野戦
水浴びから帰り、日がすっかり登った頃自分を呼ぶ声がした。
誰かと思い、戸を開けると鎧を着た秀家が馬に乗って待っていた。
「嘉助、急を要する事態になった。刀を持って私の後ろに乗れ。」
私は弓と兜斬を掴んで、秀家の馬に飛び乗った。馬は飛ぶような速さで館に向かって駆けていった。
「何があったんです?」
「有岡がこちらに兵を進めた。それも、類を見ない速さでな。」
そうこう言っているうちに菊田館に到着した。菊田館には既に百人以上の足軽が櫓や門に配置されていた。いくつかの門を通り過ぎ、遂に軍議の席についた。参加しているのは、席次順に菊田三郎信尹、同太郎信昌、香山治郎秀政、同六郎秀家、浅間兵衛門信重、浜倉四郎正成、藤間佐衛門兼重、小山三郎維時、竹貫右衛門長政の九名と末席に私を加え、計十名の私以外は菊田家一門、家老の香山家や有力領主等の重臣が参加していた。
軍議が始まると、浅間兵衛門信重が籠城を主張した。しかし、浜倉四郎正成はこれに反対し決戦を主張した。
菊田太郎信昌、藤間佐衛門兼重、小山三郎維時らは籠城を支持した一方で
香山治郎秀政、同六郎秀家、竹貫右衛門長政らは決戦を支持した。
御館様は沈黙を守っている。
これで四対四、八名の視線が御館様に向けられた。長い沈黙の後、御館様が口を開いた。
「嘉助は、どう思う。」
八名は動揺しつつも、私に視線を向けた。私は静かに口を開いた。
「私は、打って出るべきと考えます。」
すると、籠城派筆頭の信重がすぐに反論した。
「こちら小勢、敵は大勢、野戦決戦勝機なし。決戦作戦正気なし。」
しかし、決戦派筆頭の正成はこう言い返した。
「兵糧はない、援軍来ない、籠城しても勝機はない。決戦勝利、これしかない。」
すると、御館様は立ち上がって軍議に参加してる諸将に宣言した。
「我々は、打って出て敵との決戦に臨む!」
そう言うと御館様は鎧に身を包み櫓や門に待機している足軽に向けて敵との決戦を宣言した。すると山を揺らすほどの歓声が沸き起こり、兵の士気は最高潮に達した。
そして、菊田勢総勢百二十六人は館の南にある菊田ヶ原に布陣した。
先鋒は私が率いる二十六人、左翼は香山秀政、香山秀家親子率いる三十人、右翼は浅間信重、藤間兼重が率いる三十人、本隊は菊田信尹、菊田信昌、小山維時、浜倉正成率いる四十人の兵で有岡勢総勢五百人を迎え撃つ。
作戦は以下のとおりである。まず先鋒が敵を引き寄せながら退却する。本隊まで敵を引き寄せたら、側面に予め潜ませていた右翼、左翼で三方法から攻撃するというものだ。成功することを祈りながら私は有岡勢が現れるのを待った。
時はきた。東から有岡勢が鬨の声と共に現れた。
有岡方の大将の有岡氏第七代当主・源治郎定政は前方の敵が二十人余りな事を確認すると、伊丹紋左公忠率いる先鋒隊二百人に突撃を命じた。
「敵は小勢ぞ!一挙果敢に攻めかかれ!」
これに気付いた菊田勢の先鋒隊二十六人を率いる嘉助は兵に対し、退却と迎撃を命じた。菊田勢が迎撃しつつ退却する事に不審感を覚えた定政は、前線の兵に退却を命じた。しかし、有岡勢先鋒隊二百人を率いる伊丹公忠は功を焦り、この退却命令を無視して菊田勢を殲滅せんとした。
これが、有岡勢敗北の決定打となった。
菊田勢先鋒隊二十六人は、後方に待機していた菊田氏第十二代当主・三郎信尹自ら率いる本隊四十人と合流し、作戦決行を告げる法螺貝が菊田ヶ原に響いた。
伏兵として潜んでいた菊田勢右左翼、合わせて六十人が有岡勢先鋒隊の側面をついた。
形勢を不利と見た伊丹公忠は戦場を離脱し立て直す為、退却を命じた。
しかし、敵に捕捉され既に混乱状態となった先鋒隊に退却は不可能であった。一人また一人と兵が討ち取られていく中、有岡定政は窮地に立たされた先鋒隊と伊丹公忠を救援すべく、自らが率いる本隊三百人を援軍として向かわした。しかし、既に先鋒隊は壊滅状態になり伊丹公忠の周りにいる兵は僅か五人に減っていた。
一瞬の隙をつき伊丹公忠は五人の兵と共にやっとの事で戦線を離脱した。
「はぁ、はぁ命あっての物種よ!」
瞬間、嘉助が放った矢が伊丹公忠の胸を貫いた。
「あぐぁ、、ここまでか………」
馬は伊丹公忠を背中に乗せたまま、本陣へ駆けていった。
嘉助が伊丹公忠の首を取らんと馬を追いかけると、五人の足軽が目の前に立ちはだかった。
「儂らが相手じゃ!!」
嘉助は五人を兜斬の錆にした後、馬の方を見てみると、馬は既に敵の本陣に到着していた。
その時、退却を告げる法螺貝が鳴った。嘉助は五人の生首を腰に括りつけ、本陣に戻った。
有岡勢先鋒隊の壊滅を知ると、菊田勢は菊田館へと退却を始めた。
しかし、有岡定政はこれを許さず、退却する菊田勢の後を追った。
これを知った菊田信尹は、殿が無ければ撤退が困難と考えた。
嘉助が真っ先に名乗り出た。しかし、殿とは十死零生の役目である。そのため、嘉助を失う事を恐れた菊田信尹は一度はこれを却下したが嘉助の強い要望により、嘉助が殿を務める事になった。
「嘉助よ、生きてまた会おう。」
「謹んでお受け致します。」
諸将も嘉助に会釈してから、戦線から離脱していった。
菊田信尹は嘉助に二十人の兵を貸し、殿とした。
菊田勢本隊が戦場から離脱する中、嘉助は殿として敵が来るのを今か今かと待ち侘びていた。
有岡定政が嘉助率いる殿軍を発見すると、すぐに殲滅を命じた。
有岡定政率いる有岡勢本隊五百人は嘉助率いる殿軍二十人と激突した。
嘉助は少しでも時間を多く稼ぐ為、遅滞戦闘に専念した。殿軍は一人、また一人と命を落としていった。ついに殿軍が嘉助一人だけになった時、日は暮れ、夜になろうとしていた。有岡定政は夜戦を不利と見て全軍撤退を命じた。
菊田勢は、今回の戦で僅かな犠牲で勝利を手にした。有岡勢は未だに強力であるが、以前程の勢いはない。
私が無事に菊田館へ帰還し、有岡勢が撤退したことを報告すると御館様は大層喜び、私に有岡攻めの大将を任せると言った。
御館様は領内の全兵力を招集し、有岡氏の本拠・伊丹城に明日、総攻撃を仕掛けると諸将の前で宣言した。
その日は菊田館の一室に泊まり、明日に備えることにした。




