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女魔獣師が召喚された理由  作者: 凛1129
悲しみを越えてガチ修行編
17/26

2話 グラタンと頭2個

「この裏切り女どもが! 死ねやっ!」


 男が叫ぶと同時に、空から黒い炎が落ちてきた。


「グギャァァァァァ!」


 男は全身を焼かれながら地面をのたうち回り、しばらくすると力尽きたように倒れ、そのまま動かなくなった。


「あのぉ、ネネネさん……その、炎出す時って呪文とか唱えないんですか?」


 アタシはネネネさんのもとへ駆け寄り、前から気になっていたことを聞いてみた。


「呪文? なんだそれは?」


「いや、わかんないですけど、いきなり飛んでくるし……ブラックファイヤァァァ……みたいな?」


「そんなの唱えてから撃ってたら、対象に避けられるだろ」


(確かに……)


「ネネネ、アタイら六百万ジェムらしいよ」


 男の横に落ちていた紙を拾ったチャトランさんが、ヒラヒラと振りながらこちらへ見せてきた。


(えっ……現世でこういう賞金首のアニメあったよなぁ)


 どう見ても手配書だった。


 ザルドへ向かう途中、アタシたちは既に四組もの集団に襲われている。聞けばアタシたちは、ガルド帝国と共謀して八雲ヶ原の住民虐殺に加担した《高天原(たかいだけのはら)の裏切り者》として手配されているらしい。


 実際は真逆なんだけど。


 その後、ガルド帝国軍は親衛第二部隊を率いる素空さんに八雲ヶ原を制圧されて撤退を余儀なくされ、さらにはガルド帝国が八雲ヶ原の住民を虐殺したという話まで広まっているらしい。それを聞いた高天原の民衆の怒りは日に日に大きくなり、兵へ志願する者まで急増しているというのだから、完全にアタシたちだけが悪者にされていた。


「それにしても腹減ったにゃあ〜」


 チャトランさんがその場へへたり込んだ。


 そう言いたくなるのも無理はない。ここ二日でまともに口へ入れたものといえば川で捕った魚くらいで、今回だって水を確保しようと川辺へ出てきたところを賞金目当ての連中に襲われたばかりだった。


 賞金稼ぎも、ただのバカではないらしい。人間なら必ず水が必要になると分かっているから、見通しの良い河原で待ち伏せしているのだ。


「魔獣師はいいよなぁ。戦闘じゃ動かなくていいし、そこの子猫じゃ役にも立たねぇし」


 腹が減って苛立っているのか、チャトランさんはミルへ向かってトゲのある声を飛ばした。


「言ってくれますねぇ! じゃあチャトランさんは、ご飯いらないってことで!」


 ミルはそう言うとプイッと背を向け、どこから持ってきたのか小さな袋をアタシへ押しつけてきた。


「なにこれ?」


「わかんないけど、多分匂いからして食べ物とお金。さっきの人たちから【盗む】で取った」


「……ああ、出来ることあったらやってって言った、アタシの雑な指示で窃盗?」


 そういえばミルには【盗む】というスキルがあった。相手の持ち物から何かを抜き取るという、そのまんまの能力である。


「失敬な。戦利品と言ってほしいな」


「えっ?」


 振り返ると、さっきまでふわふわ浮かんでいたはずのネネネさんが、いつの間にかアタシの真後ろに立っていた。


「ネネネさんまで何言ってるんですか……」


 恐る恐る袋を開けてみると、数枚の硬貨と一緒に紙で包まれた何かが入っている。包みを開くと、少し形は崩れているものの、どこからどう見ても見覚えのある料理だった。


「グ、グラタン? がお弁当?」


 ◇


「いや〜久しぶりのグラタン。脳汁でるにゃ〜」


「そうですねぇ……アタシなんて現世以来ですよぉ」


「僕は魚でいいんだけどなぁ」


 文句を言いながらも、ミルもちゃっかりグラタンを食べている。


「最後の攻撃ということで、毒が入っていたりして」


「「「えっ……」」」


(今、一番言っちゃいけないジョークだよ! ネネネさん!)


 三人揃って手が止まり、そのままゆっくりネネネさんを見ると、当の本人だけはニコニコしながらアタシたちを眺めていた。


「ネネネさん……まだ食べてないですよねぇ……アハハハ」


「いただきますよぉ」


「…………」


「どうぞどうぞ、美味しいですよ! 意外に……」


 ネネネさんが何事もなかったようにスプーンを口へ運ぶまで、アタシたちは誰一人として次の一口を食べようとしなかった。


(ニコニコ見守ってねーで、はよ食えっ!)


 ◇


 ザルドを目指して二日。


 魔獣も、そう都合よくいるわけではなかった。


 正確にはいるのだが、アタシもミルも何匹か見つけて話しかけてみたところ、小さすぎてそもそも乗れない、人間族を嫌っている、縄張りから離れたくない、知らない人間なんか背中へ乗せたくないなど理由は様々で、中には契約することを条件に出してきた魔獣までいた。


「あの小型だったけど若いベヒーモスなんか、契約が条件だったからアイツに運んでもらえばよかったんじゃにゃいか?」


「……いや、とはいえこの人数じゃ、距離的に無理なサイズだと思いますよぉ。アハハハ」


「まあ、そうかもしんにゃいけどにゃぁ……」


 チャトランさんは魚の骨を口でしゃぶりながら、呆れたように空を見上げていた。


 そんな会話をしながら森の中を歩いていると、それまでアタシの少し前を進んでいたミルが突然足を止め、木々の隙間へ鼻先を向けた。


「アヤ、あそこ見て。僕の知っている限りだと、オルトロスだと思うよ?」


「オルトロス? ……ええっと……どんなのだっけ?」


「しっかりしろよ! 魔獣師さんよぉ。種類くらい分かんなきゃ勤まんないにゃ」


「うっ……」


 言い返せないままミルの示した方へ近づくと、大型犬を何倍にもしたような胴体に二つの頭が並び、尻尾の代わりなのか後ろでは蛇のようなものまでうねうねと動いていた。


(怖っ!)


 見た目だけなら、こちらから話しかけるより逃げた方がよさそうなのに、チャトランさんはそんなことを気にする様子もなくズカズカと前へ出た。


「おう。アタイらザルドまで行きたいにゃ。この人数、運べるにゃ?」


 二つの頭が同時にこちらへ向く。


「運べる……運べるっちゃあ……運べるけどぉ……」


 答えながら前脚で地面を掻き、なぜか二つの頭が揃って視線を逸らした。


(あれ?)


 恐ろしく不気味な容姿なのに、妙にモジモジしている。


「じゃあ運んでくれにゃいかな? 結構緊急ニャンだわ」


「いやぁ……でもぉ……そんな、いきなり言われても……」


 その瞬間、背中側の空気が急に重くなった。


「うっ!?」


 振り返ってみると、ネネネさんとチャトランさんがものすごい目でオルトロスを睨んでいる。


 苛ついているとか、そういうレベルではない。


(食べる気だ! この二人、絶対食べる気だ!)


「この変態犬っ! ハッキリするニャー!」


「チャトランさん、ここは私がっ! なんだか私がこのオルトロスを焼き殺さなくてはならない使命がある気がしますわっ!」


「ちょっと待って!?」


 ネネネさんの黒龍の杖には、もう本気で黒い炎が集まり始めていた。


(ヤバいぞー! 無実の魔獣に当たり屋みたいな絡み方になってしまっているではないかっ!)


「ちょっ、ちょっと二人とも待ったー!」


 二人の肩へ掴みかかって必死に後ろへ引っ張ったが、ネネネさんは「離しなさいアヤさん! アルカディア大陸のためですわ!」などと言い出し、チャトランさんまで「なんか殺さないとダメな気がするニャ!」と爪を構える始末で、落ち着かせるだけでもしばらく時間がかかった。


「いやぁ……魔獣師さんがいるパーティを見るのも久しぶりですし?」


「チッ」


「はい! そこっ! 多様性です。さっき説明しました」


 チャトランさんへ指を突きつけると、露骨に不満そうな顔をして後ろを向いてしまった。


 オルトロスは困ったように二つの頭を見合わせたあと、鼻先をアタシの方へ近づけてくる。


「契約も、ちょっとよぎりましたけど……匂いです」


「匂い?」


「おそらくコボルトウルフさんかな? 身体の一部をお持ちで?」


 その言葉を聞いた途端、さっきまで騒いでいたチャトランさんが黙り、ネネネさんも黒龍の杖を静かに下ろした。


 二人ともアタシを見ない。


 その気遣いが、逆に胸へ刺さった。


「ええ」


 腰に下げていた袋へ手を入れ、指先に触れた硬いものをそっと取り出す。


 フジの牙だった。


「アタシが契約していた子の遺骨……って言ったら分かりますかね。思い出に一本だけ残したんです」


 掌の上へ乗せて見せると、オルトロスの二つの頭が近づき、何度か静かに匂いを嗅いだ。


「まあ……アタシが未熟で、戦死させ――」


 そこまで言ったところで鼻の奥がツンとし、続きが出てこなくなった。


 もう乗り越えなきゃいけないと思っているし、いつまでも泣いてばかりじゃいられないことも分かっている。それでも、フジのことを口にするだけで、腕の中で冷たくなっていった身体の重さや、炎の向こうへ消えていった灰色の毛並みまで一緒に蘇ってくる。


 情けないと思いながら顔を上げ、涙が落ちないよう空を見た。


「……ごめんなさい」


 誰に謝ったのか、自分でも分からなかった。


 オルトロスはしばらく黙って牙の匂いを嗅いでいたが、やがて二つの頭をゆっくり上げる。


「そう、ですか……分かりました。ザルドまで、僕で良ければ運びましょう」


「ホントですか?」


 ネネネさんが思わず嬉しそうな声を上げると、チャトランさんだけは話の流れについていけないように首を傾げた。


「なんで、そうなるにゃ?」


「名は?」


「アヤです」


「以前、僕が契約していた方も、魔獣を弔う方でした。契約して間もなく戦死されてしまい、それで契約は解除されましたが……優しい女性だったので、あなたを見ていたら少し思い出しまして」


 アタシは掌に残っていたフジの牙を握り締めながら、深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


「喋り方はムカつくけど、お前ホントはいい奴だったんだニャ!」


「チャトランさんっ! 多様性!」


 ◇


 こうしてアタシたちはオルトロスの背中へ乗せてもらい、山賊の町ザルドへ向かうことになった。


 朝に出発して、陽が落ちる前にはザルド近くまで辿り着いたのだから、その速さは驚異的だった。


 そう。


 驚異的すぎた。


「うぷっ……」


 オルトロスの背中から降りたアタシは、そのまま近くの木へ両手をついた。


「もう……無理……」


 胃の中には何も残っていない。


 途中で魚もグラタンも全部出したし、たぶん昨日食べた何かまで一緒に出た。


「だらしないニャ――! 上手く出来たと思ったら、またこれニャ」


 チャトランさんはケロッとした顔で尻尾を振っている。


「――体質だけはどうにもならないわ」


 口元を拭いながら、ようやく身体を起こしたところで、チャトランさんが急に何かを思いついたように手を叩いた。


「そうだ! オルトロスに送ってもらったしさ? 契約もしちゃえばいいニャ」


「それはしない!」


 自分でも驚くほど強い声が出た。


 チャトランさんの耳がピクリと止まり、ネネネさんもこちらを見る。


(しまった……即答してしまった。感じ悪かったぞ、今のは……)


 恐る恐るオルトロスの方を見ると、怒っている様子はなく、ただ二つの頭で静かにアタシを見ていた。


「……ごめんなさい。そういう意味じゃなくて」


「なんでニャ?」


 さっきまでふざけていたチャトランさんの声から、急に軽さが消えた。


「オルトロスは強いし、元々魔獣師と契約していたなら人間と行動することにも慣れてる。こんな条件のいい魔獣、中々会えないニャ」


「それは分かってるけど……」


「しかも向こうだって契約を嫌がってないニャ。何が問題なんだ?」


 言っていることは分かる。


 強い。速い。人を乗せられる。戦える。そのうえ魔獣師との契約経験まであるのだから、以前のアタシだったら迷うどころか喜んでいたかもしれない。


 これで戦力が増える。


 これでもっと役に立てる。


 そう考えて、すぐにタクトを向けていたはずだ。


 でも今は、その先まで見えてしまう。


 契約して、戦場へ連れていき、アタシが命令を出して戦わせる。その先で何かあった時、また冷たくなった身体を抱くことになるかもしれない。


「……契約は、そんな簡単なものじゃないの」


「は?」


「強いからとか、便利だからとか、アタシたちを助けてくれたからとか……それだけで契約していいとは、もう思えない」


「なんでニャ?」


「また戦わせることになるからよ」


 チャトランさんの眉が僅かに動いた。


「アタシと契約したら、この先きっと戦うことになる。今みたいに追われてるなら、なおさらでしょう?」


 袋の中へ戻したはずのフジの牙が、そこにあるだけで妙に重く感じた。


「フジだって自分で契約を選んだし、戦うことだって嫌がってなかった。それは分かってるし、アタシが全部悪かったなんて言うつもりもないわよ。でも……死んだのよ」


 最後の言葉だけが、喉に引っかかるように出た。


「アタシが契約した子が、アタシの目の前で死んだの。だから次に強い子を見つけたからって、『はい、じゃあ次』なんて、そんなふうに切り替えられるわけないじゃない」


「バカニャのか?」


「……え?」


 チャトランさんは怒っていた。


 でもアタシを傷つけたいから言っているようには見えなかった。


「だから、転生された女魔獣師に生き残りは一人もいないのニャ」


「一人も?」


「そうニャ。昔は女の魔獣師も何人もいた。でも、今はアヤだけニャ」


 初めて聞いた話だった。


「どうして……?」


「今、自分で言ったニャ。情が移る。死なせたくなくなる。次の契約を躊躇する。戦わせることも怖くなる。でも魔獣師が戦場に出れば、魔獣は死ぬし、魔獣師だって死ぬ。そこを割り切れないから、女魔獣師は結果が出せないって言われてるニャ」


 胸の中がざわついた。


 この世界で生きてきたチャトランさんからすれば、たぶん当たり前の話なのだろう。


 フジにも目的があった。


 強くなって群れを作るためにアタシと契約した。


 だからアタシ一人が一方的に戦場へ引きずり出したわけではない。


 それでも、だから次も同じでいいとは思えなかった。


「……だったら、アタシもそう言われていい」


「アヤ?」


「結果が出せないって言われてもいいし、女だからダメだって言われてもいい。それでも、契約するかどうかはアタシが決める!」


 チャトランさんの目を逸らさずに言った。


「強い魔獣を見つけるたびに、戦力になるから契約する。死んだらまた次を探す。アタシは……そんな魔獣師にはなりたくない」


「戦争してんだニャ!」


「分かってる!」


「分かってないニャ! アヤが契約しなかったせいで、次にミルが死んだらどうするニャ!」


 その一言で、何も返せなくなった。

 足元を見ると、ミルが黙ってアタシを見上げている。

 契約しないことで守れる命がある。

 そう思いたかった。

 でも、契約しなかったことで守れない命だってあるのかもしれない。

 その可能性を考えた途端、今まで正しいと思っていたものが急に頼りなくなった。


「お二人とも、そこまで!」


 ネネネさんの声が間へ入り、チャトランさんも口を閉じる。


 ネネネさんはすぐには何も言わず、アタシとチャトランさんを交互に見てから小さく息を吐いた。


「どちらの言っていることも分かります」


「でも――」


「チャトラン。黙りなさい」


「……ニャ」


 ネネネさんはアタシの前まで歩いてくると、いつものように背筋を伸ばしたまま、少しだけ柔らかい表情を見せた。


「アヤさん。今、絶賛逃亡中の立場に皆さんを巻き込んだ私が言えた身分ではありませんが……あなたの考えには共感できます」


「ネネネさん……」


「私も命令に従えなかった。それが正しい命令だと言われても、八雲ヶ原の民を自分の手で殺すことは選べなかった。その結果、国へは帰れず、追手に狙われ、賞金まで掛けられ、満足に食事すらできない生活になりましたが、それでもあの時の判断を間違っていたとは思っていません」


 そう言いながら、ネネネさんは泥や埃で汚れた自分の服へ一度目を落とした。


「ですから、信念を持つなとは言いません。ただし、私はこれでも軍人です。信念だけで守れる命ばかりではないことも知っています」


 チャトランさんに言われた言葉が、また胸へ刺さる。


「オルトロス殿と契約しなさいとも言いませんし、契約しないという判断も尊重します。ただ、その選択によって戦力が足りず、誰かを守れなかった時に、『私は命を大切にしたかった』だけでは済まないこともあるでしょう」


 責められているわけではない。

 だからこそ、その言葉は重かった。


「自分の信念を通すのであれば、その信念で仲間を守ってください。あなたより少し長くこの世界で戦ってきた者として、それだけは覚えておいてほしい」


「……はい」


「結果で示してください。勿論、死ぬこと以外でね」


 最後にそう付け加え、ネネネさんはいつもの柔らかな笑顔へ戻った。


 チャトランさんの言っていることも分かる。

 ネネネさんの言葉も正しいと思う。


 この世界では、強い魔獣と契約して戦わせることが魔獣師として当たり前で、それが出来ない者は弱く、結果を出せないまま死んでいくのかもしれない。


 それが、この世界の普通だとしても。

 アタシは袋の中にあるフジの牙へ指先で触れた。

 

(アタシは、アタシなりの答えを探したい)


 ふと顔を上げると、ネネネさんがまだこちらを見て微笑んでいた。


(おお……その笑顔、惚れてまうやろお――)


「何をニヤニヤしているんです?」


「な、なんでもありません!」


「気持ち悪いニャ」


「うるさい!」


 少し離れたところで、オルトロスの二つの頭が揃って呆れたようにアタシたちを眺めていた。

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