3話 山賊の町 ザルド親善大使になる
オルトロスの背から降り、礼を言って別れてから少し歩くと、ようやくザルドの町が見えてきた。
「あれがザルドです」
ネネネさんが指差した先にあったのは、アタシが想像していたような立派な町ではなかった。
町を囲んでいるのは城壁というより、丸太や石を無理やり積み上げたような粗末な防壁。入口らしい場所の両側には見張り台が建っているものの、随分と年季が入っていて、片方なんて傾いた柱を縄で縛り、どうにか立たせているようにしか見えない。
「……思ってた山賊の町と違う」
「どんなの想像してたにゃ?」
「もっとこう……ヨーホー♪ とか作者不明の歌を歌う荒くれ者たちがいて、大砲がバンバン轟いて、財宝を巡ってバカ騒ぎしてるイメージよ」
「そんなバカなら高天原付近の町の方がいっぱいおるにゃ!」
「そうね。そういうのが湧いてくるのは、ある程度平和な場所だけでしょうね。ここはそんな輩が湧く町より、遥かに危険な町ですよ」
ネネネさんに冷静に否定され、改めてザルドを眺める。
確かに偏見だったかもしれない。
目の前にある町には、酒だの財宝だので騒げるような景気の良さなんて欠片もなかった。防壁の向こうに見える家々も古く、屋根を継ぎ接ぎしている建物が目立つ。町へ続く道には荷馬車どころか人影すらなく、現代で言えば、時代劇に出てくる寂れた寒村の方が近いかもしれない。
「商人とか来ないんですか?」
「ほとんど来ません。ザルド周辺では襲われるという噂が広がっていますから、交易商人は大きく迂回します」
「……そりゃそうですよね」
近づくなと言わんばかりの町へ、わざわざ商品を山ほど積んでやって来る人なんていないわよね。
「アヤ! 誰か見てるよ!」
ミルに言われて顔を上げると、防壁の上から数人の男たちがこちらを見下ろしていた。
「おら! 誰か来たぞ!」
一人が声を上げた途端、見張り台の中まで慌ただしくなり、次々と人影が増えていく。
弓、槍、それから金棒みたいなものまで出てきた。
服装こそバラバラだけど、全員が武装していることだけは共通していた。
「歓迎されてる感じじゃないですねぇ……」
「山賊の町で歓迎されると思ってたのかにゃ?」
「ちょっとくらい期待してたわよ」
口ではそう返したものの、近づけば近づくほど嫌な感じが強くなってくる。
しかも男たちはアタシたち全員を警戒しているというより、明らかにネネネさんを見ていた。何人かが顔を寄せて話し始め、そのうち一人が慌てて見張り台から姿を消す。
「ネネネさん……なんか、顔バレしてません?」
「――でしょうね」
「でしょうね、じゃないですよ!」
当の本人だけは妙に落ち着いている。
「第一親衛隊長の顔くらい、他国でも知っている者はいるでしょう。それに今は手配書まで出回っています」
「それ一番先に言ってくださいよ!」
「今さらニャ」
そうこうしている間にも、防壁の向こうから十人、二十人と武装した男たちが集まり始める。
まだ入口にすら着いていないのに、完全に臨戦態勢じゃない。
(山賊ってこんなバカなの?単なる客が、三人来ただけよ?)
その疑問を口に出すより先に、町の入口から怒鳴り声が飛んできた。
「そこで止まれ!」
アタシたちは足を止めた。
弓を引く者までいる。
ネネネさんが黒龍の杖を握り直し、チャトランさんも一歩前へ出た。
互いに、どちらが先に動くか。
そんな空気になりかけたところで、山賊たちの後ろから野太い声が飛んできた。
「おめ〜ら! 女相手に何イキってんだ、こら!」
人垣が左右へ割れ、その間から一人の大男が歩いてくる。
「「「ギソンさん!」」」
全身傷だらけの巨躯を、毛皮とボロ布を重ねた戦装束で包み、肩にはアタシの身体くらいありそうな大斧を担いでいる。山賊という言葉から想像していたものを全部一人に詰め込んだような男だった。
ギソンはアタシたちの前まで来ると、大斧を地面へズシンと突き立てた。
「女ども。分かってて来てんだよな?」
「ベルン共和国内とはいえ、ここは管轄外と聞いています。であれば、我々が武器を向けられる謂れもないはずですが?」
「そうじゃねえよ」
「ここじゃ安全なんざ誰も保証しねえ。それを分かって来てんのかって聞いてんだ」
「ふんっ、こんな小さな町、取って食おうとしているわけではありません」
ネネネさんそう言うと少し身体を浮かせ黒龍の杖に魔力を込め始めた。
「口が悪ぃな、元親衛隊のお嬢ちゃんはよ」
ギソンも地面へ立てていた大斧を片手でヒョイと持ち上げ、そのまま肩へ担ぎ斧の先端が光り出す。
「あの〜、ちょっといいですか? 親分さん」
「あ?」
ギソンの目がアタシへ向いた。
頭の先から足元まで眺められたあと、鼻で笑われる。
「ぷっ、なんだ、この……みすぼらしいのは。女中か?」
「……女中?」
(はい!女の敵けってーい!)
こっちは二日間ろくなものも食べられず、山の中を逃げ回って、オルトロスの背中で胃袋まで空っぽにして、ようやくここまで来たのだ。
好きでこんな格好してるんじゃないわよ。
(ぬぬぬ……言わせておけば……)
「アンタたちね!?」
「お、おう?」
アタシが怒鳴り散らすとギソンが目を丸くしてアタシを見ている。
「店に入る前からそんな怖い顔して武器構えてるから、いつまで経ってもこんなボロボロの町なのよ!」
「は?」
「商人が来ない? 当たり前でしょ! 町に近づいただけで弓向けられる場所に誰が好き好んで来るのよ! 入口だってボロボロ、見張り台なんて縄で縛ってようやく立ってるじゃない!」
「いや、こりゃ俺たちの――」
「言い訳しない!」
「お、おう……」
さっきまでネネネさん相手にあれだけ威勢の良かった大男が、なぜかアタシに怒鳴られて一歩引いた。
(でも一度口から出たものは止まらない、あー止まらない!女中で心のブレーキは崩壊しましたー)
「こんな所じゃアンタたちの奥さんだって帰ってきたくないわよ! 外で稼ぐこともできない、町に人を呼ぶこともできない、それで武器だけ持って『俺たちは山賊だ』って威張ってどうすんのよ!」
「うるせぇな! こりゃ男の――」
「ほら出た! 都合悪くなると『男は』に逃げる! 悔しかったら入口の門くらいまともに直してからデカい口叩きなさいよ、この木偶の坊!」
「…………」
静かになった。
ギソンだけじゃない。
後ろにいた山賊たちまで黙ってしまった。
ネネネさんとチャトランさんも、なぜかポカンと口を開けてアタシを見ていた。
(……あれ?場を間違えたか?このとんでもない空気は?)
「ガッハッハッハッハ!」
突然、山賊たちのさらに奥から豪快な笑い声が響いた。
山賊の人垣がさっきより早く綺麗に割れた。
現れたのは、ギソンよりさらに大きな初老の男だった。
白髪に白い髭。顔にも身体にも古い傷が走り、年齢はかなり上に見えるのに、剥き出しになった腕は丸太どころか、その辺の若い山賊より遥かに太い。
背には、冗談みたいに巨大な金棒まで背負っていた。
「親方……」
ギソンが途端に大人しくなる。
後ろに並んでいた山賊たちは一斉に頭を下げ、その男が通り過ぎるまで顔すら上げようとしなかった。
「いやぁ、嬢ちゃんの言うとおりだ。耳が痛ぇ話ばっかりじゃねえか」
男はギソンの肩をバンッと叩いた。
(えーーあの木偶の坊がよろめいただとー?)
「で、嬢ちゃん。名前は?」
「アヤです。魔獣師の」
「アヤか」
老人は、面白そうにアタシを眺めた。
「この女は親衛隊と言っても、まだ新入りにゃ。話ならアタイらが――」
チャトランさんが前へ出ようとした、その時だった。
男が片手を向ける。
「今はコイツと話してんだ。猫の獣人よ、ちと黙っておれ」
「にゃっ!?」
何をしたのか分からなかった。
次の瞬間にはチャトランさんの身体が後ろへ吹き飛び、ネネネさんが咄嗟に受け止めている。
「くっ……貴様!」
チャトランさんの顔つきが変わった。
「待ちなさい、チャトラン」
ネネネさんが制止する。
バルガスは二人にはもう興味を示さず、その巨体をにゅ〜っと屈めてアタシへ顔を近づけてきた。
(ち、近い! 怖すぎるんですけど、このジジイ!)
「さっき言ったな。俺たちの女房だって、こんな町には帰ってきたくねえって」
「……言いましたけど」
「じゃあ聞こうか。何を変えりゃ帰ってくる?」
「え?」
「商人が来ねえのは知ってる。金がねえのも知ってる。若ぇ奴が出ていって、そのまま戻ってこねえのも知ってる。そんなこたぁ俺たちだって、とっくに分かってんだ」
さっきまで笑っていたバルガスの目から、笑みが消えた。
「だが、どうすりゃいいのかが分からねえ」
アタシは思わず町を見返した。
ベルン共和国から離れた町。
人の通らない道。
そしてこちらを警戒することしかできない男たち。
さっきまで、ただ「貧乏な山賊の町」としか思っていなかった。
でも、この人たちはこの人たちなりに、ここで暮らしてきたのだ。
「嬢ちゃんには、分かるってのか?」
「……全部なんて分かりませんよ」
そんなもの、分かるわけがない。
アタシは政治家でも経営者でもない。ただ四十二年間、別の世界で普通に生きてきただけの女で、なんなら元【ヤマサン】のパートのおばちゃんだ。
「少なくとも、今よりマシにする方法なら考えられます」
「ほう?」
「まず武器を下ろす」
周囲の山賊たちを指差す。
「人が来るたびに二十人で囲んで弓向けてたら、商売以前の問題でしょ」
「…………」
「それから入口を直す。道も。商人が来ないなら、どうしたら来てもらえるのか考える。襲われると思われてるなら、襲わないって信用してもらうところから始めるしかないじゃない」
老人はしばらく黙って聞いていたが、やがて、ニヤリと口元を歪める。
「ガッハッハ、面白ぇ」
「何がですか?」
「俺たちが何年も『どうやって奪うか』ばっか考えてた町を、来て十分も経ってねえ女が『どうやって来てもらうか』で考えてやがる」
言われて初めて気づいた。
たぶん、それがアタシとこの人たちの一番大きな違いだった。
老人は巨大な手で自分の胸を叩いた。
「俺はバルガス。このザルドを預かってる」
「首長……ってことですか?」
「まあ、そんなところだ」
「アヤ。そこまで言うなら――ウチで試してみるか?」
「……はい?」
「この荒くれ者どもの女房が、帰ってきたくなる町ってやつをよ」
冗談を言っている顔ではなかった。
後ろではギソンが「親分!?」と素っ頓狂な声を上げ、山賊たちまでざわつき始める。
ネネネさんとチャトランさんも驚いていた。
当然だ。アタシだって驚いている。
でも――。
もう一度、ボロボロの見張り台を見上げた。
「ここよりマシにするくらい、簡単に決まってんでしょ?」
こうしてアタシたちは、ベルン共和国の外れにある山賊の町で、なぜか村おこしをすることになってしまった。




