謁見
夜が明け、朝になった。
朝食を食べていると戸を叩く音がした。外へ出てみると、馬に乗ったなんとも勇ましい若武者が朝日の逆光と共に私の目の前にいた。
「私は香山六郎秀家と申す者だ。」
「東村の嘉助、で宜しいかな?」
「ええ、私が嘉助で御座いますが。」
「御館様がお呼びである、すぐに支度せよ。」
秀家はそう言うと城の方角へ駆けていった。
私は麦飯を冷汁で流し込み、城へ向かった。
私の住む村から城まではそう遠くなく、徒歩で四半刻程度の道程である。
私は道中急ぎながらも興奮を抑えきれないでいた。実のところ私は村から遠出したことが只の一度も無いのである。父から話に聞いたこともあるにはあるが、父も親類の葬儀のために二つ隣の村へ行っただけだ。
それから暫くすると、城が見えてきた。低い山の上に柵や櫓が無数に設置されており、周りを塀で囲ってある。
城門の前についた。二人の門番が私に詰め寄って来た。
「此処に何のようだ。」
「御館様の許しが無ければ此処を通す訳にはいかん。」
「ええと、私は―――
「御館様のお許しは頂いた、その者を通せ。」
何やら見覚えのある若武者が、二人の門番の間に割って入った。
「か、香山様……」
「東村の嘉助、私について来い。」
私は秀家の後を追った。いくつかの門を過ぎると、そこには立派な武家屋敷があった。書院造の部屋へ通されると
「ここで待っていろ。」
秀家はそう言うと、そそくさと何処かへ行ってしまった。
…………………
それにしても私が畳に座る日が来るなど思っても見なかった。
そんな事を考えていると何処からか足音が聴こえてくる。
だんだんと近づいて来ている。
襖が開いた。
入って来たのは「御館様」と秀家だった。
「御館様」は背丈が高く、顔の堀が深いため老いてこそいるがその迫力は秀家にも勝るとも劣らない。
私の前面に「御館様」が座り、二人の側面に秀家が座った。
「この者が先の戦で五十の首級を上げた東村の嘉助で御座います。」
「御館様」は、私を少しの間見つめていた。
「秀家、少し嘉助と二人で話がしたい。」
「はっ」
秀家はそう言うと、また何処かへ行ってしまった。
長い静寂は、意外な一言に破られた。
「嘉助よ、私の下で一国一城の主になってみる気は無いかね。」
私は自分の耳を疑った。確かにこの方が治める土地は、私が耕している田畑に比べれば途方も無く大きい。しかし一国、それどころか一郡にも満たない土地しか治めていない小領主が一介の農民に過ぎない私を「一国一城の主」にするとは、なんとも信じ難い話である。
私が呆気に取られていると「御館様」は続けてこう言った。
「無理だと思うているな?」
「滅相も御座いません。」
「嘘をつかんでもよい。儂も、一ヶ月前までは考えもしなかった事だ。」
「………………」
「今から一ヶ月前、管領の細川右京大夫が風呂場で死んだ。表向きは事故と言うことになっているが、あれは………暗殺に間違いない。その影響で今の畿内は錯乱状態だ。先の戦もその混乱が招いたものだ。儂は、これより天下を制す。その為には嘉助、お前の力が必要だ。」
天下……余りにも大きい言葉に私は目眩がして来た。天下、つまりは畿内五カ国の国主になると言うことだ。しかし、御館様の言葉には確かな説得力があった。何故なのかは分からない。でも、確かにそこには「実現して見せる」と言う意思があり、その言葉は私の心に燻る闘争心を刺激した。
「身命を賭して、お仕えさせて頂きます。」
「そうかそれは良かった。」
「但し、暫くは足軽大将のままだ。」
「………理由をお聞きしても?」
「我が家中には新参者を苦手とする者が依然として多くいる。その者らを納得させない限りは、いくらこの城の主であってもそうやすやすと出世させる事は出来ない。」
「足軽大将への抜擢ですら、異例中の異例なのだ。」
「………………」
「今後は、この菊田三郎信尹に忠節を誓うように。」
御館様はそう言い終えると部屋から立ち去った。入れ違いに秀家が部屋へ入ってきた。
「ここ最近、近隣の有岡の動きがきな臭い。もしも合戦が起こった時には嘉助には先鋒として出陣してもらう。」
「良いな。」
秀家はそう言い終えると部屋から立ち去った。私は震えていた。喜びに震えていた。夢を見れる喜びに、震えていた。気分が落ち着いた後、私は帰路へついた。その日はいつもより世界が色鮮やかに感じられた。




