偏諱
夜が明け、今まで有岡氏に従ってきた三人の在地領主が御館様に臣従を誓いに来た。三人の在地領主とは大鹿三郎定隆、藤木四郎家治、伊丹治郎公信のことである。大鹿定隆は定邦の弟、伊丹公信は公忠の父である。
三人は御館様に対し臣従を誓うと、銭十貫と刀を貢物として渡した。
これを受け取った御館様は、三人に所領の安堵を言い渡した。
終わった後、定隆は私に話しかけてきた。
「兄上の最期は武士の最期として、立派でありましたか。」
「最後まで殿を務め、散っていった。武士として、これ以上ない最期でした。」
「そうでしたか……それは良かったです。兄上は誇りを大切にされた御方でしたので。」
定邦はそう言い終えると伊丹城を去った。
後ろを振り返ると公信が神妙な面持ちで私を見つめていた。公信は私と目が合ったことに気付くと、すぐにその場を去った。私は公信が見せたあの表情が頭から離れなかった。
三人の在地領主が帰ったあと御館様に評定の間に呼ばれた。
「嘉助よ。此度の戦、誠に大儀であった。」
「私には勿体ないお言葉です。」
「そう言えば、嘉助の名字をまだ聞いたことがない。名字はなんというのじゃ?」
「名字……ですか。」
私は少々言葉に困った。小作農の生まれの私には、そもそも名字など無いのである。勿論、諱なんて物も無い。
「お言葉ですが。」
「何だ?」
「私はただの嘉助です。名字も諱もありません。」
「そうか、では儂が付けてやろう。」
そう言うと御館様は硯と筆とを用意し、思案したあと紙に大きな文字を書いた。『猪名秀信』と書かれていた。
「これがお前の新しい名だ。どうだ気に入ったか?」
御館様は笑いながらそう言った。『猪名秀信』猪名は猪名川から、信は御館様の名の一字である。つまり、御館様が私に偏諱を与えて下さったということである。
「御館様の偏諱を賜ること深く感謝致します。」
「気に入ったようだな。では秀信、これからも頼んだぞ。」
「はっ」
御館様は私にそう言い残すと評定の間から去っていった。
伊丹城が落ち有岡は完全に滅んだ。しかし、その家臣は依然としてその勢力を保っている。この事が後々になって主家に仇なす事になるかもしれない。そんな事を考えていると美しい小姓が襖を開け、部屋に入って来た。
「朝食をお持ちしました。」
「あぁ、そこに……」
私は、小姓の正体に気付き驚愕した。
「佐助!?」
「嘉助、三日ぶりだな。嘉兵衛と二人で心配したんだぞ。」
「な、何でこんな所に……」
「何でって、御館様の小姓になったからに決まっているだろう?」
それから佐助は私に小姓になった経緯について教えてくれた。
聴く所に拠れば、佐助は私が伊丹城へ向けて進軍を始めた頃、偶々東村を通った御館様にその美貌を評価され、小姓として召し抱えられたと云う。
「へぇ、そんな事が。運のいい奴だなぁ。」
「じゃあ、ここに置いとくから。」
そう言うと、佐助は部屋から去っていった。
朝食に目をやると、朝食はすっかり冷めきっていた。
私は冷たくなった味噌汁で冷や飯を流し込むと、草履を履き、城下を散策した。町には商店が立ち並び、そこでは人々が精力的に活動していた。城下の外に出れば、水田が天を映す鏡となってどこまでも続き、そこで働く百姓も、明日に希望を持って生きていた。猪名川の河川敷に立つと、平べったい石を探しては川に投げ、川面を連続して跳ねる回数を伸ばさんと、何度も何度も挑戦した。それに飽きると今度は服を脱ぎ、川へ飛び込んだ。川の岸を何辺も往復しているうち、流石に疲れてきたので岸に上がり
服を着て、大の字になって寝っ転がった。四半刻ほど経っただろうか。
腹が空いてきたので、城下へ戻り茶屋に入った。腹が空いていたので鮭の握り飯三つと茶を二杯注文し、提供されるのを待っていると自分の隣に胸に包帯をした男が座った。
この男、どこかで………
「鮭の握り飯三つと茶を二杯。」
なんと、この男は自分と全く同じ注文をしたのだ。私が驚いていると、
私の前に顔ほどの大きさの握り飯が湯気を立ち上らせながら置かれた。
「はい、鮭の握り飯三つにお茶が二杯ね。」
男と目が合った。男は何かに気付いた様な顔をすると、机に代金を置いて、どこかへ走り去っていった。
私は心に違和感を抱えつつも、腹が減っていたのでそれに構っている暇は無かった。温かい握り飯を頬張ると、鮭の旨味が口の中に広がる。
熱い茶で口の中の米粒を流し込んだら、また温かい握り飯を頬張る。これを繰り返すと、どんどん体が熱くなって汗が噴き出てくる。脂汗をかきながらすべて平らげると、あんなに空腹だった腹は、もう何も入らない程に満腹になった。
私が茶屋から出ると西日が赤く輝いていた。
城へ戻ると御館様に呼ばれた。再び評定の間に行くと、既に香山秀政とその息子、秀家が待っていた。三人は一言も発さなかった。
御館様が来ても、誰も何も話さない。不思議に思っていると御館様が懐から書状を取り出し、読み上げた。
内容は、『京都の細川九郎澄之を攻めるため、菊田殿に加勢を求める。』という細川六郎澄元からの手紙だった。
御館様は読み終わると、三人に向かってこう言った。
「九郎殿は、味方の守護代である薬師寺安芸守長忠の茨木城が落とされ、その勢力に陰りが見えている。儂は、請けようと思っている。」
御館様が言い終わると、秀家がこう言った。
「よい御考えと存じます。すぐに出陣の支度をしましょう。」
私と秀政も御館様の御考えに賛成の意を示した。




