一騎討ち
翌日、如意ヶ嶽に布陣した澄元勢一万に対し、高国勢三万は如意ヶ嶽を囲むように布陣し、之を迎え討たんとした。両軍は暫し睨み合いを続け、朝に始まった此の戦は、睨み合いを続けたまま夜になろうとしていた。
戦場は不気味な程に静まり返っている。
雨が降ってきた。雨は段々と強くなり、豪雨になった。細川澄元は天を仰いだ。細川澄元は振り返ると、配下の兵にこう叫んだ。
「我が兵どもよ、此処は死地に非ず、生きて阿波に帰ろうぞ。」
傍らにいた三好之長は、主君の意を理解し、こう叫んだ。
「全軍……突撃!」
澄元勢は包囲網を打破すると、其の儘東へ強行した。
細川高国は澄元の京都奪還を阻止すべく澄元勢の後を追った。然し、高国の予想と反して澄元勢は京を素通りし、進路を南に取り、河内へ向かった。細川高国は之を良しとせず、澄元勢の後を追うも、夜陰に紛れて逃げる澄元勢を遂に見失ってしまった。
澄元勢が山崎を通り、河内に出ると畠山尚順や大和国人衆率いる二千の兵が待ち構えていた。畠山尚順は太刀を抜き、絶望する澄元勢にこう叫んだ。
「遅かったなぁ!赤沢長経ぇ゙!」
強行軍により体力を使い果たした澄元勢に、畠山勢の追討に抗う術は無く、畠山尚順は赤沢長経の直ぐ側にまで迫っていた。畠山尚順が赤沢長経の首を捉えると赤沢長経は、刀を抜き畠山尚順の太刀を受け止めた。両者は数回打ち合った後、間合いを取り、お互いに名乗りを上げた。
「遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見よ、我こそは、河内国の住人、清和天皇の孫、源経基の孫、源頼信の玄孫、足利義康の孫、畠山良純の十世孫、畠山次郎尚順なり!いざ尋常に勝負せよ!」
畠山尚順が言い終えると、赤沢長経も名乗りを上げた。
「やぁやぁ我こそは、信濃国の住人、清和天皇の孫、源経基の孫、源頼信の孫、源義光の曾孫、加賀美遠光の子、小笠原長清の孫、赤沢清経の十一世孫、赤沢新兵衛尉長経なり!畠山次郎尚順よ、その勝負受けて立つ!」
赤沢長経が言い終えると、両者は弓に矢をかけた。お互いの兜の鍬形を矢で居抜き、相手を牽制し合った。矢が尽きると、両者は薙刀を手に取り、馬上で打ち合った。一度刃が打つかれば、火花が両者の顔を照らした。打ち合いの余りの激しさに、敵味方問わず全ての者が戦を止め、一騎討ちの結末を見届けようとした。
いつの間にか、両者の刃がぶつかる音だけが静寂の中に響いていた。数十回の打ち合いの末に、両者の鎧には無数の刀傷が付いていた。両者は再び間合いを取り、馬から降りた。両者は息を整え、相手に向け刀を構えた。其の場にいた全員の時が止まった。
刀を構え、相手を見つめた。其の目は、相手への殺意と慈愛に満ち満ちていた。其処に確かに永遠は存在した。然し、其の瞬間は長くは続かなかった。両者は、ほぼ同時に飛び出した。
切合の瞬間、両者は顔を合わせた。父の代からの因縁が片方の死を以て、今終わる。然し、何故だろうか、こんなにも虚しいのは、両者の今迄の人生でこんなにも、刺激的で、幸せな時間は存在しなかった。そして、之からも。自分はこの時間の為に、この瞬間の為だけに此世に生を受け、そして、死んでゆくのだと、今日初めて出遭ったこの両者は、全く同じ事を考えていた。
然し、悲しきかな、勝負は付いたのである。其れも余りに呆気なく。落ちたのは赤沢長経の首であった。畠山尚順は振り返った。赤沢長経の胴体は首から血柱を立てていた。畠山尚順は、その光景を呆然と眺めていた。血柱が消滅すると赤沢長経の胴体は地面に倒れた。畠山尚順は、赤沢長経の首を掲げ、こう叫んだ。
「赤沢新兵衛尉長経、討ち取ったり。」
翌日、澄元勢が堺に辿り着いた。細川澄元は後ろを振り返ってみた。従っている軍勢の数は、六千に迄減っていた。澄元はある事に気が付いた。
「之長よ、長経は何処に。」
三好之長は、顔を背けた。
「さぁ…何処でしょうね。」
澄元は、何も聞かない事にした。




