん!」
ネネネさんの声を背中で聞きながら、アタシはそそくさと後ろの席に座った。




