初陣
私の父は、私が幼少の頃いつもこう言っていた。
「嘉助は俺みたいになるなよ。」
その当時の私にその意味を理解するのは不可能であったが、
成長するに連れその意味を理解していった。
父は農民であった。父の父も農民であった。それも自分の田を持っている訳でもなく地主に小作料を納める小作農であった。
その為に生活は常に逼迫しており父は私のために大変な苦労をした。
私に母はいない。父に母の事を聞いてみても「さあな」の一言しか帰って来なかった。
私が十四の時、父は死んだ。夏の暑い日に私が井戸から水を汲んで帰ると布団の中で父は動かなくなっていた。
私は近くの山に父の亡骸を担いで行き、山麓から一町ほど行った所に亡骸を葬った。
気が付くと家の前まで来ていた、私は途端に泣き崩れた。
それから一年が経ち私は十五になった。近くの村で合戦が起こるという噂が広まり、これはこの生活から抜け出す又と無い好機であると考えた私はすぐに足軽に志願した。
私には夢がある。途方も無く大きい夢だ。その達成の為には、今の生活のままではいけないのだ。
合戦の前日、私は眠れぬ夜を過ごした。明日、自分は死ぬかも知れない。
そんな事を考えているうちに外から何やら物音がした。家を出て音の源を探ると、袈裟に身を包む老人が一人立っていた。
老人は背が低く、耳が大きく垂れ下がっておりその白く濁っている眼は何処か遠くを見つめていた。
「こんな夜遅くに何をしておられるのですか?」
「…………………」
老人は私の事をしばし見つめていた。そう言えばこの老人に妙な迫力を感じた。何処か只者ではないような雰囲気に、私は気圧されていた。
「お前さん、随分大きな志をお持ちのようだ」
大きな志?今の生活から抜け出す事さえこの身に余ると言うことなのだろうか。それとも、私のあまりにも、あまりにも無謀な野望、と言うより願望を見抜いたと言うのだろうか。
「なんの事ですか?」
「まあ、惚けるのも仕方がない。何故か、お前さん自身がそれを不可能と思っているからだ。」
「その野望、儂になら叶えられるぞ。」
いきなり何を言い出すかと思えば「儂になら叶えられる」だと、そんな事は神や仙人でもない限り不可能である。すぐに立ち去ろうと思ったが、この老人の妙な迫力が心に引っ掛かった。
「彼処の山の麓に古い井戸がある。井戸から東に72歩進んだ場所を掘れば、その途方も無いほど大きい野望を叶える『何か』がある。」
そう言うと老人は何かブツブツ唱えた後、霞となって消えてしまった。
本当に何だったのだろうか。天を仰ぐと満月が此方を覗いていた。
目が覚めると水平線が輝いていた。昨晩の出来事を不思議に思いながらも私は具足に着替え戦場へ赴いた、そこは奇しくも昨晩老人が話したあの古井戸の近くであった。そうこうしているうちに、合戦の開始を告げる法螺貝の声が戦場に響き渡った。
暫くすると敵味方が入り混じる乱戦になり、その光景はあまり良いものとは言えなかった。私は密かに戦場を抜け出しあの古井戸の前に立った。
私は朝日に向かって歩み始めた。
一、二、三………………………
……………………六十九、七十、七十一、七十二
老人が言っていたのはこの場所の事であろうか。私は地面に腰を下ろし、
素手で地面を掘り始めた。暫く掘り進めていると、何か硬いものにぶつかった。その周りを掘って、それの全貌を確認しようと土を払い除けると刀の柄が出てきた。私は興奮のあまりその刀を一気に引き抜いた。
刀を鞘から抜いてみると、刀身は太陽よりも眩しく輝いていた。私は暫くの間それに見惚れていた。私が天に刀を掲げていると甲虫が刀身に突っ込んで来た。甲虫は見事に二つに別れ、その断面は元からそのようであったかのようであった。私はこの刀に名前をつける事にした。カブトムシのカブトは兜とも読める、兜を斬ると書いて「兜斬」と名付ける事にした。
私はそれの武器としての価値を確かめたい、と言う欲求に駆られていた。
急いで戦場に戻ると、幸いにも合戦は続いていた。私は兜斬を鞘から抜き戦場を縦横無尽に駆け回った。敵の首を刎ねるたび別の敵が此方に向かって来る。それを倒すとまた次の敵が……と首を刎ねるうちに相手方の軍勢は総崩れとなり合戦は終わった。鬨の声が戦場に響き、私の初陣は終わった。
この合戦で五十を越える首級を上げた私は、その軍功を高く評価され感状と足軽大将の地位を貰った。私は帰り道、昨晩の事で頭が一杯であった。
「あの老人は何者なのか。」「刀がある事をなぜ知っていたのか。」「私の歩幅をなぜ正確に分かったのか。」そんな事を考えているうち、すっかり日が沈み夜になっていた。




