水浴
翌日、私はまた日の出ない内に起き朝食を済ませると、またあの場所に水浴びに向かった。
道中、私は春の事が頭によぎった。
私は会わない事を願うと同時に、会ったらどんな会話をしようかと真剣に考えていた。
私は思った。「私は忙しいのだから、速く水浴びを済ませるべきである。そのため、あの悪趣味な女と無駄話している暇は無い。」と
しかし、ここまで春と会わない事の利点を考えても私は依然として
「春と会った時の事」を考えていた。
そうして思案しているうち、あの場所についた。
土手を登り川を見下ろしてみると、既に先客がいた。
まさかと思い、目をよく凝らして見てみると……
佐助だった。
少し考えてみれば、私と同じ歳頃の女子が川辺で水浴びをする訳がない。
当たり前である。しかし、私は内心がっかりしていた。つまり、心の何処かで私は春との邂逅を期待していた……のかも知れない。いいや、そんな筈はない。私はあの女に散々な目に合わされたのだから、邂逅を望むはずないのである。道中「春と会った時のこと」を考えていたのは、春を如何にうまく上手にあしらうかを考えていただけであり、春との邂逅を願ってていたわけでは決してないのである。そして、佐助が水浴びをしている所を見てがっかりしたのは、そんなどうでもいい事を真剣に考えていた自分に対してがっかりしたのであって、水浴びをしているのが「佐助でなく春だったら」という淫らな妄想を展開し、その期待が全くの外れだった事に対してがっかりしたわけでは決してないのである。たぶん。
私は、土手を降りて佐助に挨拶をした。
「おはよう。佐助。」
「おはよう。へぇ、嘉助もここで水浴びを?」
「あぁ、一昨日からここで」
このとき、私は佐助に一昨日この場所で春と会った事を言うべきか迷った。しかし、佐助に隠し事をするのは性に会わないので事の全てを佐助に告白する事にした。佐助は頭を洗いながら言った。
「へぇ、だからあの美人は一昨日嘉助に話しかけてきたのか。」
確かに春は目鼻立ちがくっきりして眉が濃く、一般に「美人」と言われる容姿である事は、疑いようの無い事実である。
しかし、その「内面」は悪戯好きな悪童と何ら変わりのないのである。
私がこんな事を延々と考えていると、佐助が小声で囁いてきた。
「あの子の事、嘉助はどう思っているんだ。」
「別に。」
「ま、嘉助ならそう言うと思ってた。」
「嘘じゃないからな。」
「はいはい。」
私は、褌だけになり頭を洗い始めた。水深の深いところへ行き、最初に胸、次に腰、最後に足の順で体を洗った。布で一通り体を拭いたあと河川敷の方へ目をやった。そこにはやはり、佐助しかいなかった。
私が服を置いていた場所に目をやると、服がない。
私はまさかと思い、後ろを振り返ってみた。
「探し物はこれですか?嘉助さ〜ん。」
春は私の服を抱えながらそう私に尋ねた。私は驚きのあまり腰を抜かし、またも春の嘲笑の的となった。しかし、私もまた笑っていた。自然と笑みが溢れていた。一頻り笑った後私は自分が褌一つな事に気付き、急いで服を着た。
「私も水浴びしちゃおっかな〜どうしよっかな〜」
春はそんな事を言っていたが、私は聞かなかった事にしその場を後にしようとした。しかし、春は私の腕を掴んで引き留めようとした。強引に引き離すと、春は川へ尻もちをつき衣服がびしょびしょになった。その姿があまりに滑稽だったため、私は腹を抱えて笑った。すると私につられて春も笑った。春は顔が真っ赤になっていた。
「立てるか。」
「もちろ……」
春は目を逸らした。
「………立てない。」
そう言うと春は手を伸ばした。私はその手を取った。春の手は、冷たかった。もう一度、春の顔をよく見てみた。薄い色の瞳に朝日が反射して宝玉の如き輝きを放っていた。春は立ち上がると、私にこう囁いた。
「またね」
そう言いながら春は、どこかへ走り去って行った。私は暫くその場で立ち尽くしていた。後ろを振り返ってみると、佐助がいた。
「帰ろうぜ、嘉助。」
私は佐助と一緒に帰路へ就いた。




